Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.314 電力市場高騰問題から見える構造的課題(その2)
〜 市場の非対称性が招いた「電力難民」問題 〜

2022年5月26日
みんな電力(株式会社UPDATER) 専務取締役 三宅成也

キーワード:JEPX 市場高騰 小売自由化 最終保障契約 電力難民

1.ガス価格に連動して高騰する電力卸市場価格

 2021年1月に電力卸取引市場は過去に類を見ない高騰を招いた。前回のコラム「No.267 電力市場高騰問題から見える構造的課題(その1)」ではその高騰要因として、売り玉枯渇が発生する構造的問題を指摘した。その後市場は一旦落ち着きを見せていたものの、2022年秋以降、今に至るまで市場価格高騰が発生している。これについては京大山家公雄氏のコラム「No.311 どうして電力価格が高騰し供給量が増えないのか」において詳細に論じられているとおり、高騰の主因はガス価格の上昇であると言われており、JEPX価格はLNG日本・韓国ガスマーケット(以下JKM)価格にほぼ連動する形で価格形成されている(図1)。ウクライナ情勢が長引くことにより、欧州ガス価格の高騰が長期化することになればJEPXの価格高騰も長期化することが予想される。実際、電力先物市場の今年の夏、冬の価格は35円/kWhに達している。このような見通しの中、容易に販売価格を変更できない電力小売事業にとっては極めて厳しい市場環境が続くことになる。実際多くの新電力が新規受付の停止、或いは事業撤退を表明しており、さらに大手電力の多くも新規契約受付については事実上停止するという異常な状態になっている。

図1 LNGスポット市場とJEPX市場価格の推移
図1 LNGスポット市場とJEPX市場価格の推移

2.リスクヘッジ手段を失った新電力の相次ぐ撤退

 帝国データーバンクが3月末に発表したリポートによると、2021年度の新電力の31社が事業撤退となったと報告されている。また、日経エネルギーNEXTの4月27日記事「“電力難民”が続出、新電力は上位54社が法人契約の新規受付を全社停止」によれば、調査対象の新電力54社のうち、従来どおり新規受付中は0社であり、条件付きで受付しているのは僅か10社に留まる。

 実のところ、新電力は昨冬の市場高騰を受けて経済産業省からの指導もあり、相対卸契約などによるリスクヘッジが進んでいたため、JEPXの高騰による影響を低減させていた会社が多かったはずである。しかしながら、4月以降多くの会社が事業継続を断念せざるを得ない状況に追い込まれたのは、その相対卸契約の多くを大手電力に頼っていたことによる。

 一般的に大手電力との相対卸契約は1年契約であり、11月ごろから次年度の相対交渉が始まる。しかしながら、大手電力のほとんどが昨年の秋以降、燃料調達の不透明さを理由に次年度の相対卸交渉を事実上停止してしまった。このため新電力の多くが仕入れ価格の固定化ができなくなり、次年度の事業見通しが立たなくなった新電力が事業撤退せざるを得ない状況に追い込まれたのである。

3.大量発生する「電力難民」

 この新電力の撤退によって、それらの需要家は契約継続ができなくなると次の契約を見つけないといけないが、現在大手電力を含めて新規契約受付が事実上皆無の状態であり、所謂「電力難民」が大量に発生している。このため電力供給を受けることができなくなった需要家のために、送配電事業者が一時的に供給する最終保障契約の件数が急増しており、監視等委員会によれば、3月、4月にそれぞれ4000件以上もあったと報告されている(図2)。この最終保障契約については、現状大手電力の標準約款価格の1.2倍の価格とされている。しかし、現在市場前提の自由価格に比べると最終保障供給価格のほうが安い水準になっており、本来の最終保障供給の趣旨にそぐわないこと、及び送配電事業者の電源調達コストとも整合しないことを理由に、現在この最終保障供給価格を卸市場価格連動に変更する案が検討されている(第72回制度設計専門会合)。しかしながら、最終保障は一時的に供給を継続するためのものであり、電力難民となった需要家に対して今後どのような手立てをしていくのか。現時点では政府の見解は示されていない状況である。

図2 最終保障供給の契約数推移
図2 最終保障供給の契約数推移

4.新電力だけが燃料リスクを負う非対称な市場構造

 このように、大量の「電力難民」が発生していることについて、問題はこれまで大手電力と契約している需要家は大きく値上げすること無く契約を継続できる一方で、新電力を選択した需要家のみが市場リスクに晒されてしまうことである。このような非対称性が生じてしまう理由について考察してみたい。現在、8割以上の電源を保有する大手電力が、長期相対契約で燃料調達を行い、主に自社の小売を優先して供給を行っている。実のところ、日本のLNG調達の大半は長期契約によっており、現在高騰しているJKM価格と日本のLNGの平均調達価格(JLC)との間には大きな差がある。図3に示すように、3月7日にJKMが約$85/MBtuまで上昇したが、JLCは約$15/MBtuと大きな差があった。つまり、長期契約を持つ大手電力についてはJKMの市場価格からの影響は限定的である。

図3 LNG価格の推移
図3 LNG価格の推移
2022年5月17日 第49回 電力・ガス基本政策小委員会資料より抜粋

 一方、新電力の多くは自ら電源を持たないため、主に大手電力の余剰電力を卸相対契約またはJPEXを通して調達してきた。大手電力のJEPXへの電源投入は、小売自由化において新規参入者の参加を促すために、卸市場の厚みを出すことを目指して「自主的取組」として、調達燃料の平均価格による限界費用にて余剰電力を入札することを大手電力に求めてきたものある1。つまり、日本の小売自由化は発電の寡占状態の解消及び発販分離(所有分離)は行わず、大手電力の自主的な努力により拠出された電源によって市場が成り立っているものである。本来発電市場、小売市場双方に競争が無いと自由市場は成立しないが、この限界費用入札という自主的ルールが、寡占状態にある電源市場を前提に取引市場を成立させる苦肉の策であった。

1 2013年2月「電力システム改革専門委員会報告書」

 このような前提において、予備力が低下した際に大手電力に市場拠出義務は無く、自社小売の供給を優先すれば市場の売り玉が枯渇することで容易に市場が高騰する。昨冬の市場高騰を踏まえ、大手電力の市場拠出を促す目的で、2021年11月の限界費用入札ルールを変更し、追加燃料調達コストであるJKM価格に連動した入札を認めることにした。これによってJEPXは燃料スポット価格(JKM)に連動する市場に変わった。

 このルール変更のもとでガス価格JKMが高騰し、スポット価格もこれにつられて高騰した。更に、大手電力の卸供給が今年度より事実上停止したため、新電力は完全に燃料スポット市場リスクに晒されてしまうことになった(図4)。大手電力との価格競争を行ってきた新電力の殆どは大手電力の燃調連動の価格設定を行っているため、JKM連動で高騰した電力調達価格では小売事業が成立しなくなり、撤退を余儀なくされることとなった。これによって前述の「電力難民」が大量に発生する事態となっている。

図4 市場の非対称性により発生した「電力難民」
図4 市場の非対称性により発生した「電力難民」
筆者作成

5.電力自由化維持のため非対称性の解消を

 すでに新電力の多くが事業継続を断念しているが、このような非対称な市場構造を放置したまま、市場高騰が長期化すれば新規参入者は市場から完全に退出してしまい、自由化そのものが成立しなくなる恐れがある。また、新電力を選択した需要家のみが難民化し、市場リスクに晒されてしまうような状況においては、需要家の電力自由化に対する不信感が高まり、制度改革そのものが失敗であったとの評価につながる恐れがある。

 ここで、2013年にまとめられた「電力システム改革専門委員会報告書」には電力自由化を推進する意義が記されているので引用してみたい。

 これまで料金規制と地域独占によって実現しようとしてきた「安定的な電力供給」 を、国民に開かれた電力システムの下で、事業者や需要家の「選択」や「競争」を通じた創意工夫によって実現する方策が電力システム改革である。

 電力供給の効率性と安定性の両立を図るためには、競争を徹底することに加え、価格シグナルを通じた需要抑制を図ることのできる電力システムに転換することで、電力選択や節電意識といった国民の考え方の変化を最大限活かせる仕組みを作り上げていくことが有効である。そのために、新電力等も含めた多様な事業者、多様な電源の参加のもとで、全国大でのメリットオーダーにより最適化が図られる電力供給体制を実現する。それとともに、節電や省エネにより生み出される供給余力の活用(ネガワット取引)、需給ひっ迫の状況に応じた電力需要の削減(デマンドレスポンス)などにより企業や個人の力を活用することで、安定供給を確保しつつ、供給コストの低減を実現していく。自由化により柔軟な料金設定を可能にし、需要側の取組を引き出していくことは、需給が厳しい状況にあってこそ大きな意義を持つ。

 改めて自由化の意義を問い直すと、新規参入者には現在発生している資源価格高騰や、供給力の逼迫において、創意工夫によって適切な価格シグナルを需要家に示すことで効率的な電力供給を実現することが求められている。現状ではまだ多くの新電力がその役割を果たしているとは言い難い。新電力においては、これまでの価格競争という価値軸は自らの存在意義としては不十分であり、再エネ電力の普及や需要家のリスク低減といった価値軸を創造してくことが求められている。しかし、現在のように小売新規参入者にとって不可欠な卸取引市場が大手電力の余剰電力の拠出によって成り立っている不安定かつ非対称な状況においては、自由化の存続もままならない。規制当局においては、今後自由化がフェアな市場のもとに進捗するよう、現状の電源の寡占と発販一体による非対称市場の解消を早急に進めて頂くことをお願いしたい。