Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

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2022年10月31日(月)の部門A研究会 議事録

2022年10月31日
法経東館B1Fの三井住友ホール

 10月31日(月)10時~12時まで、特別講演① 「大潟村脱炭素先行地域への取り組みを通して見える日本のエネルギー政策の課題~温熱政策を中心に」、15時半~16時半まで、特別講演②「産業(環境)政策と自由貿易 ~国内産業育成と市場効率は両立できるのか?~」、17時~19時45分まで、第3回【部門A】研究会「エネルギー価格高騰の経済分析~欧州、及び日本の比較分析」が、法経東館B1Fの三井住友ホールとオンラインのハイブリッド形式で開催されました。今回の特別講演及び研究会では、環境エネルギー政策研究所/株式会社オーリスの飯田哲也氏、京都大学の永田哲朗先生、杜依濛先生、張咜先生、安田陽先生から講演を頂きました。

特別講演

大潟村脱炭素先行地域への取り組みを通して見える日本のエネルギー政策の課題~温熱政策を中心に

飯田哲也

 本講演では、脱炭素先行地域の大潟村(秋田県)の地域事業の概要、デンマークの温熱政策の現状、日本の温熱政策の課題について紹介する。脱炭素先行地域は、2050年カーボンニュートラル(CN)に向け、自治体の一部の地域において、民生部門の電力消費に伴うCO2排出の実質ゼロを実現し、運輸部門や熱利用等も含めてその他のGHG削減についても、日本全体の2030年度目標と整合する削減を地域特性に応じて実現する。

 大潟村では2011年から太陽光(PV)を導入し始め、2020年にはゼロカーボンシティを表明し、バイオマス産業都市を採択した。同村では、メガソーラーで村全体の民生部門の電力消費を賄い、未利用のもみ殻を活用したバイオマス熱供給事業により、集住地域の公共施設・大学・住宅に熱供給を行う計画がある。

 もみ殻の利点は、脱炭素、燃料調達が容易、燃料代がほぼ無料であることだが、欠点としては、輸送性が悪く、大量の燃焼灰の利用方法を検討する必要があり、高温燃焼で結晶性シリカ(発がんリスク有り)が生成されるため、対策が必要である。安全で高性能ボイラー及びもみ殻燃焼灰の利活用法を開発するため、2017年から日本とデンマークの関係機関で研究開発を行っている。デンマークでは、全土170万戸(65%)の住宅に暖房・給湯を供給し、天然ガスCHPや麦わら等を利用した小規模分散型地域熱供給プラントがあり、全土に約400の地域熱供給ネットワークがある(2013年時点)。

 デンマークでは、1976年にエネルギー法で発電はコージェネレーション(以下、コジェネ)に限定することを規定し、現在、風力の変動をコジェネで補完し、温熱の変動を貯湯、余剰風力を温熱化して貯湯、余剰風力で風力ガス(メタン化)を図っている。デンマークの他、フィンランドや韓国等では、第4世代地域熱供給の特徴の一つである、熱供給の低温化による高効率化が図られている。北欧では、1990年代初めから、含水率が高い木質バイオマスに潜熱回収ボイラーが活用され始め、熱効率が100%を超える例が多い。EUでは、温熱戦略が2016年2月に決定し、EUの2050年に80%削減の目標に沿った温(冷)熱分野での低炭素化のための戦略となっている。

 日本での温熱政策は、従前のエネルギー政策がエネルギー供給事業者施策であったために、構造的に温熱政策が欠落してきたのではないかと考えられる。業界ごとの顧客争奪戦から、電力、温熱、交通、産業等の用途ごとのグリーン戦略を立案し、エネルギー政策に温熱政策を位置づける方向に移行していく必要がある。

pdf資料(18.12MB)

産業(環境)政策と自由貿易 ~国内産業育成と市場効率は両立できるのか?~

永田哲朗

 本講演は、産業政策と自由貿易について焦点を当てる。英国は陸上風力の産業育成で後れを取っていたため、2019年に洋上風力セクターディールを発足させた。その際、洋上風力のローカルコンテンツ(LC)目標を2030年までに60%と定めたが、その後、これを優遇価格適用の資格要件としたことから、EUが競争制限的としてWTOに提訴した。これを受け、英国・EU間で外交ルートの交渉を行い、決着しない場合、WTOによる協議に移行し、9カ月の協議を経た後に裁定に移行する。英国はEU諸国の再エネ支援策との類似性を主張する可能性があるが、フランスなどは自主努力目標としており、英国のような法制度上のコミットはしていない。

 英国に類似しているのは台湾の洋上風力開発政策である。台湾西海岸は風速が強いエリアで、導入目標は東アジアの中では意欲的な設定がなされている。台湾ではLCを要求しており、国内産業育成への貢献度を重視して選定した案件3.8GWは優遇価格で、それ以外の1.7GWは入札価格で買い取りとなっており、国内産業優遇という面で英国との共通性が見られる。国産化のハードルが高いことに対し、当初より外国企業等から批判を受けてきている。台湾政府はWTOルールを意識し、要求水準・比率を定義(明文化)していない。

 WTOの役割に対して、各国のスタンスがかなり異なる。米国は中国に対し、国有企業優遇、知的財産保護などの面で不満を抱いており、WTOにも距離を置いている。中国は、2021年12月にWTO加盟20周年を迎え、輸出額、輸入額共に世界首位になり、GDPも世界6位から2位に上昇した。日本も中国市場開放の恩恵を受け、直接投資額は10倍になった。

 中国の洋上風力発電は、2021年の新規導入量が前年の4倍以上の16.9GWと、世界の8割を占め、累積量でも英国を抜いて一挙に世界一に躍進した。中国の洋上風力が急増した理由は、FIT変更前の駆け込み、政府による海域指定などの積極的な支援との指摘がなされており、コスト削減効果も極めて大きい。中国はEV輸出台数も急増し、太陽光パネル生産でも、2019年で65%を占めており、脱炭素ビジネスを展開する上でWTOへの接近が有利と考えている。

 EUは炭素国境調整措置(Carbon Border Adjustment Mechanism:CBAM)の原案を昨年7月に提示した。排出削減対策がEUより緩い国からの輸入に炭素価格を課し、公正な競争条件の確保とEU域外の炭素抑制を目指してWTOとの調整を進めているが、対象5業種のEUへの輸出額が大きい露中印等は気候変動を装ったWTOルール違反として批判している。

 国内産業育成と、多角間自由貿易体制の推進はともに国策であり、自由貿易をめぐる経済学上の視点も踏まえ、両者のバランスを取ることが必要である。日本の洋上風力発電産業化への示唆としては、LCについてはあくまで産業界の自主目標であることを明示すること、LC引き上げとトレードオフになりやすいコスト削減を最優先とすべきこと、将来の海外展開も踏まえ他国との相互主義を認識することが重要である。

pdf資料(3.63MB)

欧州電力市場の価格高騰要因と価格高騰時の再エネの役割 ~ドイツ市場を対象として~

杜依濛

 本講演ではエネルギー価格の高騰が風力によるものかを、2020-21年のドイツ市場を対象に分析した結果を説明する。電力需要が低い時、電力価格がコストの低い電源の限界費用により決定されるため、電力価格とガス価格との相関性も弱い。電力需要の上昇に伴い、限界費用の高い従来型電源による発電が増加されるため、ガス価格と電力価格の相談が強まる傾向がある。ドイツでは、2021年に天然ガス発電量が大きく減少した代わりに石炭火力発電量が大きく増加した。

 今回の分析結果と結論は以下の通りである。電力スポット価格の閾値を2つ(約20ユーロと約80ユーロ)選び、3種類の電力価格に影響する要因は、低下時には電力価格とガス価格との有意な相関がみられない。電力価格高騰時、ガス価格の上昇、天然ガス・石炭の使用増加による電力価格高騰が発生する。原子力は短時間での出力制御が難しい特性があり、価格高騰への対応ができない。

 価格高騰時の再エネの役割として、風力は電力価格の低い時にしか価格低下効果が見られない。揚水については大きな価格低下効果が見られたが、価格高騰時に発揮できない。太陽光は価格高騰時の価格を抑える効果が見られる。ドイツでは、太陽光の導入率が低いので、係数としてはまだ小さい(揚水については、ドイツ国内のみならず、ノルウェーからの揚水の輸入の影響を考慮する必要があるとの議論があった)。

 外部要因による天然ガス・石炭火力発電量の変化を見ると、ガス価格の上昇に伴い、ガス火力の利用が減り、石炭火力の利用が増加した。風力による出力が低下すると、化石燃料の利用が増加してしまう。風力の出力が低下していくと、ガスによる使用が増加したが、電力価格が低い場合には、影響が大きいことが分かった。一方、価格高騰時の影響は僅かである。つまり、風力の出力が少なくなり、ガスが代わりに利用されても、電力価格への影響があまりない。

 風力出力低下、ガス火力使用料が増加し、スポット価格が増加した際、1%の風力出力低下が0.075のスポット価格の上昇に留まったが、ガス価格が上昇し、石炭火力使用が増え、スポット価格が上昇した際、1%のガス価格情報が1.040%のスポット価格上昇を招いた。ガス価格高騰による石炭火力への戻りの影響が風力出力低下によるガス火力への戻りの影響の約14倍だった。

 今回の分析結果をまとめると、ガス価格の高騰時に石炭火力が代替電源として使用されており、石炭火力への戻りが電力価格高騰を導いた。風力出力が回復するまでの間、生産コストの高い天然ガスで需要をまかなうことがあるが、その部分の代替効果が電力高騰の発生の原因ではない。原子力の利用拡大は電力価格の高騰を軽減することに役立たない。太陽光が電力価格高騰時に、電力価格の低下に貢献できるが、効果が小さい。電力輸入や揚水発電などの運用により、電力価格高騰を抑える効果が見られなかった。なお、議論の場では、モデルのコントロール変数には、他国からの輸入の影響も考慮する必要があるとの指摘があった。

pdf資料(2.52MB)

日本における2021年冬の小売電力価格上昇の原因追及 ~電力システムの融通性の観点から~

張咜

 この発表では、日本の電力システムの価格高騰とフレキシビリティ(柔軟性)の問題について、シミュレーションで分析して得られた結果を共有する(シミュレーションは、2020年12月から2021年1月まで)。価格高騰現象は、2021年1月に注目し、電力グリッドに、太陽光の出力の時間プロファイルを吸収する柔軟性が欠けていたかどうかを検証する。価格高騰の潜在的な原因として、需要増(寒波による住宅部門の需要増)、燃料コスト(1kWhあたりの燃料価格)、再エネの出力(当該期間の低い再エネの出力)が考え得る。

 最適潮流計算(Optimal Power Flow: OPF)シミュレーションモデルは疑似環境として機能する。我々は現実世界における様々な変化を模倣するために、パラメータを変更し得る。この研究は、OPFモデルを用い、電力システムと電力価格における高いLNG価格が柔軟性キャパシティに及ぼす影響に焦点をあてている。主な結果は、以下の通りである。1)電力システムには、太陽光の出力の日中の変動と電力需要の時間ごとの変動を補完するために、費用効果の高いフレキシブルな電源を必要とする、2)LNG価格の上昇は、卸売市場の電力価格への不均衡な影響を与える(例:日中には発電過多になり、ネガティブな価格に繋がる;需要のピーク時には、柔軟性の問題が欠如し、価格高騰をもたらす)、3)LNGの価格高騰により、ランプアップコストが上がり、最終的にピーク時の価格急騰に繋がる。

 政策への提言としては、柔軟性を高めてダックカーブを平らにすることである。短期的には、電力価格の変動と抑制し、(特に再エネの増加に伴う)停電を防ぐために、より柔軟な電源が必要である。具体的には、従来型の発電所の更新、従来型発電所の最低水準のキャパシティの増強などをが求められる。長期的には、発電所レベルのバッテリーの適用、地域間の送電キャパシティの増強等を通じ、システムの柔軟性を促進することが求められる。今後の研究では、現在のOPFモデルのさらなるキャリブレーション、モデルからの結果の解釈、極端現象時のシステムの柔軟性を改善し、停電を防ぐための最適な投資について考察していきたい。

pdf資料(7.17MB)

2021年欧州電力市場価格高騰の影響度分析 ~スペイン、フランス、ドイツ、デンマーク、英国の市場分析~

安田陽

 3番目の発表として、欧州の市場価格高騰問題について分析結果を説明する。2021年秋に欧州全体で電力市場価格が高騰したことに関し、風力を始め、再エネに原因があるという論調がメディア等で相次いでいるが、価格高騰の影響度について定量的に評価したい。グラフ(スライド2)では、2017年から2022年6月までのドイツ、スペイン、フランスのスポット価格を示している。多少のスパイク的なものは見られるが、3ヵ国とも、ほぼ似たような傾向である。2022年2月に始まったウクライナ問題の影響も見てみたい。

 電力市場価格、ガス市場価格、ガス貯蔵量などの関係がどうなっているかの分析を行った。分析手法としては、最小二乗法(OLS)による重回帰分析を用いた。今回使ったモデルのために用いたデータソース(スライド8)は主にENTSO-Eだが、その他データは色々な所から入手した。

 最初は、重回帰分析(単純線形)モデルで、他のパラメータがそれぞれ相関がないという仮定で、一番簡単なモデルで分析を行った。単純線形モデルの結果(スライド10)で、主にP値をみると、一部、大きな数字もあるものの、多くの変数がほぼゼロであり、統計的に有意であることがわかる。

 次に、反実仮想法による影響度(DOI)評価を行った。これは限界効果(弾性値)に等しい。それぞれの説明変数をグラフ化すると、ドイツの場合(スライド12)、2020年以前は需要のDOIが最も大きい。2021年下半期以降はガス市場価格のDOIが最も大きく、風力のDOIは寧ろ相対的に小さくなっていることが分かる。また、ウクライナ危機の影響はあまり大きくないことが分かった。

 今度は交絡性を考慮してみると、モデルはスライド15のようになる。ガス価格が様々な要因で決まるため、一見複雑に見えるが、3段階最小二乗法(3SLS)で表すことができる。

 ドイツの限界効果(弾性値)の分析結果(スライド20)をみると、2020年以前は需要の弾性値が最も大きく、2021年下半期以降はガス市場価格の弾性値が最も大きくなっている。2021年下半期以降の風力の弾性値は寧ろ相対的に小さくなっている。ウクライナ危機の影響もほぼないと言える。他欧州市場(デンマーク、フランス、スペイン、英国)の弾性値分析の結果(スライド21)も見ると、それぞれの国の電源構成によって多少特徴が異なるが、基本的に、2021年後半以降、最も弾性値が高いのは何れの市場でもガス市場価格で、風力の弾性値は相対的に小さいのが共通であることがわかる。

 本日の発表内容を纏めると、2021年下半期以降の電力市場価格はガス市場価格に最も影響を受ける。風力発電出力の電力市場価格に与える影響は限定的で、ガス市場価格に比較して小さく、2021年下半期以降は、風力の影響は寧ろ更に低い。冒頭で紹介したメディアの言説に科学的根拠は見出せないということが明らかになった。

pdf資料(3.58MB)