Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

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2023年7月24日(月)研究会 議事録

2023年7月24日(月)
於::京都大学法経済学部東館8Fリフレッシュルーム

特別講演

15:30 - 16:30 内藤克彦(京都大学)「ガスTSOと水素流通」

研究会

17:00 ‐ 18:30 鵜飼健司(株式会社アイシン)「アイシンにおける家庭用コージェネレーションを活用したVPPへの取り組み」
18:30 ‐ 20:00 鈴木研悟(筑波大学)「人間によるエネルギー技術選択」

 2023年7月24日(月)15時30分~20時、再生可能エネルギー経済学講座部門Aの研究会がハイブリッド形式で開催されました。今回は、内藤克彦先生(京都大学)、鵜飼健司様(株式会社アイシン)、鈴木健吾先生(筑波大学)よりご報告いただきました。

ガスTSOと水素流通

京都大学特任教授 内藤克彦先生

 2050年までを射程としたシミュレーションを行うにあたっては、水素も重要な要素となってくる。その基礎知識として、欧米ではどのようにガスのシステムが組まれており、またどのような方向に向かっているかも重要となる。水素の流通を考えるにはガスパイプラインの理解が必要となるので、その欧米でのガスパイプラインシステムとガス改革、ENTSOGの2050年戦略、ガスの原産地証明の説明をし、最後に経済産業省の試みについて説明する。

 経済産業省の2050年戦略によれば、日本は海外の液化水素輸入も想定している。しかし、水素の輸送・貯蔵の効率から、それを行う国は少ない。LNGでは液化のために一割ほどエネルギーが自家消費されるといわれているが、水素の液化にはその四倍が消費されるといわれている。液化・輸送して持ってこられるエネルギーとしては半分ほどになってしまう。またボイルオフガス(輸送・貯蔵段階で気化してしまうガス)も倍ほどに多い。さらにはLNGに比して発熱量も小さく、同じ容積で運べるエネルギー量が約三分の一になっている。このように、液化水素は必ずしも効率的ではないことから、欧米では液化ということはあまり考えられていない。

 世界標準のガスの流通方法、欧米のガスパイプラインシステムでは基本的には配ガスライン(DSO)と送ガスライン(TSO)が分けられている。役割分担としては、DSOがエンドユーザーに届け、TSOが広域流通のほかエネルギー貯蔵施設や工場・DSOといった大口顧客に届けている。電気との違いは運ぶ中身が異なることである。DSOではカロリー調整と匂い付けがされたガスが流され、体積単位で取引される。TSOでは生ガスが運ばれるが、ガス田ごとにその組成が異なる。これらはカロリー調整されず、熱量ベースでの取引がなされる。したがって、こちらではバイオメタン(簡単な前処理によってTSO受け入れ基準を満たしたバイオガス)や水素を流しても、すぐに全国での取引ができるようになっている。

 8年前のアメリカについてのヒアリングであるが、サクラメントの公有電力SMUDによれば、燃料はバイオメタンが18パーセント、バイオマスとバイオガスが28パーセントとなっている。このバイオメタンの調達は、コロラドの牧場やテキサスの廃棄物処理場と相対契約を結んでいるとのことだった。尚、実際にそのガスがサクラメントに届くわけではなく、同熱量での振替供給がなされている。

 世界のパイプラインの状況としては、アメリカやヨーロッパ、韓国等はTSOパイプラインを有している。日本は広域パイプラインを持っておらず、ガス会社は基本的にDSO。広域流通はあまり考えられておらず、日本は全国30か所以上にLNG基地が存在している。また、購入するロットによって、地域で購入できるガス料金にばらつきも出ている。欧州のパイプラインもここ30年程で急速に発達したものであり、この間日本は無策であったといえる。東日本大震災時、津波でLNG基地が停止した際に、日本で唯一といえる新潟からのパイプラインで素早い復旧につながったことで、漸く広域パイプラインの重要性が日本でも認知された。

 欧米のガスシステムについて概観する。米国では1978年からガス改革が始まり、これが電力にも応用されている。改革の基本はオペレーションにある。まず重要なものはガスパイプラインのオープンアクセス。ガスパイプライン事業者のアンバンドリングをおこない、TSOとして全ての顧客にオープンアクセス輸送サービスとバランシングサービスを提供させることとした。ガスの場合は電力と異なり送るのに時間がかかるため中間管理者(Shipper)があることも特徴となっている。LNGターミナルのオープンアクセスも行われている。また新規パイプライン開発の資金調達のため、オープンシーズンという特例制度もとられることがあり、Shipperとの間にキャパシティについての先行契約を結ぶ代わりに、開発費をねん出させることも行っている。

 送ガスサービスとしては、ファ-ム輸送サ-ビス(FT)と中断可能輸送サービス(IT)がある。前者ではパイプラインとShipperの間に直接1年以上にわたって、ガス注入ポイントおよび払出ポイントを定める。FT契約を持つShipperは、契約数量分の輸送を優先して行える。後者ではパイプラインが利用可能な時に限り送ガスが行われるようサ-ビスが提供される。需要のピーク時またはシステムの緊急事態が発生した場合に指定された日数または時間の間、直前の連絡をすることでパイプライン管理者は送ガスを中断することができる。中断可能サービスの顧客は低い利用料金でパイプラインを利用することができる。また、無通知サービスによって、中小DSOのインバランス支払いのリスクを下げている。このサービスでは、FT契約を持つShipperはペナルティを課されることなく、毎日契約で定められた上限量に達するに至るまでの量のガスの送ガスを受けることができる。これはFTより高いプレミアム価格で提供される。また、パイプライン自体も貯蔵庫になりうることを利用したパークアンドローンサービス(PAL)もある。PALでは余剰のガスをパイプラインの中に留めることができる。また需要が予想以上の場合には、Shipperがパイプラインから予定以上のガスを取り出すこともできる。ただし、これはパイプラインサービスの中で最も低い優先順位の低いサービスとされている。また、ガスの取引はPoint to Pointが基本となっている。需要地近傍からの振替が電力よりも顕著に行われ、地点と量が定まれば流路を指定する意味は希薄ともいえる状況。

 市場運営については、前日市場は2サイクル、当日市場は3サイクルでなされる。パイプラインのから抑えの防止策としてはPipeline Capacity Releaseという制度がある。これはファ-ム顧客によって使用されていない利用可能な容量がある場合に、他Shipperがガスを流すネットワークの機能にアクセスできるようにするプロセス。これにより、ファームShipperはその容量維持の固定費の一部を回収する機会が得られ、新規Shipperはガス供給にアクセスできるようになる。またガスのバランシングはTSOがパイプの圧力を調整しながら運営する。電力と違い調整に時間がかかるのが特徴である。

 価格制についてみていく。ゾーン価格制では、輸送格がゾーンをまたがる場合、ガスの払い出しを行うゾ-ンとガスの注入を行うゾ-ンの組み合わせにより価格が異なる。電力のノ-ダルプライシングと同様で、ゾ-ン間の価格差には送ガス制約等が反映され、これが輸送料金に反映される。なお、ゾ-ン内のやり取りは距離に拘わらず定額。郵便型定額方式というのもある。Shipperはガスの移動距離に関わらず定額を支払う。また一部では距離制をとることもあり、その場合Shipperはガスの注入地点と取り出し地点の間の距離に基づいて料金を支払う。米国ではこれらを組み合わせた料金システムがとられている。

 付属施設に目を向けると、日本との大きな違いは、ガスクロマトグラフ(GC)がTSOの結節点ごとに備え付けられていることが特に挙げられる。ガスクロマトグラフ(GC)によって流れるガスの流量やその特性がノードごとに常に分析されている。

 また米国には金融商品の市場もある。市場参加者は、天然ガスの価格の変動から利益を守ることに関心がある。市場価格に拘わらず売り手に低めの定額を、買い手に高めの定額を保証し、価格変動リスクを仲介者が取るという取引をエンロンが今でも行っている。電力にもこれは応用されている。

 そのほか、貯蔵施設も日本とは異なる。廃止ガス田、帯水層、塩洞窟などあり、廃止ガス田は特に容量が大きく、季節変動に耐えられる。ヨーロッパの北はガス需要は冬が多い。冬の間はガスを引き出し、夏の価格の安い時にため込ませている。

 続いて、ENTSOGの2050年戦略のレポートをみていく。ENTSOG は、ガスシステムのカーボンニュートラルに向けて、既存設備を徐々に転換しながらメタン (CCUS、バイオメタン、合成メタン)、水素とメタンの混合、水素のグリッド構成を構成していくことが可能と考えている。これらは時間の経過あるいは地域の状況に応じて変化していく可能性が高い。いずれにしても2050年にかけて天然ガスから水素・バイオメタンに転換されていくが、水素グリッド、メタングリッド、混合グリッドが地域特性によりパッチワ-ク状に混在していくイメージである。水素グリッドについては最初に産業用で導入がすすみ、その後、周辺の水素対応の流通エリアで随時水素が利用可能になるといったことが書かかれている。

 また最終的には電力とガスの二重グリッドが良いとしている。電力システムとガスシステムは相互補完的なものと見なされるべきとしている。電気システムは、大量の再エネの使用を可能にするが、長期的なエネルギー貯蔵の提供、ピーク生産と消費の処理、および長距離輸送に関して課題をもつが、ガスがこれを補完する。

 欧州のガスの原産地証明について、バイオメタンは既に改訂された再生可能エネルギー指令2018/2001 / EU(RED II)で制度化されており、イシュアー(証明書の発行機関)が国ごとにある。

 経産省の試みとしては、2016年にガスシステム改革小委員会にてガス事業法改正前から天然ガスパイプラインの整備への検討が行われ、地下貯蔵を検討も行われている。ガス業界に提案したが進んではいないのが現状。ただ、ガス業界においても地下貯蔵は検討されているようである。

 今回テーマとした米国ガスシステムについては、「欧米のガスシステムー活性化する市場改革の基本と仕組みー」もご参照いただきたい。

アイシンにおける家庭用コージェネレーションを活用したVPPへの取り組み

鵜飼健司様(株式会社アイシン)

 トヨタグループの自動車部品メーカーの中のエナジーソリューションカンパニーとしてエネルギー事業をしており、全体の売り上げが4兆規模の会社の中では比較的小さい規模でやっている。持続可能な社会実現へ向けゼロエミッションビークル等に取り組みながら、またエネルギー事業にも取り組んでいる状況である。まずは徹底的に省エネを行い、その先として再エネの調整力等に活用するような形で地域に根ざしたエネルギーマネジメントシステムを導入しカーボンニュートラルへ貢献していくことを目指している。

 今扱っている商材は大きく三つある。まず家庭用のコージェネレーションシステムが二種あり、一つは暖房需要の多い寒冷地で用いるガスエンジン型のコレモで、発電効率は27%と低いが、その分熱をたくさん出せるので、暖房メインで使ってもらう商品。もう一つは燃料電池をもちいたエネファームtypeSで、700Wの発電と25Lの給湯ができる。小さな機械でありながらも、発電効率は55%と高い。直近では IoTの機能も積み(元々は顧客の念各操作などのためのもの)、これを使ってVPPの取り組みもしている。また1980年代後半に受給逼迫がおき節電要請も多かった時期があり、そのときピークカットのためにガスエンジン空調という発想・商品が生まれた。こちらも究極的な目標としてはデマンドレスポンスに用いようと考えている。

 エネファームtypeSは、家庭用燃料電池コージェネレーションで、都市ガスやLPガスから水素を取り出し空気中の酸素と反応させて発電するデバイス。化学反応のときに熱が出るのでそれを回収し、お湯を沸かして利用する。商品名のタイプSは個体酸化物形燃料電池(SOFC)の頭文字からで、発電効率が良くなるという面もありこれを採用している。エネルギーの大半が電気となり熱として取れる部分が非常に少ないということにもなるので、貯湯タンクは25Lと小さく燃料電池のユニットの中に内蔵されており、既築の住宅のガス給湯器に後からエネファームを入れてもらうレトロフィットができるようになっている。日本の住宅は狭小住宅が多いこともあり、小型化にも力を入れている。送電ロスがなく、発電して熱も回収するというエネルギー効率の高さを社会的な正義と考えている。また顧客のメリットとしては、(ガス代や電気料金のボラティリティが非常に上がっているので参考ではあるが)年間で10万円ほどの光熱費の削減メリットを出しうるので、投資回収をする形で経済的メリットを得られる。また一般家庭でも年間CO2排出量を最大1.5トン減らせることも、カーボンニュートラルに向けたトランジション手前の段階で省エネを徹底的に図る中では重要と考えている。20年モデルからIoTの機能を搭載しており、デマンドレスポンス(DR)対応もしている。またレジリエンスの機能もある。昨今風雨災害で系統にトラブルが出て停電が長引くことも散発してくると考えられる。アイシンの商品では系統が落ちた場合も、専用のコンセントへの差し替えが必要ではあるが自律運転によって電気を供給できる。

 続いて、VPPについての取り組みを紹介する。今後は自治体の方でもカーボンニュートラルに取り組んでいかなければいけない。そういった自治体に向け何かしらの手伝いができないかという観点で取り組んでいる。今まではエネファームの物売りで終わっていたところを、自前でサービスプラットフォームを立て、Jクレジットを創出する自治体の手伝いをしたり、変動再エネの調整力が今後必要になってくる中で、家庭用発電機を束ねることで貢献できないかと取り組んでいる。究極的には、メタネーションにも取り組みたいと思っている。

 VPPをやるに当たり最初に取り組んだ事例について紹介する。豊田市の実証で、2017年の年繋がる社会実証推進協議会というプロジェクトに参画させていただいた。豊田市のもつごみ発電や太陽光発電・風力発電と豊田市役所を中心とした需要側から仮想のバランシンググループを作り、アグリゲーションコーディネーターとして中部電力が入ることで地元の企業を中心としたVPPに取り組んだ。再エネの地産地消を主目的としながら、同時同量インバランスの調整にも取り組んだ。

 一般家庭の顧客のエネファームを動かすのは2017年時点では難しく、自社の社宅に8台ほどエネファームを並べ入居者の了解の元でDR実証をおこなった。エネファームが本当にDRのリソースとして動くのかの単独試験では、ほぼ指令値に沿って動作できることが確認できた。ただし、化学反応を用いるので、最初に出力を低いところから上げるところには欠けが出る。同時同量インバランスについても、少し通信エラーがでることもあったものの、ほぼ対応できることが確認できた。こういった実証を通じながら、DR対応力を上げていこうと取り組んでいる。ほぼゴミ発電なのであまり変動がなく、また夜間に余剰が出て逆に日中は再エネが足りず下げDRをやるという、変わったVPPになってはいるが、地産地消率76%だったものが96%まで上がるような運用ができた例もあった。また季節でみると、冬場の方が改善の余地が大きいことも見てとれる。

 昨今JEPX価格高騰で苦しんでいる自治体が出資の地域新電力に向けて、DRサービスを提供したら役に立てるのではないかと考えている。エネファーム等のガス機器群を束ねることにより再エネの予測外しやダックカーブ対応による足りない調整力を出すことができる。JEPXが高騰したときにファームの発電単価の方が安く電気を渡せるので、余力があれば経済DRとして使っていただくほか、エネファームの発電余力を束ねて容量拠出金の低減などに使っていただくことも考えている。先ほどの豊田市のVPP実証の後も単独で試験環境は維持しており、実際に価格スパイクに合わせてエネファームが動かせるか実証研究も行っており、かなり追従して動かせることが確認できている。

こうした成果を踏まえ、現在では岡崎市の脱炭素先行地域にも協力している。エネファームによる省エネを図っていき、太陽光による創エネも行い、また蓄電器も増やしていく。そして地域エネルギーマネジメントを行っていくことで、再エネの地産地消を図るものである。東邦ガスからカーボンニュートラル都市ガスも先行的に供給いただきトータルで脱炭素となることを目指している。NTTノードエナジーが需給管理を担っており、そことサーバー連携することによってエネファームを束ねて調整力も供出していくことに取り組んでいる。計画としては例話六年度から年間50台のペースでレトロフィットで入れていく予定。ガスエンジンヒートポンプ(GHP)も、DRのリソースとして活用しようと考えている。GHPと電気ヒートポンプをあわせたハイブリッドヒートポンプというものもあり、こちらであればかなりDRに対応できると考えている。例えば、用法発電容量でJPEXの値段が底値で続く場合、ガスでなく電気で動かすことでコストメリットを得る。逆に電力の需給が逼迫した場合には、電気を止めてガスで回す。こういう形であれば、コスト面と需給逼迫対応面をあわせもちながら空調を提供できる。

 再エネというところで、P2Gについての取り組みも紹介する。秋田県での環境省の実証にアイシンも参画している。能城沖で水素混合ガスの実証研究に取り組んでいる。また、メタネーションに関しても経済産業省のメタネーション推進官民協議会の中で活動している。メインの自動車部品についてヨーロッパのメーカーからの要求もあって今作っている商材をカーボンニュートラルで作らなきゃいけなくなってきている。モーターのケース等はアルミで作るが、その加工は電気でやれなくはないが非効率なものになるため未だにガスでやっており、やはり製造段階でかなりのCO2を出してしまう。こういったところでデンソーとも協同しながら工場から出るCO2を回収し東邦ガスの拠点に運び、そこでメタネーションしてガス導管に入れて戻してもらうといった循環モデルも考えている。水素の調達について、値段も含めどのようにしていくかといったところを協議会で経産省と相談しながら進めている。

 最後にクレジットの話も紹介する。元々国からエネファームの導入補助金を出していただいており、そのときはグリーンリンケージ(GL)倶楽部の活動で環境価値をクレジット創出してもらっていた。補助金が終わりこの活動が終わってしまうと、エネファームのCO2削減効果が埋没価値になってしまう。これを自治体の方に活用していただけないかと考えた。豊田市では今もエネファームの補助金を出していただいており、累積発電量の集計までを弊社のサーバーで代行することで自治体の作業的負担を減らしながら暮ヒットの活用を行っていただいている。現在、複数の自治体から引き合いをいただいて、順次活動を広げている。

 今後もエネルギー関連事業を通じて、環境配慮したまち作りへの貢献を目指していく。足元では主力商品のエネファームでまず徹底的な省エネに貢献する。そしてその先として、調整電源として活用されることで、変動電源型再エネの下支えに貢献したいと考えている。

人間によるエネルギー選択

筑波⼤学 システム情報系 構造エネルギー⼯学域 助教 鈴木健吾先生

様々な取り組みがあっても、結果としては化石燃料由来のエネルギー消費は増え続けている。化石燃料は体積当たりの発熱量も他に比して多く、輸送や保存においても利便性が高い。再生可能エネルギーが普及するためにはそれよりも便利で安価にしていくということが必要になってくる。研究開発が進み、エネルギーの技術的な費用は下がっていくと考えられる一方で、土地の制約や資源調達、抵所得者の人への支援等を考慮すると、プロジェクトの全体としての費用が上がっていく面もある。今まではエネルギー転換に際して技術が進歩し市場が自由化していけば、成り行きでうまく進むかのように言われている部分があった。しかし必ずしもそうではなく、費用が高くても、それ我々がその技術を主体的に選び取っていくことをしていかないと進展しないのではないかという考えが研究のモチベーションになっている。
人間あるいはその集団である社会が、この世界にとって望ましい技術を選ぶ条件を問いとして、それを考えるにあたり社会的ジレンマという概念を持ち出した。社会的ジレンマの一番シンプルな定義としては、個々の主体にとって最適な戦略が、それらが集まった集団にとって最適でない結果をもたらす状況といえる。このとき私の利益と全体の利益は対立する。気候変動の問題は以前からこの典型と言われている。Geels et al. (2017)(https://doi.org/10.1016/j.joule.2017.09.018)では、低炭素化の問題は多主体系としてみないといけないとされている。色々な立場の人たちについてそれぞれ様々な習慣や文化、目的や制約などがあったうえでの競争を考えたとき、エネルギー転換のような公共性を持つものは社会的ジレンマ構造から政策的なものがないと進まない可能性も指摘されている。
こうしたことをどのように研究に落とし込むかサーベイしたところ、分野として社会心理学や実験経済学に見つかった。やり方としては囚人のジレンマゲームみたいなものを数名で繰り返し、協力率を調べる。協力率を左右する要素として、規範や信頼、学習やコミュニケーション、リスク認知の違いなどがあることがわかっている。非協力行動の動機は二種、Fear(協⼒⾏動が無意味だと感じて損失を最⼩限に抑えようとする主体)とGreed(他者の利益を考慮せずに⾃⾝の利益を積極的に増やそうとする主体)がある。ゲームの構造によってこのどちらかが強くなる。たとえばZEV 普及をめぐるジレンマは全員の協⼒が必要なのでどちらかといえばFear、バックアップ電源を巡るジレンマは誰かが調整⼒を提供する必要があるということでGreedの問題と考えられる。非協力行動を解決するためには、インセンティブを与えるということをまず考える。低炭素化の文脈で言えば、⾮協⼒⾏動に対する罰則としては炭素税や排出枠取引、協⼒⾏動に対する報酬としては低炭素技術への補助⾦、固定価格買い取り制度等が該当する。そしてこうした非協力行動の解決についての利点や欠点も先行研究から様々示唆されている。ゲーム用の抽象的・単純な社会的ジレンマや、公共財ゲームの研究を基に、エネルギーシステム特有の複雑なモデルを組んだ研究ができないかを考えた。
そこで参考になったのがKitakaji Y, Ohnuma S (2019) (The Detrimental Effects of Punishment and Reward on Cooperation in the Industrial Waste Illegal Dumping Game - Yoko Kitakaji, Susumu Ohnuma, 2019 (sagepub.com)) である。産業廃棄物の不法投棄を減らそうとして罰則を設けたところ、不法投棄が増えてしまうことが現実に起きた。それを実験的に確かめるということで、モデル化が行われている。プレイヤーは製品を⽣産し収⼊と産業廃棄物を得る排出事業者と、廃棄物の中間処理業者、最終処理事業者にわかれる。利得情報は非公開である。全プレイヤーは廃棄物を不法投棄できるが、ゲーム終了時に総不法投棄量に応じたペナルティを被ることとなっている。このゲームの協力行動は、適正なお金を適正に払ってみんなが適正に処分することである。このゲームを(1)廃棄物を迅速に処理すると報酬あり(2)相互に監視し罰則も設ける(3)報酬も監視罰則もなし の三条件で複数回行い、不法投棄量の比較をした。結果として、報酬条件によっては他の条件よりも投棄が増えることがあり、またプレイヤーではお互いに情報交換がなくなった。このことは、報酬があることによって、情報交換を通じて廃棄物処理を行うことから、続きを迅速に終え報酬を得ることに目的が変わったためと考察されている。
これのエネルギー版が、取り組んだ研究となる。今回は特に2020年から2021年に取り組んだ実験の話をする。いずれも炭素税がエネルギー転換に与える影響を調べている。参加者は競争的なエネルギー事業者となり、エネルギーミックスを決定しお金を儲ける。炭素税には二つの期待される効果がある。一つは化石燃料の調達費用が上がり、代替エネルギーの方が相対的に有利なり選ばれることである。もう一つは、事前に課税を伝えることにより世の中が動く間接的な効果である。この二つが実際に生じるのかを実験的にみていく。調査内容としては、一つはゲームを行いログをとる。もう一つはゲーム中とゲーム後にアンケートをとる。要するに客観的なデータと主観的なデータの両方をとり、それらが炭素税の有無でどう異なるかを調べている。ゲームとしては、プレイヤー4人は化石燃料と再エネのどちらかを売値を決めて売る。マーケットには競争があり、安く売る動きは顧客を収奪する。またもう1つルールがあり、儲けの一部を再エネのR&D投資に入れることができる。これを早めにやると、再エネの費用が下がりエネルギー転換が進めやすくなる。長期的には最適解としてR&D投資した方が儲かるようにパラメータを設定した。これを炭素税の有無で比較する。実験環境はオンライン化し、インセンティブをつなげるため参加者のアルバイト代はゲームの結果で異なるようにした。質問票ではゲーム中には価格等の不確実性についての不安だけを調査し、ゲーム後にはプレイ全般についての認知と理解を尋ねた。
結果として、炭素税は課税後における再エネ導⼊を加速させたが、課税前における再エネ導⼊やR&D投資額に影響を与えなかった。また、ゲーム全体を通じて、炭素税はプレイヤーの不安⽔準に影響はなかった。このことは、炭素税は実際に課税されればエネルギー転換を後押しできるが課税予告による効果は期待できないと考えられる。炭素税は化⽯燃料の絶対的な利益を減少させるが相対的な不利を確定させないとすれば、エネルギー転換の促進には化⽯燃料が相対的に不利になる⽔準の税をただちに課す必要があり、炭素税の⽔準は化⽯燃料価格に合わせて変動させる必要があるかもしれない問う話は他の研究でもされている。
次のバージョンでは、税が上がっていくプロセスで何が起こるかを検証した。モデルは環境経済学的な簡略化をし、エネルギーミックスの選択については化⽯燃料と代替エネルギーをどのような割合で⽤いるかの選択とし、 習熟効果として代替エネルギー価格は先⾏投資により低減する(化⽯燃料価格は時間とともに上昇する)とした。炭素税水準は3パターン用意した。(無税、低税率(30ラウンド過ぎに代替エネルギーに転換が最適解)、⾼税率(20ラウンド付近で代替エネルギーに転換が最適解))。各条件におけるエネルギー選択は
結果は、化⽯燃料の消費量はゲーム前半には条件間差はなし、ゲーム後半に条件間差があらわれた。一方で代替エネルギーの消費量は、炭素税のない条件ではゲーム中盤の化石燃料の価格高騰で代替エネルギーの消費量が増えていた。しかし、税金があるとあまり増えなかった。心理条件については多い各条件における将来のエネルギー価格への不安の⽔準はなだらかに下がっていく様子が見られた。
先行研究も含めて検討すると、協⼒⾏動の効果に不確実性があると協⼒率が低下するようだった。 炭素税が燃料価格の不確実性を下げる効果を持たないならば、価格⽔準が低いうちは効果を発揮しない。罰則が規範を失わせているらしいことも観測できた。「炭素税を払えば化⽯燃料を使ってよい」から、「税が⾼額だから仕⽅なく転換しよう」という考えになった可能性を踏まえる必要がある。政策的含意としては、カーボンプライシングも規範の喪失につながる可能性あるのではないかと考えた。

またエネルギー政策の複雑な問題をどのように学生に伝えるかを、教育の大きなミッションと考えており、それにゲームを使うことを考えている。客観的な複雑さと主観的な経験というものがあるが、ゲームはこの両方を表現できる。エネルギーシステムの複雑な問題のゲームによるモデル化を調べていくと、実に様々出ている。
6人の参加者が電力会社の役員となり電源構成を話し合って決めるゲームを作り、授業で用い、その効果を調べたこともあった。老朽化した石炭発電所が一つずつ壊れていくので、代わりにどの電源をいれていくか話あいで決める。参加者にはそれぞれ異なるステイクホルダーが後ろに着いていて、どの電源をどれぐらいたてると幸せになれるか理想のエネルギーミックスがみんな違うようになっており、みんなでディスカッションし投票で決める。投票が同数でトップにあると結論が出ずそれが続くと停電して全員ゲームオーバーになる。授業では一週目にゲームをし、レポートを書かせて、2週目にそれを基に振り返り、また最後にレポートを書かせる。2週目のレポートを全て分析して、学習効果があるかどうかを調べた。3年間で受けた130人ぐらいの学生のレポートを全て段落ごとに小分けし、どういうことを学んだかラベル付けし、それを集約・カウントしていった。結果としては学生の学びは6つに集約でき、そのうち 4つは政策課題間のトレードオフを克服する視点の養成、2つは意⾒の対⽴を乗り越え合意を形成する能⼒と態度の養成といえるものとなった。レポートをカウントすると83%の学⽣が両⽅の学習⽬標に関連する内容を同時に学習していたことがわかった。(ゲームを⽤いる学習が持続可能性に関わる社会課題の学習に有効とわかった。)

また、筑波大の様々な分野の先生で持続可能性をテーマとしたゲーミングの研究もやっている。このプロジェクトではトピックが二つあり、一つは地球規模課題を表現する教育⽤ボードゲームのデザイン、もうひとつはクラウドソーシングを⽤いる⼤規模ゲーミング実験となっている。自分はプロデューサーに回り、他の先生に作ってもらっている。リサーチクエスチョンとしては、「異分野の専⾨家が連携することで、地球規模の⼈類学的課題に共通する構造を表現するゲームをデザインすることができるか」「その効果があるか」である。
たとえば農学部の先生が作ったゲームでは、プレイヤーはウイルスとなり宿主に寄生するが、一人の宿主に四体ウイルスがつくと徐々に弱って死んでしまう。これは共有地の悲劇の問題をテーマとしている。今の地球の社会的課題が、彼にはこういうふうに見えているという、一つのプレゼンテーションとなっている。また教育哲学の先生の作ったゲームでは、プレイヤーは2000年の政策担当者、2040年の政策担当者、2080年の政策担当者として、共通の世界に働きかける。そうすると過去世代の人が楽しそうに街を作っている姿を未来の人やきもきしながら見るような、世代を超えた時間的対立があらわれる。過去の世代の未来世代からの見え方や、自分の過去が未来にどういう影響を与えるかを考えていく教育に使うことを考えている。またそのほかに、プレイヤーが1人の家人とそれを見守る座敷童となって協力して住居を持続させるゲームでは、主体的にその家をキープしている行為者と、政策担当者や観察者の視点を学ぶことができる。
このプロジェクトでは、分野によってモデル化する考え方や方法論が異なるらしいこともわかってきた。今回は持続可能性の話だったが、エネルギー問題で同じことやっても面白いかなと今、個人的には思っている。

また、現在クラウド事業を使った大規模な実験も行っている。テーマとしては、競争的な環境に置かれると信頼が壊れることがあり得るのではないかというもの。実験環境はWebアプリ化し、クラウドソーシングで500⼈程度の参加者を募集した。結果は今回示すことができないが、競争的な環境に置かれたときに協力率が下がりうるとしたら、エネルギー政策を含める公共的な問題で競争環境に置くのはそもそもどうなのかという話になっていく。
今後の展望としては、排出枠取引の話とかエネルギーコミュニティのジレンマの話、ZEVの話への展開を考えている。また技法として人間は1人で他全員がAIのようなハイブリッド環境でのシミュレーションや、人間のように振る舞うエージェントをAIで作成してのシミュレーションなどにも取り組んでいる。

教育やコミュニケーションに力を入れるのは、罰則がやむを得ない場合もあるがやはり内発的動機が大事と考えるからである。再エネを入れていくうえでもコンセンサスをつくるということが時間がかかるがとても重要である。今原子力でこれだけもめるのは合意の形成が不十分なことが大きく、再エネも無理やり入れると、やはり同じことが起きうる。