Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

TOP > 研究会情報 > 2023年6月26日(月)部門C研究会 議事録

2023年6月26日(月)部門C研究会 議事録

2023年06月26日(月)
於:Zoomオンライン会議

 2023年06月26日(月)15時30分〜20時、再生可能エネルギー経済学講座部門Cの研究会が、Zoomオンライン会議にて開催されました。今回は、京都大学の安田陽先生、長崎大学の昔宣希先生、名城大学の李秀澈先生よりご報告いただきました。

エネルギー政策における意思決定
- エネルギー技術モデルと根拠に基づく政策決定(EBPM) -

安田 陽 先生

 本報告は、エネルギー政策立案の基礎となるエネルギー技術モデルと根拠に基づく政策決定(EBPM)の世界の発展動向を紹介し、このような科学的方法論をできる限り多くの日本の方に知っていただくことを目的としている。

 まず、脱炭素の国際動向について紹介し、科学的な将来予測や政策決定のあり方について論じた。国際エネルギー機関(IEA) 報告書による電源構成の推移見通しと再エネ導入率見通しの推移を示し、「2050年における世界の電源構成における再エネの比率は約9割になる」という将来予測が提示された。世界では、コンピューターシミュレーションに基づいて導き出される結論が、政策決定においてますます大きな参考となる。しかし、日本では多くの人が知らされていない状態にある。また、シミュレーションからの結論はしばしば科学的根拠なく疑問視され、不信感を持つ主張が流布している。本来、科学とは、単に自分の考えと同じか違いか、結果が好きか嫌いかではなく、方法論が重視されなければならない。

 次に、エネルギー技術・経済モデルの国際動向を紹介する。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の2017年に発表された報告書では、さまざまなエネルギーモデルが紹介されている。「長期エネルギー計画モデル」や「地理空間計画モデル」、「発電コストモデル」に相当するモデルとして、BALMORELやTIMES(The Integrated MARKAL-EFOM System)などの世界的に有名なモデルが挙げられた。特にTIMESモデルは、国際エネルギー機関の技術協力プログラムの一つであるIEA-ETSAP(Energy Technology Systems Analysis Program)の活動として開発されているエネルギーモデル開発環境であり、最適な技術の組み合わせ、投資時期、価格、排出量などの算出を行う技術モデルである。しかも、線形計画法、混合整数計画法、二次計画法などを組み合わせ可能な最適化開発ソフトウェアCPLEXにより最適化問題を求解でき、単に工学的技術だけでなくコストも含めた経済学的な最適化を行うことができる特徴を持つ。このモデルがIEA、IRENA、英国エネルギー・気候変動省(UK DECC)、米国エネルギー省(US DoE)、欧州連合の欧州委員会共同研究センター(EU JRC)など政府・研究機関を中心に幅広く利用されると言及した。さらに、国際的にはエネルギー技術・経済モデルはしのぎを削る開発競争となって、工学モデルと経済モデルの二つタイプのモデルの融合が始まっている。

 そして、EBPMについて論議した。近年はEBPMという用語も市民権を得つつあり、日本でも少しづつであるが政策決定に科学的根拠や科学的方法論を取り入れようという動きもあると示した。しかし、EBPMは単なる理念や掛け声だけでなく、具体的な方法論が必要である。多くの場合、EBPMには費用便益分析(CBA)が評価手段として用いられて、ある手段や技術を採用した場合にそれを実現するためのコスト(C)はいくらか、それを採用したことによって得られる社会的便益(B)がいくらかを試算し、BがCを上回った際にその手段や技術を採用することが正当化されると説明した。つまり、費用便益分析の目的は、政策の実施についての社会的な意思決定を支援し、社会に既存する資源の効率的な配分を促進することが明らかにした。その後、欧州送電事業者ネットワーク(ENTSO-E)の系統開発10ヶ年計画(TYNDP)研究、米国東部再エネ連系研究、NRELの東西直流連系研究、NRELの大陸横断直流連系線研究、北本連系線研究が例として挙げられ、CBA分析をもちいたEBPMの重要性が紹介された。

 最後に、現在の日本の政策決定や意思決定に科学性が欠けていることが指摘され、科学的知見に基づいた政策決定方法論に注目するよう政府や国民に議論を呼び掛けることが重要であるということが述べられた。世界ではエネルギー技術・経済モデルを開発し、コンピューターシミュレーションを行って将来予測し、政策決定に役立てている。日本では研究者は頑張っているが(第6次エネルギー基本計画の議論の最中には、国内さまざまな機関によるコンピューターシミュレーションの試算結果が政府の審議会で比較検討されたことがある)、国際動向が多くの国民に知らされていない。しかも、現在日本においてEBPMは名ばかりで科学的知見が政策に反映される機会が少ないことも指摘された。また、EBPMや科学的根拠に基づく意思決定は天から降ってくるものでもないし、「お上」による上位下達を指をくわえて待つものでもなくて、国民がこの問題に関心を持ち、それを政策決定者に常に要求することが重要だということが強調された。

Impact of carbon market linkage between China, Japan and Korea on decarbonization: E3ME applied study

昔 宣希 先生

 本報告は、E3ME(Energy-Environment-Economy Macro Econometrics)モデルを用いて、日本、中国、韓国の炭素市場リンクが3カ国の脱炭素化に及ぼす影響を推定することが目的とした。

 まず、世界の脱炭素化の進展を説明し、北東アジアにおける日中韓の炭素市場を結び付ける可能性を議論した。世界銀行の報告書によると、2023年4月現在、世界中で73箇所の炭素価格市場が運営されている。このうち、日本、中国、韓国は合わせて全体の約3分の1を占め、それぞれ炭素市場を利用して排出量を削減している。3カ国が、最新の国別約束(Nationally Determined Contributions: NDCs)に対してより野心的な計画を策定するだけでなく、G20のネットゼロ戦略(G20 net zero targets)にも積極的に取り組んでいたことが示された。中国では、2030年までに炭素排出量のピークアウトを達成して、2060年までにカーボンニュートラルを実現することを約束した。そのため、2013年に地域炭素排出量取引制度のパイロットを導入し、長年の経験を活かして、2021年に全国統一炭素排出量取引メカニズムを確立した。日本では、2030年に温室効果ガス排出量を2013年比で46%削減して、2050年に完全なカーボンニュートラルを実現することを目標に定めて、2010から2011年にかけて地域レベルの炭素排出量取引市場(東京都・埼玉県)が始まった。また、韓国では、2030年に温室効果ガス排出量を2018年比で40%削減して、2050年に完全なカーボンニュートラルを実現することを目標に決定して、2015年から国家炭素排出市場が創設された。また、パリ協定文書に見られる共同炭素市場創設の根拠を詳しく説明した。統一された炭素市場は、国際協力を促進して、各国の環境目標の達成を促すとともに、炭素リーケージという問題を回避できる可能性があることが確かめられた。ところが、先行研究を参考すると、現在まで共同炭素市場に関するものの多くは、欧州連合排出量取引制度に関連したものであることが明らかにした。したがって、日中韓の共同炭素市場構築への期待が示された。

 次に、研究プロジェクトの具体的な内容を紹介した。この研究では、科学的証拠基づいて三国間の炭素市場協力の可能性を探ることが期待されている。さらに、(1)日本、中国、韓国の炭素市場の最新状況を更新し、各国計画の特徴を理解する、(2)世界中の既存のリンクされた炭素市場をレビューする、(3)各国のネットゼロ戦略政策のシナリオの下で、統合炭素市場が北東アジアおよび各国の経済と環境に及ぼす影響を調査する、ことが明らかにしたいと示した。

 そして、研究で使用するE3MEモデルの基本構造、方法論、政策シナリオ、CGEモデルとの比較について解説した。E3MEモデルは、炭素税や炭素価格によるコストの上昇の下で、経済主体が低炭素の技術革新や関連投資を行う際の経済への影響をよく反映できる特徴を持つと示された。したがって、本研究では日本エネルギー経済研究所(IEEJ)の2020年版OUTLOOK2021のレファレンスケースをベーズラインシナリオとして設定し、比較対象となる(1)石炭火力発電の段階的廃止政策なしの各国独自の炭素市場、(2)石炭火力発電の段階的廃止政策なしの3カ国共同炭素市場、(3)石炭火力発電の段階的廃止政策付きの各国独自の炭素市場、(4)石炭火力発電の段階的廃止政策付きの3カ国共同炭素市場、(5)炭素国境調整メカニズム(CBAM)付きの各国独自の炭素市場、(6)炭素国境調整メカニズム(CBAM)付きの3カ国共同炭素市場という六つの政策シナリオを提案して、日中韓の共同炭素市場が2030年と2050年の排出削減目標を達成するための経済・環境影響と、各国独自の炭素市場の実施に伴う経済・環境影響の差異を比較検討した。また、CGEモデルとの差異に言及して、主に(1)モデリングアプローチ、(2)経済背景、(3)行動関係の扱いという3つのところに異なることが指摘された。

 最後に、モデルの推定結果により、異なる政策シナリオの影響で共同炭素市場と各国独自の炭素市場が経済・環境への影響の差異について詳説した。結論として、(1)全ての国で定められた排出削減目標を達成するには、非常に高いレベルの炭素価格が必要であること(2)韓国にとっては、共同炭素市場を通じて非常に安い炭素価格を受益することが可能ですが、GDPと雇用に悪影響を及ぼすこと(3)国内で排出削減をおこわないことにより、投資増加、学習効果、燃料輸入の削減による貿易収支の改善、エネルギー消費の潜在的な節約という機会が失われていること(4)CBAMが3カ国のマクロ経済指標に影響を与えること(5)炭素価格の上昇に伴って税収の規模も増加し、この活用の影響は大きいことが確認された。

 その他にも、報告の内容を総括した後で、いくつかの今後の研究課題が挙げられた。

Carbon-Neutral Steel Production and Its Impact on the Economies of China, Japan, and Korea: A Simulation with E3ME-FTT:Steel

李 秀澈 先生

 本報告は、E3ME(Energy-Environment-Economy Macro Econometrics)-FTT:Steelモデルによるシミュレーション結果を分析し、日本、中国、韓国のゼロカーボン・スチール生産の実現に向けた政策パッケージ(炭素税、補助金、強制措置を含む)を設計することが目的であった。

 まず、研究背景を紹介した。2020年10月に、日本、中国、韓国が2050年までにカーボンニュートラルを実現する目標を宣言した。目標を達成するために、電力分野だけでなく、産業、運輸、商業などあらゆる分野で化石エネルギーへの依存から脱却する必要がある。その中、鉄鋼産業(ISI)は他の分野への材料の主要な供給者であり、排出量にもっとも大きく影響を与えている。しかし、ISIの脱炭素化はいくつかの障壁に直面している。現在まで定量分析から政策を用いてISIを脱炭素化する方法を検討した研究はほとんどない。そのため、本研究はE3ME-FTT:Steelモデルを用いて、政策の組合せの下で技術の普及、環境パフォーマンス、経済などに与える影響を推定したい。

 次に、日本、中国、韓国におけるISIの国別プロフィールを紹介した。

 そして、FTT:Steelモデルの概要、特徴、基本構造、メカニズムに言及した。FTT:Steelモデルでは、鉄鉱石からの一次鉄鋼生産経路や鉄スクラップからの鉄鋼リサイクルなど、粗鋼を生産するための26種類の技術経路について説明する。

 その後、各政策シナリオに関する設定を詳説した。ベースラインシナリオは現行の政策シナリオを採用し、比較対象として使用される3つの政策シナリオは(1)低炭素技術への助成による税収循環型炭素税、(2)炭素集約的な製鉄プロセスに対する規制の段階的廃止+低炭素技術への補助金、(3)低炭素技術への助成による税収循環型炭素税+炭素集約的な製鉄プロセスに対する規制の段階的廃止+低炭素技術への補助金を設定した。

 最後に、シミュレーション分析を通じて、政策シナリオ(3)は鉄鋼生産からの排出量を削減でき、間接的に各国経済にプラスの影響を与えるという結論が判明した。また、今後の研究課題を展開して終わりとした。