Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

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2023年10月30日(月)部門A研究会 議事録

エネルギーシステムインテグレーション-モデル解析の役割-

荻本和彦先生(東京大学)

 エネルギーシステムインテグレーション(ESI)では、エネルギーの領域や、電力のエリアの需給や送配電の需要の分析についてのツールを提供している。

 今後は、発電する側ではなく、電力を使う側からも可能な範囲で適切に対応できるようになることが必要になる。本日紹介する電力需給解析はそれを考えるためのツールであり、たくさんの人に使っていただき、アイディアを競うこと等にもつながればと思っている。

 最初に、我々が考えていくべきことについて話す。電力・エネルギー分野では、電化とセクターカップリングや再エネ導入、分散化システムの導入が進んでいる。電化は、基本的に1次エネルギーの消費量を下げる。また、ゼロ排出を条件とすれば、再エネも原子力も二酸化炭素を排出しない電源であり、殆ど正解と言える。しかし、電化が進むと停電の影響は大きくなる。分散型は、安定供給・経済性・環境性で見たとき、個別の機器の故障した影響を限定的にすることができる。しかし、管理の甘いトータルの容量の大きい多数の設備が一斉に脱落する問題を防止できれば非常に良い構成といえる。そして再エネは、徐々に安くなっているものの、間欠性が大きな課題となっている。導入割合が増えるとコストが上がるが、これにどう付き合うかを考えなくてはいけない。

 もう少し先について、世界の潮流から考える。2050年になると、日本での再エネ量も増え、多量に電気が余るような時間も出てくる。他方、二次エネルギーは安定的に貯められることが重要なり、導入時期と規模の見極めも重要となる。まず電気は電気として使う方が効率は良いので、早い段階で二次エネルギーにお金をかけすぎると、経済の海外とのマネーゲームには負けてしまう。

 また交流の電力システムをHVDCが補完することも、世界的な潮流になっている。そしてインバーターのインターフェースの設備が増える中で、今後の安定した周波数の維持または電圧の維持を下支えするというSystem Strengthの概念が注目され、グリッドフォーミングインバーターという技術も注目されている。以上が電力システムの変容の様子である。

 次に、変化と市場の再設計について述べる。火力発電所が少なくなると、PVの出力変動をどう補うかが大きな問題になる。ここで重要なことは、「予測は必ず外れる」ということである。それも、毎日起こるようなことではなく、年数回だけ大きな予測外れが起こることを特に注意しなくてはいけない。そのときに対処可能な毎日の運用と、設備の手当ができているかが大きな課題となる。今では火力発電所は最低出力まで下がり全国で出力制御の量が増える状況となってきた。これらをうまく管理し、全体の経済性を高める必要がある。

 もし増強される連係線が100%使えると、北海道も九州も出力制御が0にできるという計算結果も出ている。しかし、それならば別エリアに再エネを入れた方がよく、逆に再エネが入るところに需要を持っていけないのかという、より根源的なことを考えないといけない。価格の暴れは市場制度の未熟さが大きい。コストベースで計算すると0円の時間は増えており、需要をそこに合わせるようにすれば、消費者に比較的安く電気を使うことができるようにしながら、各事業者の商売も成立させられる。しかし、市場連動は予測ができず、日本の企業にはそれを嫌う考え方もあるのだろう。

 世界・EUでは、電力市場の再々偏ぐらいが行われている。将来、エネルギー市場は価格シグナルが出ないことも明らかになった。しかし、日本は市場が育っている最中で、エネルギーと調整力との同時最適化、ノーダルプライスの導入検討に取り組んでいる。日本は自分たちと似ているヨーロッパやPJMを見がちであるが、より風力やPVの多く入ったMISOなどで何が起き、先行的に何をすべきかを学ぶ必要がある。例えばイギリスでは、風力を入れすぎてしまい、それに対応するための様々な取り組みが見られる。

 またアメリカではグリッドの保護の話も始まっている。分散型の資源は、スペックが不十分なものが普及してしまった場合はたちが悪い。日本で遠隔制御できないPVが全国に広がった背景には、当時は出力制御が必要だと言い出せる立場の人がおらず、産業側としてもいつ使うかわからない機能にコストをかけられないということがあった。ENTSO‐eは将来を見られるだけ見て必要なグリッドの選定をヨーロッパ全体で定期的に進めているが、こうしたことがなぜ日本でできないか考えたうえで、これからも様々な制御や保護を行っていく必要がある。

 次は価値の評価について話す。2021年の試算で2030年にPVが11.2円から19.9円になるという計算結果がある。しかし、ここで瓦版的にどの発電が一番安いかを考えるのではなく、なぜその計算結果になったか内側を見ていけば、安く電気を利用する方法がわかる。

 エネルギーの需給モデルからの取り組みを紹介する。需給モデルが何らかの方向性を出してくれれば、電力システムをどう変えてゆけばいいかを詳しく示すことができる。仮にエネルギー全体から数十年の設備計画を計算すれば、その中での電力の運用が返ってくる。様々なケースで使い切れない電力、再エネの電力量が計算でき、エネルギー需給モデルからは水電解やDACなどが電気を欲しがる量も示される。うまく設計すれば、余ったものの半分ぐらいを新たに生じる電力需要に使えるようになる。

 新たに生じる電力需要の特徴は、人間が直接使うわけではなく、適時性が小さいことである。いずれも電気の余っているときにしか動かないのであれば、その設備の経済性は落ちてしまう。そこで、中庸な状態を目指せればと思う。すると、電力側としては、どこに、いつ、どのぐらいの再エネを作るのかと、送電線と需要をまとめて考えないといけない。それには既設の送電線も大変重要であり、最近ではコネクト&マネージと呼ばれる、既存の系統フル活用への取り組みも進んでいる。

 戦略的な取り組み、イノベーションの牽引ということも考えないといけない。2050年の姿も重要だが、どのタイミングで何を実現するべきか、順番を間違えることのないよう定量的に考えていきたい。

 再エネの間欠性を考えると、貯蔵もどこかで絡める必要がある。どこの時点でどのくらい貯める必要があり、それは何に使うのか、例えば同じモビリティでも、乗用車に使うのかトラックに使うのか具体的に考えていくと、自ずと使い道は決まってくる。こうしたことを2050年に向けて考えなくてはならない。欧州ではENTSO-eが整理し、自分たちの意見を述べている。日本では必ずしも自由に意見を言えないことも課題である。

 ESIの電力需給解析からは、需給バランスや調整力のバランス、セキュリティの制約式等を入れると、それらを反映した市場価格やトータルの経済性、出力制御の量が得られる。分散型電源が多く入ると、それを既設のもの含めどう管理・制御できるかが重要になる。少しでも早く自然に管理・制御できる設備を作るべきだが、日本だと2030年にできればといったスタンスになっている。

 そして、移行期間を考えるうえで、思い込みがないか、思った通りの結果が出てくるかを確かめることはとても重要である。電力需給解析では時間軸と時間の粒度、空間軸と空間の粒度、対象軸とその粒度なども考える。今日よく使われるものは、一時間コマで8,760時間を各エリアの送電網は考慮しないがマルチエリアで計算する。しかし熱系を含む解析やインバーターの過度現象等では、より短い時間粒度が重要になる。つまり、電力需給解析は、年間を分析・把握するというミッションを果たすとともに、より細かく解析しないといけない断面を教えてくれる。例えば、PVと風力の合計出力が最大になった点でその電圧の安定性を見ないといけないないが、最大出力は8760時間やって初めてわかる。毎日の運用の改善設備計画のリスク評価に用いられる電力需給解析は、今後も様々な領域について長時間化、高地理的解像度化、高時間解像度化を進めていかないといけない。

 最後に電力需給解析の例を示す。データについては、最新のものではエネルギー基本計画の今のバージョンが出たときに更新したデータを用いている。これを埋め込んだMRというプロダクションコストシミュレーションのツールと、UCという予測誤差を含めたツールが動く。気象再解析データについては現在は欧州のデータを用いている。

 そして、例えば2030年のデータを発電機の特性を入れてベースケースを計算すると、慣性の不足や市場価格の計算が出来る。そしてパラメータを修正することで、会社や個人のやりたい解析も出来る。

 長期間の貯蔵を考慮した分析は、揚水・蓄電池の運用にも、火力発電所の燃料供給の計算、また、風力から水素が作る場合の計算も使える。

 送電網レベルの分析としては、変圧器と送電線のどこが混雑しているか、その結果出力制御がどう変わっていくのかなどを、連携線増強の条件を変えながら計算できる。これで、EVの電気が余っているとき(値段が安いとき)に充電したらどうなるのかの計算もできる。

 調整力を誰が供給できるのかについても分析が出来る。様々な電源がそれぞれ三次調整力の上げ側と下げ側を独立に供給出来、予測誤差にたいする上げ側としては、既に出力制御をさせられているPVや揚水、ヒートポンプ給湯器のバッテリーなどが安いという世界がモデル上で示されている。

 今後、例えば我々が2035年をどう通過していくのか、そして今何をしないといけないかを考えなくてはいけない。電力需給解析がそれに対して基本的な情報を提供し、それ以外の様々な解析も組み合わさっていくことで、できればイノベーションを加速できるようなポジションに日本がなっていければと思う。

IEEJ-NEモデルによる脱炭素化に向けたモデル分析

立命館アジア太平洋大学/日本エネルギー経済研究所 松尾雄司

 日本を対象とした2050年までの脱炭素化のモデル分析について話す。紹介するのは、日本において費用最小となるエネルギー技術の推計を行う線形計画モデルである。数年前の時点では電力需給を1時間刻みで分析するモデルはあまりなく、そこが特徴であったと思う。太陽光や風力のポテンシャル評価については地理情報システム(GIS)データを用い太陽光風力の導入ポテンシャルの上限値をグレード別に推計している。実際には2080年まで計算しているが、分析期間は2050年としている。電力部門以外のエネルギーシステム全体を評価、エネルギー起源CO2を考慮している。計算の負荷を緩和するため、エリアは5地域(北海道、東北、東京、九州、それ以外は西日本)で分析している。

 また、分析はエネルギーサービス需要を前提条件とし、それを満たす最適な技術導入を推計する。エネルギーサービス需要はエネルギー需要そのものではなく、たとえば民生部門については、効率によって割戻したエネルギー消費量をエネルギーサービス量とみなす。このエネルギーサービス需要については、経産省の長期エネルギー需給見通しに整合するように計量経済モデルを用いて別途推計している。これは輸送需要等についても同様である。目的関数は日本全体の2019年から2080年までの累計の全てのエネルギーシステム需要を現在価値に割り引いて足し合わせたものとし、これを最小化する線形計画問題を解く。

 政府の審議会でこのモデルから報告した例が二つある。一昨年の総合資源エネルギー調査会の基本政策分科会では、日本の2050年ゼロエミッション達成を想定したモデル分析を行い、他の4機関(国立環境研究所、RITE、デロイトトーマツコンサルティング、自然エネルギー財団)の計算結果と比較を行った。その後去年9月末には、GX実行会議でも分析・発表している。

 モデル内の再エネ(太陽光、風力)の導入は、基本的には最終的に再エネ100%となることを想定しており、メリットオーダーにもなっている。シナリオ設計は、ベースケースの他に太陽光・風力の上限拡大ケース、CCS拡大、原子力拡大、再エネ100%などのケースを用意した。CCSが国内でどれぐらい可能かは不明だが、海外に輸送することもでき、おそらく水素やアンモニアに力をいれるよりもコストは低くなる。ベースケースでは、2050年の再エネ比率は50%ほどとなっている。上限拡大すると、再エネは大体60%ぐらいになり、洋上風力がふえ、水素やアンモニア、CCS火力も入ってくる。原子力は2060年廃炉を想定し、2050年には25.5GWほど残る想定となる。

 モデルの結果では、再エネ100%にすると電力の平均費用は再エネの導入ポテンシャルを上げてもそれなりに上がってしまった。特に注意すべきは、最終エネルギー消費に石油製品・都市ガスが残ることである。政府が決めてガスをとめて電気にさせることができるのか、そうでなければ、ガスを合成メタンや水素にすることにもなりうる。また、都市ガスとガソリン車のCO2排出をネガティブエミッションによってオフセットするという解もありうる。これは基本的にはDAC(大気直接回収)を想定し、CCSで地下に埋めるということで、今から考えるとありえなさそうなオプションではあるが、モデル分析ではこの解が選ばれた。

 また想定次第ではあるが、再エネ100%にすると、蓄電池が重要となる。その蓄電システムとして水素貯蔵等が必要なのかバッテリーで済むのかなども重要な点である。

 もう一つ問題になるのはEVがVtoGとして使えるのかである。ここでは乗用車の蓄電容量の50%分が電力需給調整用に利用可能と想定しているが、実態に合わせて単日制約(一日の初めと終わりで充電量が同量に戻る制約)も入れて分析している。EVは、今日充電してそれを来週使うといったことは殆どない。太陽光・風力の発電量が少ないときを補う意味では、EVのVtoGは使いにくく、再エネ100%とする場合、やはり蓄電池というものが必要だと思う。

 また、CO2の限界削減費用が大体6万円/t程となった。ただしこれは、例えばIEAが計算した場合にはここまで高くならない。高い限界削減費用が必要になる部分はカーボンプライシングではなく政策的措置で乗り切るという話になり、炭素価格はもう少し低く見積もられる。

 第55回基本政策分科会、GX実行会議を受けて原子力も分析したものでは、原子力の新規建設と運転期間延長(Long Term Operation)のコストを積み、60年や80年延長を分析した。運転期間延長の費用は日本でも暫定的にOECDの報告書と同様とした。2030年の稼働機数と運転期間延長を変えながら計算すると、当然ながら2030年の限界削減費用は原発稼働した方が安いというような結果となる。そして限界削減費用は6万円/t程まで上がってくる。ここからも、ネガティブエミッション技術の大規模利用がほぼ不可欠といえる。

 日本エネルギー経済研究所のほかに国立環境研究所、RITE、デロイトトーマツ、自然エネルギー財団の4機関の計算結果を比較した話も紹介する。国立環境研究所は、2018年~2050年の発電電力量で、原子力やアンモニアは計算結果というより前提条件をそのまま反映している。再エネの内訳等が計算結果になっている。デロイトトーマツの計算では、コスト最小化ケースと再エネ大量導入ケースを分析している。このモデルは全国を350地域に分割して計算しているが、時間区分は1時間刻みではない。そのため、系統安定化に資するための費用が十分つまれていない可能性はある。自然エネルギー財団は、10地域を1時間刻みで分析していた。ただし輸入電力は含まないとされており、電力が別途輸入されている。それから、太陽光の発電コストの想定はエネ研の想定より若干安い。水力も陸上・洋上風力も費用が大きく下がることを想定している。一方、原子力は高く想定している。

 比較してみると、モデルの特色もそれぞれあるが、標準ケースでの再エネ比率がかなり違う。RITEだと大体54%、日本エネルギー政策経済研究所だと50%、国立環境研究所は70%程、デロイトトーマツは70%程、自然エネルギー財団は100%(輸入電力があり、輸入電力は韓国等とグリッドを繋ぐと想定、それを含んだ上で100%)となっていた。

 問題になるのは、再エネ100%という言葉をどう考えるかである。基本政策分科会では、太陽光・風力が仮にゼロ円になったとしても、再エネは100%まで目指すと費用が上がり最適解にはならず、ある程度火力を使うことが最適になることを示した。ただし、最適ではなくとも政策的措置によって進めるべきとも言える。一般的には電力需要が増大した中での再エネ100%は、グリーン水素もしくはアンモニアの輸入とともに達成する姿になることが多く、国内だけでの再エネ100%は少なくとも最適解にはならないと思う。仮に輸入電力がない場合には、ゼロエミッション火力(輸入水素もしくは輸入アンモニアもしくはCCS火力)が少なくともコスト最適解では使われる。原子力については、ゼロエミッション火力よりも安価である限り少なくともモデル上入る。ただし、原子力は安定的運転が経済合理性の源泉であり、例えば司法リスクや政治リスクによって安定的に運転できないとなると難しい。

 カーボンニュートラル達成には、都市ガスや産業で電化しきれないエネルギー需要が残る可能性が高いため、DACやBECCSで相殺する必要がある。完全電化もしくは水素への代替か合成メタンへの代替、あるいは都市ガスを利用しネガティブエミッションでオフセットするか、どれを目指していくのかがエネルギー政策にとって重要な課題になると思う。

 最後に、発電コスト検証ワーキンググループによる評価について紹介する。コストワーキングで発電単価を計算するとき、「電源立地や系統制約を考慮したモデルによる分析・試算」を行った。計算はJ-Powerの子会社のモデル混合整数計画モデルを使い、その中で特定のエネルギーミックス(から太陽光を1単位増やしたときの全体のコストの動きから相対的な電力の競争力を図っていく。基本的には電源を代替することによってコストが上がるか下がるかによって、その相対関係を把握している。今後もこうした評価は重要である。

  • 講演後のディスカッションでは、まず系統費用の配分についての確認がなされた。最小化する目的関数に含まれるが、その配分は考慮されていない。また、このモデルだと北本連系線が太くなりすぎるという課題も生じている。
    経済安全保障の文脈から、海外輸入のリスクについて計量化(特にコストとベネフィットの比較)は難しいが、ゼロとして見ていいものではないといった指摘もなされた。
    また、日本はエネルギーの供給コストは海外に比べ不利になり、その影響を強く受ける産業はもう成り立たなくなっていくことから、日本にエネルギーを持ってくるというより、産業構造の転換やイノベーションが特に重要でないかという指摘もなされた。

特別講演
ウクライナ戦争が変えた原発リスク~国際管理の失敗

特任教授 竹内敬二

 今、世界は戦争の時代に入っている。戦争は色々な物に新しいリスクをもたらすが、「戦時下の原発」という新しい状況が生まれ、原発もそのひとつであることが明らかになった。戦争状態の中で、原発と原発のスタッフは丸ごと捕虜になるリスクがある。これまで考えられてきた原発のリスクは計器故障や設計ミス、自然災害等によるものが主であったが、戦争行為・攻撃という人為的なものも加えざるをえなくなった。

 具体的な話として、2022年3月、ロシア軍はウクライナへの侵攻を始め、直後にウクライナの東部のザポリージャ原発を占拠した。このとき、100万kWの原発の6機のうち3機が運転中だった。制圧後、重火器を搬入し、地雷を設置し、建屋に爆弾を設置したという話もある。そして1万人いた現場職員の半分くらいが逃げだし、5000人から4000人が人員不足の状況でロシア軍の圧力の下で働いている。また、ドニプロ川から主に取水をしているが、カホフカダムが破壊されこれがうまくいかなくなり、放置すると危険な状況にある。今後懸念されるのは、ウクライナ軍の反転攻勢が始まり、今後の前線の移動によっては原発がその中に含まれていくことである。

 戦争で敵国の軍隊が進行してきて劣勢になった場合、原発の扱いについては次の二つが考えられる。自国軍は逃げ、原発の職員も原発を放置して逃げる。または、自国軍は撤退するが、原発を放置できないので現場職員は概ね残り原発を管理する。そこには戦争をする準備もないので、スタッフも丸ごと捕虜のような状態になってしまう。今のザポリージャは後者のような状態になっている。また、IAEAはザポリージャ原発に周辺に交戦禁止区域を作ることを提唱しているが、戦争中なので誰も聞かない。

 今回、原発はケアや冷却を必要とするため放置ができず、戦争状況では非常に弱い存在となることが示された。これまで大体確率論の問題であった原発リスク論に人為的なリスクが加わったといえる。日本についても、日本海側の政情には懸念があり、原発についてもリスクを考えざるを得ない状況に陥っている。

 ザポリージャ原発の占拠を受け、日本でも政治や国会、政治家の記者会見で、日本の原発をどうするべきかという議論は既に出ている。昨年の暮れには日本の安全保障戦略が改定され、原発の攻撃も含まれたものとなった。しかし、その議論や実行については曖昧な部分を残して議論は止まっている。日頃から自衛隊が守らなくてはいけないようなものに発電を頼ってはならないという意見も大きい。

 また、原発を作る上では燃料の製造と使用済みの燃料(核のゴミ)をどうするかの二つも大変難しい。ロシアは燃料を売って使用済燃料は持ち帰るが、しばしば途中で料金引き上げも要求する。90年代の中頃のチェコでの取材では、ロシア製の原発を使用し使用済み燃料は持って帰ってもらっていたが、高い値段を要求され、仕方なしにさきの見えない貯蔵を続けていた。

 原発は地政学、地域の安全性で見る必要があるという話も増えてきた。日本は原発輸出をインフラの大きな柱として計画しているが、幸か不幸かまだうまくいっていない。世界の原子力ビジネスの中では、ロシア中国の存在が大きくなっていっている。今でさえEUの濃縮ウランの3割、天然ウランの2割はロシアからの流入をしており、欧州の原発が存続するにはロシアの手が切れない。また、原子力発電所や危険であるという議論が高まれば高まるほど、西側は世界の原子力産業から手を引く。実際に、西ドイツのシーメンスは福島事故尚後、原子力部門をなくしている。現在世界の市場に原子力発電所を売り込んでいるのは、ロシア・中国・フランス・韓国・日本ぐらいとなっている。

 また、今の日本と極東の状況は平和な状況としては話さされておらず、日本でもその保護について考えざるを得ない状況になってきている。基本的には日本でも原発による発電割合はあまり大きくしない方がいいと思うが、原発政策全体を動かす大きな力組織がない。原発を持っている自治体や核燃料サイクルを支える地域等の様々なところが関わる大きな問題を一気に変えるためには相当の大きな力が要る。これは今日の話のリスクの問題と少し違うが、日本の大きな問題である。

 個人的には、まずは日本の政策を変えるのであれば、まず数十年の時間を得ようというのが、具体的・現実的目標かと思う。とりあえず時間が必要だと思う。乾式の中間貯蔵施設を各電力会社が確保すれば、考える時間が生まれる。考えが生まれると、高い核燃料サイクルへ突入するようなことはやめるような議論も生まれるのではないだろうか。

  • 発表後の議論としては、フランスやロシアの原子力発電の現状について情報が共有された。フランスでは使用済み燃料は日本と同様に再処理・再利用の方向で、コストの高さは課題となっているが、EUの中での原発集中地としての役割を買って出ている。ロシアでは、回収した使用済み核燃料では高速増殖炉による再利用も貯蔵も行われている。
    また、原発を狙わずとも、そこにつながる送電線や冷却水の取水先の破壊でも事足り、ソフト・システムへの攻撃も考えられるなど、よりシビアな脆弱性の指摘もされた。