Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.245 2030年再エネ70%を目指すアイルランド -「EUの北海道」で進む慣性対策-

2021年5月20日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 山家公雄

キーワード:慣性力 アイルランド ドイツ RE100

 2050年カーボンニュートラルに向けて、確立された低コストの技術として、再エネ電力は本命であり、熱や運輸への展開も期待されている。多くの国が脱炭素化を表明しているが、明らかに再エネが主役となる。一方、日本は再エネの地位が上がってきてはいるが、2050年断面で再エネ電力は5~6割に留まりそうだ。電力システム上の制約が強調されているが、EUは最低でも8割、米国は2035年までにゼロエミッションを掲げている。本論は、新たな系統制約として浮上した「慣性力」について、「EUの北海道」アイルランドの動向を解説する。2030年再エネ電力比率70%を公約し、系統運用者はVRE制御率95%超の実現にコミットしている。

1.EUの優等生ドイツの経緯と対策

 温室効果ガス削減、再エネ推進をリードしてきたのはEUである。固定価格買取制度(FIT:Feed in Tariff)の導入に加えて、EU指令にて明確で大規模な目標設定、系統接続等に係る再エネの優先、エネルギ-事業における市場機能の貫徹等を明記し、加盟国の再エネ普及を進めてきた。これらの措置は風力、太陽光に代表される自然変動電源(VRE:Variable Renewable Energy)の課題とされる変動性を克服する手段となってきた。

FITを骨格にEU方針を確実に実施

 EU環境・エネルギ-政策の優等生ともいえるのがドイツである。ドイツエネルギ-・環境政策は再エネ普及を柱に据えており、脱原発を決めた2000年には「再生可能エネルギ-優先に関する法律」(EEG:Erneuerbare-Energien-Gesetz、Renewable Energy Sources Act)」が施行され、FITが導入された。東日本大震災直後の2011年12月にはEEGの大改正等により、再エネ普及や省エネ推進等に係る目標値・スケジュールの設定、FIT改正、再エネの優先接続・優先給電等が実施されている。

 これらの施策が有効に機能し、再エネは着実に普及してきた。輸出を含む総発電電力量(グロスベース)の再エネ比率は、2000年の6.6%から2020年は44.4%に上がっている(図1)。再エネの内訳をみると陸上風力19%、太陽光9%、バイオマス8%、洋上風力5%、水力3%である。VREである風力、太陽光の合計でを合わせて1/3(33%)を占める。

図1.総発電電力量構成比推移(ドイツ)
図1.総発電電力量構成比推移(ドイツ)
(注)*2020年は暫定値
(資料)Arbeitsgemeinschaft Energiebilanzen e.V (2019.12)
(出所)ドレスデン情報ファイル

市場革新が調整力を創出

 再エネ普及にはFITだけでなく系統運用や卸市場革新が大きな役割を果たしている。前者は時々刻々のシミュレーション開発による効率的な運用、後者は短時間商品の創設やGate-Closeを実需給時に近づけることを示している。風力・太陽光等の変動電源の需給調整を支援する仕組が整ってきている。再エネ発電自身が販売先を確保するプレイミアム(FIP)制度の導入と市場革新とが相まって、再エネ電源や蓄電池・デマンドレスポンス等をICTによりインテグレートし柔軟性や調整力を提供する仮想発電(VPP:Virtual Power Plant)事業が登場した。バイオマス発電等を利用するネクストクラフトベルケ社、蓄電池を利用するゾンネン社が有名である。

コロナ禍で証明した再エネ8割

 VREの割合が高いとその変動性ゆえに需給調整が難しくなりVRE比率拡大には限界がある、とされてきた。しかし、急激に再エネ比率が上がってきているドイツでは、短時間で見ると100%近い数字も出てきている。2020年の再エネ比率は44.4%であるが、コロナ禍の影響で特に需要が減少した2020年上期は55.4%を記録し、2月および4月は6割を超えた(「No.186 新型コロナ禍が進めるエネルギ-革新」)。

 図2は、2月の毎日の推移を示したものであるが、16日は77.8%、22日は78.0%を記録している。これ1日の平均値であるので、リアルタイムでは100%近くまで上がっていることを示唆している。その変動性の故に導入量に限界があるとされる再エネであるが、この時期にドイツで系統に不具合は起きていない。また、ドイツは再エネ普及もあり近年電力輸出国となっているが、コロナ禍の影響は隣国に比べて相対的に小さく、この時期の輸出超は縮小している。柔軟性の確保、電力市場革新が功を奏していると考えられる。

図2 ドイツの再エネ発電電力量シエア(2020/2)
図2 ドイツの再エネ発電電力量シエア(2020/2)
(出所)Fraunhofer ISE 一部加筆

 「10年後に予想していた状況がコロナ禍により前倒しで実現した」のである。ドイツほどではないにせよ、各国で見られた情勢であり、再エネ電力9割以上が現実味を帯びてきた感がある。なお、守旧派は「ドイツは欧州大陸の真ん中に位置し、連系線により変動を吸収できる」ことを強調し、(交流的に)孤立系統であるイギリスやアイルランドの課題を強調する。以下、アイルランドを見ていく。

2.2030年再エネ7割を公約したアイルランド

陸上風力比率世界一の島国 EUの北海道

 アイルランドは面積、電力需要でみると略々北海道と同程度である。北海道は、圧倒的な再エネ資源を有しているが、系統が孤立していること、需要規模が小さいこと等を理由に、再エネ普及に限界があるとされている。2020年の北海道エリア内再エネ電力比率は24%を記録したが、太陽光8.0%、風力4.0%である。一方、多くの送電線は空き容量ゼロとされ、新規の風力・太陽光開発には蓄電池設置が求められており、コスト高のため開発は停滞している。

 アイルランドも島国で独立系統である。現在英国領である北アイルランドとウェールズに連系線が通じているが、直流連結であり、同期系統(一つの交流系統)ではない。しかし、2020年の風力電力比率は36.3%を記録している。その殆どが陸上風力であり、32.5%を記録した2019年に続き陸上風力比率で世界No.1となった。風力がけん引し再エネ全体では2020年ターゲットである4割を超えた。

2030年再エネ7割をコミット

 EU加盟国としてEU指令に沿った環境・エネルギ-政策を実施しており、2020年目標としてGHG削減20%、再エネ比率16%(電力40%、熱12%、運輸10%)を設定していた。2005年の風力発電比率が4%であったことを考えると、その実行力は驚異的である(図3)。熱、運輸は未達であるが、比較的容易な電力を先行させて、それを梃に熱、運輸の再エネ比率を上げていくとしている。

図3 アイルランドの風力発電導入量推移(2000年~2019年)
図3 アイルランドの風力発電導入量推移(2000年~2019年)
(出所)EirGrid 一部加筆

 英国政府が2019年6月に2050年ゼロカーボン法案を可決したことを受け、アイルランドは同月に「気候行動計画」を公表し、再エネ電力目標を「2030年で7割」に設定している。その殆どは洋上を含む風力である。驚愕の数字であるが、可能であるとする要因は何であろうか。

風力拡大技術でセキュリティと成長を達成

 アイルランドは、化石資源が少なく、エネルギ-資源の多くを輸入している。風力資源は豊富だが高コストと孤立系統という理由で導入されてこなかった。地球温暖化問題、特に隣国で北アイリルランドを領有する英国が風力を主にGHG削減をリードしてきたことの影響は大きい。アイルランドは再エネ普及の多くを風力に依存する。風力発電の普及は、CO2削減だけでなく、エネルギ-自給、再エネ関連産業の発達等から最重要課題と位置付けられている。

 この考えは他のEU諸国と同様であるが、風力という自然変動電源(VRE)に依存するが故に、発電設備や送電線に膨大な投資需要が生じる。一方、島国であるが故の技術上の課題(チャレンジ)が大きいが、これを機会(チャンス)と捉え、VRE100%技術やシステムを他に先駆けて開発し、世界をリードする意気込みである。現在、アイルランド共和国(以下アイルランドまたは南)と北アイルランド(以下北)の電力系統は一本化されている。アイルランドのシステムオペレーター(系統運用者)はエアグリッド(EirGrid)、北はSONIであるが、一体運用は両社の親会社であるEirGrid plcが担当する(以下エアグリッドと記す)。

風力依存の課題 慣性(イナーシャ)不足

 エアグリッドは、再エネ普及と信頼度維持が両立する方策を練ってきた。北と南を一つの市場・系統として運用し、風況予測の精度を高めてきた。風力の割合が大きくなると、系統安定のために出力抑制が必要となる。出力抑制には、系統全体で需要を供給が上回ることが予想されるときに、また特定の送電線にて混雑が予想されるときに実施される。さらに、慣性(イナーシャ)の不足が懸念される状況のときも風力の削減が行われる。慣性不足は、特に孤立系統のなかで風力・太陽光等非同期型(インバーターによる電子制御)の発電が増えるときに生じる。

慣性の基礎知識

 ここで、慣性について敷衍する。現状の交流システムのなかでは、火力、原子力の汽力発電が多いが、蒸気によりタービンを一定の速度で回転させることで周波数が形成・維持される。事故等により発電設備が解列する(系統から切り離す)場合は周波数が低下するが、低下幅が一定の閾値を超えると次々と解列し「解列と周波数低下のドミノ現象」の懸念が生じる。回転系の発電設備(同期機)は、事故等で他機が不測の解列をしても自らは回転を維持しようという力(慣性)が働き、保持されている回転運動エネルギ-を瞬間的に放出することで、回転の低下幅および低下速度を弱める効果がある。回転慣性力は、瞬間的に作用する点が、調整力と異なる。

 一方、風力の回転は不均等であり、太陽光は回転しない(非同期機)。いずれもインバーターにて系統の状況に合わせた(フォローした)波形を作って系統に給電しているため、系統の周波数は系統内の回転系の発電機により決定されていることになる。今までは、回転系発電機に付随する慣性力で、十分な回転運動エネルギ-が確保されてきたわけであるが、風力・太陽光が多くなると、慣性をもつ汽力発電の電力が減り「慣性不足」の影響が懸念されると言われている。

 しかし、多くの場合、変動電源比率が増加しても、汽力発電等を解列せずに出力を低下し最低出力で回転は維持されているので、この場合には回転慣性力に変化はないことになる。また、そもそも回転慣性力を必要とするような異常事態を発生させないように、周波数変動を一定の範囲内に留まるように、需給調整力を高めることが重要になる。風力・太陽光の普及により、リアルタイムで100%近いVRE比率となる事例も散見されるようになったが、システムが維持されているのは、リアルタイム需給調整が破綻なく行われているからである。先にドイツの例を紹介したが、日本でも同様の事例が出てきている。再エネ開発が進む東北電力管内では、5月4日11時台に出力抑制なしで太陽光と風力の合計シェア88%を記録した。

慣性不足を技術力で解決

 システムオペレーターであるエアグリッドの役割りは非常に大きく、風力発電の比率を高める技術やシステムの革新を進めてきた。全島単位で風力の予想・計測技術を磨き、必要に応じてVRE等の非同期電力を制御する。風力・太陽光等の発電電力量が、回転系発電機に必要な慣性力との対比でリアルタイムで一定の割合を超すと予想される場合は、風力等に出力抑制の指令が出る。非同期機による電力供給率はSNSP(The System Non-Synchronous Penetration)と称されるが、SNSPを技術開発により引き上げてきた。2016年11月に55%→60%へ、2018年4月には65%に引き上げた。2018年は再エネ比率が33%うち風力28%を記録した年であるが、IEAは「風力28%はIEA加盟国中第3位であり、特に独立系統で65%まで制御できる技術力は世界をリードしている」と称賛している。2021年1月にSNSPをさらに70%に引き上げており、同年下期には75%とする予定である(図4)。この上限値と風力発電電力量(平均値)がリンクすることになる。

図4 エアグリッドのSNSP制限値(%)の推移
図4 エアグリッドのSNSP制限値(%)の推移
(出所)Shaping our electricity future Technical report(AirGrid、SONI 2021/2) に加筆

2030年にVRE比率95%超を実現

 パリ協定の実行を受けてこの数値は大きく上昇する。アイルランド政府は、2019年6月に「気候行動計画2019」を公表し、2030年までに再エネ電力比率を70%とする目標値を設定した。これをうけてエアグリッドは2019年9月に長期戦略を策定し、2030年までにSNSPを95%超に設定する(図4)。エアグリッドは、「リアルタイムで再エネ比率95%超にて運用する能力を身に着けることはマストになった」としている。

 日本では、現在第6次エネルギ-基本計画の改訂に向けた議論を行っている最中であるが、慣性の議論が唐突ともいえる形で登場した。慣性の制約により再エネの電力需要に占める割合は5割が限度という説が紹介され、2050年の再エネ電力5~6割という根拠の一つとなっている。SNSP比率を50%としているのである。前述のようにアイルランドは2030年断面の再エネ電力比率70%、リアルタイム再エネ比率95%超の運用を決めている。北海道に例えられる孤立系統のアイルランドが、今後9年のうちに再エネ7割を目指しているなかで、日本の2050年5~6割はいかにも消極的である。

超高速調整市場の創設と実践

 アイルランドの政策はEU指令に準拠するが、電力自由化も指令に沿って進める。新規参入を認め、卸市場等の電力市場を整備するが、これも再エネ普及の環境整備となる。同国は、2018年9月に電力市場改革を実施した。従来の(南北)単一市場強制プール方式からEU市場との統合(インテグレート)に移行した。先渡し、前日、当日、需給調整、容量の5つの市場が整備され、EU市場との調和を進めた。当日や需給調整市場(アンシラリーサービス市場)は短期周波数変動、慣性不足対策として強力なツールを得たと考えられる。

 慣性力を必要とする事態を生じさせないためには、周波数の変化速度に応じた高速の調整力調達が有効ということが分っている。アンシラリー商品として最も短い応答速度は10秒程度である。アイルランドは超高速商品として2秒以内サービス市場を開設している。0.15秒以内の速度には3倍の報酬を提供する。英国の調整力サービスプロバイダーであるフルーエンス社は、0.15秒以内の技術を有しており、アイルランドに地元事業者と組んで進出する。東大発ベンチャーであるエクセルギー・パワー・システムズ㈱は、やはり応答速度の速い水素電池を武器に、九州電力と組んで2019年に進出している。さらに、既存火力発電の回転を利用した安価な慣性調達も準備している。前述のように、汽力発電を解列せずに、出力を下げたまま並列にしておけば慣性不足は生じないのである。

 また、エアグリッドはEU大の慣性問題研究事業であるEU-SysFlex事業に参加しているが、アイルランドを舞台とするプラットファーム事業のリーダーとなっており、EUの補助金を利用して実証事業を行いノウハウを蓄積している。2030年95%超運用にコミットしたのは、これまでの技術蓄積から実現できると考えたのであろう。

終わりに RE100への系統課題は克服できる

慣性問題は系統からの最終牽制球

 本論では、世界で再エネが急拡大し、カーボンニュートラル実現の切り札となっている経緯と理由について、EU加盟国であるドイツとアイルランドを例に解説してきた。日本では、現在でもコストと天候依存の変動性が課題として挙げられる。変動性に関しては電力ネットワーク(系統)と相性がよくないことが強調され①送電線容量、②需給調整、③慣性の順に牽制球(ビーンボール?)が投げられてきた。①、②は克服に向けて対策が打たれつつあるが、③が表に出てきたところである。

 慣性は世界でも課題克服のための議論や技術開発が進められている。連系線の整備および市場統合・広域調整が進む欧州大陸では、100%近い再エネ割合も生じるようになった。孤立系統である英国、アイルランド、テキサス州では、慣性不足が再エネ導入の課題として、克服する技術・システムの開発が急ピッチで進んでいる。EU挙げて慣性不足を克服する技術開発を強力に進めている。アイルランドは2030年度の再エネ電力比率を年間7割、リアルタイム95%超を公約した。

曲がり角にある周波数管理の考え方

 需要側はすでに殆どインバータ制御電力(非同期)となっており、発電設備も風力・太陽光の非同期系のシェアが急拡大している。この視点から内藤克彦京大特任教授は、伝統的な電気工学と急拡大するインバータ制御技術が混在するなかでの科学認識の整理を提唱する(「回転系vsインバータ系」)。特に、回転発電機の比率が例えば5%のような少数派になることを考えると、インバーター系を中心とした新たな周波数管理の在り方を今から考えていく必要があるのではないか、としている。

日本はアイルランドに匹敵する目標を

 本論は、電気工学の主張に沿う形で慣性不足克服の動きを追ってみた。伝統的な電気工学が提示する懸念に応える形で、技術開発は進んでいく。電力消費大国・技術立国の日本は「EUの北海道」アイルランドと同じ目標を設定できるはずである。

 最後に、日本は欧州と異なりひとつの交流系統ではない。北海道、東日本(東北+東京)、西日本(中部+関西+北陸+中国+四国+九州)、そして沖縄の4つに分かれており、慣性力もそれぞれである。4つに分かれているがゆえに、大きな事故時に同期機が連続的に解列し、日本全体が系統崩壊、すなわちブラックアウトすることはあり得ないとの指摘もある。

 世界はRE100実現に向かって着実に進んでいるのである。


○参考文献
「どうして海外は再エネが普及しているのか」山家公雄 世界6月号(岩波書店) 2021/5