Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.248 すれ違う日本と欧州のE-Fuel:日本のとるべき戦略

2021年6月3日
株式会社テクノバ エネルギー研究部 エネルギー調査グループ
グループマネージャー 丸田 昭輝

キーワード: E-Fuel、欧州連合、水素戦略、再エネ水素、CCS/CCU、CO2排出責任

1.初めに:E-Fuelに関する疑問

 2050年のカーボンニュートラルにむけた議論が加速する中、再エネ水素を用いた合成燃料、いわゆるE-Fuelに注目が集まっている。ネットを検索すれば、アウディやポルシェが開発に取り組んでいるとか、トヨタ・日産・ホンダも推進しているとか、欧州の一連の水素戦略の真の理由はE-Fuelのためであるなどの解説が並んでいる(図1)。

 しかしその大部分は憶測記事であり、E-Fuelの政策的な本質をとらえていない。本稿では、E-Fuelの観念を作った欧州の動きを参照し、以下の疑問を検証する。
① 欧州の一連の水素戦略はE-Fuelの展開のためか
② E-FuelはCO2削減に貢献するか

 これらの検証を通じて、日本と欧州におけるE-Fuelのコンセプトの違いを明らかにし、日本が取るべき戦略を提案したい。

図1 アウディとポルシェのE-Fuel
図1 アウディとポルシェのE-Fuel
出所:Audi、Siemens Energy

 議論に先立ち、E-Fuelの定義を確認する。「E」はElectricのことで、再エネで水電解した水素を用いていることを示す。

 E-Fuelという用語は2010年頃に欧州で生まれた(米国では2010年以前にE-Fuelというバイオ燃料製造企業が出現しているが、この場合の「E」はエタノールを指し、今日のE-Fuelとは関係ない)。その後E-Fuelは欧州でも低迷したが、2016年頃より欧州の水素社会議論の進展とアウディのE-Fuel(E-gas、E-diesel)プロジェクトにより火が付いた。

 欧州石油環境保全連盟(Concawe)ではE-Fuelを「再エネを利用した水電解で得られたグリーンまたはe水素と、産業の排出源から回収されるか、空気から直接回収されたCO2を反応させて得られた合成燃料」としている(下線は筆者)。日本ではE-Fuelに決まった定義はないが、日本機械学会では「(再エネの)余剰電力により製造した水素や、その水素と濃縮回収した二酸化炭素やバイオガス中の二酸化炭素を原料として合成・製造したカーボンニュートラルな燃料」としている(下線は筆者)。

 これらの定義を参照すると、E-Fuelは、再エネ由来の水素と、何らかの方法で回収したCO2を反応させで合成させた燃料ということになる(広義には液体燃料だけでなく気体燃料も含むが、狭義には自動車用液体燃料だけを指す)。

2.E-Fuelに関する疑問の検証

2-1 検証1:欧州の一連の水素戦略はE-Fuelの展開のためか

 この検証において最も重要なのは、自動車大国であるドイツが2020年6月に発表した水素戦略である。詳細は前稿(No.199 ドイツの国家水素戦略のインパクト)に譲るが、ドイツ国家水素戦略でE-Fuelに関する記述は限定的で、せいぜい航空機に対して、「当面は液体燃料依存が続くので、再エネ由来の合成燃料が気候変動対策で重要な役割を果たす」とあるのみである。自動車に関してはやはり蓄電池や水素が主体で、E-Fuelの適用を強く打ち出してはいない。

 その1か月後に欧州連合が発表した「欧州水素戦略」でもE-Fuelに関する記述は少なく、「水素や合成燃料は、脱炭素化が困難な航空・海運から、工業用・商業用建物向け燃料まで、EU経済の幅広い分野に広く浸透する可能性がある」、「長距離航行や深海航行には、大型FCや再エネ水素由来合成燃料、メタノール、アンモニアが必要である」とのみ記載されている。

 さらに欧州連合が2020年12月に発表した「欧州持続可能・スマートモビリティ戦略」ではE-Fuelへの言及自体がなく、航空機燃料として水素由来合成燃料の期待が述べられているにとどまる。

 以上のように欧州の一連の水素戦略は水素そのもの展開のためであり、E-Fuelの展開のためではないことがわかる。

2-2 検証2:E-FuelはCO2削減に貢献するか

 現在、多くの企業がE-Fuelに注目するのは、自社の施設・工場等で発生するCO2を回収して燃料に変換できれば、CO2排出量削減になると期待するからである。しかし話はそう簡単ではない。

 図2に、発電や熱利用などのエネルギー転換部門で発生したCO2でE-Fuelを合成した場合のCO2削減効果を模式図的に示す。(A)ではエネルギー転換部門と運輸部門から、CO2がそれぞれXトン発生している状況である(合計で2Xトン排出)。
(B)ではエネルギー転換部門にCCSが適用され、XトンのCO2が削減された状況である。つまりエネルギー転換部門はカーボンニュートラル化し、運輸部門はカーボンニュートラル化していない。
(C)ではエネルギー転換部門からのCO2がリサイクルされ、E-Fuelが合成された状況である(いわゆるCCU)。(B)との比較では、全体としてXトンのCO2が削減されたことは変わりない。

 問題はカーボンニュートラル化したのが、エネルギー転換部門なのか、運輸部門なのかということである(あるいはXトンのCO2の排出責任はどちらにあるかということである)。本来の「リサイクル」の定義に基づけば、最初の排出者(エネルギー転換部門)に責任があり、リサイクルされたE-Fuelを使う運輸部門にはその責任がない(この場合、E-Fuelはカーボンニュートラルである)。しかしそれでは、エネルギー転換部門がCCUする意味がなくなる。エネルギー転換部門がCCUをするためには、E-Fuel側に排出責任を押し付けるしかない(この場合、E-Fuelはカーボンニュートラルではない)。

 日本ではCCUを行った場合のCO2排出責任については、現在議論中であるが、CO2を化石燃料由来とする限り、カーボンニュートラル性の問題はついて回る。またCCUによるE-FuelのCO2削減量は最大で50%に留まることは明白である(2Xトン→Xトン)。

図2 E-Fuelのカーボンニュートラル性(1)
図2 E-Fuelのカーボンニュートラル性(1)
出所:筆者作成

 ならばE-Fuelを完全にカーボンニュートラルにするにはどうするか。それは図3に示すように、DAC(直接空気回収)で空気由来のCO2を用いるか、バイオマス由来CO2を用いるしかない。もちろん各プロセスには追加エネルギーが必要なので、完全にカーボンニュートラルにはならないことに留意する必要はある(なおCO2削減クレジットの適用も可能であるが、それならばわざわざE-Fuelの合成などせず、既存の燃料にクレジットを適用してカーボンニュートラル性を付与すればよい)。

 実は、冒頭に紹介したアウディやポルシェのE-FuelもDACを利用している(図1)。またドイツとベルギーを拠点とし、130社が参画する「eFuel Alliance」(www.efuel-alliance.eu/)でも、「水素製造のための電力は再エネ由来とし、CO2は空気中から抽出する」と規定している。

 さらに日本のトヨタでも、E-FuelをDAC利用で考えている可能性が高い。直近でもトヨタの寺師茂樹エグゼクティブフェローが「水素ガスと空気中の二酸化炭素を結合させて、メタンガスをつくり、e-fuelと呼ばれるガソリンをつくる」とコメントしている(トヨタイズム「トヨタ春交渉2021番外編 労使協で語られた「カーボンニュートラル」の本質」、2021年3月10日、下線は筆者).

 なおこのカーボンニュートラル性の議論は、自動車用燃料であるE-Fuelだけでなく、気体燃料(合成メタン)にも当てはまる。

図3 E-Fuelのカーボンニュートラル性(2)
図3 E-Fuelのカーボンニュートラル性(2)
出所:筆者作成

 ちなみに、よく末端(この場合は自動車)でCO2を回収すればよいと主張する人がいるがそれは現実的ではない。ガソリンの主成分のオクタン(C8H18)が完全燃焼した場合には、発生するCO2の重量はその3倍になるので、50Lガソリンタンク(約35㎏)からは約110㎏のCO2が発生することになる。CO2回収率にもよるが、回収装置を含めると追加重量は150㎏以上になると想定される。もちろん燃費は悪化し、とうてい現実的ではない。

3.日本と欧州のE-Fuelコンセプトの違い

 E-Fuelの観念を作り出した欧州では、2018年以降新しい動きがある。2018年12月に改定された欧州再生可能エネルギー指令(RED II)では運輸分野で新たに「非バイオ由来再エネ燃料(RFNBO:Renewable Fuels of Non-Biological Origin)」を規定した。RFNBO(アール・エフ・エヌ・ビー・オー、あるいはレフノバイオと発音する)は再エネを活用したバイオ以外の自動車用燃料(気体あるいは液体)を指し、一般には再エネ水素(いわゆるグリーン水素)と再エネ水素から合成された燃料(いわゆるE-Fuel)が含まれると解釈されている。このRED IIでは、RFNBOのCO2削減量は70%以上と定められているので、DACかバイオマス由来のみが「RFNBO適合E-Fuel」となる(先の議論でも明らかなように、化石燃料由来CO2を活用したのでは70%減にはならない)。

 なおRED IIの運輸分野ではRecycled carbon fuel(RCF)という分類もあるが、こちらにはCO2削減量の規定はなく、現在議論中である(本年12月までに決まる予定)。

 図4に日本と欧州における水素と合成燃料のカテゴリを示す。EUが新たに規定しようとしている自動車燃料には、
・RFNBO(グリーン水素、CO2削減量が70%以上のE-Fuel)
・RCF
・バイオ燃料(食物と競合せず、持続可能性があることが条件)
・ブルー水素
が含まれる。ここでグリーン水素とブルー水素は、4月21日に発表されたEUタクソノミー(持続可能性からみた技術基準)の定義から、CO2削減量73.4%以上(3kg-CO2/kg-H2)が閾値となる可能性が高い(従来的には60%減が閾値であったが、さらに厳しくなった)。

 一方、日本のカーボンリサイクル戦略が定める燃料には、特にCO2削減量の閾値が定められていない。ただし前述のとおり、化石燃料由来CO2を用いた場合には削減率は50%以下となる。

 筆者はかねてから、欧州と日本ではPower-to-Gasの観念が異なることを主張してきた(No 180 水素の真実と普及の意義(後編)-来るべき黒船にそなえて~日本のとるべき道-)。同様にE-Fuelも、欧州と日本ではコンセプトが異なるのである(欧州はCO2削減量の閾値があり、日本にはない)。そしてE-Fuelのデファクトスタンダードがやはり欧州主導で規定される可能性は高く、その時に日本のE-Fuelは、再エネ水素を用いているにも関わらず、CO2が化石燃料由来ということで「化石燃料」とみられる可能性さえある。

図4 日本と欧州における水素と合成燃料のカテゴリ
図4 日本と欧州における水素と合成燃料のカテゴリ
出所:筆者作成

4.日本の取るべき戦略

 このような状況において、日本がE-Fuelに関して取るべき戦略は3つあると考える。

戦略1:CCUにおけるCO2排出責任に関する合意

 図2(C)で示したように、CCUを行った場合のCO2排出責任は議論中であるが、カーボンリサイクルを進めるためには、上流(ここではエネルギー転換部門)と下流(ここでは運輸部門)でE-FuelのCO2排出責任(あるいは回収CO2に起因する削減量)を分け合うという考え方がありうる。必ずしも半々でなくてもよいが、少なくとも上流に何らかのメリットを与えなければ、CCU自体が進まないといえる。

 ただしこの場合も、CO2は半減しかしないことに留意する必要がある。

戦略2:DAC技術の推進

 戦略1は短中期的措置であるが、長期的にはE-Fuelのカーボンニュートラル性を確実とするために、DACやバイオマス由来CO2の活用が重要である。

 特にDACは、今後ますます重要な技術になる。薄いCO2濃度から回収するため高コストで高エネルギー消費になるが、技術的には可能である。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)が第二回水素閣僚会議(東京)に向け作成した「再生可能エネルギーの視点からみた水素)」(日本語版2019年12月)では、「パイロット規模のDACに関する最近のコスト見積は、これまでの予想よりは安く、94~232ドル/トンの水準となっており、2040年までに60ドル/トンを下回る」との予測を挙げている。今後のカーボンプライシングの議論を参照する必要があるが、60ドル/トンというのは決して高いコストハードルではない。

戦略3:E-Fuel技術の海外展開

 日本はカーボンリサイクル技術開発を積極的に進めているが、特にE-Fuel合成技術は、究極にカーボンゼロを目指す日本国内より、CO2削減余地が大きい中国、アジア、アフリカ等のほうが有効である。削減余地が大きい国で技術運用を行い、CO2排出量分のクレジットを日本に移転することが現実的であり効果も大きい。

 これまで何度も述べたように、化石燃料由来CO2を用いた場合にはCO2削減率は50%以下に留まるが、それでも中国・アジア・アフリカ等では短中期的には十分な削減量であり、主流技術にさえなりうると考えられる。

5.まとめ

 以上のように、E-Fuelはイメージ的になんとなくCO2削減効果があると思われているが、実際には技術よりも法的な枠組みが必要なものであり、それがなければ日本でも簡単には進まないと考える。

 その一方で欧州が、行政機関だけでなく、産業界も含めて、E-Fuelの議論を深化させている(基準作りも進めている)ことには大いに注意が必要である。