Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.285 検証洋上風力入札② 低価格応札の要因と国内産業化実現の危機

2022年1月14日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 山家公雄

キーワード:洋上風力入札、洋上官民協議会、事業実現性、三菱商事

 今回は、前回(No.284)に続き、ラウンド1洋上風力入札結果について考察する。三菱グループの応札価格が超低価格となった理由、地元で活躍と評されるグループの価格が相対的に高い理由、世界や国内・地元で評価の高いグループの事業実現性評価がさほど高くない理由、官民協議会の洋上産業創出目的は実現できるのか等である。価格については分析できるが、実現性評価については合理的な理由が見いだせない。官民協議会の目的達成は危機に瀕している。

序 判断の軸は「洋上風力の産業競争力強化に向けた官民協議会」の目的

 今回は、前回(「No.284 驚愕の洋上風力入札結果がもつ意味/事業化・産業化の実現性に疑義あり」)に続き、昨年末に発表された洋上風力入札結果について考察を行う。三菱商事・中部電力グループ(以下三菱G)が驚愕の低価格で3事業を総取りした。本件の判断は分れうる。三菱商事・中部電力という信用のある事業者による低価格の落札は、国民負担の軽減につながり、再エネの将来にとっても明るい材料であるとする見方が成り立つ。一方で、体力にものを言わせた無理な応札価格であり、事業遂行に懸念が生じるだけでなく、サステナブルでない事業として国内サプライチェーン構築が滞る懸念があると見ることもできる。

 筆者は、「洋上風力の産業競争力強化に向けた官民協議会」で決められた基本戦略が判断の基準になると考える。協議会は、菅前総理大臣の御意向もあり、また経済産業大臣と国土交通大臣出席の下で議論が行われた。図1は、政府と産業界により合意された基本戦略の概要である。「産業競争力」を目指して、政府は2040年迄に30~45GW導入目標を明示する、産業界は国内調達比率を2040年までに60%そして発電コストを2030~35年迄に8~9円と設定する。国内産業の育成、ローカルサプライチェーンの構築、早期且つ確実な事業実現、2030年に向かって確実なコストダウンの実現が具体的な目標となる。今回の入札は、これに合致するか否かが問われる。FIT価格の1/2~1/3と多くの関係者が驚く低価格は、非常に性急で基本戦略に合致しないと考える。

図1 洋上風力の産業協総意力強化に向けた基本戦略
図1 洋上風力の産業協総意力強化に向けた基本戦略
(出所)経済産業省・国土交通省:洋上風力の産業競争力強化に向けた官民協議会(12/15/2020)

1.入札結果と所感(違和感)(ダイヤモンド社事業者想定も参考)

 前回、入札結果の概要について、以下の様に解説した(図2の表)。三菱Gが、FIT上限価格29円/kWhの1/2~1/3という驚きの低価格(11.99、13.26、16.49円/kWh)で3事業を総取りした。これは低いリスク想定、楽観的な事業見通しに基づくからであるが、詳しくは後述する。また、運転開始時期が三菱Gは遅い(2028/9~2030/12)が、準備不足であることの証であり、2030年再エネ比率36~38%目標を危うくするものである。因みに、先行し確実に調査・協議を実施してきたレノバ・大林組・日風開等より三菱Gの運転開始時期は2年~3年遅いと言われており、三菱Gの工程は早期かつ確実な事業実現とは言えない。

図2 ラウンド1洋上風力発電自御者選定結果
図2 ラウンド1洋上風力発電自御者選定結果
(出所)経済産業省・国土交通省報道(12/24/2021)を基に作成

 国内産業の育成、ローカルサプライチェーンの構築、早期且つ確実な事業実現、2030年に向かって確実なコストダウンの実現という官民協議会目標達成と齟齬をきたす。

地元密着と評判の事業者の価格が適正に「高い」

 今回は、もう少し踏み込んでみる。図2であるが、表は前回コラムと同一であるが、その下に応札者チームの実名を示している。番号に相当するチーム名は、ダイヤモンドオンライン記事に出ていたものを援用しているが、その後特に異論は出ておらず、筆者の確認とも符合している。筆者は、山形県のエネルギ-政策総合アドバイザーを兼務しており、隣りの秋田県の情報に通じている。青字の大林組④、レノバ⑥、日風開③⑧の3社は、特に地元と熱心に情報交換を行い、地域貢献も真剣に考えていた。

 その3社の価格は相対的に高い。大林組・レノバ及び日風開は、価格を正確に把握するために海域全体の状況について、自腹で独自にほぼ全数または的確なボーリング調査を行っている。一方、三菱G等他社は、政府が示した一か所のボーリング調査を基に、音波探査等実施の事業者もいるが、算定している。筆者は3社の価格がまともな水準だと理解している。FIT価格29円とある程度の整合性がとれている。3社以外はかなり低いが、中でも三菱Gは突出して低い。

トップランナーと地元密着事業者の「実現性評価」が低い

 この3社は、地域貢献に真剣との評判の割には事業実現評価もさほど高くない(レノバは由利本荘で1位)。特に業界3位の日風開は業界1位のユーラスそして世界No1シェアを誇るOrstedと組んでおり、「事業実現性」では最右翼とみていた。三菱Gは地元の首長や漁組の組合長に会っていないとの噂も聞く。

 図3は、やや古いが、日本における風力発電事業者のシェアである。ユーラスエナジー、J-Power、日本風力開発、コスモ・エコパワーが上位4社で大手事業者、日立サステナブルエナジー以下5社は中堅事業者(50MW以上、当時)を形成している。この9社のうち大手4社とシーテックが応札に参加している(ユーラスと日風開は同一グループ)。大手電力会社、商社は風力事業をやっていないか僅かな実績に留まる。

 この点は、採択基準にも反映されている。「事業実現性評価」に関して、「トップランナー」10割、「ミドルランナー」7割、「最低限必要なレベル」3割、それ以外は失格と層別評価が導入されている。風力事業の地元調整、建設、運転・維持のノウハウは一朝一夕では構築できないのである。

図3 日本における風力発電事業者のシェア(2019/1時点)
図3 日本における風力発電事業者のシェア(2019/1時点)
(出所)NEDO「日本における風力発電設備・導入実績(2018年3月末現在)」、各社ホームページより作成

 図4は、2020年末時点の欧州における洋上風力発電事業者のシェアを示している。赤線は今回の入札に参加している事業者であるが、Orsted17%、RWE10%、Eqinor2%、Eneco2%となっている。シェアは事業実現性のランキングを意味する。事業の安定性、調達力等のバロメーターと言える。断トツ1位のOrstedは日本の1、3位と組んでおり、三菱GのEnecoは実力のある会社ではあるがシェアは2%と高くない。

図4 洋上風力発電事業者シエア順位(欧州・累計・2020年末)
図4 洋上風力発電事業者シエア順位(欧州・累計・2020年末)
(出所)Wind-Europe:Offshore Wind in Europe key trend and statistics2020(2021/2)に加筆(吹き出し)

 以上の分析から、事業実現性の評価は不可思議で説得力に欠ける。合理的なそして巷の予想との乖離が大きい。第3者選定委員会の議事録を確認したい。いずれにせよ、圧倒的な価格差が決め手になった訳だが、これは評価基準の課題を露呈したとも言える。価格と実現性で1:1であるが、実際は120:90であった。価格の最高点は自動的に120点となるが、事業性は評価要素の積み上げで88、91、98点が最高となった。

2.三菱Gの超低価格が実現する理由(推測)

 本項では、三菱Gの超低価格応札の要因について考察する。前回は、フィナンシャル費用(外部負債、株主収益)に焦点を当てて、楽観的な事業見通しと低収益容認によりコストを大きく削減できることを説明した。今回は、もう少し踏み混んでみる。筆者は、募集事業の審査担当ではなく、データを見ていない。合理的な説明(理屈)、FIT価格、秋田の情報、報道、関係者の反応等から推察する。

 開発・運営事業者(SPC)からみた長期平均費用(LCOE)では、建設費(EPC)、運転・維持費(O&M)、金融費用、利益に分類される。建設費と運転・維持費に関しては、大きな差はつかない。
先行する欧州等では商業化が進んでおり一定の水準は予想できる。実績のない日本は、これからサプライチェーンを構築していくので、国内事業者が携わるものは差がつきにくい。建設・運転に要する多数のマンパワーもこれからの教育・訓練に依存する。官民協議会にて一定の期間を経てサプライチェーン構築、コスト低下をめざすとしているのはこの理由による。即ち、建設・サプライヤーの見積り価格(EPC)および運転・維持費に差はつきにくい。勝手な見積もりに拠っていないとの前提であるが、それは第3者委員会・政府がチェックしているはずである。

 差が付くとしたら、事業者のリスクの見方である。開発途上の大型機種採用は数字上は低コストとなるが想定通りに稼働しないリスクを抱える。地盤、発電量、作業可能時間、事故・故障の確率等により、個々にリスクを積み上げると大きな差が出る。甘いリスク前提は、円滑な事業遂行に支障が出る可能性が大きい。前述したが、大林組とレノバ等は独自に全海域ボーリング調査を行っているが、他は政府の示した一か所の調査結果程度にもとづく査定となっている。実際に全海域調査をしたら、大きくコストが膨らむ可能性がある。リスク判断の程度は、大きなパラメーターとなる。

 三菱Gは最初から総取りによるスケールメリットを狙ったとも言われる。しかし、Orstedも3か所全てに応札しており、採用機種は同一のGE製とされる。OrstedのGEとの関係は、世界規模でみるとより三菱・エネコよりも深いと考えられる。

 金融費用、利益は超長期事業では大きな数字となるが、事業見通しと相関する。楽観的な見通し、低収益でもいいとする経営判断があると大きな低減が可能になる。「リスクを低く想定」と「楽観的な事業見通し」は根は同じである。両者が相まって大きな価格差がつく。通常は、金融機関が厳しいリスク査定をすることで牽制力が働くのであるが、今回はどうなっているのだろうか。事業リスクを厳しく査定するプロジェクトファンナンスではなく、事業者の体力・財務力で判断するコーポレート(オウン)ファイナンスの可能性がある。

 以上から、三菱Gの驚愕の低価格は「リスクを低く想定」と「楽観的な事業見通し」によるものと推察する。

3.今次入札結果から浮上する危惧

事業を遂行できるか

 以上の様な考察の結果、いくつかの危惧が浮上する。まず、「三菱Gは事業遂行できるか」という点である。三菱商事自身は風力発電事業運営の経験に乏しい。国内で自身が主導した事業はない。欧州では権利の取得・販売の実績はあるが運転はない。子会社エネコが全て運営する訳にいかない。シーテックは中堅の風力事業者に留まる。今後低く見積もったリスクがコスト増・遅延等で顕在化することになろう。

国内産業化は実現するか

 官民協議会の基本戦略は、グリーン成長戦略の筆頭に取り込まれ、CN実現の切り札でもある。公募ラウンド1は、絶対に失敗できない事業で、産業化に弾みをつける役割である。ここで躓くとその影響は深刻である。現実を無視した低価格はサステナブルなのか疑問であり、産業化を阻害する懸念がある。財務力のある事業者のみ参入機会を確保できるような認識が広がれば、洋上風力事業への参入意欲は減退し、競争環境は悪化する。官民協議会の戦略を受けて建設事業者、サプライヤーの期待は高まっており、既に大規模投資に踏み切っている事業者も多い。この熱気に冷水を浴びせることになる。現に、産業界に動揺が広がっているようである。投資意欲の減退は、国内産業化やコスト低下を阻害する。

 国家戦略である「洋上風力産業化」が挫折することを懸念する。日本は、電源開発と共に製造業が発展してきた歴史がある。原子力、火力事業の国産化は重電産業および膨大な裾野産業の育成・発展に貢献してきた。再エネシフトに出遅れ、太陽光は国産化に失敗し、残りは洋上を主とする風力である。最後の砦であるからこそ、官民協議会が創設され基本戦略が取り纏められた(「No.197 梶山経産大臣発言の衝撃と意義 -エネルギ-革新に託す産業政策-」)。このエネルギ-政策・環境政策と一体化した技術開発・産業化の目標実現に暗雲が漂う。

地域受容性は減退しないか

 また、地域の期待に冷水を浴びせることになる。秋田を例にとると、地元貢献策を相談していた馴染みの事業者は落選した。秋田は、法定協議会で発電事業売り上げの0.5%を地域振興の基金として積み立てることが明記されたが、売り上げは1/2~1/3となる。地域貢献の視点は無視されたと受け取られかねない。他の候補地域も注視しており、やはりこの結果に動揺している。地元の期待減退は、受容性の低下に結びつく。立地困難となると、そもそも開発の土俵に上れなくなる(図5)。

図5 地域の期待:促進区域、有望な区域等の指定・整理状況(2021/9/13)
図5 地域の期待:促進区域、有望な区域等の指定・整理状況(2021/9/13)
(出所)資源エネルギ-庁・港湾局

最後に 提言と危機感

 このように筆者は今回の入札結果に強い危機意識をもつ。以下は提言である。まず、官民協議会目的の再確認である。前総理、担当大臣肝いりの国策は本当に考慮されたのだろうか。国策の信頼が失われれば、投資は生じなく産業は育たない。次に、ラウンド1入札の再評価である。「価格」水準が妥当なのか、予想と乖離が大きい「事業実現性」は実態を反映しているのか。また、入札基準の早急な見直しは必至である。価格評価:実現性評価は現在1:1であるがこれを1:2~3とする。最低価格の導入も要検討である。地域貢献評価は現状40点であるが、これを引き上げる。実現性評価の1/2~1/3が妥当であろう。最後に、審査評価の透明化が不可欠である。第3者委員会の委員名や議事録を公開する。落札事業内容を公開も不可欠だが、特に価格構成(建設、運転、金融、利益)はマストである。

 三菱Gの驚愕の低価格は「リスクを低く想定」と「楽観的な事業見通し」によるものと推察する。これは、非常に危い判断であり、コスト大幅上振れ、工事遅延が生じる可能性が高い。遅い運転開始時期はこれを示唆する。同社および中部電力は、何らかの理由で「取りに行った」のだと考えられる。メディアでは中西電力事業CEOが次期三菱商事社長内定したことへのお祝い説も登場している。本件は、国勢を左右する重要プロジェクトであり、私企業で失敗したら責任をとればいいというものではない。官民協議会の目的を実現する、グリーン成長戦略筆頭に挙がる洋上風力の第一号案件で失敗は許されない。国益・地域益に沿った判断が求められる。