Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.317 ウクライナ危機をうけて急展開する欧州の水素政策(後編):今後の展開

2022年6月2日
株式会社テクノバ エネルギー研究部 統括主査 丸田 昭輝

キーワード:欧州連合、REPowerEU Plan、グリーン水素、水素サプライチェーン、水素パイプライン

 2022年5月18日に欧州委員会(EC)は、3月に打ち出した脱ロシア依存の方針「REPowerEU」の詳細計画にあたる「REPowerEU Plan」を発表した。その内容はNo.313 ウクライナ危機をうけて急展開する欧州の水素政策(前編)および No.316 欧州の脱炭素・脱ロシア対策「リパワ―EU」に詳しく説明しているので、ここでは、水素政策に特化して解説するとともに、今後の展開を予想する。

1.REPowerEUにおける「Hydrogen Accelerator」イニシアチブの概要

 「REPowerEU」および「REPowerEU Plan」では、水素関連のイニシアチブは「Hydrogen Accelerator」としてまとめられている。以下、その概要を示す。

(1)2030年の水素製造量・輸入量の拡大

 ECが2020年7月に発表した欧州水素戦略では、2030年の水素需要量(域内製造量+輸入量)を560万トン~1000万トンとしている(No.201 欧州連合の水素戦略と日本への影響 参照)。今回のREPowerEU Planでは、2030年の水素需要量を2000万トンに倍増し、明確に域内製造1000万トン、輸入1000万トンとした。

 「REPowerEU Plan」と同時に発表されているスタッフ・ワーキング・ドキュメントによると、輸入1000万トンのうち、水素は600万トンで、残り400万トンはアンモニアとしている(表2)。また需要先では、産業熱利用や石油化学産業での利用が最大で、これに製油所需要と運輸需要と続く(日本が大需要先と考えている発電需要はごく限定的である)。なお、域内水素製造では、再エネ電力だけでなく、原発由来電力も利用することが明示的に示されている。

 なお2030年における日本の水素市場(アンモニア含む)は300万トンなので、欧州市場はその約7倍を想定していることになる。

表2 欧州における2030年の水素の需給
表2 欧州における2030年の水素の需給
注:四捨五入のため、需要の合計が2000万トンに一致していない。
出所: EC「Commission Staff Working Document Implementing The Repower EU Action Plan: Investment Needs, Hydrogen Accelerator and Achieving The Bio-Methane Targets Accompanying the Document Communication from the Commission to the European Parliament, the European Council, the Council, the European Economic And Social Committee and The Committee of the Regions」(2022年5月18日)

https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=SWD%3A2022%3A230%3AFIN&qid=1653033922121

 2030年の域内製造量が1000万トンに拡大することをうけ、域内に設置される水電解装置も40GWから65~80GWに拡大させる必要がある(スタッフ・ワーキング・ドキュメントによる)。そのための支援措置の一つが、後述するIPCEIでもある。

(2)欧州再エネ指令における水素導入量の拡大

 欧州において、再生可能エネルギー(再エネ)導入の基幹となる政策は再生可能エネルギー指令(RED)である。現在有効なのは2018年に改正された「RED II」であるが、2021年7月の「Fit for 55」において再改定案(RED III案)が示されている(No.273 欧州「Fit for 55」政策パッケージにおける水素・合成燃料の位置づけと今後の展開 参照)。

 再エネ指令では、水素は「非バイオ由来再エネ燃料(RFNBO:Renewable Fuels of Non-Biological Origin)」として扱われている(定義上は、RFNBOにはグリーン水素と、グリーン水素から製造される低炭素な合成燃料が含まれる。どちらを指すかは文脈から判断する)。昨年7月のRED III案では、2030年に産業界(化学、製鉄、製油所等)で利用される水素の50%をグリーン水素にし、運輸分野の最終エネルギーの2.6%をRFNBO(グリーン水素あるいは合成燃料)とすると提案されている。

 今回のREPowerEU Planではこの量を拡大し、産業界で利用される水素の75%をグリーン水素とし、運輸分野の最終エネルギーの5%をRFNBOにするとしている(表1)。

表1 再生可能エネルギー指令におけるRFNBO(グリーン水素あるいは合成燃料)の割合
表1 再生可能エネルギー指令におけるRFNBO(グリーン水素あるいは合成燃料)の割合
出所: European Commission “Proposal for a DIRECTIVE OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL amending Directive (EU) 2018/2001 of the European Parliament and of the Council, Regulation (EU) 2018/1999 of the European Parliament and of the Council and Directive 98/70/EC of the European Parliament and of the Council as regards the promotion of energy from renewable sources, and repealing Council Directive (EU) 2015/652l

https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX:52021PC0557

(3)Hydrogen Valleyの拡大

 Hydrogen Valleyはいわゆる水素の地域実証プロジェクトであるが、水素製造から利用までの一貫した水素サプライチェーンを構築すること、水素需要が複数分野にまたがることが条件となっている。欧州委員会とMission Innovation(クリーンエネルギー技術に関する国際イニシアチブ)が共同で構築した「Mission Innovation Hydrogen Valley Platform」によると、現在までに世界で35件のプロジェクトが登録されており、欧州に限ると23件である。ECは2030年までに世界で100か所をめざしていたが、今回の「REPowerEU Plan」を受け、2025年までに欧州域内で200か所を目指すとしている(うち、欧州内での割合は不明)。

(4)水素IPCEIの評価の夏までの完了

 欧州IPCEI(欧州共通利益に適合する重要プロジェクト)の仕組みについては、前編に詳しく説明し記載しているが、現在、各国が提案した水素プロジェクトの認定プロセスが進行中である。この最終認定を夏までに完了させることになっている。上述にように、域内水素製造のために必要な水電解の展開の一部も、このIPCEIの枠組みを用いて行われることになる。

(5)水素認証制度の加速

 2030年に向かって欧州は1000万トンの水素を海外から輸入することになるが、その輸入水素も域内製造される水素と同様の「低炭素性」を証明することが重要と認識されている。また欧州全体には水素パイプラインが張り巡らされることになるが、パイプラインの各ポイントで注入される水素の品質と低炭素性を一致させる必要がある。

 REPowerEU Planでは、ECは産業界と連携し、いわゆる低炭素水素認証の制度化を加速させることとしている。また、ECは今年2月2日に「欧州標準化戦略(EU Strategy on Standardisation)」を発表しているが、ここでも新型コロナワクチン・医薬品製造、重要原材料リサイクル、低炭素セメント、半導体規格とともに、クリーン水素のバリューチェインの標準化・認証制度の確立の重要性が指摘されている。

(6)パートナーシップの構築と輸入支援スキームの構築

 欧州はロシア産天然ガスの削減のために、ロシア以外の国と天然ガス・水素で国際連携を深める計画である。その一つの枠組みが「EU Energy Platform」で、天然ガスの共同購入と水素調達が含まれる。現状で欧州近隣諸国はじめ北米、アジア(日本を含む)、豪州、アフリカとの連携がうたわれており、そのいくつかは水素供給での連携も含むと考えられる。

 またこの一環で、欧州は水素に関して「European Global Hydrogen Facility」というスキームを立ち上げる。これはすでにドイツが「H2Global」として先行させている水素輸入促進の仕組みを手本にしたもので、海外での水素製造事業者とは長期水素調達契約を、国内水素需要者とは1年間程度の短期の水素供給契約を締結し、その差額を公費で補填するものである。これは、今後ドイツの先行スキームとの統合も予想され、動きには注意が必要である。



図1 EU Energy Platform
 出所: European Commission「REPower the EU by engaging with energy partners in a changing world」(2022年5月18日)

https://ec.europa.eu/commission/presscorner/api/files/attachment/872550/FS_InternationalEnergyStrategy.pdf.pdf

(7)水素インフラの整備の加速

 2030年までに2000万トンの水素を域内に供給するためには、それなりの水素インフラを整備する必要がある。

 まず欧州は、複数の水素コリドー(メインとなる基幹水素パイプラインで、「バックボーン」と呼ばれる)を整備する(図2)。REPowerEU Planには明記されていないが、北海からは洋上風力による水素が、北欧からは水力発電と陸上風力による水素が、そして戦後のウクライナからは陸上風力による水素が供給されることになろう。また北アフリカからは太陽光発電による水素が、イベリア半島あるいはイタリアを経由して供給される。イベリア半島ではさらにスペインの太陽光発電や風力発電による水素も加わろう。南東部から供給される水素は明確ではないが、前編で言及したように、エジプトを含めた地中海パートナーシップも想定されているので、対岸のアフリカ諸国から水素が海上輸送される可能性もある。

 それらの水素の向かう先は、基本的にはドイツを中心とする中欧諸国である。



図2 計画されている水素コリドー
 出所: European Commission「Communication from the Commission to the European Parliament, the Council, the European Economic and Social Committee and the Committee of the Regions REPowerEU Plan」

https://eur-lex.europa.eu/resource.html?uri=cellar:fc930f14-d7ae-11ec-a95f-01aa75ed71a1.0001.02/DOC_1&format=PDF

2.今後の展開と日本の対応

(1)欧州主導の水素基準の確立の可能性

 脱ロシア産エネルギーのためのエネルギーシフトでは、それなりの新規のエネルギー調達(輸入)が必要で、水素はその代表的な手段である。上述のように、水素取引のパートナーシップ構築と欧州を超えた水素バックボーンの構築が想定されている。これらのパートナー国は、欧州の水素基準(品質やGHG排出量)に従うと考えられる。

 実際に5月23日にECは、再エネ指令の一環として、水素のGHG排出量基準に関する規則の案と、水電解でグリーン水素を製造する時のグリーン性基準の案が発表されている。グリーン性基準の案では以下のようなことが規定されている。

・再エネ発電と水素製造の時間を合わせる(時間相関性)
・再エネ発電と水電解装置には一定の地理的な「近さ」が必要で、両者の間に系統混雑がないこと(地理相関性)
・水素製造に利用する再エネ発電装置は「比較的新しいもの」である必要があり、再エネの追加性に寄与すること(追加性)

 このグリーン水素のグリーン性基準の案では、この基準は欧州域外で水素を製造する場合にも適用する、とも記載されている。

 両案はともにパブコメ中であるが、すでに案のリークもあって民間団体が表明した意見も取り込まれていることから、そのまま承認される可能性が高い。その場合、欧州の水素基準がデファクトになっていく可能性が高い。

(2)欧州としての水素キャリア技術の推進

 欧州の基本はパイプラインであるが、地中海対岸のエジプト(欧州連合とグリーン水素・アンモニアでMoUを締結予定)や中東からは、海上輸送される可能性がある。それが水素になるのか、アンモニアになるのかは要ウオッチである。アンモニアとして供給される可能性は高いが、仮に水素で供給される場合には、液化水素や有機ハイドライドのような技術が必要となる。欧州はこの分野での技術の遅れを認めており、REPowerEUの一環として、技術強化に動き出す可能性もある。

 実際、欧州で水素・FC分野の研究開発をファンドしている官民パートナーシップ「Clean Hydrogen Partnership」(旧FCH JU)は、2021~2027年の研究開発項目(Strategic Research and Innovation Agenda 2021-2027)にて、液体キャリア(液化水素、有機ハイドライド、アンモニア)の研究加速がうたわれている。

 水素キャリア分野で欧州と日本と連携するならばよいが、競合する可能性もあり、注意が必要である。

(3)日本はどうするか

 ウクライナ危機は、当事者にとっては大変に不幸な事件であるが、欧州はこれを機に、大規模にエネルギーシフトを進めようとしている。電力エネルギーに関しては、再エネ発電が大幅に拡大していくことになり、ガスエネルギーに対しては、天然ガスからバイオガスと水素への転換が進む。欧州は新型コロナからの復興とも合わせ、エネルギーインフラへの投資も加速する。

 日本は、待ったなしの状況がある国(国々)のエネルギー・水素展開と相対することになる。協力と競合の二側面から戦略を練る必要がある。