Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.127 北欧にみる年金基金の化石燃料からの投資撤退、洋上風力発電へのESG投資

2019年5月16日
京都大学大学院経済学研究科特定講師 中山琢夫

はじめに

 ESG投資と、その反面にある投資撤退(ダイベストメント:Divestment)は、ヨーロッパ、とりわけ北欧において、近年大きな展開を見せている。それは、エネルギー部門においても顕著である。北欧ではその対象が、石炭だけではなく、比較的CO2の排出係数の低い、石油・ガスといった化石燃料にまで及んでいる。

 ノルウェー中央銀行は、「政府系年金ファンドは石油事業投資から撤退する」と発表した。これは、世界の金融界に対して大きなインパクトを与えた。このことは、石油産業が、エネルギー転換のダイナミクスと、持続可能性に関する課題に、細心の注意を払うことが必要になったことを示唆している。

 ノルウェーはこれまで、石油・ガスの埋蔵量、生産量、輸出量でヨーロッパをリードしてきた。一方、水力や風力資源にも恵まれており、こうした再生可能エネルギー資源によって、自国のエネルギー需要の大部分を賄うことができる(風力の開発はこれからであるが)。つまり、石油・ガスの輸出国として、エネルギーに関してこれまで重要な役割を果たしてきたといえる。

ノルウェー年金基金の原油・ガスの探索・採掘事業からの投資撤退

 2018年3月、ノルウェー政府年金基金グローバル(Government Pension Fund Global: GPFG)を政府に代わって管理するノルウェー中央銀行(Norges Bank)によって、GPFGは国際的な石油部門への投資から離れるという発表がなされた。1966年以来、GPFGが石油やガスの輸出益によって巨額の基金を蓄積してきたことを考えると、驚くべき事態である。

 その目的は、恒久的な原油価格の下落に対する基金運営の虚弱性を減少させることにある。エネルギーセクターに広範囲に多様化した会社の株式を売却するよりも、原油やガスを探索・採掘する会社を売却する方が的確である。原油・ガスの探索・採掘会社は、時間をかけて次第にフェーズアウトされる。この計画は、財務白書を基にした国会での審議の後に、ノルウェー中央銀行との協議によって準備されたものである。

 エネルギーセクターは、産業の裾野の広いセクターであり、純粋な再生可能エネルギー会社と同様に、バリューチェーン全体にわたって事業を展開する企業により構成される。今後10年間に投資先としてリストアップされる再生可能エネルギー事業のほとんど全ては、再生可能エネルギーを主たる事業としていない企業によって推進されると予想される。

エネルギーの最前線:転換

 確かに、近年の再生可能エネルギーのブームとエネルギー転換の圧力は、ノルウェー国民がそれを期待しているように、当局の評価に関する重要な判断要素となっている。2017年の選挙では、環境や持続可能性が中心問題となり、ノルウェーの人々は年金基金の運用活動を注意深く見守った。

 ノルウェーの国営エネルギー会社スタトイルStatoil(現:エクイノールEquinor)もまた、CCS(CO2 Capture and Storage)や風力発電に多額の投資を行うことで、持続可能性を重視した企業戦略を進めている。地域レベルであろうと世界レベルであろうと、石油業界が、エネルギー転換と持続可能性のダイナミクスを優先事項として認識せざるを得ない時代がやってきていることを示している。

 こうした原油・ガスからのダイベストメントが進む一方で、ノルウェーの財務省はGPFGに対し、非公開の再生可能エネルギーインフラ事業への投資を推奨している(Royal Ministry of Finance, 2019)。

デンマーク年金基金の洋上風力投資、地元イギリスの地域社会の便益

 一方、ノルウェーの隣国、デンマークの年金基金のPKAPFAは、2017年からイギリスの洋上風力発電事業Walney Extensionに出資している。出資比率は、デンマークの電力会社Orsted (旧DONG Energy)が50%、PKAとPFAがそれぞれ25%である。アイリッシュ海に位置するこの洋上風力発電所は世界最大規模であり、87基の風車で659MWの容量を持ち、イギリスの約60万世帯分の電力を発電することができる。

 もちろん彼らは、洋上風力発電所周辺地域をサポートすることの重要性を認識しており、地元イギリスの地域社会や環境に便益をもたらすことも約束している。Community Benefit Fundという基金を設け、Walney Extension プロジェクトが運営される25年間、社会・環境プロジェクトに毎年60万ポンド、合計1500万ポンド投資する。この基金は、地元地域の様々なプロジェクトを支援する。

 このうち10万ポンドは、Skills Fundと呼ばれ、基金が直接出資する風力発電事業に関する科学や工学の普及促進に充てられる。初年度は、地元の人たちが洋上風力発電をはじめとする工学産業で仕事を見つけるための訓練イニシアティブを支援した。このほか、地元大学の奨学金や教育プログラムへの助成も行っている。

 その他、地元のモーカム(Morecamble)西部漁業基金には、30万ポンドが出資される。この基金はイギリスの非営利の独立組織によって運営される漁業コミュニティプロジェクトで、地元漁業産業に利益をもたらすための施設やトレーニングを提供する。

再生可能エネルギー事業に出資する年金基金:PKAとPFA

 PKAは、デンマークで最も大きな労働市場年金サービスプロバイダーである。PKAは、規定に基づいて個々の年金基金に代わって資産を管理している。具体的には、退職年金、配偶者年金、児童年金、障害者年金、一括退職年金および団体生命保険給付などを取り扱っている。PKAは、32万のメンバーから4つの年金基金を構成しているが、そのメンバーの9割は女性である。2018年の市場価格は約358ユーロに及び、過去5年の年利平均は4.8%で、同年の年間拠出金は12億ユーロ、同年の給付額は9000万ユーロである。

 PFAもデンマークで最大規模の年金会社であるが、年金以外のサービスも提供する。年金や保険に加え、個人の顧客のために健康や住宅などの分野における貯蓄プランなどのソリューションを提供している。顧客が所有するこの会社は、デンマーク人が望む生活を送る自由を保障するために1917年に設立された。積極的に社会発展に貢献することは、この会社のDNAのようになっている。現在130万人以上の顧客を抱えており、顧客との約束を果たすことがミッションとなっている。

 このように、年金基金の再生可能エネルギー事業への投資が近年急速に増加している。化石燃料からのダイベストメントが進んでいる中で、金融市場とは直接関連しない、長期の固定的なリターンを求めて、デンマークだけでなくヨーロッパの資本が、風力発電所に蓄積されている。PKAは、カナダの5つの石油会社を売却し、化石燃料関連会社からのダイベストは過去2年間で53社になった。

 PKAは、洋上風力発電での成果を確信しており、さらにこのポートフォリオを拡大する方針としている。PKAは2010年以来、約200億ドルを再生可能エネルギー事業に投資している。さらにこの分野は将来重要な直接投資のポートフォリオになるとみている。ただし、価格が合えば、自社の所有するウィンドファームを喜んで売却する、という姿勢も保っている。

まとめ

 日本においても近年、化石燃料からのダイベストメントとESG投資のトレンドについては盛んに報道されているが、ヨーロッパ、とりわけ北欧におけるエネルギーに関するこのトレンドは顕著である。長期的かつ安定的なリターンを求める年金基金が、風力発電所に投資しようとしている現実は、まさに再生可能エネルギーが、国民の将来のための金融アセットとしても、主力電源として国民の支持を得ている証だといえる。

#年金基金 #投資撤退 #ESG投資