Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.130 容量市場は必要か、テキサス州電力システムに学ぶ

2019年6月6日
京都大学大学院経済学研究科特任教授 山家公雄

 日本では、容量市場なる電力を取引する「市場」が2020年に創設される予定である。容量市場(キャパシティマーケット)は、所要電力供給容量を確保する上で必要とされるが、電力価格が高くなる懸念がある。今回は、容量市場のないテキサス州の電力システムを紹介し、考察する。

1.電量自由化時代の取引の主役「卸市場取引」

 自由化時代の電力取引は、卸取引所を経由する取引が主役となる。取引所取引では、資格を有する多くの事業者が参加し、競争により最も経済的な取引が行われる。非差別性、透明性、流動性、情報や決済の信頼性が担保される。卸取引所は、日本では一般社団法人日本卸電力取引所(JPEX)が運営するが、基本的に短期の現物取引を仲介する。前日取引が主となるが、当日取引も行われる。供給は、燃料費等の限界費用の低い設備から約定(採択)され、需給均衡価格が約定された全ての電源に適用される(シングルプライス方式、資料1)。すなわち、約定価格よりも低い費用の電力は固定費の一部以上をカバーすることになる(生産者余剰)。

資料1.ドイツの卸市場サプライカーブ(メリットオーダー)
資料1.ドイツの卸市場サプライカーブ(メリットオーダー)
出所:Eco-Institute

 一方で、卸取引の拡大により、電力供給の信頼性が損なわれるとの議論がある。自由化前の「コスト+一定の利益」が保証される「総括原価方式」に馴染む方から見ると、必ずしも全コストの回収が保証されない「市場価格」方式には、違和感がもたれる。コスト回収が保証されなければ投資や融資に二の足を踏むことになり、結果として供給力不足に陥り、電力価格が高騰し、最悪停電に至る、という考え方である。

2.日本で準備が進む「容量市場」

【小売りが固定費の一部を負担し、供給力を確保】

 そこで、登場するのが「容量市場」である。卸市場は実際に使われる電力量(kWh)で取引されるが、容量市場は将来の時点(日本は4年後を想定)でいつでも発電できる準備ができている設備の容量(キャパシティ、kW)を評価し、その価値に対価を支払うシステムである。これは、市場という名称が付いてはいるものの、需給が一致する点で価格と数量が決まるものではない。需要は、供給信頼度に責任を持つ機関が推定する。4年後の予想最大需要に一定の予備力を加えて(予備率を乗じて)「需要曲線」を描く。供給は各供給設備が予備力の価値と考える価格をオファーし供給曲線が形成される。これが需要曲線と交差する点で価値(価格)が決まる(資料2)。

資料2.容量オークション(日本)
資料2.容量オークション(日本)
(出所)資源エネルギ-庁:第3回電力システム改革貫徹のための政策小委員会

 この価値の対価を支払う者は、小売事業者となる。電力販売者として裏付けとなる供給力(容量)を確保していなければならないとする考えである。容量市場で決まる量は何らかの方法で小売事業者に配分され、その量に市場価格を乗じた金額を発電事業者に支払うことになる。小売事業者は、配分された容量については自前の設備や相対契約にて確保することができるが、不足する分を容量市場に納めることで義務を果たすことになる。しかし、容量市場が存在しない現状と比べると、小売事業者は卸市場に支払うkWh当りの価格に加えて容量市場のkW価値を支払うことになる。特に取引所経由による調達が多い事業者は、新たな負担となる。

 容量市場の利点は、固定費用の一部を回収できる仕組みを整えることで発電事業者に新たな収入を提供し、発電設備の維持や新規投資を促すことにある。しかし、卸取引で回収できない固定費が全て容量市場で回収される訳ではない。そうであれば地域独占時代の総括原価方式と変わらず、効率性が損なわれることになる。容量市場は、非効率な設備を退役させ新陳代謝を進める機能を持っていなければならない。

【人為的に決まる要素の多い「市場」】

 容量市場の問題点は、「市場」とは言っても、人為的に決まる要素が多いことだ。需要曲線は公的な機関が決める。通常は、安定供給(信頼度)に責任を持つ機関が推定する。信頼度維持の責任者はグリッドオペレーターとなるが、米国では一つの州に展開するISO(Independent System Operator)や複数の州をカバーするRTO(Regional Transmission Operator)、日本では送電会社および広域機関(OCCTO)となる。一般にグリッドオペレーターは、保守的に見積もる傾向があり、余剰分(予備力)が多くなる。多くの設備を抱えると、その維持に要する費用がかかることになる。また、競争の最前線にある小売り事業者は、そのシェアは時々刻々変わるが、容量をどう配分するかも難しい。

【実需給時点でもグリッドオペレーターは容量を確保】

 さらに複雑なのは、供給設備の容量価値は容量市場だけで決まり、対価が支払われるものではない。信頼度維持の責任者は、本来グリッドオペレーター(系統運用者)にあり、彼らは実際に消費・供給される時点での需給一致を必ず成し遂げなければならない。そのために卸取引市場が閉じた後に生じる約定と実際との乖離を調整する手段を持つ。これは「需給調整市場」であり、短時間での調整が可能となる設備容量を確保する。これは運用予備力と称されるが、kW価値であることに変わりはない。なお、需給調整市場はアンシラリーサービス市場とも言われる(特に米国において)。

 信頼度維持の責任者はグリッドオペレーターであるが、市場取引が増えていくなかで維持できるか不安を覚える傾向がある。そこで、小売事業者にも責任を負ってもらおうという考えが出てくる。4年後の容量を確保する訳だが、実需給時に近づく時点でも、需給調整市場によりやはり確保される。要するに、容量市場と需給調整市場にて、小売業者とグリッドオペレーターとにより容量が確保されることになる。それぞれ独自に必要量が決めると、結果として容量(予備力)は過剰となる可能性が出てくる。発電設備を多く持っている既存事業者の設備が容量市場や需給調整市場で固定されると、肝心の卸市場に供給力が回らなくなる懸念も生じる。

 中長期の計画であれ、短期の運用であれ、予備力(容量)を提供する供給設備に差はない。容量市場は、限界費用の水準で決まる卸市場取引の増大により稼働率が低くなる火力発電救済策としての期待がもたれている。特に燃料価格で石炭より劣後にある天然ガスに焦点が当たっている。4年後の需要に間に合うリードタイムをもつのは天然ガスである。なお、やはり日本で準備が進んでいる「ベースロード市場」は石炭火力の支援策という面がある。これに関しては、改めて考察したい。

3.機能するテキサスのエナジーオンリーマーケット

 世界を見渡すと、日本より市場化が周回進んでいる地域は多いが、一般的・強制的な容量市場をもつ国や地域は限られている。また、将来の想定年度もそれぞれ異なる。米国のISO、RTOではPJM、ISO-NE(New England)、NY-ISOの東北部において存在するが、期間はPJMとISO-NEが4年、NY-ISOは最長1.5年である。

 CA-ISOには一般的な容量市場は存在しないが、小売会社が月単位最大需要の115%をカバーする「強制的な供給能力充足要件」を参加者に課している。PJM等と後述するERCOTとの中間にあると言える。ドイツも容量市場はなく、特定の石炭火力を予備力として指定し、一定の期間維持するのに要する費用を負担している。例外的・救済的な措置であり、卸市場取引から隔離される。これらは「容量メカニズム」とも称される。

【テキサス州はエネルギ-市場のみで供給力を確保】

 テキサス州ISOであるERCOT(Electric Reliability Council of Texas)においては、容量市場は存在しない。前日、リアルタイム(5分毎)の卸取引市場とアンシラリーサービス市場のみである。このERCOTの短期取引にフォーカスしたシステムはEnergy-Only-Marketと称される。卸市場のもつ効率性を活かしながら、供給信頼度を維持する仕組みを多く整備している。理論的には、予備力が不足すると市場価格は上がり、それをシグナルとして供給設備の維持や投資を実施することになる。この価格高騰(スパイク)を放置する(実際には9ドル/KWh、約1000円/KWhのキャップ設定)。

 また、運用予備力(kW)が少なくなるに従ってリアルタイムの市場価格(kWh)が急騰するカーブを需給予想により試算し、事前に公表している(ORDC:Operating Reserve Demand Curve)。これにより、予備力水準を予想することで市場価格が予見できるようになる。短期を長期に転化しうるシステムと言える。また、次年度の運用予備力(アンシラリーサービス)の水準を前年の11月に公表し、それを市場シェアに基づいて小売り会社に割り振っており、運用予備力の水準を意識させている。なお、テキサス州のシステムに関しては、改めて当コラムにて解説したい。

【高コストを理由に産業界が強力に反対】

 テキサス州では、容量市場の導入を巡り長年にわたる議論を経て、導入しないとの結論を下した。発電事業者は賛成だったが、産業界は電力価格が高くなる、発電事業者への助成であると猛反対し、小売事業者がこれに同意した。産業界は、容量市場の導入により電力価格は1割上がるとの試算を発表し、短期的な価格スパイクは甘受するとした。テキサス州は、自身の電力システムについて経済性と安定供給(信頼度)を両立させるシステムとして自信を持っている。

 資料3は、米国ISOのリアルタイム市場における年間平均価格を比較したものである。エネルギ-価格(kWh)に加えて、アンシラリーサービス価格(kW)、容量市場(kW)、混雑処理等に要したアップリフト費用の3要素をkWhで除した数値を加えた「総電力価格」を比較している。ERCOT、SPP(Southwest Power Pool)、MISO(Midcontinent ISO)は低く、CA-ISOが中間、NY-ISO、ISO-NE、PJMが高いエリアと分類される。エネルギ-とアンシラリーサービスの差はあまりないが、容量市場コストの有無により大きな開きが生じている。このグラフからは、容量市場のないISOエリアは価格が低いことが明確に示されている。

資料3.電力市場価格のISO間比較(米国)
資料3.電力市場価格のISO間比較(米国)
(出所)2017 State of the Market Report for the ERCOT Electricity Markets(5/2018)

 日本は、2020年から容量市場が動き出すが、こうした議論を行ったのであろうか。火力発電の維持する人為的なシステムを作ろうとして、結果的に電力価格の高止まりやCO2削減の遅延に繋がる懸念も出てくる。

(おわり)