Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.131 「原発のテロ対策」で原子力規制委が守ったもの
/厳しい判断は自らへの「喝」

2019年6月13日
エネルギー戦略研究所 シニアフェロー 竹内敬二

 「原発のテロ対策施設の完成が遅れた場合、運転停止を求める」。原子力規制委員会(更田豊志委員長)が4月に下した判断をめぐって静かな議論が続いている。この方針によって、すでに再稼働した原発を含め多くの原発が順次停止を余儀なくされる。規制委は周囲の予想より「厳しい」といわれる方針を選択した。背景には「規制当局の信頼」が地に落ちた苦い歴史がある。

1 元の設計ではテロ攻撃を考えず

 テロ対策の施設は「特定重大事故等対処施設」、略称で特重(とくじゅう)という。特重は、原発が大きく破壊、混乱した場合、原子炉建屋から100メートルほど離れた場所で、原子炉内への注水などを遠隔操作できる「第二制御室」だ。テロリストが原発に飛行機を衝突させるなど、潜在的なテロ攻撃を想定している。

 日本の原発が設計、建設されたときにはテロによる大破壊など考えられていなかった。2011年の福島第一原発の事故後のあとに想定が義務付けられたが、前例もないため工事が大きく遅れている。原発一基で500億から1200憶円かかる。

 完成期限は当初より5年延期されたが、その期限も来年初めから順々に訪れ、再度間に合わない状況にある。そこで関係する電力会社は、4月17日の規制委の会合で一致して「完成が遅れる」と伝えた。「施設未完成の状態でしばらく運転したい」ということだ。期限からの遅れは1~2年半。これに対して原子力規制委は1週間後の4月24日、「基準不適合状態での運転は認められない」と拒否したのである。

表 テロ対策施設の設置期限が迫る原発



 今後、施設の設置期限が近づく原発を表に示す。再稼働した原発も軒並み期限切れを迎えることになる。(表参照)

 この問題はしばしば「車検が通っていない車は運転できない」という話に例えられる。「当たり前の話」という意味だが、実際はそう簡単ではない。電力業界にとっては原発が停止すれば、代替電源を探さなくてはならないうえ長期停止のリスクも生まれかねない。経済的にも政治的にも大きな問題だ。さっそく「電気料金値上げ」に言及した電力会社もある。

2 かつて「保安院は電力会社の虜(とりこ)」といわれた

 実際、この判断は、電力会社にとって意外なものであり、規制委にとっても、プレッシャーを感じる中での腹をくくった決断だったといえる。そのニュアンスは、規制委が決断した日(4月24日)の記者会見のやり取りでうかがえる。更田委員長はこう発言した。

 「出席者のお一人(電力会社の人)が、見通しが甘かったとおっしゃっていたけれども、それは工事に対する見通しが甘かっただけでなく、規制当局の出方に対しても甘かったのではないかと私は思います。差し迫ってきて訴えれば、何とかなると思われたとしたならば、それは大間違いだと思う」

 戦後の日本では、電力会社と政府が一体となって原発を推進してきた。電力会社がまとまって行動すれば、たいていの要求は通ってきた。特重は必要な施設といっても、現在も「なし」で運転しているので、少しくらい伸びてもいいではないかという感覚もあったろう。

 実は、複数の規制委メンバー自身も妥協的な案を考えていた。それは「基準不適合であると認識する」一方で、杓子定規に「停止」というのではなく、「不適合状態での運転をしばらく(定期検査まで)認める」というものだ。規制委もメンツがたち、電力会社にとっては、当面の運転継続で混乱は少ない。しかし、更田委員長はそういう中途半端な妥協を認めなかった。

 更田委員長が恐れたのは、信頼失墜だったろう。福島第一原発の事故の検証をした国会事故調査委員会は、当時の電力会社と規制当局(原子力安全・保安院)との特殊な関係を厳しく指弾した。
 「電気事業者と規制当局の関係は必要な独立性及び透明性が確保されることなく、まさに虜(とりこ)の構造といえる状態だった」。規制当局は電力会社のいいなりで、その緊張感のない癒着的な関係性が福島事故の背景にあったということだ。

 今の規制委は福島事故後にできた全く新しい組織であり、これまでの規制行政の進め方を通じて「独立している」との評価を得ている。福島事故から8年が経過した今年でも9基の原発しか再稼働していないところにも、規制委の厳しい姿勢が表れている。

 今回の規制委の厳しい判断は、「独立が最も大切なもの」を自覚する「自身への喝」だったのではないか。そして、電力会社に対しては、「頼めば何とかなる」といった甘えへの「警告」だった。
 規制委は何とか踏みとどまった。もし妥協的な判断をしていたら、評判は落ちていただろう。反原発団体はその決定を取り消す裁判を起こすことを考えていたという。

3 「どうせ起きないだろう」と思う気持ち

 原子力の稀な大事故をどこまで想定するかは難しい。電力会社による「期限を伸ばして欲しい」の背景には、「テロによる混乱など、短期間のうちではどうせ起きないだろう」という意識がある。

 しかし、原発大事故の歴史は、「人による想定の失敗の繰り返し」といえる。1986年のチェルノブイリ原発事故では、炉心が爆発し、大量の放射能が噴出したが、そんな事故はそれまでだれも想定していなかった。

 日本の電力会社は、チェルノブイリ事故後も「日本は炉型が異なるので、過酷事故は起きない」と主張した。それでも、当時の原子力安全委員会に押される形で福島原発など沸騰水型炉の格納容器にベント弁(強制排気弁)が設置されたが、「義務」ではなく、自発的な設置の形にした。「本当はこんなものは不要」との電力会社の意思表示だった。

 ところが、福島事故ではそのベント弁が何度か使用された。ベント弁がなければ格納容器が爆発して、さらに東日本一帯に広範囲に放射性物質が飛散した可能性が高い。

 福島事故の3年前の08年、東京電力の内部の検討で「福島では最大高さ15・7メートルの津波がありうる」と予測された。担当社員が幹部に伝えたが、対策には生かされなかった。これも「まあ、起きない」と思われたのだろう。

4 テロ対策を導入していれば福島は防げた?

 今議論になっている航空機の衝突などを含むテロ対策は、米原子力規制委員会(NRC)では「B5b」の規制項目として知られる。

 2001年の米国における同時多発テロ後に整備された。B5bについては、日本の保安院も米国の導入後、2度渡米し、NRCから説明を受けたが、日本には導入しなかった。日本の想定には関係ないと考えたからだという。

 しかし、ここが重要なことだが、米国に続いてもし日本にB5bが導入されていたらどうなっていたか。B5bでは、使用済み燃料プールの破損に備えた外部注水ラインの敷設や、仮にプールを冠水できない場合であってもスプレーによって使用済み燃料を冷却するように求めているなど、施設全体に高いレベルの安全対策を求めている。福島の事故で起きたことだ。
 したがって、日本の原発にB5b規制が導入されていたら、福島事故の拡大はかなり防げていたとみられているのである。将来の極めてまれな空想的事故への備え云々の話ではない。規制導入を見送ったことが、すでに起きた大被災の一因だったかも知れないという話だ。「どうせ起きないだろう」は何度も恐ろしい結果を招いている。

終わり