Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.137 オーバーシュートとBECCS(バイオマス)の陥穽?

2019年7月18日
京都大学大学院経済学研究科特任教授 加藤修一

 前回コラムで “バイオマスエネルギーの炭素中立のリアリティ?” に触れたが、IPCCの「SPM1.5℃」(図-1左)にはオーバーシュート(以後はOSと呼ぶ)が示されている。これはCO2排出が一時的に目標値を超過させ、後に相殺させるシナリオであるが、相殺を可能にさせる(?)主役はなにか。

図-1 「1.5℃ SPM」とCO2の代表的濃度経路(RCP:Representative Concentration Pathways)
図-1 「1.5℃ SPM」とCO2の代表的濃度経路(RCP:Representative Concentration Pathways)
資料:右図:IPCC(AR5)より、Data:はCDIAC/GCP/IPCC/Fuss et al 2014より

1.5℃の排出経路とオーバーシュート(OS)の大前提

 ところでIPCCのAR(Assessment Report)5には「2℃抑制のための累積排出量の上限値は、・・・科学的知見の蓄積が必要」としながらも「累積排出量を約2.9兆トン未満にする必要がある。約1.9兆トンが既に2011年までに排出された」と指摘した。まだ何とか排出できる量(?)は1兆トン程度ある。この制約下で、約900に及ぶ「RCPシナリオ」が分析され、1.5℃抑制は、図-1のRCP2.6に含まれる。OSシナリオについては当面、経済的に無難な削減策によりCO2濃度が450ppmを一時的に超過することになっても将来に開発されるべき大胆な削減技術により、450ppm以下まで減らすというシナリオである。大気中に一度排出された大量のCO2を相殺し大気中濃度を下げる。ということは排出超過分と相殺するために大気中のCO2を回収・除去し貯留する技術が必要になる。図-2は、気温上昇が1.5℃抑制する経路(pathway)である。P1はOSなしで少なくとも50%の確率で地球温暖化を1.5℃より低く抑える経路。またP2、P3は限られたOSで昇温を1.6℃より低く抑えて2100年までに1.5℃に戻る経路。更に、P4は高いOSで1.6℃を超えるものの2100年までに1.5℃に戻る経路、となっている。世界全体でCO2排出量が2050年付近で正味ゼロの排出経路になっているが、2050年以降は注意すべきだ。特にOSを含むP2、P3、P4である。破綻しない経路であるが、大きな前提をおき、主役の活躍の場を決めている。

図-2  世界の正味排出量の経路(シナリオ)
図-2  世界の正味排出量の経路(シナリオ)
資料:「SPECIAL REPORT: GLOBAL WARMING OF 1.5 ℃ Summary for Policymakers」のSPM3A、
https://data.ene.iiasa.ac.at/iamc-1.5c-explorer/、仮訳・一部加筆筆者。

ペアであるオーバーシュート(OS)と相殺

 図-3は世界の正味のCO2総排出量に関する先の4つの排出経路を示している。また図-4は世界の経路別のCO2正味総排出量(2010年比)を示し、P1、P2、P3の排出経路は2030年(2010年比)が-40~-60%の範囲内である。一方、高いOSを含むP4経路(赤枠)は、図-4の2030年値はプラス4%である。プラスは削減でなく大気中への排出である。このP4は+4%から2050年には-97%と100%を超える大削減、それも20年間の短期間に成し遂げることが可能とする。しかし、人類はUNFCCC(1992年)の採択以降、約30年の長期間にわたり数々の国際的な仕組みについて激論をかわして来たが、全球的平均気温のハイエイタス(一時的停滞)の経験はしたが、今だかってCO2の総排出量を減少させた行動はない。このP4の20年間の経路は、それこそ人類が経験したことがない壮大な行動(削減)を伴うものだ。

図-3 世界の正味のCO2総排出量 ― 4つの将来排出経路
図-3 世界の正味のCO2総排出量 ― 4つの将来排出経路
注)AFOLU: Agriculture, Forestry and Other Land Use
資料:図-2に同じ

図-4 世界の経路別のCO2総正味排出量(2010年比)
図-4 世界の経路別のCO2総正味排出量(2010年比)
資料:図-2に同じ、仮訳・一部加筆筆者作図。

 そこで気になるのがOSとペアの“相殺”である。例えば、P4の+4%は、2030年時点では削減手段がなく、排出量の目標超えを想定し、その後に相殺により元の目標濃度に戻す大削減である。この大変化は当然のことながらエネルギー・土地利用に関わるあらゆる部門で大きな変化を強いる。果たして実行可能性があるのだろうか。しかもその主役は大気中のCO2を削減する技術、ネガティブ・エミッション技術(NET)である。

BECCSによる相殺? - 待ち構える陥穽

 ところが、NETについては、従来のCCSと化石燃料使用の火力発電所の組み合わせには限界があり、この限界を超えるのが、CCS とバイオマスエネルギーを組み合わせたBECCS(Bio-Energy with Carbon Capture and Storage:ベックス)を前提としている。BECCSでは植物が大気からCO2を取り込みバイオマスとして固定した炭素を燃料として利用する。同時に発生するCO2 を回収・貯留する方式である。そのため燃料バイオマスに含まれる炭素量に相当するCO2が、大気中から取り除かれるとした。しかし前回コラムのACSACの研究成果はペイバックタイムなどを含めてその限界を指摘したが、この1.5℃抑制の高いOS経路は、膨大なバイオマス量を含めて以下の前提が指摘されている。

 即ち、①膨大なエネルギー作物向けの農地(図-5も指摘)、②現状の2倍の高い生産性をもつ多年生草本作物の栽培、③窒素肥料の大規模な増加、④肥料追加で起きるN2O排出抑制、⑤エネ作物自身の炭素回収・貯留、⑥エネ作物栽培に伴う土地利用変化による排出削減等である。以上のように厳しい前提条件が多く、決して容易なことではない。同様に、2℃(1.5℃ではなく)抑制を可能とするネガティブ・エミッション技術が未確立であることが、既に報告(2015年)されており、2℃抑制には緊急の排出削減の指摘があり、更には大規模な混焼に伴うバイオマスで2℃抑制にするためには、必要なバイオマス量の確保が困難と指摘されている。増してや1.5℃抑制シナリオになれば、更に厳しくなる。例えば、図-5は、2100年までのBECCSの累積利用量であるが、1兆2000億tと膨大である。栽培面積は720万k㎡とインドの総面積の2倍超(日本の約20倍)が必要となる。更にBECCSの大規模導入が食料生産や生態系保全と競合することにもなる。加えて、腑に落ちないことは、P4の電力に占める再エネ率が2030年に25%(図-5左)とある。実に控えめな数値だ。極端な可能性を探るシナリオの一つではあるが、P4の検討自体に疑問を感じる。

図-5  地球温暖化の1.5℃抑制経路と指標のうごき
― CO2の累積が1兆トンを超えるP4のBECCS利用量 -

図-5  地球温暖化の1.5℃抑制経路と指標のうごき<br> ― CO2の累積が1兆トンを超えるP4のBECCS利用量 -
資料:IPCC (SR1.5)、「様々な1.5℃経路の特徴を示す指標」より、筆者作図。

 以上は、炭素中立に対する直接的な指摘ではないが、BECCS の大規模導入に慎重な論文が少なくない。現在、提示されているNETにはどれも重大な制約がある。科学的に裏打ちされた実証的数値が明確になっていない。AR5がBECCSについて「科学的議論は未解決のままである」と示唆していることを謙虚に受け止めることである。重要なことは科学的実証が全く不十分なままにNETへの期待が醸成されないようにすることが賢明である。確証もなく期待を敢えて強調することは、問題解決(緩和策の強化)の先送りに通じかねない。BECCSは、主役として制約が多すぎる。登壇は控えるべきだ。

無視できない森林の炭素貯留効果

 最後に、最近の「Nature」誌によると、BECCSは生産性の高い作物栽培の維持・拡大、つまり技術的制約が大きいとしている。また、土地利用による土壌中の炭素排出変化を考慮することが重要で、森林はその植生や土壌中に炭素を貯留しているが作物に転換すると純炭素収支に大きな影響を与える。更に高緯度地域では森林をBECCSにすると、失われた炭素の「回収」期間が100年を超える指摘さえある。土地の炭素貯留が崩壊することは「メッス憲章」を侵害し、生物多様性の危機になりかねない。

 以上は、排出シナリオにおいて非常に重要な論点として国際社会で白熱し始めている。今後、COP25(チリ)やAR6(2021~22年)に向けて議論が深まることを期待しているが、大きな相殺を含むようなシナリオに翻弄されずに風力・太陽光などの持続可能な再エネの主力化や世界規模でエネルギー消費の見直しが先決である。国規模というよりも都市規模の削減の成功事例の普及・拡大こそ求められる。

 日本の行動は途上国のバイオマス開発にもパリ協定にとっても影響を与えかねない。次回以降、具体的な国内のバイオマス事情に触れることにしたい。

(キーワード:バイオマス, BECCS, 炭素中立)

以下を参考にした。
注1) Kato, E. and Yamagata, Y. (2014) BECCS capability of dedicated bioenergy crops under a future land-use scenario targeting net negative carbon emissions. Earth’s Future, 2 : 421-439.
注2) 山形与志樹(2016)、2℃目標に向けたネガティブ・エミッション技術の可能性と課題.環境研究, 181:29-40.
注3) Global Carbon Project (GCP) は国際プログラムFuture Earthのピート・スミス教授らと国立環境研究所の共同研究より。
注4)Anna B. Harper, Land-use emissions play a critical role in land-based mitigation for Paris climate targets、Nature Communications, volume 9, Article number: 2938 (2018)