Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

TOP > コラム一覧 > No.156 世界のコーポレートPPAの動向、買い手企業と売り手発電事業者の誘因と将来の可能性

No.156 世界のコーポレートPPAの動向、買い手企業と売り手発電事業者の誘因と将来の可能性

2019年11月28日
京都大学大学院経済学研究科特定講師 中山琢夫

はじめに

 日本でも、再生可能エネルギー(再エネ)のコーポレートPPA(Power Purchase Agreement:電力購入契約)という言葉をよく耳にするようになったが、必ずしも最近の新しい現象ではなく、欧米では約10年前から導入されている。とりわけ、アメリカやイギリスにおいて、その取引規模と頻度が近年大幅に増加している。先進的なグローバル企業は、コーポレートPPAを通じた再エネ調達方法に注目していることがわかる(図1)。

図1 世界の再エネのコーポレートPPAの例
図1 世界の再エネのコーポレートPPAの例
出所: WBCSD(2016)

 コーポレートPPAは、再エネ電力の買い手企業(需要家)と、売り手発電プロジェクトとの間で結ばれる、長期相対契約のことである。コーポレートPPAが適応できるかどうかは、その国・地域の様々な要因に依存する。あるケースでは、買い手と売り手の双方にとって、魅力的なオプションの多角化をもたらし、かつての電力市場構造では提供できないようなソリューションを提供することもある。一方で、多くの国・地域において、コーポレートPPAの展開を困難にする商業的・法規制的なハードルは、未だ存在している。

 コーポレートPPAという用語は、さまざまな企業の電力取引契約構造と捉えることができるが、とりわけ近年、再エネ電力の買い手としての企業と、売り手としての再エネ発電プロジェクト・デベロッパーの間の、オフサイトのPPAが世界的に加速している。本コラムでは、買い手と売り手のコーポレートPPAの誘因と、将来の可能性について展望する。

買い手企業にとっての誘因

 買い手企業にとっての鍵となるコーポレートPPA導入の誘因は、環境的要因と経済的要因に代表される。2015年に採択されたパリ協定やSDGs (Sustainable Development Goals)に適合するために、先進的な電力の買い手企業(需要家)は、電力会社の送配電系統から購入するよりも早く、再エネ電力によって脱炭素化を達成しようと野心的な取り組みを行っている。再エネ発電デベロッパーと直接電力購入契約することができるのであれば、買い手企業(需要家)にとって、PPAはもっともシンプルな手法となる。

環境的誘因

 コーポレートPPAは、企業の持続可能性に対するコミットメントの実現を支援することができる。多くのグローバル企業は、RE100といった連盟組織に加盟したり、あるいは独立した形で再エネ電力を調達することによって、CO2排出削減のための野心的な目標を設定している。

 これらのコミットメントは、電力会社からグリーン電力商品を購入するか、ニーズに合った再エネ証書(アメリカにおけるRECs:Renewable Energy Certificatesや、ヨーロッパにおけるGOs: Guarantee of Origins)を購入することで、比較的容易に実現することができる。 ただし、一部の企業はこうした証書の購入スキームを越えて、追加性(ⅰ)を実証できる機会を探している。

 多くの場合、買い手企業のPPA参入は、売り手の再エネプロジェクトに対して長期的な価格を提供する。それに加え、更なる投資のためにすでに所有している資本を解放し、追加的なプロジェクトのために資金の借り換えを可能にするなどの重要な理由がある。

 追加的なPPAの例として、飲料・食料品ジャイアントのNestle UK & Ireland社による、スコットランドにおける陸上風力発電プロジェクトの長期PPAへの参加が挙げられる。風力発電ディベロッパのCommunity Windpower社とのパートナーシップによって、すでに再エネ100%調達を実現しているNestle UK & Irelandは、さらに追加的に、自社の温室効果ガスの50%分の排出削減を達成することができたという。

経済的誘因

 適切な価格設定による長期的なコーポレートPPAは、将来の電力コストの上昇に対する価格ヘッジになる。初期の多くのコーポレートPPAは、毎年の物価上昇(インフレ率)に合わせて価格上昇できる固定価格など、比較的単純な価格設定構造を採用していた。電力市場価格が上昇した場合には、これ自体が重要なヘッジとして機能するが、逆に電力市場価格が低下した場合起こりうる電力調達リスクにも対応することができる。

 いくつかの国・地域における市場では、金融的な手法を利用したより高度な価格設定構造が促進され、大幅な市場変動がある場合には、価格の再検討が可能になっている。その他、買い手と売り手がお互いに許容できる範囲で上限価格と下限価格を定め、リスクを軽減する変動価格構造も含まれる。

売り手発電プロジェクトにとっての誘因

 売り手発電事業者サイドにとってのコーポレートPPAへのニーズや関心は、再エネプロジェクトに対するより広範な市場設計によって誘因づけられる。

金融のための長期的な収益の確実性

 アメリカやイギリスなど、再エネが大きな成長を遂げている市場では、再エネへの補助金等のサポートを勘案しながら、プロジェクトによる電力販売を最適化させる必要がある。アメリカでは、税額控除(PTC: Production Tax Credit)を通じた助成がある。イギリスでは、かつてのグリーン認証制度の下で行われてきた再エネ購入義務制度(RO: Renewable Obligation)がある。

 十分な収益性を持ち、電力のオフテイク(ⅱ)が可能となるような長期的なソリューションを見つけることは、限定償還請求権(Limited Recourse Financing)(ⅲ)にアクセスするための鍵になる。信頼できるオフテイカーに存在によって、プロジェクトファイナンスに与信がつく。このような市場では、ユーティリティ(電力会社)との長期PPAも利用可能である。

 コーポレートPPAでは、サービスを多様化することができる。適切な状況では、例えば、一般的な市場価格よりも有利な最低電力価格(または固定価格)をPPAプロジェクトに提供することができる。(ただしこの場合、将来の資産価値上昇が犠牲になる可能性はある。)

長期的な価格

 ある市場では、コーポレートPPAが市場特有の問題を解決することができる。そのよい例はオランダである。オランダでは、政府による支援の下限値が、将来の低価格市場シナリオにおけるプロジェクトのリスクを生み出している。これは、ユーティティ(電力会社)がオフテイカーになった場合には、通常解決できるものではない。

 一方、Krammerウインドパークプロジェクトでは、買い手企業4社が連携してコンソーシアム(マルチバイヤー)PPA取引契約を構築することにより、リスクをヘッジした。オランダにおける電力料金は、一般的に低下する傾向にあるといわれている。買い手企業は、電力の低価格環境において利益をもたらす環境にあり、通常は購入電力価格リスクをヘッジされていることから、売り手発電プロジェクトとのリスクをヘッジすることができる。

 一部の市場では、太陽光や風力発電をはじめとする成熟した特定の再エネ技術に対して補助金を廃止する傾向にあるため、長期的な価格の確実性に対する再エネ電力の買い手と売り手の相互の関心は重要である。発電技術のコスト削減により、再エネ電力の価格が電力系統の電力価格と同等になる可能性がある場合には、長期的な収益の確実性は、銀行による融資判断にとって重要である。PPAを通した契約は、プロジェクトが十分にバランスのとれたリスクプロファイルを持ち、貸し手が融資する意思があるという評価の鍵となり、広範かつ多様な資金調達や、オフテイクソリューションの開発の重要な橋渡しとなる。

新しい市場の機会

 こうした短期的な経済的要因を越えて、売り手の再エネ発電ディベロッパが、買い手企業と長期取引を行うことに関心を持っているのは、より広範な理由がある。一部の再エネ買い手企業は、自社施設を保有している新興市場におけるコーポレートPPAに魅力を感じている。グローバルに、また地域で事業を展開しているディベロッパは、新興市場における開発を加速する計画を立てている場合もある。

 このことで、売り手再エネ発電ディベロッパと買い手企業との間のより広いパートナーシップの機会が生まれ、コーポレートPPAによる買い手企業の野心的戦略を、売り手ディベロッパが提供することができる。こうしたパートナーシップ構造は、様々なアプローチを取ることができる。いくつかは、ディベロッパによって、オンサイトとオフサイトの双方を含む、選択された管轄区域における目標容量が提示される。その他は、ディベロッパが質の高い機会を見つけ出すための、管理サービスとして機能する。

まとめ:将来の発展の可能性

 再エネを調達する一連のアプローチとして、再エネ電力の買い手であるグローバル企業がコミットするコーポレートPPAは、今後数年間で減少する可能性はないだろう。再エネ電力市場の厚みに関して、こうした買い手企業のリーダーが、アジア等の新しい市場において、再エネ開発を推進する大きな機会が残っている。買い手企業が売り手の発電ディベロッパと協力し、サプライチェーンに沿った再エネ調達を増やすという事例が増えていることは、それを裏付けている。

 イギリスなどの比較的成熟した再エネ市場では、再エネプロジェクトに係る補助金はなくなっていくが、再エネ開発を支援する革新的な取引が行われると予想されている。さらに、マルチバイヤー構造や、大規模でグローバルな買い手企業からリージョナル・ローカルな買い手企業への再エネ電力購入契約の移行を、支援できる構造が注目されようとしている。こうした移行構造の進展により、コーポレートPPAの迅速な展開をサポートする政府の介入が必要となる可能性が高くなる。

キーワード:コーポレートPPA、買い手と売り手の誘因、PPAの将来性


(ⅰ)追加性とは、新しいプロジェクトに対して追加的にPPAを結ぶだけでなく、発電プロジェクトの既存資産の資本を解放して、再資金調達するような場合もある。コーポレートPPAは、新たな追加的な発電プロジェクトのための再資金調達の手法としての役割も果たすことができる。

(ⅱ)プロジェクトファイナンスにおいて、事業会社が生み出すサービスを購入する者のことをオフテイカー(引き取り手)という。オフテイカーから事業会社に対するサービスの購入対価が、事業会社に対する融資の唯一の返済原資となるから、オフテイカーの信用力はプロファイスキームの信用性判断の重要な一要素となる(金融用語集:日本政策投資銀行 HP)

(ⅲ)銀行その他金融機関が与信を行う場合、借入債務を負う者が債務不履行となる場合、借主および、または保証人に債務の弁済を求めるのが普通であり、この権利を完全償却請求権(フル・リコース)という。しかし、受信者の信用、担保もしくは抵当の地位と規模・価値、保証人の信用力などによって、償還請求権を限定することがある。このような限定償還請求権付き(リミテッド・リコース)金融をリミテッド・リコース・ファイナンスという(用語一覧:JOGMEC HP)。