Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.160 前途多難な和製電力市場

2019年12月12日
資源エコノミスト 飯沼芳樹

 世界的な潮流として、独占供給、供給義務、報酬率規制に象徴される伝統的な供給システムから市場に依拠したシステムへの転換が図られるようになったのは1990年代であった。このような流れの中でわが国でも、1995年には発電部門の競争を意図したIPPの参入を認めるなどの事業改革に着手している。しかし、その後の自由化の流れを顧みると「周回遅れ」と揶揄されるように、市場を前提としたシステムへの転換は遅々として進まなかった。

 それが震災を契機として打って変わり、一挙に構造改革が加速したのが第5次電気事業改革である。本稿では、全面自由化、法的分離とともに改革の一環とし開設されつつある市場について考えてみたい。

市場とは何?

 わが国でも電力自由化の目的は、料金の低廉化などともに規制コストを減らし、民間の活力を生かして経済を活性化することであったはずである。しかしながら、数次の電気事業改革とともに、このような問題意識は薄れ、最近の新しい市場作りの議論を見ていると、本来の市場とは呼ぶに相応しくない、形だけの市場が作られつつある。

 市場とは何かについて、経済学の教科書でも所与とされていて、明確な定義があるわけではない。一般的には、市場とは、売りたい人と買いたい人がいて、その人たちが取引するために集まる場所が市場ということになろうか。築地の市場は誰もがイメージできる市場であろう。わが国の米市場は世界初の先物市場として内外の経済史家の研究テーマにもなっている。市場での取引に参加するしないは自由で、選択の自由が与えられているのが市場である。競争も市場に付帯する特徴である。ドミナントなプレーヤーがいるような市場では、神の手である「見えざる手」は働かない。取引費用(Transaction Costs)が多額になると市場の機能不全を来す。

 さて、和製電力市場はどうであろう。自由化の流れの中で、卸電力市場である卸電力取引所(JEPX)が2003年に創設され、小売も段階的に自由化され2016年から国民それぞれが供給事業者を選ぶことができるようになった。したがって、こうした市場で制度的に売り買いが自由にできるようになったという意味では市場ができたということになる。だが、卸小売市場とも、その広さ深さから「市場」と呼ぶに相応しいレベルには至っていない。また、卸市場と小売市場は連結されておらず、本来あるべき消費者行動が生産者行動に影響を与えるようなシステムも遠い将来のことになりそうである。

和製電力市場の初期条件

 わが国の市場は、市場運営と系統運営を分けている欧州、市場運営と系統運営を一体的に管理している米国のISO/RTOとも異なるユニークな市場である。欧州の電力市場は、国別にみるとフランス最大の電力会社EDFのように国内的にはドミナントな存在であるが、EUという経済統合された欧州大の市場では市場支配的な行動にはチェックがかかる。独の場合もドミナントな電気事業者が垂直統合したまま競争に入ったが、これも欧州大でみれば多くのプレーヤーの一つでしかなく広い市場があってのことだ。また、900を超える配電事業者の存在は市場作りという点では売り買いの世界が自由化以前からあったという点が重要である。

 米国では、わが国同様、投資家所有電気事業者が主たる電気事業者であるが、この他にも多数の公営、組合営等の配電事業者がある。これら事業者は、歴史的に営利事業として成り立たない地域に設立され今に至っているが、発電設備を持っておらず、もっぱら卸電力を私営から買電するなり、連邦営の発電設備から優先的に供給してもらっていた。また、私営電気事業者も小規模な電力会社が多く、原則電気事業は一州内に限定することを義務付けた法律もあった。したがって、米国では、90年代の電気事業規制緩和・再編の遥か以前から電気の売買が行われていたという意味で電力市場が存在していた。こうした経験が自由化後の電力市場の運営の素地になっているとの理解は重要である。

 一方わが国では、1951年発足の旧一般電気事業者を中心にした供給体制の基本は、各地域の電力会社が自律的にそれぞれの供給区域に供給することであり、また、発電ミックスも似通ったものであり、電気の売り買いをする市場が成立する状況にはなかったということだ。他の北東アジア諸国とも国際連系しておらず、今後も広大な市場が誕生する可能性は低い。

 市場の素地がないところに新たにトップダウンで市場を作り、機能させることは大変な作業である。いわば、旧ソ連のように計画経済から市場経済に移行する大変革事業と同じである。ましてや、先発の欧米における電力市場ですら、長い年月を掛けても未だ頻繁に制度改革がなされているのが現状である。わが国の電力市場がカリフォルニアの電力危機のように機能不全にならないとしても、市場として満足に機能するまでには相当の期間を要することは確実である。

独特の市場設計

 和製電力市場は独特である。べースロード市場、非化石価値市場は欧米にも類の無い市場である。とりわけ、ベースロード市場は移行期の市場という位置付けではあるが、新電力が旧一般電気事業者のベースロード電源にアクセスしやすくするためのものであり、欧米には見られない市場である。再生可能エネルギーや分散型エネルギーの導入が進む欧州から見れば、異様な市場である。このような市場を作らざるを得なかったのは、市場改革を始めるに当たっての市場デザインに問題があったと言わざるをえない。筆者は、特に米国の電気事業改革を80年代中頃からウオッチしてきたが、わが国での自由化論議では、米国のように既存電力会社(Incumbent)の市場支配力をいかに減じるかの議論はあまり聞こえてこなかった。米国では、州によっては半ば強制的に発電設備を売却させるなど、競争条件を整えた上で自由化している。わが国では、20年以上も前に自由化を前提として電気事業改革に着手したにも係らず、今の時点でバンドエイドの如く、ベースロード市場のような市場をパッチワーク的に作っているのはわが国の電力市場作りにおける根本的な欠陥である。また、カーボン・プライシングのような既に多くの国で採用している制度を未だ議論している一方で、非化石価値市場のような環境価値に係る市場を作った意義は何なのかもよくわからない。

「市場」ではない容量市場

 容量市場は欧米でも導入されている制度であるが、同市場の意義については議論が分かれるところである。発電事業者の救済のためという指摘もある一方で、信頼度を維持するための保険という考え方もある。だが、容量市場を最初に導入した米国でのこれまでの経験から、同市場のパーフォーマンスについては必ずしも満足するものではない。ブッシュ政権時代の連邦エネルギー規制委員会(FERC)Wood委員長の政策アドバイサーが、最近容量市場について詳細な分析レポートを発表している(注)。それによれば、わが国の制度改革でも参考にしている北東部のISO/RTOでは、過大な最大需要想定値や参入価格の参考価格であるNet Cone値などのために過剰な予備力が確保され、結果としてこれら余分な予備力のコストは年間14憶ドル(約1,500億円)に上るとし、抜本的な容量市場改革あるいは容量市場とは異なる制度への転換を提案している。

 また、KWの需給の交点で決まる容量価格は、いわば官製価格というべきものである。ミクロ経済学で描かれる供給曲線は供給事業者の限界費用、需要曲線は消費者の限界効用である。すなわち、需要曲線はKWの価値を描いたものであるが、米国の容量市場同様に、わが国の容量市場のデザインでも需要曲線は価値を反映したものではない。したがって、容量市場の「市場」とは名ばかりで、実質は予備力の量と価格が行政的に決められる場でしかなく、このよう場で決められた価格も、市場価格と呼ぶには相応しくない。

 市場作りの方法にはボトムアップとトップダウンがあるが、いずれにしろ試行錯誤の連続である。容量市場も然りであり、米国の事例をみていても度々ルールの変更があり、ステークホールダーは対応しなければならない。市場作りには、こうした調整(Tweak)費用も取引費用として考慮しておかなければならない。このためにはルールの変更のために運営者は「微に入り細に入った」管理をしなければならないことになる。

 ハイエクに代表されるリバタリアンが主張するような市場はさておき、現実の市場運営には法、規則等による統治が必要である。だが、統治しすぎると、行き着くところは、伝統的な規制された電気事業システムから、市場に依拠するシステムへ転換する契機となった「マイクロ・マネージメント」のような過度な規制と何ら変わらないことになる。今から四半世紀前に世界的な潮流となった電気事業の規制緩和・再編・自由化をもたらした槓桿力は一体何だったのか、「市場」に期待するものは何か、今一度再考しなければならない。

(注)Rob Gramlich, Michael Goggin, Too Much of the Wrong Thing: The Need for Capacity Market Replacement or Reform, Grid Strategies, November 2019.


キーワード:電気事業改革、市場、市場デザイン、容量市場