Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.166 鉄塔・電柱復旧への森林サイドからの提言
-気候変動ニュー・ノーマルへの「戦略」考-

2019年12月26日
(一般社団法人)でんきのもりアセットトラスト 代表理事 北村淳子

 SDGsばやりですね。「どうにかして〜!」って、叫べば何とかなるわけでもないので、そろそろ16歳ではなく60歳、または年齢関係ない「大人」の出番でしょう。大人は、「どうにかする」ソリューションを、経験や知見を活かして提供し、具現化していく時ですね。気候変動下でどうすれば良いか(適応)のストラテジーは、短期と長期構造とに分かれますが、本稿では短期、とりわけレジリエンス向上にフォーカスします。

 厄介なのは、「善と悪との闘い」ではなく、法の下での「善と善の闘い」の中で折り合いをつけないこともある、という点です。そこで、「権利の濫用(Abuse)」と「落とし処の自由妥当性・正当性(Legitimacy)」とについて、探ってみましょう。

【東電管内の停電復旧はどうして遅れたのか】

 さて、その文脈で、まず現状(Status Quo)を見てみましょう。

 今年2019年も、台風被害による主に送電線寸断により、東電管内で93万世帯以上の停電が生じました。昨年2018年は中電管内でも100万世帯以上の停電が起こりました。

 中部電力(以下中電)管内での停電数が上回っていたのにも拘らず、復旧スピード(中電は1週間程度)に大きな差異が出たのは、風倒木の状況によるところがあったからです。復旧スピードの差異については、電事法上の風倒木・枝払いについての規定にもボトルネックがある事が分かりました。

【鉄塔と電柱で異なる法理念】

 送電線の仕様(鉄塔か電柱か)により、風倒木・枝払いなどの権利処理が異なります。基幹送電線については、公益特権・公共の福祉をバックとした優越的交渉となりがちです。一方、電柱は(省コストを目指したと推察される)合意形成アプローチ寄りの権利処理、設定となっているため、個別の交渉に時間がかかるのが実態であるようです。

 鉄塔送電線については、特別高圧・超高圧送電線を構成しています。例えば、東佐久間幹線で地権者が鉄塔敷を提供し、所有森林内送電線路を提供している超高圧送電線は27万5千ボルトの電圧です。一方、通常の電柱(高圧)は6600ボルトで、中山間地に多い低圧は、トランスで50kw以下に電圧を落とした電柱です

 電柱、鉄塔とも、位置の特定を登記簿乙部から捕捉されることを忌避したい志向と省コスト志向とが相まって、地役権設定はあまりなされない、電柱に至っては契約書も無い、といった緩い権利処理が送電事業の慣例でした(登記簿に関しては、今日、オープンデータベースと座標で捕捉できるので殆ど無駄な抵抗と化しつつありますが)。しかし送電線の権利処理のタイト化の流れがあり、静かな見直しがなされているようです。その背景として、再エネの普及に伴い銀行が融資条件に接続線(責任分解点までの再エネ事業者側送電線)の地役権設定も含めるようになった(特に特別高圧)ことがあります。

 電事法では、基本的理念として、鉄塔送電線の下は何もないのが良い、とされています。これを受けて、個別の契約上も、一般的には送電線に支障が無く高さが到達しない限り、その下での植林や工作物は可、構築物は不可、となっています。従って、実際の運用も、これに則って、超高圧送電線の下の伐採協力(森林主側)、風倒木が発生した時の連絡時適宜現場処理(送電事業側)、などが行われています。

 しかし、電柱に関しては、電事法では、基本的に「電柱が枝を回避して行く」構成となっている様で、風倒木・枝払いの取扱が異なるようです。従って、千葉のケースの様に同時多発的に大量の風倒木が発生してしまった場合は、復旧には個別の地権者交渉が必要であった事が推察されます。

【迅速な復旧体制に向けた整備ルールの調整】

 基本的には、立木は不動産(「立木に関する法律」)ですから、不動産としての権利処理が必要です。

 しかし、すでに鉄塔・超高圧送電線においては、地役権設定の有無に拘らず、「公共の福祉」重視で、伐採・枝払いを行う構成となっており、伐採量も電柱1本当たりとは比べものにならないほど大量ですが、それにも拘らず既に運用されております。

 今年の東電管内での復旧の遅れに、福島端緒とする同社ブランドイメージの悪化、太陽光等の発電事業に反対すれば何らかの補償を取れるというモラルハザードの刷り込み、等による摩擦は、全く無かったといえばウソになるかもしれません。

 しかし、今後も、気候変動による自然災害への「適応」という事を斟酌した場合、千葉に拘らず、送電線周りの風倒木が処理されたとしても、今後もいつ山全体が風倒木化・枯枝落下が起きてもおかしくない状況は変わらないものと思われます。

 そこで、電柱送電線についても、ある程度枝打ち・迅速な復旧協力等について、事前的なものも含めて、鉄塔送電線と平仄を併せた制度運用ができる様にした方が良いのではないでしょうか?

 以上のように、送電線の電圧段階(Tier)により、同じ不動産である立木の取り扱いが異なる事が復旧等の妨げとなっております。フィッティング、という観点に立ちましても、イコール フィッティングといわないまでも、運用を工夫し、台風シーズン前に、レジリエンス対策を講じる事が出来る様にした方が宜しいのではないか?と、思料致します。

 ここで、時間に起因する生存権がポイントとなるように思います。電圧段階別に権利処理する場合を考えてみると、生起ダメージが随分と異なるようにみえます。前出の基幹送電線の場合は、鉄塔1個の倒壊で町田市全域が停電になります。それに比べて、電柱1本では20世帯の集落の停電に留まります。しかし、コト災害に端緒するライフライン復旧の場合は、遅延という時間のファクターが入り、対象人口の多寡を超えた迅速性が求められます。これは、通常の電気だけではなく携帯基地局の電源喪失も含まれます。電気に依存した、透析やペースメーカーの方、平時にも利便を享受しづらかった方、などの生存リスクは、都市部にくらべ決して小さいとはいえないのでは、という点がございます。

【ポイントは事由妥当性・正当性(Legitimacy)、避けるべきは濫用(Abuse)】

 次に見るべきは、誰が権利を濫用しているか?という点です。現行の電柱の運用においては、交渉遅延したとしても地権者(所有権者)が自分の所有権を行使しているだけなので、権利の濫用ともいえないでしょう。

 しかし、公益性が高いと看做されて来た鉄塔は、既に違います。従って、極端な例えをすれば、一旦鉄塔を建てると、滞納しようが遅延利息を払うまいが、公益の為ということで「送電線は出て行け」とは言われないであろう、という「(公益特権をバックとした)優越的地位の濫用」回避の為の知恵として、ヘッジ条項を入れておくのが、民事トラブルの予防策となり得るでしょう。制度的に事前の枝打ちができるようになると、配線作業のやりやすさの為に、一千万円にもなるようなケヤキ、神社普請の為の数百年育成林も丸坊主にする、といった「何でもアリ」とではない旨は、予め明確にしておくことができます。

【「事前措置」と「合理的疑い」、「正当な補償」と「財源」】

 具体的には、枝打ち等にかかる運用上の留意点としては、①「枝を落としておかないと、電柱に係り木、ひいては発火もしくは断線のおそれあり」という合理的な疑いがあること、②枝打ちや支障木伐採などによる資産価値の低下については、鉄塔送電線下の補償規定に準じ正当な補償をすること、にシフトしていくことがポイントと思われます。

 補償の財源ですが、ある程度系統の公共性(インフラ)を認める、という趣旨を鑑み、自治体に降りている災害復旧対策の予備費を民間が消化する形態とすることが考えられます。たとえば、土木業者は手持ちの重機を動員して台風後の復旧(清掃)を行い、事後的に所用費用を自治体に請求しますが、送電線対策も、自治事務の運用との連携を作るのも一案と思われます。

 自治体と土木業者との連携は非常に奏功しており、台風通過後の林道などは、非常に整った状態になっております。この敷衍では、送電事業者は、日頃公共やJR等の枝払いを業務の一環で行っており、高性能重機も持っている認定林業事業体(森林組合等)とも付き合いがあり査定もしております。送電事業者、自治体、林業事業体等と3者協定等を結んで、災害復旧時の役務提供〜費用支払いのフレームワークを構築し、迅速に出動できるような体制整備は非常に有効ですが、財源が認められれば現実的でしょう。

【大きい通信、自治施策を担う総務省の役割】

 最後に尚付言致しますが、5Gタワーの建立が進んでおります。

 が、直進性が強くタワー数を増設する事が必要であり、最終的に光ファイバーで接続する事が必要であります。建柱ニーズにおいては送電線と問題を共有します。また、通信障害においては、タワー本体以外の電源喪失も重要ファクターであります。実際、昨年の中電管内でも、中山間地の携帯基地局復旧には、電源喪失により1週間かかりました。

 今回ご提案しました短期的ソリューションは、電事法上の風倒木・枝払いについて鉄塔と電柱の取り扱いのフィッティングがポイントでありますが、通信・林業政策関係自治事務とも密接に関係します。どちらも総務省所管ですので、同省との連携が重要になります。送電線(インフラ)のサイバーセキュリティ対策(主に変電所)は、すでに同省重要分野のうち1つに位置づけられておりますので、これと一体となった施策の構築が現実的でしょう。オリンピックにも間に合う早道なのではないでしょうか。

 執筆時はもうすぐクリスマス、世の中が慈愛や希望、光を求める時期です。

 山を崩さず道をつくっている方々、切る迄に40〜70年も木を育てる方々、皆現場を知る専門家です。森林土木のあり方を知らないでメガソーラーで山を崩してしまった方、地域活性化に資する企業市民を怖れて追い払ってきた方々、も、これからでも遅くはありません。「互いに(リスペクトを払って)愛し合いなさい(闘争より協調)」を、強くお薦め致します。何しろ、電気も通信も、我が国では山を通らないと遠くまで運べないことが多いのですから。

(了)

 キーワード:台風、電柱倒壊、風倒木、濫用(Abuse)、正当性(Legitimacy)

北村 淳子:JETROエコノミスト、みずほ信託銀行・野村証券金融経済所ストラテジストを経て大規模森林を所有。再エネプロジェクトをローンチ、森林の信託とカストディアンの準備室へ。森林評価士、日本林業技士会静岡県支部長を経て現顧問。