Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.170 水素の真実と普及の意義
前編:なぜ水素は再生可能エネルギー拡大において必然なのか~欧州を例に考える

2020年2月6日
株式会社テクノバ エネルギー・水素グループ グループマネージャー
丸田 昭輝

 水素は日本政府の積極的な政策展開やPRにも関わらず、再生可能エネルギー普及の潮流においては、何かと「傍流」、あえて言えば「キワモノ」扱いされてきた。

 これまで日本政府は、水素関連プロジェクトに多大なる投資を行ってきた。トヨタとホンダによる燃料電池自動車(FCV)の実用化は基本的に民間R&Dの賜物であるが、こと水素インフラ整備に関しては、国の補助金頼みの状況が続いている。さらに国プロとして、水素輸入を含む水素サプライチェーン構築事業が進められており、2019年度は163億円(予算額)が投入されている。今年開催される東京オリンピック・パラリンピックでも、水素が聖火や選手の輸送に使われる予定で、東京都が積極的に水素をPRしている。さらに安倍首相がダボス会議で日本の水素政策を紹介したり、世耕前経産大臣の肝いりで世界のエネルギー大臣を「水素閣僚会議」が2018年秋と2019年秋に東京で開催されている。このように水素に関しては、どこか「官製普及」の匂いを感じる人は多い。

 また自動車の電動化の流れにおいては、将来自動車の本命を電気自動車と考える識者も多い。そのような識者の中には、水素技術にこだわる日本政府(やトヨタ)は、世界の潮流から離反したガラパゴス化の道を歩んでいると主張する意見もある(ガラパゴス+水素で検索するといろいろな記事が見つかる)。

 しかし2018年以降、世界、特に欧州は、むしろ水素を積極的に政策に取り込むようになってきている。それはこの数年で、水素が再生可能エネルギーと競合するものではなく、むしろ再生可能エネルギーを補完する、あるいは再生可能エネルギーの普及拡大においてなくてはならないものとの認識が醸成されたことにある。

 本コラムは2回に分けて、前編では、なぜ水素が再生可能エネルギーの普及拡大において必然なのか、またなぜドイツが水素の積極展開に転じたかを解説する。後編では、そのような世界の動きを受けて、日本はどうすべきかを分析する。

なぜ再生可能エネルギー普及拡大で水素が必然なのか

 なぜ再生可能エネルギーの普及拡大において、水素が必然なのか。ここでは欧州委員会(欧州連合の行政組織)が2018年11月に発表した「A Clean Planet for All - A European strategic long-term vision for a prosperous, modern, competitive and climate neutral economy」を例に、その理由を検討する。

 「A Clean Planet for All」は、2050年に温室効果ガス排出量を80~95%削減し、「気候変動中立経済」(climate-neutral economy)を実現するための道筋を描いたもので、欧州連合が保有するエネルギーモデルPRIMESを用いている。この分析では、気候変動中立経済達成のために、5つの基本シナリオ(①~⑤)と3つの複合シナリオ(⑥~⑧)を設定している(表 1)。興味深いことに、基本シナリオ5つのうち2つが、いわゆる再生可能エネルギーを活用して水素や合成メタン(e-gas)を製造するものである。⑥がコスト的に最適なシナリオであり、一種の理想シナリオであるが、2050年の最終エネルギー消費では水素とe-gasが10%以上のシェアを占めている(図 1)。

表 1 気候変動中立経済達成のためのシナリオ
表 1 気候変動中立経済達成のためのシナリオ
出所:European Commission “A Clean Planet for All: In-depth analysis accompanying the Communication”より筆者作成



図 1 「Clean Planet for All」分析結果:2050年の最終エネルギー消費(エネルギー形態別)
出所:European Commission “A Clean Planet for All: In-depth analysis accompanying the Communication”より筆者作成

 運輸部門では、シナリオにもよるが、一定割合で水素が活用される(図 2、図 3)。④の水素シナリオでは、FC車両が全自動車市場の15%、小型車(乗用車)市場の45%ほどを占めている(ただし、⑥のコスト最適シナリオでは、それぞれ8%程度にとどまる)。

 このように、2050年の気候変動中立を目指した将来分析で、どのようなシナリオでも(徹底的な電動化というシナリオでさえ)、水素の利活用が明確に出てきていることは注目に値する。



図 2 「Clean Planet for All」分析結果: 2050年の自動車のエネルギー別市場シェア(全体)
出所:European Commission “A Clean Planet for All: In-depth analysis accompanying the Communication”より筆者作成



図 3 「Clean Planet for All」分析結果:2050年の小型商用車のエネルギー別市場シェア
出所:European Commission “A Clean Planet for All: In-depth analysis accompanying the Communication”より筆者作成

 さらに興味深いのは将来の発電容量である。現在(2015年)の容量は10億kWだが、2050年には、人口増はほぼないという想定にも関わらず、15~28億kWまで拡大する(図 4)。拡大の大部分は風力発電と太陽光発電であり、変動性の再生可能エネルギーが大量に導入されることで、必然的にエネルギー貯蔵が必要になる。まずは揚水発電と蓄電池が活用されるが、それだけでは吸収できず、どのシナリオでも水素変換(さらにe-gas変換)が必要になる(図 5)。



図 4 「Clean Planet for All」分析結果:2050年の発電容量
出所:European Commission “A Clean Planet for All: In-depth analysis accompanying the Communication”より筆者作成



図 5 「Clean Planet for All」分析結果:2050年の系統のエネルギー貯蔵・変換
出所:European Commission “A Clean Planet for All: In-depth analysis accompanying the Communication”より筆者作成

 再生可能エネルギーの大量導入において水素が必然となる理由を、模式図的に示したのが図 6である。現在は再生可能エネルギーの変動は調整電源である火力発電が行っているが、再生可能エネルギーの拡大と火力発電の縮小を同時に達成するには、まずは揚水発電と蓄電池が活躍することになる。しかし、系統の脱炭素化のために再生可能エネルギーを大量導入しつつ火力発電を極小化するためには、もはや揚水発電と蓄電池だけでは賄いきれず、余剰電力を消費するために水素転換が必要になる。これが図 4と図 5に示すように、発電容量が現状より倍増した場合に、エネルギー貯蔵・変換で水素が必要になる理由である。

 このようにして再生可能エネルギーの余剰から製造された水素は、必ずしも再電気化されるわけではなく、運輸部門、産業部門、熱部門、化学部門で活用され、その部門での低炭素化に資することになる。これが欧州でよく言われる「セクターカップリング」(部門間統合による脱炭素化)である(図 7)。

 つまり水素は、再生可能エネルギーの大量導入においては必然的となるのである。

200206京大コラムNo170(丸田)図6差替
200206京大コラムNo170(丸田)図6差替
図 6 2050年に水素転換が必要な理由
出所:筆者作成



図 7 セクターカップリングのイメージ
出所:筆者作成

水電解産業の戦略的育成を図るドイツ

 再生可能エネルギーの水素転換で必要になるのは水電解技術である。水電解技術は電力で水を分解するもので、高純度の水素が製造されることから、日本でも小型の機器が半導体産業などで使用されている。

 欧州各国は将来の脱炭素化を目指して水電解産業を育成しているが、最も熱心なのはドイツである。よく知られているように、ドイツは2022年までに本来はゼロエミッション電源である原子力発電をすべて止め、さらに2038年までには褐炭・石炭発電所を全廃するという方針を打ち出している。同時に、2030年までに系統の再生可能エネルギー割合を65%にする計画だが、それには現状の120GWの再生可能エネルギー設置容量を倍増させる必要があるとされる。まさに図 6に描く世界が現実のものになりつつあるといえる(なおドイツ政府は2017~2018年に、2050年のCO2排出量80~95%削減の道筋を描く「Integrated Energy Concept 2050」分析を実施し、欧州委員会「Clean Planet for All」分析と同様に再生可能エネルギーの大量導入では水素が必然との結果を得ている)。

 このような時代の到来を見越して、ドイツ連邦交通デジタルインフラ省(日本の国土交通省に相当)は2018年10月に「ドイツ水電解産業化ロードマップ」を発表した(図 8)。このロードマップでは、ドイツ国内だけでも2030年には10GW規模、2050年には140〜275GW規模の水電解装置の導入が必要としており、あわせて水電解産業を現在のMW級産業からGW級産業に育成しなければならないと述べている(なおドイツ国内にはSiemensやHydrogenicsといった水電解メーカーがあり、現在でも国際的に積極展開している)。



図 8 ドイツ水電解産業化ロードマップ
出所: NOW“Aktuelle Studie zeigt Wege zur Industrialisierung der Wasserelektrolyse”を筆者翻訳

 なお現在福島県浪江町にて、日本としては最大の10MWの水電解装置による水素実証が行われている。10MWとは、フル稼働ならば1時間で水素約200kg(MIRAI 40台分を満タンにできる量)を製造できる規模である。もちろん変動性の再生可能エネルギー(20MW太陽光発電)を用いるので、平均稼働率はそこまでは高くはないが、それでもかなりの水素製造量である(ここで製造される水素の一部は、東京オリンピック・パラリンピックで活用される)。しかしドイツで想定されている導入量(2030年に10GW)は、この浪江町実証の1000倍の規模である。このように大量に製造される水素は、FCVではなく、より量を必要とする大型車両(バス、トラック)、列車、製鉄、製油所等に活用するとする。

 なお、もちろん系統に大量の再生可能エネルギーを接続する場合の技術的課題(系統容量拡大や水素の輸送・貯蔵方法など)は多く、また水電解装置の大量導入のためには装置コストの大幅低減が必要である。さらに水電解で水素を製造する場合は、稼働率にもよるが、水素コストの7割程度が電気コスト由来になるとされる。2030年に日本や世界の主要国が目指している300円/kg(3€/kg)を達成するには、水電解装置の効率を50kWh/kgとした場合、約4円/kWh(=300円/kg×70%÷50 kWh/kg)以下に電力コストを設定する必要がある。このような「特別設定」についてはドイツや欧州各国でも議論が行われているが、あくまでもCO2フリーな水素を他部門に適用して国全体のCO2排出量を低減することが至上命題ならば、将来において欧州がそのような特別設定を政策的に実施する可能性は大いにある。

目覚めたドイツは日本の盟友か、ライバルか

 ドイツは水電解産業化ロードマップを策定しただけではない。日本以上に水素を展開しようとしている。

 日本には2020年1月末で110か所の水素ステーションが開所しており、24か所が計画中である。合計で134か所だが、このうち39か所は移動式水素ステーションの「訪問場所」を数えたものであり、本格的な水素ステーション(固定式)は95か所であることに留意する必要がある。一方ドイツは2020年1月末で78か所が開所、14か所が計画中であり、間もなく100か所整備に手が届くところであるが、そのすべてが固定式である。国内にFCVメーカーがいないとは言え、水素ステーション普及は日本を猛追している。

 またドイツはこの2月に、日本に倣って「水素国家戦略」を発表する予定である。現状でドラフト版がドイツ国内の関係者で回覧されている段階であるが、ドイツのニュース記事によると、国内での水素ガス供給網の構築に加え、2030年までに3~5GWの水電解装置を国内に設置し、水素の国内需要の20%を再生可能エネルギー由来とするとしている。この設置目標は、先の水電解産業化ロードマップの2030年想定(10GW)よりは減っているものの、それでも日本の浪江町実証規模の300~500倍である。また、これだけ水電解装置を設置しても、国内の「CO2フリー水素需要を満たせない」とし、日本ばりに海外(モロッコ等)からの水素輸入も掲げている。

 またドイツは2020年後半に欧州理事会議長国になるが、その時に、水素に関わる欧州連合の共同事業を立ち上げることが噂されている(直近では、2018年後半の議長国だったオーストリアが、2018年9月に欧州25か国のエネルギー大臣を同国に集めて「欧州水素イニシアティブ」を締結している)。

 このようにドイツは、急激に水素(CO2フリー水素)で世界のリーダーに名乗り出ようとしている。実はそれは、日本が仕向けてきたことでもある。かねてから日本のトヨタや安倍首相は水素を世界的にPRしてきたが、メルケル首相は水素展開(特に運輸部門での水素展開)には無関心であったとされる。しかし過去数年において、欧州委員会の「Clean Planet for All」分析やドイツの「Integrated Energy Concept 2050」分析で、2050年の脱炭素化社会構築には水素が必然であることが明確化してきた。また2017年11月にボンで開催された第23回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP23)以降脱石炭の流れが強まったことに加え、2019年半ばには緑の党がドイツ国民の政党支持率一位になるなど、政治の風向きも変化した。メルケル首相はこれまで以上に、再生可能エネルギー促進にシフトし、その必然としての水素で世界の覇権をとる(日本を追い抜く)を目指し始めたといえる。その意向が、間もなく発表される「ドイツ水素国家戦略」に凝縮されている。

 水素に目覚めたドイツは日本にとり、水素の展開とPRでは盟友であり、水電解などの産業政策では強力なライバルであり、また再生可能エネルギー由来水素を強く志向しているという点で政策的な対立者にもなりうる(日本が推進している化石燃料由来のCO2フリー水素に批判的立場をとる可能性がある)。

 筆者はかねてから、「強力なCO2削減政策を有する欧州には必然的に水素社会が訪れる。やがて水素は黒船として日本にやってくる」と主張してきた。ここにきて筆者には、黒・赤・黄の三色旗を掲げた黒船の姿が、水平線上に見えつつあるように思われる。後編では、黒船に対抗するために、日本が取るべき戦略について分析を行う。

キーワード:水素、 再生可能エネルギー、水電解、余剰電力、水素国家戦略