Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.171 公営ガス・発電事業の民間譲渡問題

2020年2月13日
京都大学大学院経済学研究科特定講師 中山琢夫

はじめに

 2016年4月の電力小売全面自由化、翌2017年4月には都市ガスの小売全面自由化が実施され、それまでの電力・ガスの地域独占企業以外の会社から購入することができるようになった。現在、日本の最終需要家は、ガス会社から電力を購入することも、電力会社からガスを購入することも可能であるし、別業種の会社からも購入することも可能になった。また、一社から電力とガスをセットで購入することもできる。

 さらに今年2020年4月、送配電会社をこれまでの電力会社から切り離し、別会社を設立することで、送配電部門の法的分離が完了する。日本における電力システム改革は一旦完了することになる。送配電網を中立的にすることで、発電・小売部門の競争が促進されることが想定される。

 一方、ガスについても2022年4月までに、ガス導管事業の法的分離が完了することになっている。その対象は大手三社(東京ガス・大阪ガス・東邦ガス)で、これらの会社は一般ガス導管事業のための別の会社を設立しなければならない。その他のガス事業者は、会計分離を維持することになっている。

 この導管分離により、ガス製造事業(LNG基地事業)と一般ガス導管事業、ガス小売事業が基本的に分離することで、ガスシステム改革が一旦完了することになる。導管分離によって、都市ガス託送が本格化することが見込まれる。LNG基地の第三者利用(共同利用)制度はすでに始まっているが、上流のLNGガス供給市場(卸市場)は自ずと寡占化しやすい構造を有しているため、今後再編が進むことになるだろう。

 こうした中、自治体営の地方公営企業が実施している公営ガスを民営化、民間譲渡する例が多く見られるようになってきた。総務省の「公営企業の経営のあり方に関する研究会報告書」(H29年3月)において、「確かに、ガス供給自体は住民生活に不可欠なサービスであるが、一般的にガス供給事業は民間事業者が担っており、公営企業で行う必然性はない」と記されている。改革の方向としては、「代替する民間事業者がいる場合には、民間活用による経営の効率化を進めつつ、民間譲渡も検討する」とされ、「代替事業者がいない場合には施設・設備の規模の適正化等による経営の効率化を推進する」とされている。

表1 公営ガス事業者と民営化の状況
表1 公営ガス事業者と民営化の状況
出所:松江市ガス事業検討(検証)委員会(2019)

 表1は、平成20年4月以降の公営ガス事業者と民営化、民間譲渡の状況を示している。この表が示すように、明らかに民間譲渡を選択する公営ガスが主流となっている。この表中では民営化検討中とされている、仙台市、金沢市においても、その後民間譲渡の方針が打ち出されている。本コラムでは、日本で唯一コンセッション方式を採用している大津市と、仙台市、金沢市における公営事業の民営化の内容について検討したい。

大津市のコンセッション方式

 大津市では、ガス、水道、下水道事業を企業局が実施していた。このうちガス事業は、全国の公営ガス事業者のうち仙台市に次いで2番目の売上げ規模で、長年にわたってインフラ事業者として市民生活を支えてきた。平成25年頃まで、同市のガス事業は公営を継続すべきだと判断されてきたが、当時判断材料とされていなかったガスの小売全面化が実施され、社会情勢の変化により経営環境が変わったとされている。

 ガスの一般導管事業では、国の許可が必要ではあるが、託送料金に事業報酬の算入が認められ安定経営が可能である。一方、ガス小売事業は自由化されているため民間事業者と競合する。地方自治法や地方公営企業法の制約によって事業展開に課題が残る。そこで、市と民間の共同出資会社を設立し、運営権(コンセッション)を設定した。民間企業のノウハウを活用するために小売事業はすべて新会社で行い、導管事業の一部をこの会社で実施する。運営権の実施方針は市が条例で定め、施設の所有権は市が所有したままである。

 この新会社(びわ湖ブルーエナジー株式会社)によるガス事業施設の運営権の存続期間は、2019年12月から、2040年3月までとされている。導管事業はインフラ規制部門としてこの期間はこの会社の地域独占で運営することができる。小売部門については競争にさらされることになるが、地方公営企業法で制約を受けていた新規事業への展開は可能になる。また市は25%を同社に出資することから、条例以外でも同社の事業方針に市政を反映させることができる。

仙台市のガス事業の民間移譲

 仙台圏域を含む東北地方では、2019年の段階で家庭用ガス事業への新規参入が生じていないため、自由化による恩恵を利用者が享受することができない状況にあるという。民営化によって利用者の利便性を高め、市民サービスの向上を図ろうとしている。

 仙台市では、民間事業者への事業譲渡方式を採用する。譲渡資産の範囲は、事業譲渡時点において所有し、事業の実施に当たり仙台市ガス局が必要と考える資産については原則として譲渡される。また、事業譲渡後においては、原則として仙台市は事業継承者の経営への関与は行わないとされている。ただし、譲渡契約書及び事業提案内容の履行確認を行うため、一定期間、事業者には仙台市への報告が求められる。

 2019年12月に、仙台市はガス事業民営化計画を策定した。2020年度には事業継承者募集要項が公表、募集が始まり優先交渉権者が決定される予定である。次年度には事業譲渡契約締結・事業引き継ぐがなされ、翌年2022年度中に事業譲渡されることになっている。

金沢市のガス事業・発電事業の民間移譲

 金沢市では、都市ガス事業の他に水力発電事業を有している。2019年10月、金沢市ガス事業・発電事業あり方検討委員会は、金沢市長に対して「金沢市ガス事業及び発電事業は、両事業併せて『株式会社』に事業譲渡することが適当である。」と答申した。金沢市は7日までに、公営ガスと発電の2事業を、2022年度に民営化する方向で調整に入ったと、2020年2月8日の北國新聞が1面で報じた。両事業を一括して新設の株式会社に譲渡する方針で、新年度以降に承継先の募集、選定作業が進められる見通しだという。市が経営にどの程度関与するか等の議論が、今後の焦点となる見込みである。

 金沢市企業局は、全国の公営企業電気事業者の中で唯一の市営電気事業者である。表2は、金沢市企業局が所有・運営する水力発電所の一覧である。これら5カ所の水力発電所から発電される年間約1億4千万kWh(約4万世帯分)の電気は、北陸電力株式会社との長期相対契約によって卸売されている。

表2 金沢市企業局の水力発電所
表2 金沢市企業局の水力発電所
出所:金沢市企業局

 これらの発電所は、戦後の公営電気復元運動の中で、北陸電力から金沢市が勝ち取った犀川総合開発事業の一環として建設されたものである。柔軟(フレキシブル)かつ制御(ディスパッチ)可能な再生可能エネルギー源である水力発電所を易々と民間事業者に譲渡するとすれば、筆者にとっては驚きである。

なぜ今、公営ガス・発電事業の民営化か?

 ガス事業について、多くの公営ガスは地方公営企業法上の経営の制約を上げている。地方公営企業法では事業展開・料金に課題があり、付帯事業が制限される。電力・ガスの小売が全面自由化した今、これまでの経営方法ではサービスの多様化が困難であり、競合民間他社が参入してくれば太刀打ちできない。市民もまた不利益を受けることが予測される。自由化のメリットを市民に享受するために民営化を急ぐべきだというのが第一の理由である。

 第二に、将来にわたる需要減である。人口減少に伴って将来のガス需要は減少する。また、オール電化の進展や空き家の進展で、ガス契約件数そのものがすでに減少しているという理由もよく見かける。将来じり貧となるのは明らかで、総括原価を維持し続けることができている今はまだ経常利益を出し続けており、まだ顧客数が多く経営が良好なうちに譲渡すれば、それだけ高く売り抜けることができるという思惑も見受けられる。

 金沢市における水力発電事業の譲渡については、発電所をリプレイスしても発電増加分は数%であるからだという。ただ、北陸電力との水力発電の長期相対卸売契約は、kWhあたり7円台後半であと5年間である。現状でももちろん経常利益を出しているが、発電事業者の視点から考えれば、さまざまな市場(卸電力取引所、非化石価値市場、需給調整市場、容量市場)や、コーポレートPPAなどを活用すれば、まとまった規模の水力発電による売電収入を高める可能性は高いと考える。

 また、新寺津発電所(430kW)は、リプレイスしてFITに乗せられれば、kWhあたり21円+税で、その先20年間北陸電力送配電株式会社に全量売電することもできる。もちろん、このように極めて優良な再生可能エネルギー発電所がまとまった規模で売りに出るとすれば、自社の発電BG・BRPにアセットとして取り入れたい大手発電事業者から、引く手数多となるだろう。

まとめ:地域経済にとってプラスになるか?

 地方公営企業の多くは、現在のところ優良な黒字事業である。地方公営企業は自治体内で実施される事業であり、事業主体も自治体であるから、外部からの卸調達や外部委託を除き、事業に伴う富の域外流出はほとんど考えなくてもよかっただろう。ただし、電力・ガスシステム改革が進展し、自由化が本格化する時期に至っては、地方公営企業もまたこれまでの総括原価方式を維持することは困難になるから、より柔軟かつ競争に対応できるような民間企業形態への移行も必要になってくる。

 地方公営企業が、単に株式会社化して競争力を高めるという話ならばとくに問題ない。ただ、今日日本で起こっている公営ガス・発電事業の民間移譲は、仙台市に見られるように、ほとんどが公営事業と施設自体を民間企業に売却するというスタイルのものである。

 こうした事業から得られていた利潤は、あらたに事業を始める民間会社に帰属する。本社を当該自治体内に置くことで地方税収を得ることはできるが、大部分を占める企業の税引き後の利潤は、株主に配当されることになる。これまで地域内に留まっていたガス代や売電益は、株主が域外にいれば、その分域外流出することになる。

 大津市のように新会社に出資していれば、その分は域内に帰属することになるが、びわ湖ブルーエナジー株式会社への大津市の出資比率は25%である。単純に公営企業時代と同額の利潤が得られたとして、大津市に帰属するのはこれまでの1/4の事業主の税引き後利潤とこの会社からの地方税収だけになる。仙台市では、民営化を通して市民サービスの向上、地域経済の活性化、地域事業者の取引拡大による市税収入増加などの行財政改革の推進が民営化の目的とされているが、域外資本が事業を獲得するとすれば、これらを実現するためにはかなりの努力が必要になるのではないか。

 シュタットベルケ(Stadtwerke)は、英語にすると口語的にはCity Works、意訳すればLocal Public Utilityになる。多くのシュタットベルケが、戦前から電気・ガス・熱供給・水道事業などを行っている。日本では、戦争のための国家総動員法に基づく「配電統制令」(1941)によって、電力事業は日発・九配電体制に統合され、戦後の公営電気復元運動もむなしく九電力(と沖縄電力)体制が維持されているから、新電力を除いて市営電気事業はほとんど残っていないが、都市ガス、水道事業等を行っている都市の地方公営企業は、そのルーツから見るとまさに日本におけるシュタットベルケといえるだろう。

 1990年代までに電力・ガスの自由化を経験したドイツでは、電力・ガス事業はEU大での統廃合や、業界再編が進んだ。それは大手の電力・ガス会社だけでなく、ローカルなレベルのシュタットベルケにまで及んでいる。シュタットベルケがGmbHをはじめとする民営会社の形態に移転するのもこの時期である。まさに、電力・ガスシステム改革が進展し、民営化を進めている現在の日本の地方公営企業の状況によく似ている。ところがそれから約20年経って、2010年前後から、シュタットベルケによる電力・ガス事業の再公有化のトレンドが訪れる。ドイツの全市村の2/3が再公有化を検討したとも言われている(中山 2017など)。

 再公有化の動機は、ローカルなシュタットのレベルで地域のエネルギーをデザインしたいという地域住民、地方政府の思惑もあるが、その背景にはエネルギー事業に関する地域経済、具体的には事業主体や雇用、地方税収を地元に取り戻したいという本音がある。北ヘッセンの6つの自治体が共同で運営するSUN(Stadtwerke Union Nordhessen)GmbH & Co.KG では、この会社によって電力事業の付加価値のうち3億ユーロ(約360億円)を域外から取り戻せると主張する。

 再公有化の道は「茨の道」である。電力・ガス事業のような優良事業を、賢明な事業体であれば誰も易々と他人に引き渡したくはない。再公有化の実現のためには多くの費用と時間、労力が切り裂かれる。必ずしも成功するとは限らない。それでもドイツの自治体はこうした活動を行っているのである。

 日本でも、現在の公営ガス・発電事業の民営化の動きによって民間譲渡を安易に進めてしまい、例えば20年後にやはり再公有化しようとするような動きになると、その機会費用は莫大になる。そうならないように、今は長期ビジョンをもって、慎重に十分な議論をしておくべきではないだろうか。

キーワード:地方公営企業、民間譲渡、ガス・水力発電事業