Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.172 2050年の電力業界の使命

2020年2月20日
京都大学大学院経済学研究科特任教授 内藤克彦

1.概要

 パリ協定締結後、日本以外の世界各国はゼロ炭素社会への転換に向けて大きく動き出している。欧米諸国のエネルギ-体系は、これに伴い大変革の時代に突入している。この変革の中核を担うのが、実は電力システムである。2050年にネットで炭素ゼロエミッションが達成できるかどうかは、電力システムの改革如何に関わっているので、欧米では電力業界が改革の先頭を走って、他の分野の改革をけん引している。これは、一電力業界の利害を超えて、将来を見据えて、各国の国力の温存のために、電力業界が牽引役を引き受けているわけである。

 翻って、我が国の電力業界の状況は、「未だ百年の眠りから覚めず」に、従前の体系に安住しようと逆噴射している状況である。我が国経済は、巷間よく言われるように20年以上の停滞をしているわけであるが、この20年強の間は、我が国の電力業界の逆噴射の期間でもある。この間に、世界の電力改革は20年先に進み、もはや我が国はこの分野では後進国といっても良いであろう。

世界のエネルギ-システムは、再生可能エネルギ-に基盤を置く電力システムを中核にして再構成されようとしており、是非、我が国の電力業界にも奮起していただき、エネルギ-システム改革の牽引車となっていただきたいものである。

2.世界の潮流

 ここで改めて気候変動を巡る世界の見方とこれに対する対応についてレビュ-してみたい。というのも、我が国の電力業界の認識の根底には、この点に関して世界との大きな認識のずれがあると感ぜられるからである。

 世界の認識の検証の例として、ここでは、米国、EUの世界潮流に対する認識を挙げておきたい。

①米国の世界の潮流認識

 米国の認識の例として、ここではトランプ大統領が大統領就任時に大統領ブリ-フ資料として、米国のNational Intelligence Councilが 2017に準備した、「Global Trends 2035 PARADOX OF PROGRESS 」(2017, National Intelligence Council)という文書を引用したい。National Intelligence Councilというのは、CIA、FBI、軍の情報機関等の多数の米国の情報関連機関で構成される委員会である。
 まず、気候変動問題に対する評価のコアの部分を見ると、以下の通りである。

○気候変動、海面上昇、海洋の酸性化は、人口増、都市化、エネルギ-利用に起因するストレスを拡大する。新たな気候変動政策は温室効果ガスの排出速度を遅くすることはできるであろうが、過去の排出により既に相当の気温上昇は「ロック・イン」され、熱波や洪水といった極端な気象事象を引き起こす。

○今後20年の間に食糧生産に適した土地が減少する。

○水問題は、貧困、環境劣化、政府の弱体化と相まって、社会的混乱の一因となる。

 つまり、気候変動は当然の潮流として受け止められているわけである。
 次に、エネルギ-システムに関する認識を見ると以下の通りとなっている。

○エネルギ-技術の発達と気候変動問題への懸念により、風力発電、太陽光発電等の急速な拡大を含む、エネルギ-利用の破壊的変革の段階となる

○家庭、輸送等に用いる再生可能エネルギ-による独立型の小規模分散電源システム等のイノベ-ションは、現在の大規模なエネルギ-システムへの呪縛から市民を解き放つであろう。

○分散型のエネルギ-ネットワ-クは、気候変動等に対する電力システムの脆弱性を減少させる。

○化石エネルギ-資源輸出国やオイル・ガス会社は、立ち行かなくなる。

 米国においては、再生可能エネルギ-への転換が、破壊的変革の段階となり、化石エネルギ-に依存する会社は、立ち行かなくなると潮流を見ているわけである。米国が気候変動を真剣に捉えている一つの例として、米国海軍の取り組みがある。以下に見るように2016年の米国海軍空母打撃群の艦船航空機航行時の(液体)燃料の50%は、既にバイオ燃料となっている。



②EUの世界の潮流認識

 次に、EUの世界の潮流の見方の例として、EU議会事務局で2017年にまとめられた、「Global trends to 2035 Geo-politics and international power」(2017,Global Trends Unit ,European Parliamentary Research Services)という報告を少し長くなるが引用する。

○気候変動については、今後の炭素利用を大幅に削減するための政治的協定の実施に大きな進歩があったとしても、温室効果ガスの増加による地球規模の気候変動のトレンドが、2035年までに逆行することはない。気候変動の影響がますます明らかになり、飢饉や渇水・洪水などの自然現象が気候変動と結びつくことが一般的に認識されてくるにつれて、世界では気候関連の国内外の政治的争いが拡大する可能性が高い。

○2011年のアラブ春は、ロシア、ウクライナ、中国、アルゼンチン、カナダ、オーストラリア、ブラジルの収穫規模が天候影響により低下し、世界の穀物価格が急上昇したことも一因である。政治的変化が、食糧価格の上昇によって引き起こされるのは新しいことではない。フランス革命は2年連続の凶作の後に勃発した。しかし、今後数十年間の間の気候の変動の大きさは、頻度と重大さの上で、これらを上回るものとなることが予想されている。世界規模での食糧不足は避けがたい。

○気候変動は国際間力学の原動力となる可能性がある。重大な災害が米国、EU等に発生すれば、これらの国は反抗的な国に気候ガバナンスを適用するためにハードパワーとソフトパワーの両方を駆使するという政治的意思を持つかもしれない。化石燃料を使用することが知られている企業に対し、コンプライアンスを義務付けるための輸出課税または制裁が課されることも起こり得る。

 これも米国とほぼ同様の見方であるが、気候ガバナンスに反抗的な国には国際社会が、強硬手段を講ずるような事態になるかもしれないことを示唆しており、米国の見方より強硬である。
 エネルギ-については、以下の通りとなっている。

○再生可能エネルギーは世界的に拡大し、コスト競争力を持つようになるが、化石燃料資源に依存する国々を不安定化する契機となり、その多くはヨーロッパの近隣にある。

○再生可能エネルギーは、米国の電力市場で起こったことを後追いするような形で2035年までに許容できるコスト水準となり、開発途上国でも補助金なしでペイするようになり、世界の発電設備増加の主要な部分となりそうである。

○エネルギー部門は、2035年までに資源獲得競争がほとんどまたは全く見られなくなる可能性がある。これは、おおむね、過去10年間の再生可能エネルギーの急速な進歩によるものである。エネルギー企業はこの新しいビジネスモデルに自分自身を位置づけようとしている。彼らは石炭火力発電所のような高炭素資産から脱皮しつつある。

○2035年までに、再生可能エネルギー技術、特に風力発電、太陽光発電、潮流発電が普及し、さらにエネルギー効率の高いビルや電気自動車が普及することにより、エネルギー輸出国という概念を終わらせる可能性がある。再生可能エネルギーは風と太陽があればどの国でも生産できるため、地元のエネルギー市場は国内の資源によってほとんど供給される可能性があるからである。また、各国の国全体をカバ-するグリッドインフラストラクチャーの開発を促す。

○化石燃料が、輸出の50%以上を占めるコンゴ共和国、オマーン、ロシア、カザフスタン、輸出の75%以上を占めるサウジアラビア、カタール、アゼルバイジャン、クウェート、輸出の90%以上を占める ナイジェリア、アルジェリア、アンゴラ、イラク、これらの多くの国々と周辺国は石油と天然ガスに依存している。このような国々おける輸出の減少は、石油とガスの収益に依存してサ-ビスや社会システムの運営を行ってきた政府がこれらサービスを維持することができなくなることにより、社会不安を引き起こす可能性がある。

 エネルギ-についても、米国と同様な見方で、化石燃料中心のエネルギ-供給システムから再生可能エネルギ-中心のシステムに大転換し、化石資源に依存する国家の不安定化を予想している。

 以上のように、欧米においては、気候変動は既定の事実として、再生可能エネルギ-中心のエネルギ-システムに転換することが、世界の潮流として認識されている。我が国の電力関係者の中には、依然として、気候変動自体にも疑義を持ち、したがって再生可能エネルギ-への転換にも後ろ向きの議論をするものが多いように感じられる。例えば、「送電線の空き容量」という概念が、我が国では再エネ側にもアンチ再エネ側にも当たり前のように認められているが、この「空き容量」というのは、「既存の発電で需要に供給してもまだ空いている送電容量」という意味で、化石燃料発電の温存を前提とした考え方である。

3.世界の考えている次世代のエネルギ-システム

 世界ではどのようなエネルギ-システムを考えているのであろうか。エネルギ-利用には、電力の利用のほかに、熱源としての利用、自動車における利用等があり、ゼロ炭素化は容易ではない。この点については、多くの報告書で説明されており、前掲書にも触れられているが、基本的に当面は、以下のようなエネルギ-システムの方向に進むことでエネルギ-全体の80%以上をゼロエミッション化すると考えているとみてよさそうである。

 ①熱利用の電化orバイオ化(or水素利用)
 ②自動車燃料等の電化orバイオ化(or水素利用)
 ③発電の再生可能エネルギ-化
 ④コ-ジェネレ-ションのバイオ化
 ⑤電気自動車電池・熱貯蔵タンク・熱利用工業プロセス等の調整力利用
 ⑥バイオガスや余剰電力由来水素の天然ガスpipelineによる流通
 ⑦残った産業プロセスや調整力等の天然ガス利用等

 原子力発電は、耐用年数切れに伴いフェ-ドアウトというのが、世界の潮流のようであるが、これは、米国の例でみると「福島以降」新規着工は経済的にペイしなくなったと見られているからと推察される。米国で現在新規着工される発電所は、経済的な理由から再生可能エネルギ-かシェ-ルガス発電である。

 自動車交通の電化についても、我が国産業界には、懐疑的な見方をする人が依然として多いが、世界の自動車産業は、正に電化に向けて劇的な変化を遂げようとしている。
 この動きは、以下のような各国政府の動きもあり加速している。



出典:「2050年戦略研究会」資料

 一昔前までは、日産リ-フを先頭にして我が国は電気自動車の世界では先頭を切っていたが、今や、世界の主要な自動車メ-カ-は、主力車種の電化を進めつつあり、我が国の位置は、大きく後退している。



出典: https://ev-sales.blogspot.com/

 このような交通も含めた将来の広義のエネルギ-システムの中心になるのは、電力のネットワ-クである。これに補足的にガスのネットワ-クを加えたものが、エネルギ-の基幹システムとなることが予想される

4.エネルギ-システムの中核としての電力

 将来の電力システムの中核となるのは、多数の分散電源と多様な需要の管理、国内だけで数千万台にもなる電気自動車のバッテリ-の需給・調整力管理、コ-ジェネレ-ションや熱供給との需給・調整力管理といった、多様かつ高度なエネルギ-流通を担う電力ネットワ-クである。欧米においては、既にその方向に、官民一体となって全力疾走している。

 ところが、我が国においては、このような高度なオペレ-ションの段階に入るはるか以前の分散電源や電気自動車のバッテリ-等の系統接続の段階で、依然として旧システムの方に気配りした後ろ向きの議論が呈されている状況である。

 まして、我が国の電力ネットワ-クオペレ-ションシステムは、欧米が電力改革以来20年間の進歩を積み上げている間、20年前のままほとんど変化せずに今日に至っている。

 欧米が目指しているような電力オペレ-ションシステムは、高度のICT・ソフトウェア技術を駆使するもので、実は、ハ-ド指向中心の我が国の最も苦手とするところかもしれないが、是非、我が国の電力業界には奮起していただき、周回遅れを挽回していただきたいものである。我が国の電力ネットワ-クが、エネルギ-システムの中核を担い得る電力ネットワ-クシステムに変化できるかどうかに我が国の産業界の将来が掛かっているといっても過言ではなかろう。これは単なる電源間の争いではない。

キーワード:電力改革、世界潮流、エネルギ-システム