Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.179 裁判が原発を追い詰める/原発を止める、国の賠償責任を認める

2020年3月26日
エネルギー戦略研究所シニアフェロー 竹内敬二

 福島第一原発の事故から9年。原発をもつ電力会社にとっては苦しい状況が続いている。再稼働が進まない上に、福島事故後に出た「原発を止める司法判断」が5件になった。また福島事故のさらなる賠償を求める住民の集団訴訟も多く起こされている。過去15件の判決があり、いずれも東電の責任を認めているが、国も被告になった11件のうち、7件で国の責任を認めているなど、社会からの圧力も強まっている。

◇「また伊方か」、いつも原発裁判の舞台に

 今年1月、山口県の住民が四国電力伊方原発3号機(愛媛県)の運転差し止めを求めた仮処分申し立てで、広島高裁が運転差し止めを決定した。司法が伊方原発を止めたのは2度目。前回(17年12月)は阿蘇山の破局的噴火のリスクが問題にされた。今回は①破局的噴火よりも少し小さい大噴火が問題、②近くにある活断層のリスクも問題とされた。伊方原発は中央構造線沿いにある。

 最近は一つの原発ついて、異なった地域の住民が別々に裁判を起こしている。別の裁判官が判断するため、裁判ごとに違った結果が出る。

 3・11以後、原発の運転を問う30数件の訴訟、仮処分申請が提起されている。とくに新規制基準によって再稼働が行われる原発を対象にした「運転差し止めの仮処分」が多い。電力側は「数撃ちゃ当たる、だ」といら立っている



原発に関する裁判にはいろんな形がある。主なものは次の通り。

国を被告とする行政訴訟

各種許認可処分の取り消し請求訴訟
各種許認可処分の差し止め請求訴訟

電力会社を被告とする民事訴訟

稼働差し止め請求訴訟
損害賠償請求訴訟

電力会社を相手とする仮処分

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◇1992伊方判決の神通力に陰り?

 原発の運転を問う訴訟で問題になるのは、安全性だ。これまでは、たいてい電力会社や国が勝ってきたが、その場合、裁判所はほぼ同じパターンで判断してきた。そのモデルは、行政訴訟である伊方原発の許認可取り消し請求訴訟の最高裁判決(1992年10月)

 この判決では「原発の安全性の適否の判断は、専門的技術的な調査審議及び判断をもとにしてされた行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべき。その判断の過程に看過しがたい過誤、欠落があったかどうかで判断されるべき」とするものだ。

 つまり、「原発は極めて複雑な施設なので安全性の判断も簡単ではない。国がちゃんと手続きを踏んで審査していれば信用でき、それに基づいた決定は問題なし」という論理だ。多くの裁判がこの判例に従って判断し、住民側が負け続けた。

 ただ福島大事故が起きたあとは状況が変わり、安全性を問う個々の論点について裁判所の踏み込んだ判断が見られるようになった。伊方最高裁判決の神通力に陰りが見えているといえる。

 これまでの手本になってきた伊方92年判決は、行政訴訟の判決であり、民事事件ではない。民事事件において、伊方最高裁判決の考えを、どう反映、適用するかについての最高裁判例はない。ただ今のところ、国や電力会社がいったんは負けても、次の裁判では逆転されているが、今後は不透明だ。

◇賠償を求める集団訴訟

 原発の運転を問う裁判とは別に、福島事故について、避難者らがさらなる賠償を求める集団訴訟も約30件起きている。うち15件で一審判決がでている。すべて東電の責任を認めているが、国も被告になった11件のうち、7件で「津波は予見できた」などの理由で国の賠償責任を認めている。(原発事故では過失の有無にかかわらず電力会社が賠償責任を負うので、東電は賠償金の支払い義務を負う)。

 このうち、住民216人が東電を相手取って福島地裁いわき支部に起こした裁判(国は被告ではない)の控訴審判決が、3月12日、仙台高裁であった。初の控訴審判決だ。判決では、地裁判決より、賠償金を1・2億円上乗せし、7・3億円の支払いを命じた。高裁での住民勝訴は今後の裁判に少なくない影響を与えると思われる。

◇裁判の増加と定年退官前の判断

 原発裁判でたいてい国が勝ってきた背景として、裁判官が置かれた状況が指摘できる。裁判官は判決を書く上では完全に独立しているが、個人としてみれば、法務省内の人事で動かされる存在だ。政府は明確な原発推進政策をもっており、裁判官は「国の意に沿わない判決を書けば人事異動に響くのでは」という一般サラリーマンに似たプレッシャーの中で判決を書くことになる。

 実際、原発を止めた裁判官が目立つ形で「家裁」に異動したこともある。原発を止める判決が、定年間近の裁判官に多いことも事実。

 最近の特徴は、原発を止める判断をしたあとでも、原発について積極的に発言する元裁判官がいることだ。

 井戸謙一氏は2006年3月、志賀原発2号機運転差し止め請求で、差し止めを命じる判決を出した。退官後、弁護士に。16年3月、大津地裁で高浜原発3、4号機に対して運転停止仮処分決定がでたが、その弁護団長を務めた。子ども脱被ばく裁判(福島)の弁護団長でもあり、原発に積極的に関わっている。

 樋口英明氏は2014年5月、大飯原発3、4号機で運転差し止めを命じる判決(福井地裁)を出した。「極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高低の問題とを並べた議論の当否を判断すること自体、法的には許されない」と書いて有名になった。この判決の考えは、その後の各種の原発裁判で住民側の主張のよりどころとなっている。樋口氏は17年の退官後も原発と裁判についての講演を行っている。今年1月、インタビュー(朝日新聞)で裁判官時代を振り返り、「裁判所にいて(政治的な)圧力はない。あえて言えば忖度する裁判官はいる」と内部の雰囲気を話している。

◇いらだつ電力、政府

 政府、電力会社は裁判の動きに敏感になっている。脱原発を進める上で、裁判が主要な手段になったドイツの例もある。日本の電力業界は、技術が分かっていない裁判官が安全性を判断する「素人判決」を批判し、「『原子力高裁』をつくるべき」として政治家にロビー活動を行っている。すでに知的財産権については「知財高裁」があるが原発についての議論は進んでいない。

 最高裁は2013年2月、最高裁は司法研修所で「特別研究会(複雑困難訴訟)の共同研究」を行った。まとめには明確な結論はないが、2人の裁判官の意見が参考として載せられていた。2人とも「1992年の伊方最高裁判決の枠組みで判断するのが妥当」という趣旨。伊方判決の再認識を進めようというものか。

 政府の原発依存は変わらず、原発の新規建設もあきらめてはいない。ただ来年が改定時期とされるエネルギー基本計画の議論を始める雰囲気はない。早く始めると原発の発電目標を下げざるを得ない議論になり、再稼働に向けた機運を削ぐとみている。

 福島事故のあと、再稼働が認められた原発は9基(いずれもPWR)だけ。再稼働が増えない理由はさまざまだ。福島事故後、原発はテロ対策などへの備えの強化が義務付けられた。その施設が期限内に完成しない場合は運転が止まる。これによって、再稼働済みの9基を含む13基の原発が今後、数か月から2・5年の運転停止になると予想される。

 こうしたさまざまな事情を勘案すると、今年10月下旬以降は、一時的ながら、関電大飯原発3号機、九電玄海原発4号機の2基だけが稼働することになる。

【キーワード; 原発、裁判、伊方】