Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.182 風力発電の情報プラットフォーム

2020年4月16日
エネルギー戦略研究所株式会社シニア・フェロー 永田 哲朗

 個人や企業のデータ・情報を個別に眺めているだけでは、取るに足らない、あるいは不規則で脈絡の無いものであったとしても、それらが何らかの「情報プラットフォーム」に整理され、社会や産業全体として集約・体系化された場合には、今までには無かったような斬新な視点や大きな付加価値を生み出すことが可能となる。さらに進んで、最近のように無限に近いビッグデータについて、IT技術による高速処理や解析が可能になると、データの集約方法やその結果を活用したビジネスモデルの構築が、その産業の行方を左右することにもなりかねない。ここでは、風力発電業界のこれまでの取り組みも振り返りながら、今後の課題を考えてみたい。

1 データ集積による「平準化効果」の実証

 日本の風力発電の導入初期段階では、風力は常に出力が変動していて不安定であるとか、全部止まったらどうするのかといった反対論が横行していたのを記憶しているが(依然として唱えている人もあり!?)、これに対して反論するため、当時の日本風力発電協会(JWPA)は、風力発電の変動はランダムであって各サイト間や地域間での関連性はなく、より広い範囲で変動を合成すれば平準化されることを実証したいと考えた。

 そのためには、各風力発電サイトの運転状況を時間ごとに細かく把握する必要があったが、互いに競争している各事業者は、細かい運転状況のデータ開示は企業秘密の漏えいになるとして消極的な姿勢であった。このため、JWPAとしてはデータの集約先を東京大学という中立的な機関に依頼することとし、大学と各企業間で秘密保持契約を締結することにより、データのプール化が可能となったのである。

 これによって、風力の平準化効果(=ならし効果)は実証され、公表されることになった(図1のA、B、C各電力管内での変動を合成すると、変動の小さい赤線になる)。この結果は電力会社にも認知され、先ずは四国電力が風力発電の受入可能量を25万kWから45万kW、さらには60万kWに拡大することにつながり、その後も他の電力会社に展開されていくことになった。さらに、この発展型として、太陽光と風力の間の相互補完的な関係などについても、実証分析が進められて行くことにもなった。

 個々の企業では成し得なかった業界レベルでのデータの集積によって、新たな知見を得たという意味では、「情報プラットフォーム」の先駆けと言うこともできる。

図1 地域ごとの変動の合成による平準化
図1 地域ごとの変動の合成による平準化
(出所)日本風力発電協会
(注)A、B、Cは東日本の各電力会社内での変動、赤は3地域合成後の変動

2 トラブル情報を体系化した「スマートメンテナンス」

 これと似たような事例を、風力発電の普及が進んだ段階でも経験することになった。発電設備量が増加するにつれ、欧米などと比較した日本の風車の稼働率の低さと、発電コストの高さが指摘され、単に建てるだけでなく効率的に運転させることが重要な課題となってきた。

 その対応策として、JWPAは、センサーなどを用いた風車設備の診断技術の高度化と、トラブルの予防保全システムの開発を軸とした「スマートメンテナンス」の確立に取り組むこととなった。

 そのためには、各社のトラブル事例を共有財産としてプール化し、事故と予兆の関係などについて体系化・類型化を進めることが最も効果的であった。しかし前例と同様に、自社トラブルの事例やデータを他社に明かすことに対しては大きな抵抗が見られた。そのため、秘密保持契約の締結を条件に、再び東京大学という中立的な機関をプラットフォームとして事例やデータを集約し、分析が進められることとなった。また、得られた成果は、風力業界全体で広く利用できるような体制整備が進められ、特に小規模の事業者が恩典を受けたようであるが、風力発電業界全体の底上げには大いに寄与したものと思われる。

 現在のところ、2030年までに設備利用率20%を25%まで高めるという目標を目指しており、また設備損傷の回避による損害保険料の低減にも取り組んでいる。さらには、避雷対策などにも活動範囲を拡大している。

 スマートメンテナンスは、個々の企業では取り組みが困難であり、また誰が費用負担するのか把握が難しいために埋もれてしまう業界全体の知的財産(いわゆる公共財)を構築するものである。これに対しNEDOを通じて国からの支援も行われているが、公的支援の意義や効果を考えると高く評価すべき事例である。

図2 スマートメンテナンスの仕組み
図2 スマートメンテナンスの仕組み
出所:日本風力発電協会(飯田誠・東大特任准教授講演資料からの抜粋)

3 カーボン・トラストによるJIP方式

 カーボン・トラスト(Carbon Trust)は、英国を拠点とした非営利の中立機関であり、洋上風力開発上の課題であったコストダウンや事業リスク低減などを目指し、産官学の連携を強めた活動を2009年に開始した。その共同研究および調査においては、JIP(Joint Industry Project)というユニークな方式を推進している。

 JIPが対象とする領域としては、基本設計、地質調査、輸送船、設置工事、ケーブル等電気設備、検査手法、運転管理、補修など広範囲に及ぶが、風車だけはメーカーに任され対象外となっている。これに参加するメンバーとしては、イーオン、オーステッド(旧ドン・エナジー)、シェル、エクイノール(旧スタット・オイル)、ヴァッテンフォールなど、欧州の錚々たる9事業会社が名を連ねており、英国の洋上風力開発市場でも7割以上を占める企業群である。

図3 カーボン・トラストによる洋上風力JIPへの参加企業
図3 カーボン・トラストによる洋上風力JIPへの参加企業
出所:カーボン・トラスト

 洋上風力の開発事業者がどこも一様に直面する技術的な課題や、経営管理上の問題については、従来は各事業者が個別、独立に取り組んできた。しかし、JIPの導入によって、共同プラットフォームの場で相互に情報交換し、一致した解決策を見出すことが可能となったため、機器や工事の標準化、最適な技術の選択など、様々な面で大きな成果を上げてきたと言われている。JIPに参加するためには一定の参加料を支払わなければならないが、政府からは3分の1の資金援助があり、またこの間に得られた知的財産についてもJIP参加期間中は保証されている(終了後はカーボン・トラストに帰属し、場合によって一般に公開される)。

 この方式で気にかかるいくつかの点について、カーボン・トラストのヤン・マティーセン事務局長に直接尋ねる機会があったが、以下のような答であった。

①推進母体に風車メーカーは入っていないが、風車の選定と全く切り離して、関連機器や技術の最適な選択が可能なのか?

→ カーボン・トラストが風車メーカーとの接点となり、調整役を果たしている。

②大手開発事業者が多数参加しているが、競争制限的との指摘はないのか?

→ コストダウンなどのための純粋に技術的な情報交換しか行っておらず、ビジネス上の話はしていない。

③多大な費用や労力をかけて欧州で得られた知見を、日本やアジアの洋上風力市場に活用できないのか?

→ 自然条件、ビジネス風土、ステークホルダーなどが異なるため、技術情報の単純な転用は難しい。

 日本と同様に風車メーカーが存在しない英国において、風車メーカーを除く情報プラットフォームの構築が成果を上げたとすれば、日本においても風車以外の機器・工法・技術について最適な組み合わせの検証が可能となり、JIP方式はコストダウンや事業リスク回避の上で、有効な手段となり得る(参考:筆者による京大コラムNo.139 「風車メーカーが無い国の戦略」2019.8.1)。

 NEDOにおいては既にそうした試みが始まっており、また最近ではJWPAと世界風力会議(GWEC)が共同で「日本洋上風力タスクフォース」を立ち上げ、新たな洋上風力発電産業の育成や、サプライチェーンの構築を目指している。いずれにしても、個々の企業を超えた風力発電業界全体のスキームを、競争的な条件も維持しながらいかにして築いていくかが鍵になると思われる。

4 マス情報は誰のものか?

 今後再エネを中心とした小規模分散型電源が拡大するとともに、高度デジタル化社会へ移行していく際には、多くの主体を有機的に結合するエネルギーネットワークシステムの構築が不可欠であるが、その前提として大量データを集約・解析できる情報プラットフォームが必要であるという認識が高まっている。

 例えば、昨年4月に「日立東大ラボ」が公表した「Society5.0を支える電力システムの実現に向けて」という報告書によれば、エネルギー全体の最適システムを設計するにあたっては、発電、系統、需要、コストなどに関わる詳細な個別情報やデータの収集が必要であるが、その一方でセキュリティの確保や、競争企業から提供される機密情報の保護も課題であることから、中立的機関による情報プラットフォームの運営が期待されている。また、得られた情報は公共財的な性格を有するため、どこまで公開・開示できるかについても検討すべきとされている。

 一方、電力会社がスマートメーター等によって得られる顧客の電力使用情報(個別およびマス情報)については、電力会社自らの営業活動に使用できるという意見があるのに対し、無償で得たデータであり、新電力や再エネなどとの競争上の観点から一般に開示すべきであるという意見もある。同様な例として、巨大IT企業のいわゆるGAFAは、ユーザー側が無料で得られる利便性と引き換えに、ユーザーから自動的に大量のデータ提供を受けているが、情報という特殊な財には極端な規模の利益が働くことから、独占的なクラブ組織とならないよう厳しく規制すべきという議論も高まっている。

 競争的な市場環境を維持しつつ、経済全体の活力やイノベーションを阻害しないための仕組みとして、先行者利得を一定限度で保護する特許制度(=知的財産保護)などが、今まではそれなりに機能してきた。しかし、情報プラットフォームで見たように、個々の情報や知識の集約によって新たな共有価値を作り出すことが可能となり、さらには個人や企業の個別情報が巨大なビッグデータとして溢れ出し、それらがAIなどによって有用な知識に変換される時代においては、情報の性格や価値は一変し、得られた成果が誰に対しどのように配分されるかという仕組み次第で、経済的な帰結は大きく異なってくることになる。

 かつてカール・マルクスは、「量の変化は質の変化をもたらす。」と述べているが、今まさにそのような“革命期”に差し掛かっているのかも知れない。

【キーワード】風力、情報プラットフォーム、ビッグデータ、JWPA、平準化効果、スマートメンテナンス、JIP