Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

TOP > コラム一覧 > No.186 新型コロナ禍が進めるエネルギ-革新

No.186 新型コロナ禍が進めるエネルギ-革新

2020年5月21日
京都大学大学院経済学研究科特任教授 山家公雄

 新型コロナウイルスが生活様式を変え、経済活動は大きな制約に晒されている。エネルギ-に関しても歴史的な需要減少、価格低下をみている。また、影響が甚大となった欧州諸国を主に「Build Back Better」(復興後の社会をよりよく)との考え方が登場してきている。今回は、新型コロナ禍がエネルギ-にどのような影響を及ぼしているのかをIEA、ドイツの数字を基に検証する。また、これを契機にエネルギ-革新が加速するのか否かの視点を紹介する。

1.IEAが分析するコロナ影響:歴史的な需要減と加速する再エネ比率上昇

 IEAは、4月30日に新型コロナ禍によるエネルギ-情勢に及ぼす影響について分析したレポート“Global Energy Review 2020  -The impacts of the Covid-19 crisis on global energy demand and CO2 emissions-” を発表した。データは、2020年1月から4月半ばまでの14週間の実績そして2020年の予想である。先進国を主に都市封鎖が急増した14週間にて、①エネルギ-需要がかつてないほど急減している(意図せざる省エネ)。②なかでも化石燃料の減少は顕著で、原子力は小幅の減少、再エネは増加を維持している。その結果、③エネルギ-由来のCO2排出は劇的に減少している。

エネルギ-需要は戦後最大の減少率(▲6%)

 IEAは、都市封鎖等が徐々に解除されて経済活動が少しずつ持ち直す前提にて2020年を予想しているが、そこでも当初14週間の傾向は続くと試算する。図1は、1次エネルギ-需要の長期推移であるが、2020年は前年比6%の減となる。これは、2008年に生じた金融危機(リーマンショック)を上回り、戦後70年間で最も高い。

図1.1次エネルギ-需要増加率の長期推移(1900-2020)
図1.1次エネルギ-需要増加率の長期推移(1900-2020)
(出所)Global Energy Review 2020
-The impacts of the Covid-19 crisis on global energy demand and CO2 emissions-

 これをエネルギ-種毎にみたのが図2であるが、化石燃料は大幅に減少する。石油9%強、石炭は8%弱そして天然ガスは5%程度である。石油は運輸・産業需要の大幅減少が響いており、4月時点では需要の2~3割が消滅するとの見通しも登場し、原油価格はバレル当り20ドル程度に急落した(NY先物市場では一次マイナスになった)。一方で、CO2を排出しない非化石資源は、原子力が2%強の減少にとどまり、再エネは1%弱ではあるが増加を維持する。石油以外は電力消費の影響を大きく受ける。

図2.資源別1次エネルギ-需要増減率の見通し(2020/2019)
図2.資源別1次エネルギ-需要増減率の見通し(2020/2019)
(出所)Global Energy Review 2020

エネルギ-需要減少を上回るCO2削減率(▲8%)

 CO2排出は前年比8%減と、エネルギ-需要の減少率6%を上回る。これは再エネが増え、石炭を主に化石燃料が大きく減少しているからである。実数では、2020年のCO2排出量は30.6Gtと前年比2.6Gt減少するが、燃料別寄与は石炭1.1Gt、石油1.0Gt、天然ガス0.4Gtとなる。しかし、2021年は増加に転じる可能性は高い。IMFによる経済成長見通しでは、2020年は-3%、2021年は+5.8%となっている。IEA、国連、IMF、EU等の首脳は、温室効果ガス削減対策の継続・強化を訴えている。

電力需要は大恐慌以来の減少率(▲5%)

 次に電力についてみてみる。図3は、電力需要の長期推移を世界、米国、EU、中国について示したものである。2020年は世界は約5%減少するが、これは世界大恐慌以来の減少幅で、2009年の金融危機の減少率を7倍程度上回る。EUは約7%と最も落ち込み幅は大きく、米国が約5%、中国は2%強減少する。

図3.世界、主要国の電力需要伸び率の推移と見通し(1970-2020)
図3.世界、主要国の電力需要伸び率の推移と見通し(1970-2020)
(出所)Global Energy Review 2020  ---Worldの2020年は筆者加筆

再エネ発電率が急上昇

 図4は、2020年入り後で都市閉鎖(ロックダウン)解除までの中国、米国、EU、インドの発電構成比の推移であるが(中国以外は閉鎖継続中)。都市閉鎖後は、短期間のうちに再エネ増加、原子力横ばいないし増加、石炭と天然ガスが減少の傾向が顕著に現れている。

図4.主要国の電力構成比の推移(2020年当初14週間)
図4.主要国の電力構成比の推移(2020年当初14週間)
(出所)Global Energy Review 2020

 図5は、1971年以降の石炭と低炭素資源(再エネ、原子力)による発電シエアの推移を示しているが、2019年に始めて低炭素資源が石炭を上回り、2020年は乖離幅は拡大する。特に太陽光と風力の拡大が著しい。

図5.石炭と低炭素資源による発電電力量の推移と見通し(1971-2020)
図5.石炭と低炭素資源による発電電力量の推移と見通し(1971-2020)
(出所)Global Energy Review 2020

 このように、コロナショックでエネルギ-需要は劇的に減るが、安定的に増加してきた電力需要も例外ではなく、その減少率は大恐慌以来の大きさとなった。石炭の減少が最も大きく、天然ガスも大幅に減る一方で、風力・太陽光を主に再エネは増加する。これは、基本的にコストが低いからである。すなわち燃料費を含む運転費用(限界費用)が小さいからである。また、開発増に伴い設備容量が増えている。火力は需要減と再エネの増加から挟撃される形で、大幅な減少を余儀なくされている。

2.風力、太陽光のシェア拡大に係る課題と実績

 風力、太陽光を主とする再エネ電力(自然変動電源VRE)の割合が増えることが電力システムに及ぼす影響については、かねてより多くの議論がある。VREについては、燃料費ゼロで市場では優先的に落札される(系統に優先的に給電される)、設備利用率が低く一定の発電電力量を目指す場合は多くの設備容量が必要になる、天候の影響を受け運転の柔軟性に乏しい等の特徴を有する。従って、その容量割合が高くなると風況や日照に恵まれると大量の電気が生じる、低需要時に重なるとシェアが高くなり価格低下圧力が働く、需要を供給が上回りマイナス価格になることもある、調整力に富む柔軟な設備・リソースの確保の重要性が増す等の課題が生じる。マイナス価格が頻繁に生じると、発電設備の維持(安定供給)が難しくなり供給力不足が生じる懸念もでてくる。要するに、柔軟性や供給力不足による信頼度維持への懸念があり、再エネ比率には一定の制約を設けるべきであるとの意見が根強く存在する。

 こうした懸念から比較的最近まで、VREの接続は、内外を問わず低く抑えられてきた。当初は5%程度から始まったが、システムやマーケットの運用革新そして技術開発等により、次第に系統により多く入っても対応できることが判明してきた。実際に、再エネ割合が増えてきており、EUでは3割を超えるようになり、2030年は6割を目指している。短時間では100%近いシエアも記録している。今回のコロナ禍の影響で、2030年断面を疑似体験するような事象が生じている。以下、ドイツの2020年入り後の状況について、検証する。

3.活発化するドイツのエネルギ-論:再エネ目標10年前倒しが示唆するもの

10年前倒しの再エネ比率6割

 ドイツの2020年入り後の状況をみると、需要減と好風況、好日照による再エネ発電量増加により、再エネ発電の割合が高くなっている。図6は、Fraunhofer-ISEが公表している再エネ電力比率の推移であるが、2020年1月から5月までの各月と累計の平均値を示している(5月は20日現在)。再エネ比率(国内消費ベース)は、2015年に33.2%と3割を超えた後、2018年に4割超え(40.3%)、2019年に46.1%と飛躍的に高まってきていたが、2020年入り後は、さらに拍車がかかっている。5月20日までの平均で54.9%であり、2月と4月は6割を超えた。再エネ比率6割は2030年の目標である50%を超え2040年目標の65%に迫るものである。これまでも短い時間にて高い比率を記録することは少なからずあったが、恒常的に6割前後を記録している。10年後の姿を前倒しで経験しているともいえる。

図6.ドイツの再エネ発電電力量シエア(2020/1~5)
図6.ドイツの再エネ発電電力量シエア(2020/1~5)
(出所)Fraunhofer ISE

 また、需要減および再エネ増加により、同国のCO2削減も大きく進んだ。かねてより再エネ普及に頼るドイツモデルではCO2削減に繋がらないという批判があり、政府も2020年目標である1990年比40%削減の断念を示唆していた。しかし、一転して達成できる見込みが出てきた。2019年は再エネ急増等により前年比6.3%削減を実現し、1990年比35.7%まで上がってきていたが、今年は、需要減が加わり、4割を超える削減が視野に入ってきたのだ。

前日市場価格は2.3セント/kWh

 需要減、再エネ増加のなかで、供給過剰の状況となっており、卸市場価格は急低下し、2020年入り後の平均前日市場価格は€22.95/MWh(2.3セント/kWh)と非常に低い水準になっている(図7)。マイナス価格も頻繁に生じるようになった。3月のマイナス価格の時間は130時間を記録したが(前年同月は90時間)、4月はそれを上回る出現状況になっている(図8)。

図7.ドイツ卸市場価格の推移(前日)
図7.ドイツ卸市場価格の推移(前日)
(出所)Fraunhofer ISE

図8.電力需給とスポット価格の推移(独、2020年4月、15分単位)
図8.電力需給とスポット価格の推移(独、2020年4月、15分単位)
(出所)Fraunhofer ISE

浮上する柔軟性不足問題

 卸価格の低下、負の価格の頻出化は、褐炭を含む石炭の設備容量が大きいという特殊事情もある。市場原則(メリットオーダー)によれば、燃料費用の低い再エネ、原子力、褐炭、石炭、天然ガスの順に稼働することになるが、最近の低需要下では、需給均衡点にある設備(限界設備)は、再エネから石炭の間に位置することが常態化する。これらはいずれも柔軟性に乏しいことから、利益を生まない価格でも稼働せざるを得ず、マイナス価格が頻出する要因となる。即ち、マイナス価格要因として、再エネだけでなく原子力や石炭の容量が大きいことや需要感度がまだ低いことが問題になる。コロナ禍による需要減は、周辺国も同様であり、ドイツの余剰電力を輸入する余力は小さくなる。

 市場価格低下やマイナス価格頻出は、急激に生じると多くの課題が表に出るようになる。まずは発電事業者の利益を直撃する。再エネも、新しい設備は6時間以上マイナス価格が続く場合はプレミアムを受けとることができない。低価格は直接市場から購入できる需要家にはメリットがあるが、市場価格の低下はFIT賦課金の引き上げを、出力抑制による費用はネットワーク料金への跳ね返りを招くことから、小規模需要家の料金引き上げ要因となる。

再エネ6割でもシステムは安定

 これについては、立場の違いにより、課題の焦点が異なってくる。再エネの急激な普及は問題だとする意見がある一方で、従来技術で柔軟性に欠ける電源が相当量残っていることが問題だとする意見がある。環境派、市場重視派は「価格に応じて需要が弾力的に変動するようになる、火力でも柔軟性に富む新たな技術が普及する誘因となる」とマイナスを含む価格低下の効用を説く。EU政府としては、コロナ禍に伴うエネルギ-を巡る激変については、システム革新の好機と捉えて、再エネ推進や石炭退出等を加速させる方針のようである。環境・エネルギ-政策としても、市場機能重視にしても、その方向が自然なのだろう。

 見解が一致しているのは、ドイツが代表であるが、再エネ電力比率が6割前後で安定する場合でも(再エネ以外でも柔軟性に乏しいが)、電力システムは安定していることである。再エネ普及に向けた近年の様々な取り組みや技術革新により、オペレーターはマネージする術を身に着けつつある。

新たなキーワード「Build Back Better」

 「新型コロナ禍を経験することで、エネルギ-革新は加速するのか」は、大きなテーマとなりつつある。当面は、エネルギ-需要の急減により表向きCO2削減は進み、資材調達や手続きの遅延により再エネ開発の速度にブレーキがかかることになるが、それを理由に再エネ不要論も台頭しかねない。

 欧州の経済復興のキーワードは「Build Back Better」(復興後の社会をよりよく)であるが、エネルギ-分野も例外ではない。EUは今月中にも1兆ユーロを超えるとされる中期予算案を発表する予定であるが、フォンデアライエン委員長は「回復の中心は環境とデジタル」としている。前述のようにIEA、IMF等の主要な国際機関は経済対策、復興支援に再エネ増加、化石資源減少を加速する施策とすべきと声を揃える。

 翻って日本を見ると、こうした議論はほどんど聞こえてこない。3月末には温室効果ガス削減目標を据え置くことを決定し、内外から落胆と批判を招いた。新型コロナ禍を機に、エネルギ-革新の彼我の差がさらに拡大するのではないかと懸念するところである。

キーワード:新型コロナ、負の市場価格、Build Back Better