Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.189 新型コロナ、「第1波」の分析を/「日本は謎の成功」では説得力なし

2020年6月11日
エネルギー戦略研究所シニアフェロー 竹内敬二

 新型コロナウイルスは、日本では流行の「第1波」を越えたが、今の時期に日本がすべきは、第1波の検証だろう。1つは、「ソーシャル・ディスタンス」の掛け声の元に実施した、いくつもの自粛行動、休業などの対策について、何が効いて、何が効かなかったかをできるだけ明らかにすること。2つ目は、「実効再生産数」「8割削減」など、第1波の際に使った指標や数値について、それらが、実態を正しく示していたかどうかの検証だ。「ITの通信技術の普及」が企業や学校の休業を支えたことも分析したい。

 諸外国は、日本の対策は不十分なのに感染者、死者数が少なく「謎の成功」と見ている。その答えは日本人にも分かっていない。「日本人はまじめだから自粛もきちんと行った」などではなく、できるだけ科学的に検証すべきだ。「第2波」への備えとしても検証が必要だ。



◇検証1、「日本モデルが成功」の「謎」

 5月25日、安倍首相は東京などの緊急事態解除を発表する記者会見で、「わずか1カ月半で流行をほぼ収束させることができた。日本モデルの力を示した」と胸を張った。WHO(世界保健機関)のテドロス事務局長も日本を「成功」と言った。

 しかし、何がよかったかは不明だ。ノーベル賞受賞者の山中伸弥京大教授は、日本がうまくいった要因を未知の「ファクターX」として「候補」を挙げた。マスク着装や靴脱ぎなどの生活様式、クラスターつぶし、BCG接種、何らかのウイルスへの感染(免疫獲得)、ウイルス自体の変化(弱体化)などだ。

 このほか各種の店の休業、長期の学校の休みなどもあったが、そのうち何が効いたのか。例えば、WHOは最近、日本の経験などを参考に「マスクの着装」を重視するようになった。日本での経験をできるだけ分析して評価する必要がある。そうしないと第2波が来たときに、合理性を考えることなく「同じ対策をとろう」となりかねない。

◇検証2、使った数値、指標の検証を

 第1波の流行中にはとりわけ次のような数値、指標が議論の対象になった。

 《PCR検査》5月26日付けの朝日新聞のウェブ版記事は、「『不可解な謎』、欧米メディアが驚く、日本のコロナ対策」という記事を掲載した。

 記事によると、欧米各国はまず、日本の検査数の少なさに驚いている。主要7カ国(G7)で比べると、感染の有無を調べる検査数は、日本は人口10万人当たりで212件、これは最多のイタリアの4%、米国の5%でしかなかった。

 ほとんどの国はPCR検査(ウイルスの遺伝物質検査)を大量に行い、陽性者を隔離する方針をとった。しかし、日本は検査体制が整わないという理由で検査が抑制された。「37.5度以上の熱が4日間続いてから検査、病院へ」という目安によって、なかなか検査が受けられない状況が生まれた。自宅で療養しているうちに容態が急変する人が相次いだ。

 PCR検査が少ないため、検査結果の陽性率が社会全体の陽性率を正しく反映しているとはみなせず、陽性率が政策の指標にならなかった。「無症状者にもPCR検査を行う」との方針になったのは6月に入ってから。日本のPCR検査数はまだまだ少ない。

 この日本の方針は、諸外国からみれば「失敗」と映ったが、日本では感染爆発が起きなかった。その理由は何か。幸運だったのか、はっきりさせたい。

 《実効再生産数》これは「一人の感染者が何人にうつすか」を示す指標だ。1を超えると感染が拡大していることになる。欧州各国は、「この数値が1を下回ると都市封鎖をやめる」など政策判断の基本に置いた。

 日本でもひところ、この数値はよく出てきた。複雑な計算方法について説明の会見も開かれたが、この数値は途中であまり議論の表に出なくなった。この指標を使って、第1波流行のはじめから感染状況をたどり、感染者数の増減グラフでは見えない、水面下での本当の感染トレンドはどう変化したのかの分析が必要だ。

 《10万人中0.5人》
 緊急事態の解除宣言の直前には、解除の指標として突然「直近の新規感染者は人口10万人中0.5人以下」という数字が浮上して、これに合致しているかどうかの議論に終始した。

 この数値には科学的な裏付けはない。おそらく「十分に小さい数字であり、東京の人口(1400万人)の割り算が簡単」(1週間の合計で70人以下)」ということから採用されたのだろう。この数字を使ったのは妥当だったのか。

 《人の接触機会の8割削減》もどうなったのだろう。「何」を8割減らすのかが、あいまいなままだった。「人同士の接触を8割減らす」ことだろうが、テレビでは単純に人出の数字になり、「先週より〇%減った、増えた」の報道になった。人が多い「東京駅周辺」での過去との比較は意味があるだろうが、地方都市の駅前などでは、そもそも人出は少ない。「以前より〇%減」という数字に意味があったのか。

 「第2波」など次の危機が来たときにも、「8割削減」が再度話題にのぼるのは必至だ。ただ、この指標をどう使えば感染の広がり、防止に直結するのか、「8割削減」ではなく「5割削減」ではどう変わるのかなどの検証が必要だ。

◇検証3、対策・技術によるエネルギー節減

 新型コロナウイルスに対する対策の大きな特徴は「会社に出勤しないこと、学校に行かないこと」だった。これを社会のエネルギー消費の面から検証する必要がある。「IT技術の貢献」などコロナ後の社会政策にも役立つデータが隠れている。

《電力消費の変化》

 東京電力の4月の電力需要は昨年同月より4%減少した。産業用が減った半面、家庭用は増えた。大人も子供も家で過ごす時間が増えたからだ。企業やレストランの休業が広がった5月のデータは、この「需要の低下、家庭需要の増加」の傾向がより顕著だろう。この消費傾向の変化は一過性なのか、新しい生活へのシフトなのか、分析が必要だ。

《テレワークによるエネルギー削減》

 ピーク時には定員の200%にもなる東京の通勤電車はガラガラになり、東海道新幹線も「1両に数人」の時期もあった。今注目されているのは「過去の電車の混雑、新幹線の満員は戻るか」という議論だ。

 背景には「テレワーク」という言葉で表される「仕事のIT化」がある。特筆されるのは、大勢でテレビ電話を使う「ウェブ会議システム」が一気に広がったことだ。会社の会議、学校のオンライン授業などもすべてこの技術だ。それまでテレビ会議は「すこし面倒な技術」として敬遠されていたが、コロナ騒ぎによって急スピードで普及した。

 この変化は社会を大きく変える可能性もある。「ウェブ会議があれば、出勤も新幹線を使う出張も減らせる」という考えが広がれば、出張は大きく減るだろう。「IT技術による国民の移動エネルギーの削減」を分析するチャンスだ。

◇新型感染症の脅威、再来の頻度は

 今は「第2波」が心配されている。さらに言えば、今回のウイルスに限らず、似た新しい感染症は今後、どの程度の頻度で襲来すると考えればいいのか。表のように、スペイン風邪以降、世界が大打撃を受けたり、パニック的になったりした新型感染症は少なくとも4つある。

 スペイン風邪(2018年~)、SARS(サーズ、2002年~)、2009新型インフルエンザ(2009年~)、MERS(マーズ、2012年~)、新型コロナ(2019年~)。

 感染源の動物は鳥、ハクビシン、ブタ、ラクダ、コウモリと多彩だ。どこから来るか分からない。特効薬はなかなか見つからないし、SARSやMERSといったコロナウイルスではワクチンはできなかった。

 もし、洪水などの巨大災害のように10~数十年に一度の脅威として認識するのであれば、人工が密集している大都市は、備えをしなければならない。むやみに都市機能を止めれば、国の経済が大打撃を受ける。次に備えるためにも、さまざまな数値をもとに第1波の経験を科学的に分析しておく必要がある。

キーワード:新型コロナウイルス、PCR検査、テレワーク