Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.192 誰がために風車は回る

2020年7月2日
日本政策投資銀行 企業金融第5部(※) 山口祐一郎

 いつも競馬予想ばかりで銀行員らしからぬと言われているので、今回は異なる切り口からコラムを執筆してみたい。先週末の宝塚記念で大敗して夏競馬へのやる気(と資金)が枯渇したからでは断じてない。実はこのコラムへの寄稿を開始して以来、永田哲朗さんのコラムに憧れており、こんなかっこいいコラムを書いてみたいという思いもあり、予想以外のコラムに挑戦する次第である。

 さて、洋上風力に携わる仕事をしていると、仕事柄欧州、特にロンドンに出張する機会がある。ロンドン行きの飛行機から見下ろすと、北海上空で整然と並ぶ洋上風力発電の数に息を飲むらしい(自分は深夜便にしか乗らないので暗くて自分の目で見たことはない)。

 北海の洋上風力は1991年に初めて洋上に風車が建ち、2000年代初頭にはウィンドファームというレベルの規模のプロジェクトも出てきたが、本格的な展開を見せたのは2010年頃からである。これが足下まで、たった10年程度でなんと約17GW※1(設備容量ベースで原子力発電所17基分相当)分の風力発電が洋上に建てられている。日本人はすぐに「欧州はスピード感がすごい、それに比べて我々は。。。」とくよくよしがちであるが、これには当然理由がある。

 一般に北海での洋上風力発展の鍵として、法整備、技術革新、運営ノウハウの蓄積といったものがあげられるが、もっと根幹的な要因がある。まずは「立地」。安定的に相応の風速で風が吹き、遠浅で周囲を囲まれたsheltered seaである北海は洋上風力の最適地であることは間違いない。しかしもっと重要と考えるのは、重量物である風車のタワーやナセルの輸送ハブとなり得る高度な港湾機能、洋上風力設営/運営のために必要な特殊船舶群、さらには洋上で仕事をすることに慣れた人材、及びこれら3点に関する層の厚さである。

 残念ながら立地は別にして、我が国には上記3点に関する層自体が存在しない、時間がかかって当然だ。しかし北海にはもともと厚みをもった層が存在していたのである。北海油田開発である。


※1 Wind Europe: Offshore Wind in Europe - Key trends and statistics 2019



出典:UKOG Business Outlook 2019



出典:WindEurope

 雑な議論であることは承知しているが、油田開発設備と洋上風力発電設備はよく似ている。ジャッキアップリグと着床式洋上風力の差は、海の上に出ている部分が石油掘削用の設備か風車かだけの差である。また、必要な港湾や特殊船舶にも多くの共通項が見られるし、何よりリグの上で何日も過ごすことに慣れている多くの人材プールが北海油田開発事業には存在していた。上の図表1,2を見てもらうとわかるが、北海油田での生産量や生産井開発は2000年頃をピークに衰退している。この衰退にあわせて発展したのが洋上風力であり、結果的に北海油田開発用にもともと存在していた多くの資材、設備、人材が洋上風力開発に振り向けられ、雇用対策としても貢献したはずだ。逆に、仮に北海油田の開発がまだまだ発展途上であった場合、ここまで洋上風力がスムーズに発展したかどうかは怪しい。

 北海油田開発の衰退は、埋蔵量データ等からかなり昔から運命付けられていたものだ。その前提で考えたいことは、北海油田の衰退を補うように発展した洋上風力発電は「偶然の産物だったのか?」である。この話は2000年初頭のドイツにおけるQセルズと太陽光発電政策にも通じる。当時ドイツは、環境問題の高まりを背景に、統合後に経済発展の遅れた東ドイツ地域(当時半導体産業集積があった)のためにFITにおける太陽光発電優遇政策※2を推進したと言われている。この政策はシャープを筆頭とした本邦太陽光パネルメーカーを没落させ、少なくとも2010年代初頭までは自国の産業振興に貢献した(なお、その後Qセルズは破綻、現在パネル製造は中国企業が席巻している。足下北海の洋上風車は90%以上がMHI VestasかSiemens製であるが、陸上も含めた世界全体で見れば中国系企業が市場占有率1/3強と存在感を高めつつある。。。)。

 冷戦が終結を迎えると、時を同じくして地球環境問題が持ち上がった。冷戦終結後、ようやく地球全体を議論する枠組が出来たということかもしれないが、ここでも結果的に大量失業の危機にあった地球寒冷化アナリスト(核の冬を論じた冷戦アナリスト)は地球温暖化アナリストに転じることで雇用維持がなされたものと推測する。

 欧州各国は、国際外交におけるアジェンダと自国の産業政策とをリンクさせることが非常に上手だ。イギリスの詩人・聖職者ジョン・ダンは著作「For Whom the Bell Tolls」の中で、「他人の弔鐘も自分のために鳴っているのと同じ」と個人の全体貢献について謳っていた。では北海の洋上風力は人類全体、地球環境のために回っているのだろうか?それとも・・・

以上

(※)筆者は2020年6月26日付で企業金融第5部から異動し、現在は金融法人部に在籍しておりますが、旧所属部署の表記としております。


(キーワード)「洋上風力発電」、「地球温暖化」、「再生可能エネルギー産業政策」


※2 2000年4月 EEG法施行 太陽光発電の買取価格引き上げ(50.62 セント /kWh)
  2004年8月 EEG2004施行 太陽光発電総容量 1,000MW の制限撤廃 等