Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.196 独シュタットベルケの公益性をどう担保できるか?
~公共価値を織り込むガバナンスの可能性を探る

立命館大学経営学部教授 ラウパッハ スミヤ ヨーク

キーワード:公益生、シュタットベルケ、公企業ガバナンス、Public Value (公共価値)

1.Background―公共サービスの法人化とガバナンス

 エネルギー、上下水道、交通等のインフラ系サービス、ごみ収集と廃棄物処理、医療や福祉、教育等の様々な公共サービスの分野における法人化(corporatization)は、世界的な動向である。1980年から始まったNew Public Management(NPM)の流れを受け、多くの自治体は、元々行政組織の一部であった公共サービス提供の遂行責任を行政組織から切り離し、独立経営組織を持つ法人の事業形態に移転している。その目的は、民間企業並みの経営によって公共サービス提供の効率化、財政リスクの低減、事業の民営化或いは民間企業との提携などにあると指摘されている。このような形で公共サービス提供の遂行責任をその事業の所有者である行政組織から「公企業」などの形で分離することは,代理人化(agentification)に相当し、プリンシパル=エージェント理論が論じている、様々なガバナンスの課題を抱えている。しかし、公企業のガバナンスは、民間企業の企業統治論と多くの本質的な相違点があるとPublic Corporate Governanceの学術領域で議論されている。その一つは、民間企業と公企業のパフォーマンスを評価する尺度である。公企業は、民間企業の評価尺度である株主価値の増加と違って、「財政や経済効率」の条件をはじめ「公益性」を追求する政策的なインパクトや社会的なアウトカムの達成度によって評価される。著者は、公企業の社会的な「公共価値」(=Public Value)を重視する、包括的な論理的なフレームワークや評価仕組みを研究している。Public Valueを織り込むPublic Corporate Governanceの可能性或いはその在り方を、ドイツの社会インフラ・サービスの総合提供事業者であるシュタットベルケ(都市公社)の事例研究によって論じていく。

2.Public Corporate Governanceの特徴 ~ ドイツのシュタットベルケの事例

 シュタットベルケは、ドイツの自治体が所有している、自治体の行政組織から分社された、エネルギー、交通、上下水道、廃棄物管理、通信、市民プールなどの社会的なインフラ運営や公益サービスを総合提供している公企業である。ほとんどのシュタットベルケは、ドイツの会社法に基づいている有限会社(GmbH)及び株式会社(AG)という民間企業の事業形態で法人化されている。公共サービスを集約して総合運営する事により、自治体は相乗効果を作り出す事を意図しており、それにより市民に適切な価格で様々な公衆サービスの利用を保証すること、利益が出ない事業(例えば公共交通)をエネルギー事業等からの利益で内部相互補助をする事を目指している。自治体は、このように「公益性」という公的責任、と民間企業並みの経営効率の両立を狙っている。しかし、このモデルは、公共サービスの法人化と代理人化によるガバナンス課題を抱える。つまり、ドイツの会社法によって法人化されているシュタットベルケの経営者は、民間企業と同じく収益性や価値創造を継続的に追及せざるを得ない経営責任を負っている反面、所有者である自治体の行政は、ある公益的社会的なインパクトと公平なアウトカムを目指す「公」としての保障責任を持っている。シュタットベルケのガバナンス仕組みは、「公」(=Public)と「民」(=Corporate)という矛盾しているような要素を織り込んでいる二元的な性質を持っている。ガバナンスの組織構造においては、法人格をもっているシュタットベルケは、ドイツの会社法に定めた「民」の経営機関を設置しているが、法律上(EU法、自治体法、予算方等)或いは制度上(議会、行政組織、定款、行動規範等)によって「公」の保障責任を担保する制約や影響を受ける。更に、ガバナンスのプロセスにおいては、民間企業並みの経営手法を適用している「民」のバックグラウンドを持っている経営責任者は、企画段階から施行段階に至るまで「公」の行政組織に様々な形で監督されている(例えば、予算、人事、報告、情報開示)。

 多くのシュタットベルケは、競争優位性を維持ながら健全な経営で業務を遂行し、高度なガバナンス体制を構築してきた。その反面、「生存配慮のために、公平に手頃な価格で基本的な生活必需品を提供する」という公益性重視の公的な責務を負っているが、その達成度を監督・評価する経営指標とガバナンスが欠けていると指摘する声が増えている。その主な指摘の一つは、自治体が「コンツェルン」であるかのように経済活動を推進しているが、それらの活動を包括的な「都市戦略」で統合せず、その戦略的な目標を公企業の経営者の目標管理制度や事業計画において十分に織り込まれていない点にあると言われている。よって、シュタットベルケにとって、「公的な企業使命」こそは、存在価値の泉であり、民間企業との競争差別要因であるはずだが、自治体の政策目標とシュタットベルケの経営を結びつける包括的な「都市戦略」を作成し、それを織り込んだパブリック・コーポレート・ガバナンス体制を構築することが課題である。

3.Public Valueを織り込むPublic Corporate Governanceの可能性

 Public Value理論は、公企業のパフォーマンスを「公共価値」という、インプット・アウトプット・アウトカムを体系的且つ包括的に織り込んでいる評価制度を提唱している。「公共価値」の内容的な定義自体は、その国・地域・社会の価値観を反映している、社会政治的なプロセスから生まれる結果として解釈されている。 シュタットベルケの公共価値の実践的な評価はまだ断片的であり、実験段階にあるが、例えば、ごみ収集業界の「住民価値」をスコアーカードで評価する事例、や心理学に基づいている「Common Welfare Map」及び「 Public Value Scorecard」の手法でスイスやドイツの公企業の「公共価値」を定量的に評価する事例はある。しかし、競争環境が激化している中、「公的な企業使命」の遂行を競争差別要因として訴えたがっているシュタットベルケは、「公共価値」評価を活用できるガバナンス制度に関する関心が高まっている。

 主な理由は二つある。一つは、エネルギーの中核事業における競争環境激化によってシュタットベルケの従来のビジネス・モデルが成り立たなくなるリスクがある。二つ目は、そのリスクを回避するために、多くのシュタットベルケは新規事業を積極的に開拓しようとしている。分散型エネルギーシステムを中心としたエネルギー・サービス、未来の交通システムにおける中核的なモビリティー・サービス、スマート・シティーにおける生活関連サービスなどを提供する総合プロバイダーに変身しようとしている。

 しかし、これらの新規事業の多くは、本当に生存配慮に欠かせない事業に該当するのか、民間企業に任すべきではないか、という根本的な疑問を唱える声がドイツで出始めている。つまり、シュタットベルケの存在意義そのものが問われるといったリスクが生じる。だからこそ、これらの事業は、公益性や生存配慮という公的任務とどう関わっているのか、「公共の福利向上」、社会の「公正性」、地域環境社会の「持続可能性」などという政策的なインパクトや社会的なアウトカムの追求に対してどのように繋がっているのかを丁寧に説明する必要がある。その鍵は、自治体の政策目標やシュタットベルケ経営を繋げる包括的な「都市戦略」の作成と、それを評価する「公共価値」を織り込むパブリック・コーポレート・ガバナンス体制の構築にある。