Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.198 希求すべきパリ1.5℃シナリオと気候変動政策を巡るエネルギー投資行動

2020年8月20日
京都大学大学院経済学研究科特任教授 加藤修一

避けるべきでない“グローバル・スタンダード1.5℃”のシナリオ分析

 今から5年前のパリ気候協定会議(第21回UNFCCC締約国会議)は、議論百出であった。だが、結論として1.5℃に制限し2℃をはるかに下回るように取り組みを追求すると約束した会議であった。197の加盟国は、「資金の流れを、温室効果ガスの低排出と気候変動に強い開発への道筋と一致させ、地球の気温の上昇をこれ以上に制限する」という合意であった。言うまでもなく、世界のリーダーによって合意された数値である。科学者たちは、2℃ではなく、1.5℃以下に保つことで最悪の気候への影響を避けることができると指摘した。この高められた野心的な1.5℃は、世界のスタンダードとして強い支持を得て採択したことを忘れるべきではない。またそこに共通に流れる気候危機が引き起こしている人間のいたたまれない苦しみと経済的損害をとどめようとする切なる願いが、エネルギー生産・消費の行動を見守っていることも忘れるべきでない。その後、1.5℃に応戦するためのIPCCの「1.5℃・SPM特別報告書」(以降、「1.5SPM」と記す)が作成されスタンダードの流れは強まった。昨年末は、多くの国が2050年気候中立にコミットしている(表-1)。一方、世界のエネルギー分野において指導性を発揮してきた国際機関がIEAである。エネルギー未来分析は、よく知られている。その毎年の報告書、フラッグレポートWEOは、ゴールドスタンダード(The gold standard of energy analysis)と記されている。常時、世界中の政治、企業、金融機関などの意思決定や行動、特に投資ポートフォリオに大きな影響を与え続けてきたからである。IEAの判断・対応が現在から未来のエネルギーの“姿”を決定づけ、エネルギーミックスに表示される。決定的ともいえる影響である。それだけに責任は大きい。大袈裟ではなく、今や人類の盛衰に絡んでいる。現在、IEAの気候変動への取り組みの最も野心的なシナリオは、「WEO2019」の「持続可能な開発シナリオ(SDS)」である。パリ協定の1.5℃対応の持続可能な未来に対するシナリオ分析という位置づけであるが、結論すると温度上昇はパリ・スタンダードの1.5℃に必ずしも合致するものではない。実のところ1.5℃~2℃を目標とし、1.8℃に抑えるシナリオである。当時、確率条件などからIEAのパリ協定1.5℃への対応は淡白との印象を受けはしたが、その認識にとどまっていた。しかし2018年、「1.5SPM」は精緻なシナリオ分析を行い、1.5℃水準にとどめる合理的結論を導いた。2050年までには世界全体でCO2正味ゼロの結論である。本レポートが、IEAのSDSに厳しい再考の光を当てたようなものである。



IEAトップFatih Biro氏に数度に及ぶ要請書簡

 IEAのSDSは額面上1.5℃対応とはいえ、2050年正味ゼロが見えてこないシナリオだ。「1.5SPM」と大きく異なる。これは著名な国際機関相互間の単なる分析条件の違いと見過ごす問題でもなければ、またIEAの「1.5℃のパリスタンダード」に対する分析が、単に不十分であると傍観すべきでもない。その理由はIEAの世界的影響の大きさに根差している。毎年のWEOに含まれるシナリオは、政府、企業、業界グループ、投資家などがエネルギーの生産と消費について分析・判断する際に影響を与えている。その指導性は、あたかも関係者が一律行動を取ったかのように働き、その後のエネルギーの姿がつくられて来たといえる。IEAが自らをゴールドスタンダードと称しているのは決して過言ではない。いわば、WEOレポートは、“隠れた投資行動指標”ともいえる。しかし万が一、パリ協定スタンダード(1.5℃の野心性)に対する行動が遅れることになれば、各国政府、企業、投資・金融関係の“実際的な投資行動”の加速度が失われ、緩和政策に大きなリスクをもたらすことになるのでは・・・と、懸念が生じかねない。特に「1.5SPM」の発表以降、国内外において議論が続いている。またIEAに対しての要請もある。その一つは、オイルチェンジ・インターナショナル(OCI、クリーンエネルギー政策分析の非営利団体)である。OCI は、IEAトップのFatih Birol氏に対して昨年4月以降、数度にわたって共同書簡を提出した。本年は、新型コロナ禍を「歴史的な機会」と捉えて、「強固な回復経路を調整する」ように要請している。OCIは、パリ協定1.5℃スタンダードに対応する精緻なシナリオ分析を行うべきと要請し、その賛同者は、気候科学者、ビジネス界、NGO(カーボントラッカーを含む)、世界有数の独保険大手アリアンツグループ、英運用大手のリーガル&ゼネラル・インベストメント・マネジメント(LGIM)、英ハーミーズ・インベストメント・マネジメント(HIM)を含む機関投資家など各界の重鎮からなり60人を超える。



精緻な1.5℃シナリオ分析の要請 - 保険・運用大手、機関投資家等も大きな関心

 今日のIEAのシナリオ分析は、WEOレポートに直接反映されている。しかしそのシナリオは、パリ協定の野心を十分に説明していないのではないか、1.5℃目標に対応していないとの指摘がある。IEAによるとIEAの最も野心的な2019年のSDSは、1.8℃に制限する可能性が66%であり、2070年までに正味ゼロ排出量である(図-1)。これはIPCCの1.5SPMと比べて20年遅い。この意味するところをOCIは化石燃料消費の持続不可能な投資が引きのばされていくと指摘している。この様にIEAのシナリオの改善を強く要請している意図は、世界中の政府、民間投資の決定は、WEOレポートの影響が大きいとOCIも認識しているからだと考えられる。WEOレポートは、各国政府やエネルギー大手等に幅広く引用されており、投資行動に繋がっている。だからこそゴールドスタンダードといえる。これは“決定的”ともいえる。それ故にSDSシナリオの不十分さが問題となる。例えば、化石燃料が、生産・消費が引き伸ばされた分、排出量が増加(図-1、三角のグレー)し、気候変動の厳しさは増す。

 最近の分析、例えば先月7月初旬に公表された世界気象機関(WMO)の将来分析は、温度上昇の厳しさが増していると指摘している。1.5℃レベルを違反する可能性が明らかに高まっており、2020~2024年の5年間に1ヶ月以上が、少なくとも1.5℃を破る可能性が70%ありえると指摘した。この様な事態を踏まえると、IEAは精緻な1.5℃に対応する投資シナリオを迅速に構築、リードしパリ協定1.5℃スタンダードに向き合うことである。

IEAのシナリオが世界を変える?

 現在、IEAのシナリオは、3種ある。問題の対象になっているSDSは、1.8℃水準である。本シナリオの世界全体のエネルギー総投資額は、温度水準が厳しいことから他の2シナリオより大きい。年間平均3兆2420億US$。2040年までの総額は68兆820億US$になる。この投資行動に関した数値表が記載されるべき「WEO:Database版」に関心が集まるが、十分対応したデータとなっていないようである。仮に温度水準が0.3℃厳しい1.5℃シナリオを考えると、更に総投資額は増大し、CO2削減を前倒するための加速的投資にシナリオ変更が求められる。



 一方、CO2削減が進む意味は、CO2排出産業の縮小を意味する。SDSのシナリオ分析をより精緻に求めることは、CO2排出産業の急速な縮小を強いられる。反面、他の2シナリオによる投資行動(表-2)は今後20年間の総額は56兆US$とSDSより10兆US$ほど少ないが、少し異なる動きを示している。特に化石燃料業界においては、世界全体のCO2排出余裕が無くなっているにもかかわらず、既に生産中、建設中の事業に対して、CO2排出に向けた石油、ガス、石炭の開発が更に進む投資行動になっている。

 仮に、IEAが1.5℃シナリオ分析(2050年排出正味ゼロの意味)を行うならば投資決定を導く具体的な(詳細な数値を含む)シナリオは明らかにして、投資行動に参照できるようにすることである。

投資の動きとエネルギーミックス ― 脱炭素移行へのベンチマーク

 EAのシナリオが如何に投資行動に影響を与えているか、そしてそれが今日のエネルギーの姿を作り出してるかに触れた。一方、この様ななかでEUは大きく動いた。EUは、グリーンデールにおいて2050年気候中立を決定した。その核心は、グリーンファイナンスである。三つの目的からなるその一つは、持続可能な投資に向けて、その投資行動そのものを大きく変えることにある。投資政策ロードマップに匹敵するといってよい。この動きは、EU単独の動きではなく、ISOなども準備に動いており、国際的なハーモナイゼーションの展開を否定できない。今後、注視しなければならない。



 以上の様に気候変動政策を巡るエネルギー投資行動の議論が盛んであるが、投資行動は株式市場に変化をもたらし、関係指標に変化をもたらす。その関係指標にグローバルインデックスがある。機関投資家などが広く利用しているS&P Dow Jones インデックスなどである。化石燃料、再生可能エネルギー、およびその他の電源が配分され、12か月間(ここでは2017年分)に発電された総エネルギーの割合である。各インデックスを見ることにより投資配分が、明確にわかる。

 各インデックスは、移行すべき姿として「IEA2℃シナリオ」のエネルギーミックス(図-2の右端部分)と比較され、現在のグローバルな移行経路の整合性の程度を検証することになっている。「S&Pラテンアメリカ40」は、低炭素経済にとって、最も潜在的に有利な位置にあるインデックスである。石炭発電が少なく、水力発電が多いため、「IEA2℃シナリオ」の2050年の世界的なエネルギーミックスと既に一致しているとみることができる。いわばIEAの2℃シナリオのエネルギーミックスは、国際的なベンチマークとしての役割を担っている。しかしパリ協定が目指すのは1.5℃である。2℃から1.5℃シナリオに置き換えないまま整合性の検証が、グローバルインデックスの世界において継続しているならば、新しい1.5℃レールを走るべき気候変動投資列車は、旧態依然として古いレールを疾駆しているようなものである。

グローバルインデックスにみる脱炭素最適化の試み - リターンを期待できるのか?

 気候リスクを最小限に抑えるアプローチの一つは、ポートフォリオを脱炭素化することである。フランスは、第173条(「グリーン成長エネルギー移行法」)によって定められた報告基準があることから透明性が大幅に拡大したばかりか、さらに化石燃料に基づく経済活動から距離をおくことによって資本配分に変化をもたらしている。これは、多くの戦略による成果によるものだが、これには、ダイベストメント、エンゲージメント(議決権行使)、以下に取り上げる炭素最適化による効果も手伝っている



 炭素最適化は、資産所有者のリスク軽減の機会を与えるようだ。例えば、「S&P 500」(図-3、矢印末端)である。「S&P 500」の最適化のために一般炭を除外した「S&P 500 Fossil Fuel Free Carbon Efficient Index」(図-3、矢印の先端)は、炭素排出量が「S&P 500」の140から75に小さくなった。結果としてCO2eを46%削減した。同様に他のグローバルインデックスも更に炭素効率の高い企業の支持から調整(図-3)、最適化が進み、炭素効率を示すインデックスは、投資家の関心であるリターンに大きな変化をもたらすことなく、炭素排出量を大幅に削減した(S$P Dow Jones報告)。この結果は投資家の関心事だ。リターンが低調であれば、投資行動は消極化し事業は進まない。一部の市場参加者は、低炭素投資が貧弱なリターンにつながる可能性があると懸念している。しかし上述した46%などに加えてスタンフォード大学と延世大学の「脱炭素化リスクとストックリターンに関する実証的調査」(PRI研究資金)によれば、必ずしもその懸念はあたらないと指摘する。両大学は、2005~2015年までの米国企業の74,486の観察数値を分析し、S&P 500に関する種々の低炭素インデックスの分析を通じて、1、3、5年の期間において、基準としたベンチマークを上回る優れた成果が出ていると報告した。また、コロナ禍においてESG絡みであるが、良きリターンを指摘した論説も見かけるようになっている。

 以上の脱炭素の最適化の試みは、今後期待されるが、これらの投資行動はグローバルインデクッス通じて、年間のエネルギーミックス等に現れる。前述したように脱炭素社会への移行が検証される(図-2)が、その際のベンチマークとして、パリ協定1.5℃を希求(図-2、最右端)すべきであり、切り替えの意欲が求められる。既にEUは、本年7月に2種類の気候ベンチマークを委任法令として制定にしたところである。これは域内共通ラベルであり、規制の形ではEUが初めてである。

おわりに

 パリ協定の1.5℃スタンダードが希求されているなかで、昨年、EUは2050年気候中立を目指すことを発表した。その重要な位置を示すのがグリーンファイナンスである。持続可能な投資を基調とした社会の構築をめざし、タクソノミーを入り口としたアクションプランによって、投資の流れ自体を大きく変えるものである。今後、EUの展開は、国際的な調和を含めて注目に値する。

キーワード:パリ協定 1.5℃ IEA 投資行動  グローバルインデックス ベンチマーク