Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.209 ドイツにおける容量メカニズムの議論(1)
容量市場ではエネルギー転換に対応できない

2020年10月22日
ドイツ在住エネルギー関連調査・通訳 西村健佑

キーワード:容量メカニズム、容量市場、戦略的予備力、アデカシー

 再エネを中心とするエネルギーシステムをめざして進められるエネルギー転換。ドイツはこれをエネルギー政策の中心に据えて取り組んできた。今回から数回に分け、ドイツで過去におこなわれた容量メカニズムの議論を紹介したい。

ドイツの容量市場の評価

 まず、ドイツの経済エネルギー省のウェブサイトでは容量市場はどのように紹介されているか、少し長いが見てみよう(カッコ部分は筆者が追記)。

 「(卸取引を中心とする)発展した電力市場は、従来の電力市場に容量市場を組み合わせるより全体としてコストが低くなります。ドイツで過去に議論された複数の容量市場のモデルは(新しい)電力市場に比べて供給力をより多く確保するため、不要な追加コストの原因となります。

 さらに、容量市場は制度設計の失敗が起こりやすくなります。これらの失敗は相当額のコストにつながります。容量市場では制度設計の失敗は現実にはほぼ避けられません。容量市場は極端に(extrem)複雑であり、より強い市場介入を引き起こします。

 電力市場は、必要な供給力と再生可能エネルギーの統合に必要な解決策をより低コストで確保できます。そのためには、柔軟性を備えた供給力、柔軟な需要家、蓄電池などの柔軟性オプションの公平な競争が必要です。そのためにも電力市場に存在する柔軟性への障害を徐々に取り除いてゆく必要があります。1

 ちなみに、ドイツ語では容量市場は複数形になっており、複数のモデルが検討されていた。このうち、電源をなるべく差別せずに取り扱うもの、つまり日本の容量市場と似たモデルを包括的容量市場と呼ぶことにする。それ以外には参加できる電源を低炭素電源などに限定する選択型(Focused)容量市場もあり、ドイツではこちらが主に議論された。

 また、ここでいう電力市場とは特に卸市場を指す。卸市場にはスポット市場と先物市場が含まれているが、ここでいう「発展した」または「新しい」電力市場とは、簡単に言うと価格に上限や下限の設定がなく、取引単位がより小さくリアルタイムに近いスポット市場を意味する。こうした市場では価格スパイクや大きなボラティリティといった市場からのシグナルを通じて市場参加者が自ら適切な投資判断を行うことができるとされる2

 意外かもしれないが 容量メカニズムの議論が始まった当初、ドイツ政府は容量市場を欲しがっていた。しかし、ドイツ政府の現在の見解は当時とかなり異なっている。それはなぜか?

 例えばDRを考えると、卸市場に託せば、卸価格連動で調達する大口需要家はスポットや先物の価格を見ながら必要と思えばDRに投資して価格スパイク時に電力負荷を引き下げるだろう。これはDR投資を行う企業にも市場全体にとってもコスト削減につながる。一方で容量市場を通じてDRに対して支払いを行えば、同じ行動でもそれに対して追加支払いが発生し、DR企業にとっては収益機会、市場にとってはコスト増となる。つまり、同じ容量のDRを確保する上でもコストが変わってくる。もちろん市場の価格シグナルのみで必要なDR容量が確保できるかは慎重な検証が必要であり、必ずしも約束されたものではない。ドイツももちろんこれを理解しており、卸市場だけで容量を確保することはしていない。しかし制度が適切に機能した場合、容量市場はコストがかかる仕組みということは言える。

 以下でもう少し詳しくドイツの見解を見ていく。

シンクタンクはどう見たか?

 エネルギー系シンクタンク『Agora Energiewende』は容量メカニズムの議論が進められいてた2013年に包括的容量市場と戦略的予備力(説明は後述)を比較して、容量市場について以下のようにまとめている3

 包括的容量市場は安定供給という公共財を効率的に確保できるメリットがある。デメリットとしては、①電力市場に甚大な介入をもたらすこと、②規制の観点からは設計が非常に難しいこと、③政策の観点からは制度設計の失敗の確率が高いことがある。

 電力市場に対する甚大な介入とは、規制市場である容量市場を通じて支払われる容量収入によって、卸市場の供給曲線が変化することを指す。特に、容量市場ではすべての電源の容量に対して同じ価格が支払われるため、価格が押し下げられ、全電源の個別のコストが適切に反映されない供給曲線となってしまう。

 同報告ではさらに、ドイツの事情として④既存の発電設備、特に収益力のある原子力発電や褐炭発電は、容量市場を通じて追加の収益を受け取ることになり(偶発利益 Windfall Profit)、自由化前に建設された古い電源や、排出権がグランドファザリングによって無償で割り当てられた電源は特に偶発利益が大きい。包括的容量市場では風力と太陽光が大量に接続される将来の系統に必要な⑤柔軟性を確保できるかは不透明、と評価している。  -

 偶発利益とは、期待されていなかった事象の変化によって生じる追加の利益を意味し、棚ぼた利益と訳す場合もある。容量市場が存在しない前提で投資を行った発電所にとっては容量市場での収入は想定外の追加報酬となる。日本では第1回の容量市場の結果が世界の落札価格と比較して割高だったために今回の結果が「濡れ手に粟」かが議論されているが、ドイツでは個別の結果ではなく、容量市場を導入すると数十年と言った長期では偶発利益の発生は不可避であり、その報酬は古く環境に悪い電源ほど大きくなる問題が議論された。

 もう1つ、従来の見方では電源がベース・ミドル・ピークロードに合わせて稼働するので、ピーク需要に相当する供給力を確保することと電源のアデカシーを確保することは同義であった。アデカシーとは「電力システムの文脈においては系統設備が需要・負荷に対して許容値の容量を確保していること、設備的な十分さの度合い」4を指す。

 しかし変動性の再エネが増えてゆき、刻々と変わる需要と再エネの発電電力量の差である残余需要を埋め合わせるような運転が求められるようになると、供給力の量的な確保(kW)を電力システムのアデカシー評価の唯一の指標とすることはできない。容量メカニズムは、変動する再エネへの対応という従来よりも困難な将来の課題に対応する必要があり、ベース・ミドル・ピークロード電源にアデカシーとして同じ価値を与える(価格をつける)のは古いパラダイムであり、新しいパラダイムでは非柔軟な発電設備の容量は電源のアデカシーに対してより大きな脅威となる、とまとめている。

 容量市場からの偶発利益が大きく、そのために長く稼働することになるであろう既存の原発や褐炭発電は、往々にして再エネの変動に対応して出力を調整する柔軟性が欠けている。そのため非柔軟な電源ほど系統に残りやすい包括的容量市場は、無駄なコストが発生する上に安定供給にとってリスクなのである。系統にとっての脅威は、変動する再エネではなく、変動する再エネに対応できない偶発利益の大きい巨大で非柔軟な電源だということになる。そのため、ドイツでは「容量市場を超えるメカニズム」5の議論が必要だったのだ。

 Agora Energiewendeは2012年にエネルギー転換を検討するシンクタンクとして設立され、緑の党の政治家であり、長く環境省とドイツ環境支援(Deutsche Umwelthilfe)で働いていたライナー・バアケが所長に抜擢された。バアケは容量メカニズムの議論の最中の2014年1月にガブリエル経済相(当時)に請われて経済エネルギー省の事務次官に就任した。議論の最中に中心的な役割を担っていたシンクタンクの所長を重要なポジションに抜擢するのはいかがかという気もするが、ドイツの容量市場に対する見解は政府含め多くの機関で今紹介したAgora Energiewendeと似たようなものと理解してよいだろう。

 容量メカニズムを中心とした電力制度改革の原案(グリーンブック)は2014年11月に公表され、696の組織や個人が意見書を提出した。容量メカニズムについて意見を表明した142の意見書では、容量市場6の導入に賛成は全体の18%、卸市場中心の電力市場制度に賛成が57%、卸市場と容量市場の併用を求める声が12%、不明が13%であり、容量市場賛成は少数派だった7。ただし、日本の電事連にあたるBDEWは容量市場の規制の失敗と追加コストのリスクが一方的に強調されていると批判していたことは記しておく。

容量市場は採用されず

 最終的にドイツは卸市場改革と、その補完的な役割を担う戦略的予備力(Strategic Reserve)を採用することとなった。戦略的予備力では、容量市場と異なり、予備力となった電源は平時は停止が義務付けられ、電力を販売することはできない。電力不足が予測され稼働の指示が出た時のみ稼働し、発電した電力の報酬と停止中の維持コストが支払われる仕組みである。当然、調達される量も容量市場よりも小さなものになる。また予備力の契約を終えた後は完全停止となり、売電できなくなるのも特徴だ。

 ドイツはコスト面で容量市場についてかなり厳しい評価を下している。またドイツの議論はひたすらにコスト効率性に則って行われており、再エネには大盤振る舞いのドイツとしては意外に思う方もいるかも知れない。この点は、エネルギー転換の位置づけとビジョンが日本よりも明確である点が違いの1つとしてあるとだけ述べておく。もちろんこの議論が直ちに日本に適用できるわけではない。

 なぜドイツでは容量市場に対してこのように厳しい評価がされたかは、当時のドイツの事情が大きく影響している。次回以降、そうした当時の背景について触れていきたい。

1 https://www.bmwi.de/Redaktion/DE/FAQ/Weissbuch/03-faq-weissbuch.html
2 価格スパイクは嫌がられる傾向にあるが、その問題は小売事業者の顧客からの料金徴収が月に一回であるのに対し、卸市場への支払い期限が短いためにスパイクするとキャッシュフローに問題が出るからである。この点は解決策が出ていないと思われる。
3 Agora Energiewende “Kapazitatsmarkt oder strategische Reserve: Was ist der nachste Schritt?“ (2013)
4 西村健佑『欧州レポート?』、新エネルギー新聞 (2020年10月19日)
5 Agora Energiewende “Kapazitatsmarkt oder strategische Reserve: Was ist der nachste Schritt?“ (2013)
6 ここで議論されたのは、炭素排出量が低い電源に絞って調達を行う選択的容量市場(Focused Capacity Market)だったため、日本のものとは異なる。
7 BMWi “Ein Strommarkt fur die Energiewende” (2014)