Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.215 ドイツにおける容量メカニズムの議論(3)褐炭と格闘するドイツ

2020年11月12日
ドイツ在住エネルギー関連調査・通訳 西村健佑

容量メカニズムで考えるべき手順とその背景

 ドイツでは容量メカニズムの1つである容量市場は導入しなかったと言うよりもできなかったと言う方が正しい。その理由は、容量市場という制度と、ドイツのおかれた環境に起因するものがある。

 まず、容量市場は制度設計が困難で失敗しやすく、コストがかかるという点である。特に需要曲線を人為的に決めることは市場の知識が不十分な行政機関では難しい。容量市場が導入された初期の段階でも偶発利益の発生は懸念される。容量メカニズムは長期に渡って機能する必要があり、容量市場導入時に既に稼働開始30年を超えていたような電源では、将来にわたって偶発利益が確実に発生する。従って、その配分は政治的に難しい課題となる。

 またドイツで容量メカニズムの議論が始まった時点では国内の容量が過剰であり、脱原発・脱石炭のために原発と褐炭をいかに閉鎖し、柔軟性のある電源に切り替えるかが課題であった。そのため、容量過剰の状態でEUが国家補助(State Aid)に分類する容量市場を導入することは、EUから待ったをかけられるリスクが予想された1

 これはドイツが容量市場を完全に排除することを意味するものではない。EUが調和的な容量メカニズムとして容量市場を選択すればドイツも導入することになるだろうし、それ以外の理由で導入する可能性もある。しかし、EUが容量市場以外を選択した場合、容量市場の廃止は簡単ではない2ため、あくまで最終手段なのである。服部徹も、「導入が比較的簡単で、また廃止もしやすい容量メカニズムから先に検討」すべきとし、「まず、戦略的予備力の導入を検討すべき」と述べている3

供給力と市場構造

 ドイツが日本のような容量市場を導入できない理由に、日本型容量市場ではベース・ミドル・ピーク電源のkW価値に同じ価格をつけることがある4。ドイツでは2012年の2月に安定供給が逼迫した状況に陥ったことがある5。国内に十分な容量があったにもかかわらず広域停電の危機を経験したドイツは、柔軟性を考慮せずに容量(kW)を確保する仕組みでは再エネを中心とする将来の電力システムには不十分6と考えた。これに対応するには卸市場と調整電源市場が価格シグナルを適切に送る必要があり、とくに卸市場の課題として価格上限の設定と需要家側が価格シグナルに適切に反応しない仕組みを改めることを出発点とした。

 例えばEWI78は卸市場の解決すべき課題として①電力需要家の価格非弾力性9、②供給信頼度の確保の政治的要求レベルの高さ10、③卸市場では往々にして規制等を通じて政治的上限価格が設定されている、④逼迫時に一部の発電事業者が市場支配力を行使するリスクを挙げた。

 ドイツにも「お客様は王様です」という標語があるが笑い話のネタにもなっている。このため、市場競争下の需要家に求められる姿が日独で異なる点は頭に入れておいてもよいだろう。ドイツでは価格シグナルは再エネ中心の電力システムを安定的に運営する最も効率的な手段の1つであり、需要家も価格シグナルに従うべきという考えが日本より強い。

 一連の卸市場改革に目処が立っても不足する容量は容量メカニズムを修正して対応すればよい。これにともない、原発や褐炭といった非柔軟なベースロード電源はアデカシーに対する脅威であり、再エネの変動に対応するためにも市場重視による需要家側の弾力性の向上が必要である、政府による介入は最低限にするという合意があった11。手順として戦略的予備力から手を付けるのは正しい手順だろうと思う。

 繰り返しになるが、ドイツの卸市場改革を推進する上で重要なことは政府の政治介入を抑制することで価格スパイクの予見性を高め、ゲートクローズを実供給に限りなく近づけることでリアルタイム価格とGC価格差リスクをできる限り排除することである12

 例えばEWIはDRの弾力性向上に必要なピーク価格とその年間発生時間のシミュレーション結果を容量メカニズムの評価に用いている13。戦略的予備力の方がコストが低いというのはこうした総合評価によるもので、容量市場と戦略的予備力のkW価格と確保容量の積を単純比較したものではない。

苦悩するドイツ

 結果的に、改革が遅れれば非柔軟でCO2排出が多いベースロード電源が系統に残るというドイツの懸念は悪い方に当たったと言える。ドイツでは脱原発の前倒しも要因の1つだが14、容量市場を設けなかったにもかかわらず、褐炭電源はいまだ発電を続けている。

図 1 ドイツ国内のグロスの発電量と電力需要
図 1 ドイツ国内のグロスの発電量と電力需要
(出所:ドイツ環境庁より筆者作成)

 ドイツの1990年から2019年の電源別の発電量の推移を見た場合、2006年頃から発電余剰が常態化している。その理由は再エネの増加と褐炭由来の電力量が十分に減っていないことである。

 ドイツでは再エネは優先接続ルールがあるため、再エネがまず系統に供給される。さらに燃料費ゼロの再エネは卸市場でまっさきに落札される。従来電源は燃料を消費するため、発電事業者としての最適な選択は再エネが多く発電している時間は発電を抑制することだが、ガス火力ではできても柔軟性に乏しい褐炭はそれができない。結果として、褐炭と再エネの間で調整できない分が発電余剰となる。対応策は国外に売るか、系統から強制的に切り離すかである。ドイツでは再エネの出力抑制や再給電指令に対しては補償が支払われるため、電力コストはその分上がる。

 このように容量だけを確保しても、褐炭や原発のような十分な柔軟性がない電源の場合は全体として発電余剰が常態化して余計なコストがかかり、ひいては安定供給が脅かされる15。コスト効率的に再エネ成長を促すには、容量メカニズムで確保する供給力に十分な柔軟性がなければならない。電源の特性を考慮せずに同じ容量価格を支払うことはドイツの歴史的経緯から偶発利益などの無駄なコストにもつながる。

 2019年に排出権価格の上昇で採算性が悪化した結果、褐炭は自主的に発電量を落とし始めた。褐炭の発電電力量が下がったことでようやくガス火力の発電時間と発電電力量が増え、採算性が改善され始めている。もし容量市場が存在して収益を上げていれば褐炭の発電電力量は今ほど下がっていなかった可能性はあると思われる。ガス火力は柔軟性の高い電源であり、褐炭をガス火力に置き換えることで無駄がなくなり、コスト効率的に供給の安定性を増すことができる。

戦略的予備力

 戦略的予備力では確保された電源は市場から切り離され、指示があるまで売電が禁止される。つまり、発電は停止する。これにより余分な発電とそのコストを抑えることができる。

 また、戦略的予備力はピーク電源を確保する手法であり、確保する容量を絞れる上に、DRや再エネ電源に技術革新があればそれを反映して確保する容量を調整できるのが特徴だ。ただしドイツが現在確保しているのは主に褐炭電源であるため、ちぐはぐさがあるのは否めない。これは一時的なものであり、将来的にはガス火力のような柔軟性のある電源に置き換えられてゆく方針だが、ここは注意深く見てゆく必要がある。

 一方で戦略的予備力は確保した電源を市場から切り離すため、稼働しなければ待機に支払うコストが無駄になり、需要家の負担が大きくなる。また、戦略的予備力が稼働するタイミングを当局が人為的に決めるため、失敗してコストが増える可能性は否定できない。

 ドイツは卸市場と調整電源市場による需要家の弾力性向上と柔軟性の確保を重視しており、戦略的予備力と容量市場を比較すれば戦略的予備力のほうがシステム全体でみて電源の柔軟性も考慮でき、制度自体も柔軟に変更でき、コスト効率的である。ここでいうコストは、例えば容量市場の需要曲線を作成する際のロビイングで各主体が支払うコストや政府の失敗の修正にかかるコスト、最終的に容量メカニズムを切り替える際のコストといった市場価格に反映されないコスト(取引コスト)も含まれる。

 卸市場改革の途上で、短期的には容量も十分にあるドイツでは制度のコストと柔軟性の観点からも戦略的予備力の選択が合理的だろう。ドイツの将来の課題はこの変革をさらに推し進めることで褐炭を退出させ、ガス火力やその他の柔軟性を導入する手段を整えることである。


1 EUにおける容量メカニズムの議論は例えば、丸山真弘『欧州委員会による容量メカニズムの制度提案の考察』(2017)が詳しい。
2 Andreas Mundt, (2014), “Vorsicht mit Kapazitatsmarkten“, Bundeskartellamt
3 服部徹『容量メカニズムの選択と導入に関する考察 ―不確実性を伴う制度設計への対応策―』(2015), 電力経済研究 No.61
4 容量市場のタイプには、異なる価格をつけるものある。
5 詳細は例えばBundesnetzagentur, (2012), “Monitoringbericht 2012”参照
6 BMWi, (2014), “ Ein Strommarkt fur die Energiewende (Grunbuch)“, p.14
7 EWI, (2012) “UNTERSUCHUNGEN ZU EINEM ZUKUNFTSFAHIGEN STROMMARKTDESIGN“
8 Institute of Energy Economics at the University of Cologne
9 例えば、小売会社と電力需要家の間の支払いをリアルタイム決済にすれば卸市場支払いと売電収入のタイムギャップがなくなり、需要家もより価格シグナルに対応するようになるだろう。このような提案はすでにある。
10 経験的に、短期の電力需要は弾力性に乏しく、安定供給の価値は特に短期で非常に高くなる。そのため、安定供給はエネルギー事業法(日本の電力事業法にあたる)でも政治的な目的の1つに掲げられている。需要側の対応が不十分であることを理由に短時間しか稼働できないバックアップ電源の確保をもって安定供給を高いレベルで維持しようとすると、容量の維持に必要なコストを回収できなくなる。
11 『ドイツにおける容量メカニズムの議論(1)容量市場ではエネルギー転換に対応できない』参照
12 これについては電力改革研究会『ミッシングマネー問題にどう取り組むか 第7回』(http://ieei.or.jp/2015/12/special201204051/)、2020年11月4日取得)参照。つまり、GCをリアルタイムに近づけることで問題に対応するのが欧州の一般的な手法であり、市場によってはGCが5分前などとなっている。
13 EWI, (2012) “UNTERSUCHUNGEN ZU EINEM ZUKUNFTSFAHIGEN STROMMARKTDESIGN“
14 ただし既存の非柔軟な原発と再エネは、再エネの増加に伴いいずれは1つの系統内での共存は不可能になる。これは技術的にも経済的にも明らかとなっている。ドイツの検証についてはLion Hirth, (2013), “The market value of variable renewables, The effect of solar wind power variability on their relative price”を参照。
15 ただし電力システム全体、特に系統整備コストを考慮すれば一定量の再エネに補償なしで出力抑制をすることは合理的であり、ドイツでもピークキャッピングとして年間一定量は再エネを抑制することを認めている。