Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.219 容量市場入札⑥ 入札問題総括が2050年ゼロカーボンの出発点

2020年12月3日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 山家公雄

キーワード:容量市場 新電力 卸取引市場 価格メカニズム

 今回は、容量市場入札シリーズの6回目であり、今回の高額約定の影響について考察する。卸取引市場経由の電力調達はコストアップとなり、新電力の経営、FIT電源の魅力を直撃する。柔軟性に欠け非効率でバルキーな電源が温存されることも再エネ主力化の阻害となる。卸取引市場は価格(市場)メカニズムの要であるが、その発展を阻害し、社会厚生上も由々しき問題となる。以下で、解説する。

大きい新電力のダメージ

 今回の容量市場の高価格落札の影響を整理してみる。2024年度の1年間で、発電事業者に約1.6兆円もの収入が入ることになる。これは、小売事業者が負担することになる。小売事業者が全額料金に転嫁すると仮定し、需要量で単純に割り算をすると、2円/kWhの値上げとなる。標準家庭では500円/月の値上げになるとの試算もある。

 旧一般電気事業者(旧一電)は、発電と小売が一体となっているので、部門間で相殺を行い影響をなくすことができるだろう。東電と中部電力は、発電事業と小売事業を分社化しており、かつ発電事業を別会社(JERA)に統合しているので、全て相殺できるかは微妙であるが、交渉により相殺に近づくように努めるであろう。旧一電以外でも、ガス会社、石油会社等発電事業と小売事業の両方を実施している会社は、同様に相殺するであろう。他社と相対契約を締結している場合は、契約変更の交渉となり、力関係で決まることになる。今回は、価格高騰を懸念する政府が、相対契約を見直して小売の負担が増えないように指導しており、ある程度は相殺できると考えられる。電力・ガス取引監視等委員会は、身内の相対取引の変更と他社の変更に乖離が生じないか注視するとしている。

 問題は、卸取引市場から多く調達している新電力であり、相殺できる相手がいないことから、小売料金に転嫁するか(シェアを落とす可能性が高い)、競争環境から転嫁できずに抱え込むかという厳しい選択となる。このように、小売事業者、特に卸取引市場を多く利用する新電力に圧倒的なダメージを及ぼす。新電力大手のエネットは「影響は200億円を超える。やり直してほしい」と訴えた。日経エネルギ-Nextが実施したアンケート調査では、新電力の3/4が事業継続が危ぶまれると回答した(「新電力の75%が「容量市場で事業継続が危ぶまれる」)。

 筆者は、日経エネルギ-Nextにてみんな電力株式会社の三宅成也氏と10月下旬に対談する機会があったが、三宅氏は「容量市場が今後もこのままなら、新電力は業態を変えなければ事業を継続できない状況です。小売電気事業の粗利水準は10%ほどで、容量拠出金の負担は、これを超えています。2025年以降の容量拠出金の負担が下がるかどうかも分からない中で、電気料金の値上げも検討しなければならないでしょう。他方、大手電力は値上げしないと言っています。」との発言があった(「容量市場で浮上した「新電力フリーライド論」はお門違い」)。

再エネ主力化に大きな懸念 -FIT電源調達コストは上がる-

 新電力の経営危機は、再エネ開発にも大きな影響を及ぼす。再エネをポートフォリオに織り込み低炭素電力を商品とする新電力は多い。その新電力は、今回の入札結果を受けて存続の危機に陥っている。

 それだけではない。第1回入札のような高額約定となる設計であれば、卸取引市場経由の調達を躊躇する動きが拡大し、卸取引市場が縮小し同市場価格の指標性が弱くなってしまう。これは、本シリーズでも繰り返し指摘したところである。

 FIT電源は、基本的に卸取引市場を経由するのでFIT電源調達コストは上昇する。FIT電源調達が敬遠されれば、再エネ開発意欲は減退し、再エネ主力化に赤信号が灯ることになる。地産地消と地域振興を目的に設立された「地域新電力」は、存在意義を失う。直接調達が可能なFIP(Feed in Premium)制度に移行すればよいようにも思えるが、事はそう簡単ではない。競争電源に位置付けられる必要がある。何よりも容量市場登場による混乱により卸取引市場が縮小、あるいはその指標性が弱まれば、販売価格が市場価格に連動するFIPの収入見通しが困難になり、再エネ開発は滞ることになる。

 また、容量市場はkW価値だけを評価するので、バルキーな設備ほど有利になる。老朽化した石炭火力や他の非効率な発電設備を維持する方向に働く。柔軟性に乏しく、出力調整に適さない電源が多く残ると、需要が少ないときに頻繁に再エネを出力抑制することとなり、再エネ投資の抑制に繋がる。米国PJM等ではそうならないように、柔軟性がある電源、CO2排出量が少ない電源への新陳代謝が働くような設計になっているが、日本ではむしろkW価値が大きく評価される結果となった。

 以上から、再エネ主力化に冷水を浴びせる影響を持つ。当然「2050年温室効果ガス排出実質ゼロ」公約は出だしから大きく躓くことになる。

懸念される卸取引市場の空洞化

 今回の結果により、小売事業者が卸取引市場を利用するメリットが大きく下がることになり、相対取引に傾斜していくことが予想される。また、相殺できる旧一電や発電設備を保有しているエネルギー会社等に対して、コストアップになる新電力のビジネスが成立しなくなることが予想される。相殺できる事業者は、競争が緩いエリアでは相殺を少なくし、競争の厳しいエリアでは相殺以上の調整をして小売価格を引き下げてシェアを上げることを考えるであろう。政府が「相対の見直し」を指導しているので引き下げはやりやすいと考えられる。

総括原価主義復活による国家損失を回避せよ

 こうした状況が、卸取引市場の不活性化を招き、コスト保証的な相対取引が拡大することで、電気料金は高止まりすることになるだろう。新電力が淘汰されれば、「規制無き自由化」状態となり、供給者は独占的とも言える利益を享受する懸念が高まる。電力自由化は骨抜きとなり、旧来の非効率の発電施設の延命につながり、再エネ導入が進まないことになる。それらは国家目標と大きく乖離する。今回は、この悪夢のようなシナリオが絵空事と言えないような入札結果となってしまった。それほどまでに今回の容量市場入札結果は異常だった。

 市場取引の経験を積んだところでも失敗する確率が非常に高いと言われてきた「容量市場」であるが、「市場で決まったこと、供給力が足りないということ、約定価格の検証は不要」と総括されようとしている。そして、その直後に菅総理大臣の「2050年温室効果ガス排出実質ゼロ」宣言となった。これを達成するには再エネの圧倒的な主力化が不可欠であり、その実現には真のインフラ中立、市場機能貫徹がマストである。容量市場の失敗をキッチリと総括することが、その第一歩である。制度設計を抜本的に見直すこと、容量市場をいったん休止し、予備力確保について改めて議論することが必要である。