Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.221 再生可能エネルギー事業の価値算定手法

2020年12月17日
日本政策投資銀行 企業金融第5部課長 児井太郎

キーワード:脱炭素社会、キャピタルリサイクリング、インカムアプローチ、DCF

 近時、脱炭素社会を目指す政策動向の本格化を受け、再生可能エネルギー事業に関しては、新規開発資金のみならず既存施設の売買にも資金が流入し、取引は活況を呈している。

 売買取引市場が厚みをますことは、事業開発者の資金回収の蓋然性・資金回転の効率性を高め、設備導入を後押しすることに繋がり、資金循環(キャピタルリサイクリング)を通じた再エネ施設の普及本格化の一助となっている。

 取引市場の拡大に際し、論点となるのが価値算定方法であるが、評価手法については実務家間で議論が伯仲している。

 評価アプローチについては、長期キャッシュフローを前提とした、インカムアプローチが主流となりつつある。一般的には、インカムアプローチはキャッシュフロー想定等のパラメーターに恣意性が入る余地があり客観性に留保が付くが、現状で取引の大半を占めている「再生可能エネルギーの固定価格買取制度」(FIT)対象となる再エネ資産については、制度上で取引価格も固定され、販売量も統計的に推測可能な日照・風況等に準拠しており、燃料費等の期中運営費用の割合も小さいことから、当該懸念が軽減されている。

 インカムアプローチとしては、DCF(Discounted Cash Flow)が受け入れられているが、一般的なフリーキャッシュフローを加重平均資本コストで割り引く「エンタープライズDCF法」を採用するか、エクイティへのキャッシュフローを株主資本コストで割り引く「エクイティDCF法」を取るかは、取引主体・取引手法等により判断が分かれる。

 なお、両手法で共通して課題となるのが、レバレッジ水準の推定である。再エネ設備に限らず、長期使用に耐え、また、需要の安定性も期待されるエネルギー設備は伝統的にプロジェクトファイナンス等の長期融資の受け皿となっており、高いレバレッジ(借入)水準での事業遂行が前提となっている。但し、FIT制度に服する再エネ設備については、上述の通りFIT期間中については販売価格・数量等のキャッシュフロー・パラメーターの予見性か高く事業初期から相当水準の借入が可能となる一方、同期間満了後の事業環境断絶も想定され、現時点では(他のエネルギー設備のように)一定水準での借り換えは必ずしも容易では無いことから、事業期間に亘ってレバレッジ水準は大きく変動せざるを得ない。適用するレバレッジ水準については、業界平均値等を採用する、一定の仮定の下で事業期間中の平均値を試算する等の対応が考えられるが、実務上の検討に際しては留意が必要となる。

 斯様の観点から、DCF法の別アプローチとして、レバレッジ水準から独立した無負債事業価値を算定した上で負債の節税効果を別途考慮する「APV(Adjusted Present Value)法」が有効かつ(融資長期返済スケジュールが概ね確定しているプロジェクトファイナンス案件であれば)計算も容易であるのだが、実務上の採用事例としては、「エンタープライズDCF法」「エクイティDCF法」に多くを譲っており、現状の取引慣行においては採用される機会は限定的となっている。

 また、何れの手法を採用するに際しても、負債の節税効果の取り扱いには留意が必要となる。再エネ設備の取得に際しては税務上パス・スルーとなる導管体ビークル1が採用されることも多く、取引方法や投資家属性に応じ、税務メリットをどの段階(投資ビークルレベル・投資家レベル等)で認識させるかにき、評価手法の選定と併せて議論が必要となる(各評価手法の比較は末尾参照)。

 更に言えば、各手法の割引率算定のベースとなる株主資本コストの導出(CAPM理論に基づく算出等)自体が、十分な客観性を持たせるにはデータ蓄積が必要な段階ではあるが、取引事例の増加や大規模な太陽光発電施設を投資対象とする上場インフラファンドの取引活性化等に伴い、議論の下地は準備されつつあると言えよう。

 冒頭記載の通り、国内再エネ事業に関しては、売買市場の活性化が新規開発市場を拡大させ、新規開発市場の厚みが売買市場の成熟を促し更に取引が活性化させるという好循環が生まれつつある。当行としても、市場へのリスクマネー供給を通じ、2050年カーボンニュートラルに向けたグリーン成長戦略を後押ししたいと考えている。

(末尾:評価手法の比較)
アプローチ 算定価値 キャッシュ
・フロー
算定に使用される
資本コスト
エンタープライズ
DCF法
事業価値 利払前 加重平均資本コスト
(WACC)
エクイティ
DCF法
株式価値 利払後
(税後)
株主資本コスト
(Levered)
APV法 事業価値
(無負債)
+節税効果
利払前 株主資本コスト
(Unlevered)

1事業収益を投資家に分配するために設置される事業体の総称。特定目的会社(SPC)、投資法人のような特別の法律にもとづく事業体のほか、株式会社、合同会社、任意組合、匿名組合など、その形態はさまざまである。