Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.244 2021年2月 テキサス大停電 – 燃料ガス供給面からの考察

2021年5月13日
Osaka Gas USA Corporation President  生田 哲士

キーワード:テキサス停電、シェールガス、異常気象

 2月10日水曜日。週末からの3連休は非常に強い寒波に厳重な注意が必要と、TVのニュースキャスターがさかんに言っている。12日金曜日。明日からの3連休、やはり予報通り寒波が来るようだ。 停電・断水の恐れがあるので、食料・飲料水の備蓄や車への給油などの対応を取っておくよう駐在員に対して注意喚起のメールを送る。14日日曜日。夕方に降り始めた雨が夜になってみぞれに変わる。午後10時、外の気温は摂氏マイナス1度。家の前の歩道に雪がうっすら積もり始める。15日月曜日。今日はPresidents’ Dayと呼ばれる、初代大統領ワシントンおよび第16代大統領リンカーンの二人の誕生日にちなんで設けられた祝日。朝起きて外を見ると一面雪で覆われ真っ白。気温はマイナス6度。この時はまだ、寒波の中での大停電という混乱にその後見舞われることになるとは、想像もしなかった…

1.寒波襲来と混乱 - 事実関係の整理

 私は2017年4月より米国テキサス州ヒューストンに駐在し、大阪ガス(株)の米国法人Osaka Gas USA社の社長を務めている。当社は米国内の複数の州で天然ガスや再生可能エネルギー等のエネルギー関係事業に投資しているが、テキサス州は本社が所在するとともに、
(i) 東テキサス(東隣のルイジアナ州との州境近く)でのシェールガス開発・生産(2019年に100%買収したサビン・オイル・アンド・ガス社を通して)
(ii) メキシコ湾岸 フリーポートLNGプロジェクトについて、事業への出資および液化加工委託(産品であるLNGは日本等の市場に輸出し販売)
(iii) テキサス州内陸でのガス火力発電所への出資
という3つの大きな事業を行う重要エリアの一つである。今回の大寒波では、これら全ての事業が大きな影響を受け、混乱の完全収束まで長いもので1週間以上を要した。

 最初に今回の寒波を簡単に振り返りたい。

 本年2月の寒波(米国ではハリケーン同様、大寒波のような大きな気象現象にも名前が付けられることになっており、今回の大寒波は現地ではUriと呼ばれている。Uriは2020-2021年冬期で16番目の寒波。)は、テキサス州には現地時間14日夜から15日未明に第一波が襲来し、その後も16日にかけて気温は下がり続けた。アメリカ海洋大気庁(NOAA)の公表データによると、ヒューストンでは14日日曜に約3センチの積雪とともに最低気温 摂氏マイナス3度を記録、その後降雪はなかったものの、16日火曜に摂氏マイナス10度という1895年以来の異常低温を記録した。ヒューストンより内陸に位置するダラスでは影響はさらに深刻で、14日の積雪は約10センチ、16日火曜の最低気温は摂氏マイナス19度と、どちらも記録を更新。 今回の寒波は「100年に1度の寒波」とも言われるが、データ上もそれが裏付けられている。

 この週の電力・ガス市場の混乱を、スポット価格で振り返ってみる。

図1 寒波中 およびその前後のスポット価格
図1 寒波中 およびその前後のスポット価格
(出所)ERCOT、S&P Global、EIA

 
 

 電力スポット価格については、当コラムNo.239 「テキサス寒波が問う電力市場モデル」で山家特任教授がすでに分析・紹介しておられるとおりで、Houston Load Zoneでは15日月曜未明から19日金曜お昼前までの間のほとんどの時間で、リアルタイム価格が設定上限の9千㌦/MWh近辺に張り付いた。

 ガスのスポット価格も同様で、2月17日にはHouston Ship Channel、Katyとも通常の100倍以上に価格が高騰した。 ルイジアナ州のHenry Hubも寒波襲来中はスポット価格が通常より上がったものの、テキサス州内ハブほどの暴騰にはならなかった。

2.大規模・長期の停電 ? なぜ燃料ガスの供給は途絶したのか

電源停止の実態

 ERCOTが本年5月4日にテキサス州公益事業委員会に提出した中間報告更新版(https://interchange.puc.texas.gov/Documents/51878_26_1125764.PDF)によると、今回の寒波の期間中 電源停止が最も大きかったのは2月16日火曜日の朝であり、その原因と停止量は下表のとおりと分析されている。

表1 今回の寒波での最大電源停止(2021年2月16日 午前8時時点)

天候起因 凍結等、明らかに寒波が原因である設備故障により起こった停止 27,567MW 53%
寒波前から離脱 -- 7,650MW 15%
機器起因 明らかに寒波が原因とは言えない設備故障により起こった停止 7,457MW 14%
燃料起因 燃料供給不足・不安定等により起こった停止 6,130MW 12%
その他 送電網・周波数変動を含む、上記以外の理由により起こった停止 3,233MW 6%
合計 52,037MW 100%

(出所)ERCOT

 この報告書にある「ガス火力設備の原因別停止量」(以下、図2)を見ると、寒波の当初は天候起因の停止が多かったものの、その後17日にかけて燃料起因の停止量(青緑)が増えていることがわかる。つまり、発電設備の凍結等によるトラブルは比較的早期に解消したものの、ガスが届かず停電継続というケースがあった、ということになる。

図2 今回の寒波でのガス火力設備の停止量とその原因
図2 今回の寒波でのガス火力設備の停止量とその原因
(出所)ERCOT

 ここで、テキサス州および北隣のオクラホマ州の主要産地のガス日産量を見てみる。

図3 2021年2月の ガス日産量
図3 2021年2月の ガス日産量
(出所)IHS、EIA

 当社が100%子会社を通じてシェールガス開発・生産事業を行っているのは青色折れ線グラフのHaynesvilleエリアであるが、このエリアでは寒波襲来前は日量110~120億立方フィート程度で安定していた生産量が寒波襲来により一時的に60億立方フィート程度に半減した。他の生産地も同様で、テキサス州内陸のPermianやオクラホマ州(SCOOP/STACK)も生産量が寒波中は半減、テキサス州西部 Eagle Fordは寒波をもたらした低気圧からやや離れていたため影響が比較的小さかったものの、それでも生産量は2/3程度に減少した。

 ガス生産量の回復は18日以降であり、先ほどの図2で17日頃まで燃料起因の電源停止が増えていたことと一致する。

 このコラムでは、今回の寒波中のガス生産停止・燃料供給途絶にフォーカスしてお話しすることとしたい。

シェールガス生産・出荷の流れ

 まず認識しておきたいのは、今回の大寒波Uriは、2000年代後半のいわゆるシェールガス革命以降にテキサスを襲ったものの中で最も厳しく長いものであった、という点である。シェールガス革命以前もテキサス州内陸のタイトサンド層でガスは生産されていたが、生産の主力はメキシコ湾の洋上油・ガス田であり、州内のガス供給が寒波に影響されにくい構造であったと考えられる。

 ではなぜ今回の寒波で、主要ガス産地の生産量がこれほどまでに減ったのだろう。詳しい説明に入る前に、シェールガス生産・出荷の仕組みについて簡単におさらいをしておきたい。

図4 シェールガス 生産~出荷までの流れ
図4 シェールガス 生産~出荷までの流れ
(出所) 各種資料から当社作成

 シェールガスは、Haynesvilleエリアでは地下約3千メートルの頁岩層から生産される。

 地下から採掘された生ガスは需要地に届くまでの間、
1)井戸近傍に設置した地上の処理施設でまず地層水と油を分離・除去
⇒ 生産井が点在するエリアでは、ガスから分離・除去された地層水および油をタンクに貯め、これを数日に1回程度の頻度でトラックにより回収する
2)処理後のガスは、ギャザリング・パイプラインを通して大型ガス処理施設に送られ、二酸化炭素等の不純物をさらに除去 (このギャザリングの過程で、コンプレッサーによる圧送を行うケースがある)
3)大型処理施設で性状基準に適合するよう精製したあと、州際・州内パイプラインを通じて需要地まで輸送
というステップを経る。

 当社出資先のシェールガス事業者からのヒヤリング等から、今回のガス供給途絶は「ロジスティクスの低温耐性」、「事故回避のための予防保全」の2つがキーワードと筆者は考える。

異常低温に対して脆弱だったロジスティクス

 1章の最初に、今回はまず降雪があり、その後異常低温が数日程度続いたことをご紹介した。地下から地上に出てきたガスは摂氏50~60度程度の高温状態なので、外気温が氷点下でもガスそのものに凍結のリスクはない。Haynesvilleエリアでは14日月曜の降雪の後に日中の最高気温氷点下の日が数日続き、その間 路面凍結が解消せず車輛が現場にアクセスできなかった。 地層水・油をトラックで回収できない中でガス生産を続けると現場のタンクからあふれて環境汚染を引き起こすリスクがあるため、ガス生産量が多い(つまり 地層水や油の貯まるスピードが速い)井戸について生産を止める判断をした事業者があったと考えられる。

事故回避のための予防的生産停止

 異常低温でギャザリング・パイプラインのコンプレッサーが停止すると、地下から生産されたガスは行き場を失い、井戸の中および地上設備の圧力が上昇する。設備の中では高圧に耐える設計になっていないものもあり、最悪のケースでは設備の破損・ガスの漏洩が起こりえるため、安全上の理由から(コンプレッサーのトラブルの有無に関係なく)寒波襲来前にあらかじめ井戸を一時閉止しガス生産を止める判断をする事業者が少なくなかった。そしてこの場合も、比較的圧力が高い、つまり元気よくガスを生産している(生産量が多い)井戸が停止の対象となるケースが多かった。

3.寒波によるガス供給途絶は避けられるのか - 取りうる対策

 この章では、寒波でガス生産量が大幅に減少し、それが大停電のトリガーとなることを避けるため、(i) ガス生産・輸送設備への対策、(ii) その他の対策、に分けて考えてみたい。

(i)ガス生産・輸送設備への対策

 「低温に強いロジスティクスの構築」、例えば 生ガスから除去された地層水・油について、タンクへの貯蔵・トラックでの回収に替えて、パイプラインでの回収が解決策になりそうだが、実は話はそう簡単ではない。比較的狭いエリアに多くのシェールガス生産井が集まっていればパイプラインによる回収に経済合理性があるが、生産井が点在するケースではコスト面を考えるとタンクへの貯蔵・トラックでの回収が現実解となる。シェールガスは、生産開始後2~3年でピーク時の1/3~1/4程度にまで生産量が急激に減退する特徴がある。加えて現在の百万btuあたり3㌦程度のガス価格で利益を出すためにシェールガス開発事業者はあらゆる知恵を絞ってコスト削減に努めている。 そんな中で、数十年や百余年に一度の頻度で襲来する(可能性のある)大寒波に備えて、地層水などをパイプラインで回収するための追加投資には踏み切れない、というのが正直なところであろう。

 とはいえ、今回の寒波からの“学び”を踏まえた対策は、各事業者で検討されている。例えば、異常低温環境下でも安定的に作動する 自動ガス生産停止システムの導入。これと、圧力検知を組み合わせれば、コンプレッサーが緊急停止しても地上設備の圧力が異常上昇するまではガスの生産を継続できる。「停電のためにガスの生産が再開できない」ケースに備え、ガスの生産継続・再開における重要性が高い設備について、配電網からの受電のバックアップとして予備電源を設置する対策も検討されている。これらの対策は寒波襲来時だけでなく、ハリケーン等の自然災害やそれに伴う停電時にも有効であるため、シェールガス事業者にとっては取り組みやすいようである。

(ii)その他の対策

 一部有識者の間で出ている、「地下ガス貯蔵増設による、火力発電設備への燃料供給継続信頼性向上」という対策について、考えてみたい。

図5 テキサス州主要部のガス火力発電設備と地下ガス貯蔵
図5 テキサス州主要部のガス火力発電設備と地下ガス貯蔵
(出所)EIA

 上図を見ると、ガス火力発電設備が比較的集積しているエリアのうち、ヒューストンおよびダラス近郊には地下ガス貯蔵がいくつか存在するものの、州都オースティンやサン・アントニオの周辺ではほとんど存在しないことがわかる。地下ガス貯蔵は一般に、ガス・油の生産が減退・枯渇した砂岩層、あるいは岩塩層を水で溶かして作ったドームを利用する。 大都市やガス火力発電設備の近くに都合よく作れるとは限らない。したがって、地下ガス貯蔵の新設より寧ろ、シェールガス産地・地下ガス貯蔵と、ガス火力発電設備をつなぐパイプラインについて、異常低温時の安定操業を担保する対策、例えばコンプレッサーの低温対策等の方が即効性と経済合理性があると筆者は考える。 ただし、これらの対策にも追加コストがかかるため、コンプレッサーなどの付帯設備を含むガス輸送ラインを所有・操業する民間事業者に対し、これらの対策を促すインセンティブ等の工夫は必要になるであろうが。

4.最後に

 2月20日土曜、ヒューストンの停電中世帯の割合が0.1%以下になり、ガス・電力のスポット価格も寒波前水準に戻る。23日火曜、州内産ガスの州外への供給・販売を禁じるテキサス鉄道委員会(州内の石油・ガス産業を監督)の命令が解除され、フリーポートLNG基地が1週間ぶりに運転を再開。日中の最高気温が摂氏26度を越え、1週間前にマイナス10度を記録したとはとても思えない、いつもどおりのヒューストンに戻る。

 5月に入って日中30度を越える日が続き、早くも初夏を迎えたヒューストンだが、寒波Uriの影響はまだ実は残っている。ERCOTは2月分の電力代金の一部をまだ卸電力事業者に支払えていない。寒波によるガス供給途絶をめぐる売主・買主間の係争はこれから本格化しそうだし、停電被害にあった住民が発電事業者に対し損害賠償を求める集団訴訟が持ち上がっている。

 ERCOTは本年8月に今回の大停電の最終報告を州の公益事業委員会に提出するとしている。ERCOTが今回の電源停止の根本原因をどう総括し、信頼性向上のためにどのような対策・規制を打ち出してくるかに注目したい。