Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.252 結局、原子力発電コストはいくらなのか?
-モデル発電所方式に基づくコスト分析-

2021年6月24日
京都女子大学現代社会学部 教授 諏訪亜紀
産業技術総合研究所 安全科学研究部門持続可能システム評価研究グループ
主任研究員 歌川学

キーワード:原子力発電、発電コスト、モデルプラント方式

 エネルギー源選択において、コストは重要な判断材料です。特に政府によるエネルギーコスト試算は発電事業者のみならず、社会全体に対しても各エネルギー源の選択・受容性等の観点から大きな意味を持ちます。

 原子力発電を含む電源コストに関しては、平成27年5月発表の経済産業省「発電コスト検証ワーキンググループ」の発電コスト評価(以下、コスト検証WG評価)が代表的なものであり、その後も各電源のコストを参照する際のベンチマークとなっています。

 一方、現在、原子力発電コスト要因は当初想定していたものから上昇傾向にあるなど、当初の前提との様々な乖離が生じています。そこで本稿では、コスト検証WG評価の主な諸元を見直した場合の原子力発電コストを評価してみたいと思います。

コスト検証WGの計算方法の問題点

 まず、以下の図1が、コスト検証WG評価の結果です。よく知られている通り、(政策経費を含めても)原子力発電コストが最小とされています。

図 1 発電コスト(政策経費含む、円/kWh)
図 1 発電コスト(政策経費含む、円/kWh)
(資源エネルギー庁2015a)

 「コスト検証WG評価」は、モデルプラント方式という計算方法に基づき、ライフサイクル全体にわたる平均的な発電単価(LCOE)を評価しています。また、全電源について為替レートや割引率等に関し一定の統一的前提を置き、かつ電源毎に設備利用率や、稼働年数に一定の想定を置き、2014年、2020年、2030年に原発を新設するとどれぐらいのコストが見込まれるのかについて算出を行っています。 

 ただし、このモデルプラント方式では日本全体での原子力発電所の発電量が計算の重要な根拠となります。つまり、原発は発電量が多いので、多額の費用をかけても、発電量を分母として案分するので、コストが低く見積もられる傾向があるのです。

 そもそも、コスト検証WGにおける検討方法には、様々な問題点が指摘されてきました。例えば、
a)評価時点(2014年、2020年または2030年)に新設する原子力発電所を想定したものであるにもかかわらず、資本費(建設費) の上昇を考慮していない、
b)追加的安全対策をほどこすとし、追加的安全対策費を見込んでいる一方で、追加的安全対策のために停止している期間を考慮していない、
c)事故リスク「追加的安全対策を講じたことにより事故発生頻度が1/2になる」と想定しているが、確率減少1/2の根拠は示されていない、
といった指摘です(大島, 2019)。

 これらの指摘の上さらに、検討時点からの経年変化を受けて、諸元が現実にそぐわない場合も生じています。このため、本稿では、モデルプラント方式をベースとした修正提案を行うことを目的として、以下の条件変更に基づいたコスト算出を行いました。

モデルプラントの条件変更

 まず、コスト検証WG評価がどのように行われてきたのか確認しましょう。先ほどの図1は、「発電コストレビューシート」というもので計算されています。発電コストレビューシートはエクセルの形式なので、計算の根拠がわかります。例えば現在の原子力発電のコストは図2のように入力されて計算されています。

図2 発電コストレビューシート(原子力部分抜粋)
図2 発電コストレビューシート(原子力部分抜粋)
(資源エネルギー庁2015a)

 そして、発電コストレビューシートの基礎となっている算定方法と諸元は以下のように説明されています。

図3 原子力発電コストの算定方法と諸元
図3 原子力発電コストの算定方法と諸元
(資源エネルギー庁2015b)

 ここでは2014年に原発が新設された場合の想定が記載されていますが、2020年、2030年新設の場合も基本的に諸元が変更されていません。このため、この試算が行われた2014年から現在までに明らかになってきた、なるべく最新の知見を加味して原子力発電のコストを推計する必要があります。そこで、コストレビューシートを使って、(1)資本費諸元「追加的安全対策費」、(2)事故リスク諸元「損害想定額」(3)「政策経費(FIT以外)」に関して修正を加えてみましょう。つまり、図2の赤い丸の部分の情報をアップデートする、というわけです。

 今回は、(1)の追加的費用については、再稼働原発を有する関西電力と九州電力の費用が報告されているので(大島, 2019)、これをもとに「モデルプラント」にあてはめ、1基2,281億円で計算しました(ただしテロ対策施設費はここではカウントしていません)。

 (2)については、以下のように損害想定額に関し各種試算があることから、
a)政府公表額 :22兆円 
b)民間試算額(日本経済研究センター, 2019):最小値 35兆円、最大値 81兆円
22兆円、35兆円、81兆円の3ケースに分けました。つまり、政策変更2ケース×損害想定3ケースによる算出を行いました。

 (3)については、政策経費は、①廃炉数を2020年時点の24基に合わせることで、見込まれる認可出力総量を変更した場合と、②政策経費は現時点で再稼働している原発にしか活用されないコストであると考えた場合で、試算を行いました。

 そもそもコスト検証WGでは、政策経費(FIT以外)を、「立地」「防災」「広報」「人材育成」「評価・調査」「発電技術開発」「将来発電技術開発」に係る年間予算額としています(このうち主なものは立地と考えてよいでしょう)。なお、原子力の「将来発電技術」のうち、高速炉や再処理、放射性廃棄物処分など核燃料サイクルに関する費用、安全に関する技術開発の費用は計上し、その他次世代炉など現在の原子力利用とは連続性が低い技術に関する費用は除かれています。

 コスト検証WGの方法では、これら費用を原発の年間総発電量で案分することで政策経費が導かれています。2020年新設原発の場合、政策経費は以下の計算式に拠ります。

図4 政策経費の考え方
図4 政策経費の考え方
(資源エネルギー庁2015b)

 しかし、ここで問題視すべきなのが政策経費は「どの範囲の原発にかかるコストか?」という点です。政策経費の適用対象は「廃炉が決定されていないプラントに限られる」という考え方もあるでしょうし、さらには「いやいや、その費用の適用対象は実際に稼働しているプラントに限られるはずだ」とする考え方も成り立ちます。そこで政策経費は以下の2パターンで計算しました。

a)2014年のコスト検証ワーキンググループでは、「2014年の試算における総発電電力量は、現時点(筆者注:2014年のこと)においては全基停止していることから、すでに廃止された炉を除く43基」にかかるものと仮定している。つまり、計算の根拠となる「総発電量」は「稼働している、もしくは稼働見込まれる原発からの総発電量に限られる」という考え方を取っている。逆に考えると「稼働が見込まれない炉」は計算から除外することが必要ということになる。
逆に考えると「稼働が見込まれない炉」は計算から除外することが必要ということになる。
そこで本試算でもこの考え方を踏襲し、廃炉数を2020年時点の24基に合わせることで、見込まれる認可出力総量を推定し、政策経費はこれにかかるものとして計算する。具体的には:新設も含めた合計60基 5,479.9万kW - 廃炉決定 24基1,742万kW = 3,737.6万kW (36基)を基に、設備利用率70%で年間発電量を求めて2,292億kWhとした。WGの43基ベースでは2,578億kWhとされていた。
b)政策経費は、現時点では稼働している原発にしか活用されていないコストであると考えて、再稼働9基認可出力913万kWのうち、定期点検中の4基354万kWを除いた約560万kWで考える(2020年5月段階)。

 これらの修正箇所をまとめると表1となります。

表1 修正箇所の整理
表1 修正箇所の整理
(出所)政府公表額・日本経済研究センター等を基に筆者作成

修正後の原発コスト:大幅上昇、火力と逆転

 表1の前提を基にコストレビューシートで試算すると結果は表2のようになりました。

 原子力発電のコスト(特に社会的費用)が大幅に増加します。社会的費用は、リスク対応費用と政策経費の合計とされており、今回はこのうちの政策経費が上昇しています(なお、今回の試算では、2020年コスト検証WGは設備利用率70%としていますが、ほかはより現実的な設備利用率として64%を採用しています)。

表 2モデルプラント方式を用いた修正原子力発電コスト(2020年)試算値
表 2モデルプラント方式を用いた修正原子力発電コスト(2020年)試算値

(注)発電コストレビューシートを用い筆者作成。稼働年数はすべてのケースで40年とした。政策経費は社会的費用の内数)

 なお、追加的費用の発生により建設費が上昇し、その結果修繕費等が上昇したことを受け、運転維持費も若干上昇しています。

 また、2014年時期から状況が変化しているのは原子力以外の電源も同様です。実は、2014年のコスト検証委員会報告発表前後は、天然ガス等の価格が高止まりする傾向がありましたが、その後は資源価格が下がっています。そのため、2014年以降の燃料費の変動を加味しなければなりません。コスト比較の上で、化石燃料との対比は重要なので、石炭・LNG・石油についても発電コストレビューシートでモデルプラントのコストを算出できるので、燃料費だけ資源価格の下落を反映してコストを計算しなおすと表3で示す結果になります(燃料費は石油製品輸入金額統計を用いました)。

表3 モデルプラント方式を用いた修正火力発電コスト(2020年)試算値
表3 モデルプラント方式を用いた修正火力発電コスト(2020年)試算値
(出所)石油連盟「石油製品輸入金額統計」を基に発電コストレビューシートを用い筆者作成

 この結果を受けて、新設発電所レベルで石炭火力・天然ガス火発と原子力発電を比較すると、コスト逆転が見られる結果となりました(図5)。

図5 原子力と火力発電コスト比較
図5 原子力と火力発電コスト比較
(単位:円/kWh)
(出所)筆者作成

再稼働プラントでのコストはどれぐらいか?

 さらに、2020年以降に新たに建設されるプラントは限定的で、実際には再稼働が中心となると見込んだ場合、再稼働のコストについて把握することも重要でしょう。再稼働設備について、建設費は建設時のものとして除外し、かつ再稼働から運転終了までの年数を11年とした場合のコストを算出しました(表4)。年数11年は、これまでに再稼働した原発9基の、2019年を起点とした残余分について、設備容量で加重平均して求めたものです。なお、プラント停止から再稼働までの維持費などは考慮していません。運転維持費が減じられるにもかかわらず、資本費の上昇(モデルプラント方式では資本費は資産価値を経年発電量で除して算出されますが、11年しか稼働しないため上昇)や社会的費用が、コストを押し上げる要因となっています。

表4 モデルプラント方式を用いた再稼働原発コスト(建設費なし)(2020年)試算値
表4 モデルプラント方式を用いた再稼働原発コスト(建設費なし)(2020年)試算値
(出所)筆者作成

 なお、バックエンドの費用については、今回はコスト検証委員会の試算の諸元である再処理費用約12兆円に変更を加えませんでした。しかし、2017年の使用済燃料再処理機構のとりまとめでは再処理等事業費は13.9兆円(MOX燃料加工事業費2.3兆円を加えると16.2兆円)に上昇していますし(使用済燃料再処理機構, 2017)、総額が約18.8兆円(再処理11兆円+高レベル処理等約8兆円)に上るという積算もあります(電気事業連合会, 2004)。これらを踏まえて、仮に再処理費用を18.8兆円と仮定すると、原子力発電の燃料費がそれぞれのシナリオにおいて約0.2円/kWh上昇します。

そもそも、どれだけ費用をかけても発電量で案分される計算方法でいいのか?

 このように、2020年時点で明らかになってきた条件を反映した場合、原子力発電のコストは、コスト検証WGが想定した場合よりも大きい結果となりました。

 今回は、主に追加的安全対策費と事故リスクに特化して第一次的修正を試みましたが、福島原発事故や原発再稼働関連の訴訟の結果、運転期間の延長、汚染水の海洋放出などによるコスト増減についても新たな知見を入れて評価することも重要でしょう(これらについては、今回の試算では、コスト検証WGの前提を変更していないので、かなり保守的な見積もりになっているものと思われます)。

 しかし、そもそも原発の実稼働を「モデルプラント方式」の中でどう捉えるか、という点については議論が必要です。相当量の原発稼働を前提とすると、計算の分母である原発の発電量が大きくなり、結果として(リスクに比して)コストが大きく減じて見えてしまいます。これは、モデルプラント方式の根本的な問題点ではないでしょうか。

 さらに、現時点で稼働見込み、または稼働している原発が限定的であるにもかかわらず、43基稼働2,578億kWhを分母のままとしているので、原発のコストがさらに低く見積もられているというわけです。なお、現時点での実稼働が低い状態は、単なるイレギュラーな事態と捉えず、安全性についての甘い見通しと対策不備によるものであり、その分コスト上昇が引き起こされていると考える必要があるでしょう。

 また、再稼働原発については、審査の合格に今後どれだけの期間がかかるのか、最終的に審査に合格せず設備費だけかかり廃炉をむかえるプラント分をどのように評価するか等の整理が必要です。

 なお、現在総合資源エネルギー調査会コスト検証WGが改訂審議中なので、この結果が出れば新しい分析を行いたいと思います。今回は原子力発電と火力発電に絞った検討を行いましたが、ここ数年の再生可能エネルギー電源のコスト低下や、導入量上昇を加味した前提条件の修正・検討も行うと、原発のコストの位置づけがさらに明確になっていくでしょう。

参考文献

大島堅一 (2019)「2011年以降のエネルギー政策の進展と原子力発電のコスト」環境経済政策学会 2019年福島大会
大島堅一 (2010)『再生可能エネルギーの政治経済学:エネルギー政策のグリーン改革に向けて』東洋経済新報社
大島堅一 (2011)『原発のコスト:エネルギー転換への視点』岩波新書
大島堅一 (2013)『原発はやっぱり割に合わない:国民から見た本当のコスト』東洋経済新報社
資源エネルギー庁(2015a)「発電コストレビューシート」https://www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/index.html#cost_wg
資源エネルギー庁(2015b)「長期エネルギー需給見通し小委員会に対する発電コスト等の検証に関する報告」https://www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/mitoshi/cost_wg/pdf/cost_wg_01.pdf
使用済燃料再処理機構 (2017) 「再処理等の事業費について」http://www.nuro.or.jp/pdf/20170703_1_3.pdf
石油連盟 https://www.paj.gr.jp/statis/statis/
電気事業連合会 (2014)「原子燃料サイクルのバックエンド事業コストの見積もりについて」https://www.fepc.or.jp/about_us/pr/sonota/1191731_1511.html
日本経済研究センター (2019)「事故処理費用、40年間に35兆~80兆円に-廃炉見送り(閉じ込め・管理方式)も選択肢に-汚染水への対策が急務-」https://www.jcer.or.jp/jcer_download_log.php?post_id=43790&file_post_id=43792
発電コスト検証ワーキンググループ (2015) 「長期エネルギー需給見通し小委員会に対する発電コスト等の検証に関する報告」https://www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/mitoshi/cost_wg/pdf/cost_wg_01.pdf
松尾雄司 「発電コスト検証ワーキンググループによる評価の概要」エネルギー経済 2015年9月41(3)