Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.265 プール制対分散化と小売事業

2021年9月9日
ENEOS株式会社電気事業部マネージャー 阪本周一

キーワード:再エネ、分散電源、セクターカップリング、ノーダル、PJM、供給力確保義務

 再エネ大量導入を支援するべく各種の制度検討が進行中である。電力小売事業者観点で、それらの意味合いを検討してみたい。

再エネ拡大目的ながら方向性は真逆の政策群

 従来の大量発電・送電から分散電源・再エネによる地産地消/P2P/SDGSへの移行に事業機会を見出そうとする小売り事業者は相当数いる。資源エネルギー庁の委員会、検討会、WGも分散化を取り扱うものが多く、配電自由化、マイクログリッド、EV/蓄電池の需給調整利用といったキーワードが目に入ってくる。小売事業者の多くは電力事業以外の本業があるので、上手にセクターカップリングを実装できれば、単純な価格競争から離れて小売競争を戦えるのではないかと期待を抱いている。セクターカップリングの意味合いを電気事業に絞れば、より小さいバランシンググループがより小規模なリソースを取り扱う企図になる。但し、電力ならではの「規模の経済」とは逆行するだけに課題は非常に多い。電気事業の従来規制はセクターカップリングとは相性が良くないものもあり、規制緩和も必要になる

 他方、再エネ拡大を中央集権的に支援しようという動きもある。系統アクセスルール変更検討におけるフルメリットオーダー化、PJMのノーダル制を視野に入れた検討が該当する。目的は同じく「再エネ拡大」でも上述の施策とは方法論は全く逆である。『電力ネットワークの次世代化に向けた中間とりまとめ(案)』では、「系統制約による出力制御により、再エネのような限界費用が安い電源であっても電源価値を発揮できない可能性がある。」「再給電方式を実現し、速やかにメリットオーダーに基づく利用ルールへ転換するための課題の進め方を明確化」という言及があり、念頭に置いているのは低限界費用再エネであることがうかがえる。こちらの世界観だと、限界費用の高い分散電源群、再エネはどのように処遇されるか? 分権イノベーションを掲げて事業化を検討している企業は、限界費用のみで発電所の稼働、抑制を決める世界で生き残れるのか、私は懸念を抱いている。分散系を活用するとしても、中央集権ネットワーク運営ロジックに従属させることになり、事業者の志とは別物になるのではないか?

供給力確保義務からみる中央集権志向と分散志向

 中央集権志向、プール化は、需給構造強化の観点からも語られるようになった。バランシンググループによる同時同量履行への不信感が背景にある。

 2021年1月の需給逼迫・電力市場高騰を経て、なぜか小売事業者への当たりが厳しくなったように感じる。6月に資源エネルギー庁による小売事業者向けの需給逼迫勉強会が開催されたのだが、そこでは「再エネ大量導入による火力の退出」が現下の状況の背景にあることは指摘しつつ、電気事業法では供給力確保義務は小売事業者にあることから―それはその通りで需要分と調整力を確保するように求めている―小売事業者においては発電事業者が発電所を維持できるだけの調達契約を先んじて締結することが肝心、市場依存がよろしくなかった・・・という論調が出ていた。小売事業者目線では、そのまま首肯しがたいところはいくつかある。

・2016年度以降、卸電力市場の厚み増加のために監視等委員会が行ってきた努力を今になって否定するのだろうか?
・小売事業者が変動再エネ急速大量導入を要望したわけではない。
・既に各社とも万力で調達には動いている中で、努力不足を指摘されてもやるせない。
・小売としても触りにくいところだが、原子力不稼働と相まって需給逼迫懸念を国は予見できて然るべしで、状況是正にも先んじて取り組むべきではないか。
・発電事業者は契約がない限りは発電所をどう運営しようと自由、といえばそれまでだが、小売離脱度合いが中央3社程ではない発販一体維持の旧一電事業者には、再エネ大量導入下でも、変動再エネの最低~最大稼働時のkWhのブレ幅くらいは予見できる能力を維持し、適切な供給力確保を期待してはいけなかったのか?

 とはいえ、電力の世界で一層の中央集権側への移行への意欲を一定数の人々が持っていることは想像できる。バランシンググループ制度が根を下ろした我が国では激変といえるレベルの改変になるが、需給管理システム更新等、小売事業者にとっては相当な費用負担は必至、かつ分散系の事業検討への影響は測りがたく、落ち着かない。

限界費用オンリーの稼働判定の是非

 小売事業者の供給力確保の観点でいえば、限界費用がいくら低いからといって変動再エネが突出増加すると、小売充当のハードルが高くなりすぎる。風力や太陽光といった変動再エネが動かない時間帯に相応のバックアップ電源を持つか(インバランスは回避できるが小売単価は高くなる/一度発電計画を立てても実需給までに気象予測変更に伴う計画差替えがある)、変動再エネを環境価値だけ抜き出してkWh価値は全量市場売りとするか(しかし、変動再エネ稼働予想時間帯の市場価格はゼロに近いので発電原価回収困難)等どうあっても追加コストを伴い、素直に使いにくい。FIP、非FIT・FIP電源の増加―バランシングの難しさは認識されつつあるが、万全の準備ができている小売事業者は旧一電系も含めていない。

 PJMのように中央集権運用で再エネ大量導入を乗りこなそう、という路線であれば、発電者はTSOに言われた通りに発電し、小売は需要予測と金融的ヘッジをこなしながら市場経由で調達を行う。バランシングはTSOがしてくれるので気にしなくていい。調整リソースの限られた中、同時同量に頑張るよりは楽かもしれない。

 マクロ目線でも、他国との系統連系と燃料パイプライン接続がなく、さらに地域間連系線容量に制約がある我が国で限界費用の低さのみを評価しての変動再エネ促進、安定電源(火力や安定再エネ)を劣後にする系統運用が持続可能とは私は思わない。調整能力のある水素やアンモニアのような高限界費用ゼロカーボン電源をTSOが養うというのであれば安定供給確保への道筋がかけるかもしれない。蓄電池大量導入もシナリオとしてはありうる。どちらも至近年では大規模な積み上げはできず、変動再エネ導入ペースには追い付かない。また、現在のところ、水素、アンモニアの稼働保証議論は出ていない。期待感が述べられているだけで、事業者の予見性を付与するまでには至っていない。
 こういう中央集権的なネットワーク下だと、東日本大震災後多くの小売事業者が取り組んできた自前電源を小売りに充当するというモデルはワークしない、TSOに使役されるための電源形成に収益機会を見出せるかどうか・・・はまさに制度設計次第なのだが、その絵図面は今のところ見えてこない。

 再エネ大量導入検討で参照されることの多いEUが目指す分散、セクターカップリング(日本のバランシンググループ制と相性のいいのはこちら)と米系中央集権ノーダル制のいずれを重視するのか、我が国では分かりにくくなっている。投資予見性・制度の見通しがない限り、電力事業プレイヤーは動きようがない。制度検討に際しては、事業者の意思決定を促せるようなデータ整備、可視化とマクロ方針明確化が必要であることを改めて申し上げたい。

(注記) 以上の所見は筆者独自のものであり、所属先企業の見解を代表するものではありません。