Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.284 検証洋上風力入札① 驚愕の洋上風力入札結果/事業化・産業化の実現性に疑義あり

2022年1月6日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 山家公雄

キーワード:洋上風力入札、評価基準、事業実現性、三菱商事

 12月24日に、洋上風力事業公募にて選定された事業者が発表された。ラウンド1の3か所の促進区域に係る入札結果であり、事実上最初の事業者選定である。公表は銚子が先行し、秋田は少し遅れるとの情報もあり、一度に発表されたことは驚きであった。何よりも、三菱商事グループが、驚愕の低価格にて応札し3区域を総取りしたことは全く予想外であった(世間も筆者も)。選定評価基準は、価格と事業実現性とで1/2ずつの構成となるが、価格評価の大きな差が決め手となった。再エネの可能性を引き上げる一方で、この価格で事業は成り立つのか、事業者の能力・地域貢献等の定性的な評価は軽んじられないか、今後公募参加者は限られるのではないか等の疑問・懸念も生じる。本論では低価格の要因、今後の日本洋上風力事業の見通し等について考察する。

1.ラウンド1入札結果を総括する

 表1は、今回入札結果を総括したものである。政府発表資料を整理した。ラウンド1で促進区域に指定された4区域のうち、既に五島は戸田建設グループが選定されている。残りの3区域である秋田能代等、秋田由利本荘、銚子に関しては、事実上の最初の事業者選定であり、事業規模も大きく大きな注目を集めていた。評価基準は価格で120点、地域効果等を含む事業実現性で120点の計240点で競う。秋田2区域にはそれぞれ5グループ、銚子は2グループが応募していた。

三菱商事グループが価格評価で圧勝

 大方の予想を覆して、「驚愕」の低価格で三菱商事グループ(三菱商事エナジーソリューションズ㈱、三菱商事㈱、㈱シーテック、由利本荘は㈱ウェンティ・ジャパンも)が圧勝し、3事業を総取りした。オーステッド、エクイノール、RWE、ノースランドといった世界の洋上風力ビッグネームを駆逐したのだ。

表1.ラウンド1洋上風力発電事業者選定結果
表1.ラウンド1洋上風力発電事業者選定結果
(出所)経済産業省・国土交通省報道(12/24/2021)を基に作成

 三菱商事グループ(以下三菱G)の価格評価はいずれも満点の120点で、応札価格(円/kWh)は能代等13.26、由利本荘11.99、銚子16.49であり、他グループとの格差は非常に大きい。ラウンド1の入札上限価格は29円/kWhであるが、これは2021年9月の調達価格等算定委員会にて決められたが、従来の36円/kWhを大きく引き下げる「厳しい水準」と見られていた。三菱Gは3区域全てに応募しているが、総取りを前提としたスケールメリットを期待したと考えられる。

 三菱Gに限らず3区域で価格は異なるが、基本的に出力の差による(能代等48万kW、由利本荘82万kW、銚子39万kW)。三菱Gの価格は、銚子は秋田よりも24~38%高いが、より沖合で漁業者との調整を要する可能性、漁業関係による高額協力金の期待等をも映じていると思われる。由利本荘は12円弱と最近の卸市場価格並みの水準となったが、82万kWのスケールメリットによると考えられる。これは、今後のゾーニング方針に関し示唆に富む。

事業実現性でも評価は高いが

 三菱Gは、事業実現性評価においても他Gに比べてそん色がない。能代で1位、他の2ヶ所は2位である。事業性に関する評価の内訳は図1の通りで、事業の実施能力で80点、地域との調整・地域経済等への波及効果で40点である。事業の実施能力は高い評価を受けたと考えられる。

図1.事業実現性に関する評価
図1.事業実現性に関する評価
(出所)経済産業省・国土交通省:洋上風力促進小委員会・WG中間報告(2019/4)より抜粋

 三菱商事は、後述のように海外では送電事業を主に着実に実績を上げてきており、2020年3月には定評のあるオランダの総合エネルギ-事業者エネコを中部電力と共に傘下に収めている。しかし、三菱商事・三菱商事ESは、国内で自社がメインで実施している陸上風力発電所はまだない。シーテックは中部電力の再エネ子会社であり、国内で風力発電事業を展開している中堅事業者である。ウェンティ・ジャパンは、かねてより「風力で地域振興」を目指す地元北都銀行の子会社であり、地元の陸上風力事業に出資している。このグループで洋上風力を運営できるのか、不安なしと言えるだろうか。

 一方、他の応募者は、事業実施能力は折り紙付きである。日本の風力デベロッパーのベスト4であるユーラスエナジー、電源開発、日本風力開発、コスモエコパワーそして東電は外資トップと組んで応募している。地元貢献の準備もかなり力が入っていた。やや後追いになるが、三菱商事の10年に及ぶ海外での洋上風力実績と資本力は、競合者になりえた。

事業実現性への疑問

 問題は事業実現性が価格と不可分と考えられることだ。建設・工事・インフラ事業者やサプライヤーが「この低価格だと対応できない」と判断すると事業は実現しない。日本は事実上洋上風力建設の実績はなく、運転・維持に要する多数の人員もアカデミー等での教育や訓練はこれからである(三菱Gがアカデミー等設立に向けた動きは聞かない)。極端な低価格入札が選定されない理由はここにある。また、事業を進めながらサプライチェーンを整備する必要がある中で、3事業を一つのグループが遂行できるのかという懸念もある。

 さらに、運転開始時期が能代等2028/12、由利本荘2030/12、銚子2028/9となっているが、ラウンド1事業にしては遅いと感じる。2030年再エネ36~38%達成に向け「野心的な取り組み」が求められている。政府も環境アセス短縮を進めている。真剣な検討、地元調整を実施してきたのかという疑問も生じる。

考えられる低価格要因:ファイナンスコスト

 三菱Gは、価格評価で圧倒した訳だが、それにしてもどうしてこのような低コストが可能となるのであろうか。ダンピング、出血入札であろうか。上限価格の29円はIRR10%を前提としている。内外の一流プレーヤーが応募している中で、欧州を主に商業化が進むなかで設備・建設・運転コストに大きな差が生じる余地は小さい。選定機種であるGE製1.2万kw/機は標準的である。総取りする戦略(気合)でスケールメリットを目指したのかもしれないが、決定的な差にはならないと考えられる。一方、30年前後の稼働を考えると、ファイナンス費用は最大ファクターとなる。IEAによれば、加重平均資本コスト(WACC:Weighted Average Cost of Capital)が8%から4%へ低下すると長期平均費用(LCOE)は3割減となる。

 洋上風力のような大規模事業は、通常はSPCを組成しプロジェクトファイナンスを組む。自己資金(資本金)で2~3割、借入等で7~8割で調達する。30年前後の稼働を考えると、借入コスト、資本コストともに、事業(収益)見通しに依存する。株主である三菱商事やチームを組む金融機関は、他よりも楽観的な事業見通しをもつ、あるいは将来や世界展開を考えて低い収益でもよしと判断したのかもしれない。

 図2は、欧州洋上風力事業における借入コスト(Debt-Cost)と資本費用(Capital-Cost)の推移である。風車の大型化や運転管理等の技術進歩、ノウハウ(トラックレコード)の蓄積等により、資本費用は下がるが、洋上風力は急激に低下してきている。また、リスクプレミアムの違いによる差が大きいことも分る。

図2 欧州洋上風力の借入費用、資本費用の推移
図2 欧州洋上風力の借入費用、資本費用の推移
(出所)IEA:Offshore Wind Outlook 2019

 しかし、それにしても三菱Gの価格は低すぎる。金融費用ゼロとしても達成できるレベルなのだろうか。コーポレート(オウン)ファイナンスとした可能性も排除できない。日本は、台風・雷が多く、また海底の状況調査も必要となる。費用の多く占める土木・建設・インフラ工事や運転維持費用は基本国内事業者に依存するが、スケールメリットや習熟に一定の時間がかかる。根拠なくFIT価格が算定されている訳ではない。

2.三菱商事の洋上風力事業に係る軌跡

 それでは、三菱商事の洋上風力発電に係る実力はどのようなものか。以下で考察する。

欧州で10年間の実績

 表2は、同社がこれまで海外で取り組んできた軌跡を時系列に示したものである。①10年以上前より欧州で、なかでも英国、オランダ、ドイツで着実に取り組んできた、②海底送電事業で基礎を築き発電にもウィングを広げて来た、③オランダを代表するエネルギ-事業者エネコ(Eneco社)との戦略的提携そして傘下組込みにより洋上風力等のノウハウを蓄積してきた、④軌道に乗った事業を日本事業者に売却し次のステップへの資金源としている(資産組み換え、キャピタルリサイクル)等の特徴がある。以下、順に解説する。

表2.三菱商事の洋上風力事業の軌跡
表2.三菱商事の洋上風力事業の軌跡
(出所)同社報道等を基に作成

海底送電事業から発電事業へ

 同社の洋上風力関連事業は、2011年に英国において海底送電線事業参画を嚆矢とする。ウォルニー1洋上風力発電所と陸地を結ぶ送電線線資産の運用権を取得した。以降、積極的に英国の送電線事業に応札し、23事業中9事業に関わっているが、これはトップシェアである(2020年2月時点)。この間、2013年6月には当時世界最大のロンドンアレイ発電事業(63万kW)に係る権利を得る。直近では2020年2月に122万kWのホーンシー・ワン発電の送電事業権利を得る。2018年3月にスペインのEDPRよりモーレイ・イースト発電事業の権利33.4%を取得し、英国での発電事業本体への参入を実現する。

 欧州大陸では、ドイツの海底送電事業にも進出する。送電事業者テネット(TenneT)より、2012年2月にボルィン1・2、2013年2月にドルウィン2およびヘルウィン2の権利に関し49%の譲渡を受ける。テネットはオランダの送電事業者である。

オランダ・エネコとの提携で発電事業に地盤

 欧州大陸は、オランダの総合エネルギ-事業者であるエネコとの提携を基礎に進めてきた。2012年頃からの付き合いであり、2013年1月に戦略的提携に深化してエネコの保有する洋上風力発電事業(ルフトダウネン)に参画する。同社中西勝也電力グループCEOは「パートナー候補をすべて回り行き着いた先がオランダの電力会社Enecoだった」と語っている。2016年にはエネコと組んでベルギーの発電事業に参画するとともに、オランダのボルセレ3・4発電事業の優先権利を、シェル等と獲得する。ボルセレ事業は「セントラル方式を確立した金字塔」とも言えるオランダのプロジェクトである。「3・4」は、7.27セント/kWhと始めて10セントを切った「1・2」の半年後に入札されたもので、5.45セントでの落札となった。シェルの最初の洋上風力として注目されたが、三菱・エネコ連合の大胆な判断が決め手になったとの指摘もある。

 そして2019年11月には同社は中部電力と組んでエネコの買収優先交渉権を得る。シェルと競ったとされ、2020年3月に約5000億円にて買収を完了する。エネコは洋上を主とする再エネ事業だけではなく分散型デジタル事業にも多くのノウハウを持つ、とされる。

日本エネルギ-事業者への譲渡で次のステップへ

 欧州での洋上風力関連事業の基盤を固めていく一方で、2017年より海外再エネ事業進出を意図する日本のエネルギ-事業者への譲渡を開始する。中部電力と三菱UFJリース(MUL)へのドイツ送電事業譲渡を皮切りに、2018年11月には英国モーレイ・イースト発電事業の50%を関電、MULに売却する。また、2021年12月には、INPEXとの間でオランダのボルセレ3・4およびルフトダウネン発電所譲渡に合意する。次のステップに向けて資金回収・資産組み換えを行うと同時に日本事業者の海外再エネ事業進出の橋渡しを行っているのである。

そして日本市場への参画

 驚愕の低価格・総取り入札を演じた同社に関して、遅ればせながら報道を主に「調査」してみた。同社に関しては、ロンドンアレイの送電事業やボルセレ3・4発電事業にて、洋上風力で活躍しているとの認識はあった。特に、ボルセレ3・4は、洋上風力事業のゲームチェンジを決定づけた事業であり、また同社の役割りが大きいとの噂も聞こえていた。改めて概観してみると、欧州大手と遜色のない実績があり、エネコとの提携・協業そして買収によりノウハウもアピールできる。ラウンド1の3事業では価格評価だけでなく「事業者としての実現性」に一定の評価を得たことも理解できる。しかし、厳しい見方をすると、確かに送電事業の実績はあるが、発電事業については権利の取得や売却が多く、実際に建設・運営している事業は限られておりエネコに依存している。

 今回落札した3事業は、併せて169万kWの容量となり、一躍再エネ事業者国内最大手に躍り出ることとなる。2021年10月には、三菱商事として2030年に排出半減、2050年CNを宣言する。2030年までのCNロードマップとして、2兆円の投資を行い、うち1兆円を再エネに割り振るとする。再エネ設備容量は330万kWから600万kWへ倍増する。12月17日には、電力事業CEOである中西勝也常務執行役員の次期社長内定の報道が出る。2020年度の同社決算は、資源価格低下等により、商社で4位の利益水準に転落し、資源に依存しない経営は喫緊の課題となっていた。再エネを主にグリーンエネルギ-や分散型システムに舵を切る戦略は明白になった。そして12月24日の総取り落札となる。同社全体の「決意」の現れであろうか、あるいは「焦り」の現れであろうか。

最後に判断は国家戦略の視点で

三菱商事採択の光と影

 今次落札価格である11.99~16.49円/kWhは、上限FIT価格29円/kWhの1/3~1/2とまさに衝撃、驚愕の低水準となった。これは、卸価格や産業用電気料金に匹敵し、日本でも再エネコストは低くなるという見通しを与えうる。一方で、このコストで採算は取れるか、参加者が減らないか(競争を妨げる)、国内サプライチェーン整備に支障は出ないか、地域共生等の定性的な評価が蔑ろにならないか等の懸念も生じる。

 筆者は懐疑的である。洋上風力は既に商業化されており、欧州を主に設備、建設、運転の費用は一定のイメージがあり、極端に低価格での調達や前提は不可能である。一方で、まだ事業経験のない日本では建設、人員育成等の手順を踏む必要があり、特に最初の案件の失敗は許されない。三菱Gは長期平均費用(LCOE)において最大のウェイトを占める資本費用を抑えているのであろうが、これも限界を超えている。将来の環境価値(炭素価格)を高く見込んだ、コーポレートPPAの候補者と握っている、旧一電やグローバルカンパニーへの持ち分売却等を考えているのかもしれない。しかし、FIPでは環境価値はプレミアムから差し引かれる、持ち分売却は公募要領上制約がある等への留意が必要である。

日本モデルを変える歴史的なディールか破綻の契機か

 今回の三菱Gの入札は、既存システムや関係者合意への忖度なしに海外の考え方を始めて日本に持ち込んだとみられ、エネルギ-事業として歴史に残る。「和製外圧行使」に躊躇しなかった三菱商事とパートナーである中部電力の決意の表れと受け止めることも可能である。政府もそれを容認してしまった。政府は、かなり悩んだと推察される。11月公表の予定が年末ぎりぎりまで延びた。定量で大きな差がついた場合に、定性で覆すのは難しいということであろう。また、定量(価格)に満点の120点が付く一方で定性(事業実現性)は88、91、98点が最高点であり、さらに定量のウェイトが高くなった。これらの点は改善の余地がある。

 価格等算定委員会において長い時間をかけて関係者合意の下でFIT価格は決められている。ほとんどの応募者はFIT価格上限を睨んで、サプライヤー等の見積もりを精査してギリギリの水準を提示したはずである。募集プロセス等を経て系統を確保しながら社運をかけて応札している事業者も存在する。何よりも事業規模、コスト、国内産業育成の3目標を一定の時間をかけて達成する目標を掲げ官民協議会で纏めた「洋上風力ビジョン」が破綻してしまう懸念がある。肝心の第1号案件で、博打とも見える提案が選ばれたことに大きな危惧を覚える。2030年再エネ36~38%という目標達成に向け時間は限られているが、国内産業育成を含む国家戦略を考えたときに、見直しを含めての再検討を要望したい。