Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.287 ドイツのエネルギーシステムの未来を占う実証プロジェクト群「SINTEG」第1回 ―ドイツ肝いりの実証プログラムSINTEGとは?

2022年1月20日
ドイツ在住エネルギー関連調査・通訳 西村健佑

 タクソノミーでも原発反対・ガス容認の姿勢を固持するドイツは独自の道を行っていると言われている。しかし、ドイツの目指すエネルギーシステムの根幹は、あくまで再エネを中心としたグリーンデジタルエネルギーシステムである。しかしながら、グリーンエネルギーもデジタルエネルギーシステムも各国の思惑が入り混じり、日本ではやはり日本国内のイメージに引っ張られてしまい、ドイツの文脈とズレを感じることも少なくない。そこで、ドイツが構想する未来のエネルギーシステムとはどのようなものか、今回から数回に分けてその全体像を紐解いてゆく。

【キーワード】SINTEG、エネルギー転換、デジタル化、電力市場制度、ドイツ

ドイツによる再エネを中心としたシステム普及のためのイノベーション

 ドイツは2022年末をもって国内の原子力発電所はすべて停止する一方で、新政権は脱石炭も2030年の完了を理想とする目標を掲げている。しかし、脱原発と脱石炭を実現するためには、再エネ中心のエネルギーシステムへの転換いわゆる「エネルギー転換」の速度を大幅に早める必要があるが、それには多くの課題がある。

 ドイツが2016年から2020年にかけて実施した国家プロジェクトSINTEGは「ドイツにおいてより安全1で経済的な再生可能エネルギー供給を推し進め」2るために必要な法律、市場制度を整理する目的で実証を重視したプロジェクトである。SINTEGは“Smart Energy Showcase – Digital Agenda for the Energy Transition”のドイツ語から取られており、その目的は、これまでデジタル技術と縁が薄かったエネルギー供給構造をデジタル化し、それによって誰もがエネルギー供給に参加できる仕組みを作ることである。

 本稿では、まずSINTEGについてごく簡単に説明し、その後SINTEGがこれまでの実証と異なる点をE-Energyを例に説明する。特に大きな違いとしてエネルギー転換に対するアクセプタンスの向上があるが、なぜアクセプタンスが重視されたのかを説明する。そして、主要なアクターである都市公社について説明し、ドイツのエネルギー転換のコアとなる価値観である民主化について説明する。そして、最後に具体的にプロジェクトを系統運営、セクターカップリング、プロシューマーの参加の観点から取り上げる。

SINTEGと5つのサブプロジェクト

 SINTEGは2016年から2020年の5年に渡って行われた研究プロジェクトで、ドイツを5つの地域に分けて、各地域でエネルギー転換のためのモデル実証を実施した。5つの地域に分けたものの、各地域実証で検証する大テーマ(下表)は共通している。SINTEGではこの大テーマからさらに効率的な電力系統運用、電力の需給調整、P2P取引制度など個別のカテゴリーを取り扱う100を超えるサブプロジェクトを実施した。SINTEGの予算総額は5億ユーロを超え、そのうち2億3000万ユーロを政府が支援した。SINTEGに参加した企業、研究所、自治体は合計で300を超えた3

 SINTEGの各実証は「柔軟性のポテンシャルとセクターカップリング」、「系統安定化のための柔軟性メカニズム」、「デジタル化」、「リアルラボ」、「参加とアクセプタンス」の大テーマから更にカテゴリー、ブループリントに細分化し、ブループリントのテーマから1つまたは複数を実証的に検証し、「標準化と規格化」、「エネルギー関連雇用」、「ビジネスモデル」、「法的枠組み整備」、「スマートなエネルギー地域の創生」の観点から評価される。

表 SINTEGの実証テーマとカテゴリー
表 SINTEGの実証テーマとカテゴリー
出典:20210810-SIN-Strukturgrafik-V1 (sinteg.de)

 各カテゴリーのブループリントについては割愛するが、1カテゴリーごとにさらに2から5のブループリントが設けられている。

 大テーマごとに少し解説を加えると、大テーマ「柔軟性のポテンシャルとセクターカップリング」では、家庭部門の柔軟性は個別住宅よりも街区レベルでの柔軟性の確保、EVよりも電力と熱のセクターカップリングが重視されている。近年はより進んだ建物の断熱性能と遠隔制御可能な暖房機器の登場で安価に大きな柔軟性を作り出せると期待されている。商業・産業における柔軟性はより幅広い柔軟性の活用が目指される。例えば製鉄業での水電解装置を用いたグリーン水素利用などがこれに含まれる。

 「系統安定化のための柔軟性メカニズム」では市場と規制のバランスの最適点を見つけることが目指されており、規制を通じて市場を管理することが目的であり、すべてを市場に任せることもない。また配電会社(DSO)レベルでの管理と協調が重視されており、DSOは電力取引の結果に従って系統上で電力の配送を行うだけでなく、例えばローカルフレキシビリティ市場では積極的に系統の安定運営に関わる主体となることが期待されており、時にはDSO間で柔軟性を融通することを目指す4

 「デジタル化」は誰もが利用できるセキュリティの高いプラットフォームの構築を目指す。分散型の設備を制御するためには各アクターや設備が相互に円滑に高速にコミュニケーションできることが重要であり、例えば各アグリゲーターが自前の特殊な仕様のシステムを構築することでそれが損なわれては意味がない。そこでオープンアーキテクチャをベースとした標準化と誰もが参加できるプラットフォームの構築を目指す。

 「リアルラボ」ではすでに存在するが市場が確立していない技術を実証し、誰もが安心して技術の導入を検討できるようにすることが目的である。特にエネルギー業界や都市公社は革新的なモデルに消極的な傾向があるため、商品化のためのプロトタイプを作り、技術だけでなく組織のイノベーションも進めることが検証される。また、電力会社はスタートアップとの協力を避ける傾向もあるため、スタートアップの持つ技術をいかに円滑にシステムに導入するか、エネルギーやこれまでエネルギーと関わりがないと思われてきた業界が受け入れるようなナラティブ(ストーリーやプロセスといった意味)を強化し、フィールドテストでアクセプタンスを高め、産業需要家により高い目線を持ってもらうことを目指す。例えば鉄鋼業界にグリーン水素の積極的な活用の可能性を示す、大型冷蔵庫やプロセス熱をセクターカップリングで利用するといった例が挙げられる。また、日本でも始まっているが、工場の製造ラインのシフトを再エネ電源が多く発電している時間にあわせるといった取り組みもある。

 最後の「参加とアクセプタンス」は市民とどのようにコミュニケーションすれば新しい技術に対する投資を受け入れてもらえるかの検証である。このアクセプタンスは特に重要なので後でもう一度説明する。

SINTEGと従来の実証の違い-E-Energyを例に-

 実は再エネを中心としたシステムでも安定供給のための技術的なアイデアはある程度出揃っている。2008~2013年に実施された「E-Energy: ITをベースとした将来のエネルギーシステム」実証プロジェクトでもIT技術を駆使し、デジタル技術でつながった設備を制御してエネルギーを供給できること、つまりバーチャル発電所(VPP)の有用性が示された。その結果、ドイツでは調整電源市場創設などの市場改革が行われ、電力市場2.0が提唱されるとともに、VPP事業者も誕生した。しかし、E-Energy後もエネルギーシステム変革はエネルギー転換実現のために十分な速度で進展しているとは言えず、ここ数年は陸上風力も太陽光も導入量が落ちている。電力市場2.0もその実現に必要な投資の透明性を確保するには未だ至っていないという批判もある。これは技術的課題よりも投資のあり方と制度の課題である。

 もちろんE-Energyで示された技術の継続的な開発は必要だが、当時に比べて風力や特に太陽光のコストは大幅に下がっており、むしろ柔軟性などの技術のコスト低下とそのための幅広い普及策が必要である。例えばアルカリ水電解技術は古くからあるし、余剰電力を熱に変えるセクターカップリングで必要な蓄熱技術は蓄電池よりも低コストで大容量を設置できる上に運営コストも安い。全固体電池などの新規開発よりも、E-Energyの成果を活用することがエネルギー転換にとって喫緊の課題である。イノベーションが必要なのは、技術よりも制度であり市場である。

 つまりE-Energyが技術フィージビリティスタディの性格が強かったのに対し、SINTEGは制度変更の必要性を洗い出し、市民や企業が受け入れいやすい制度のモデルを示すのが目的である。産業国であるドイツでは経済性と安定供給も高い水準で維持することが求められる。ドイツは税込みの家庭用電気代がすでにEUで最も高い国であり、経済性は電力代が高くなりすぎないことと理解できる。今後賦課金が下がるとともに中長期で家庭の電気代は下がっていくとみられるが、今すでに賦課金などの減免を受けている産業需要家にとって安価にエネルギーを調達することは将来の懸念材料である。そのため、将来に渡ってより幅広い層が安定的で支払い可能なコストで再エネを利用できることが必要である。

 加えて再エネに限らずNIMBY対策には、エネルギーの供給主体や技術開発者に対する信頼性が重要である。そこでSINTEGでは研究者の紹介にも力を入れるなど、これらの技術を開発する人たちに親しみを持ってもらうような工夫もされていた。

 まとめると、SINTEGとこれまでの実証の違いは、技術普及のための重点が技術開発から市場制度改革へ、市民の支持を獲得することを念頭化、転換をより民主的なプロセスで実現といった点にある。

1 ここでいう安全はsafeではなくsecuredつまり安定を意味すると理解するのが正しいと思われる、ドイツ語では両方とも同じ単語があてられる。

2 ドイツの脱炭素化、注目はインテリジェントなエネルギーのショーケース(SINTEG)―第16回日独産業フォーラム開催 | EnergyShift (energy-shift.com)

3 日本からもNEDOなどが参加しており、ニーダーザクセン州で行われた実証の結果は例えば以下を参照。
100926552.pdf (nedo.go.jp)

4 EUではDSOが設備を所有することは認められていない。しかし、現在蓄電池などをDSOが所有することは認める動きとなっている。