Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.299 ドイツのエネルギーシステムの未来を占う実証プロジェクト群「SINTEG」第5回

2022年2月24日
ドイツ在住エネルギー関連調査・通訳 西村健佑

【キーワード】フレキシビリティ、デジタル化、デジタルツイン、法改正

 ドイツの将来のエネルギーシステムのビジョンを紹介する本連載。ここまでの4回で、なぜドイツがエネルギーシステムの根本的な改革が必要としているかを解説し、その際に必要な考え方として分散化と民主化について触れた。そのうえでSINTEGが検証したセクターカップリングやプロシューマー、モジュラリティーの考え方などを紹介した。最後になる第5回では、改めて柔軟性に焦点を当てる。

SINTEGが求める柔軟性

 SINTEGではこれまで蓄積された技術を活用するためのデジタル化のあり方を検証し、それをパッケージ化して提示するまでを目的としている。技術が利用可能であることを確認するだけでなく、それを利用した経済性のある仕組み、それに伴う法改正案までをひとまとまりとしている。特に特徴的なことはデジタル化によって、これまで機器単位、メーター単位で考えることが多かった柔軟性、プロシューマー、フレキシューマーの単位にセルとモジュラーという概念を導入したことだろう。

 日本では「柔軟性といえば蓄電池」など、話が技術に、しかもより小さな単位に集約されがちなように感じられる。結果として短期で民間企業が単独で投資改修できるモデルばかりが求められるように感じることがある。言い方をかえれば「実業重視」といえる。しかし実業重視の弊害として、柔軟性をモジュールとして捉えることが不得手ではないかと感じる。

 ある時は家庭が街区レベルで、地域熱が自治体レベルで、大型商業施設が冷蔵庫の温度管理を調整することで複数の自治体レベルで、ある時は電気バスが地域を超えて、大規模な化学工場がパワートゥガスで水素を作ることで広域で、柔軟性の需要と供給を作り出す。こうしたことは、柔軟性を提供する単位が時と場合で柔軟に変化することを念頭に置く必要がある。柔軟性自体が柔軟でなければならないが、日本ではそうしたことは頭ではわかっていても具体的な議論はドイツほどには行われていないと言ってよいだろう。

 スマートメーターや各種センサーの普及により、仮想空間上の都市のコピー「デジタルツイン」を創造し、そこで集められたデータを用いながらAIがシミュレーションを繰り返すことで、最適なエネルギー利用は自動的に達成されるようになる。加えてAIの予測・シミュレーション性能は桁違いのデータにより、大幅に向上する。その時に重要なことは柔軟性をいかに柔軟に設計するかである。その上で、柔軟性を提供する最適な単位が状況に応じて変更されるような柔軟性の柔軟可、モジュール化は必須である。

 余談だが、デジタルツインは系統安定に欠かせない機器や設備の予防メンテナンスや、将来必要な投資の予測・提案の精度を大幅に向上させる。ドイツのDSOはすでに系統投資に一部このようなAIによる投資効率化支援の仕組みを導入しているが、これが更に優秀になることでDSOの系統投資の戦略を変え、安定供給だけでなく地域に経済価値を残す系統が整備されるようになるだろう。

SINTEGが示した課題

 以上が、SINTEGの結果が描き出す将来のエネルギーシステムである。しかし、現実の道のりは残念ながら前途多難と言わざるを得ない。

 まず、都市公社であるDSOがデジタル化の重要性を十分に理解しているとは言い難い。多くの小規模なDSOはデジタル人材を確保することも難しく、このようなアクティブな役割を担える能力がない。政府が誰もが使えるようにプラットフォームを整備したとしても、それを活用できるIT人材を一人雇うことも難しいようなDSOはたくさんある。

 また、ドイツ政府がロールアウトしたスマートメーターについては、家庭などの小規模需要家には通信機能は義務化されていない。通信機能の追加によるコストアップを政府が嫌ったためだが、これはよくなかったと個人的には思う。今後は個人もダイナミックプライシングを使って再エネ電力が多く発電する時間帯に家電を動かすことが当たり前になってゆく。このような行動の変容をいかに動機づけるか、その重要性をどのように周知するかが問われる(ただし実際は家人が電源をオン・オフするのではなく、その多くは自動化される)。

 また、やはりビジネスモデルについては不透明性が残る。SINTEGの成果を社会に実装するには有形無形の莫大なコストが発生する。スマートメーターも通信機能のないものでも23ユーロ/年、通信機能のあるものでは100ユーロ/年かかると言われる。ドイツ国内には5100万以上のメーターがあり、すべて入れ替えるコストの分担だけでも大きな議論となってきた。

 また、透明性の課題もある。DSOで調整が可能になればこれまで難航してきた南北の送電系統需要は低減できるし、出力抑制なども抑えられ、コスト削減につながる。SINTEGではないが南部のTSOのTransnetBWはエネルギーシステムのセクターカップリングの経済効果として2028年までに2億3000万ユーロを節約できると試算している1。しかしこれらの便益はなかなか消費者からは見えづらい。SINTEGでもこうした公共インフラ投資の効果の透明性を高めることが新たな課題としてますます強く認識された。

 他方で、ビジネスモデルについては、例えばEVの充電ポストが調整電源として認められるようになったとして、EVの蓄電池が一回にあげる売上がどの程度かを予測することは難しい。現時点では将来的に大規模電源が閉鎖することで調整電源の単価は上昇すると見られているが、従来想定されていないような数の設備が調整電源を提供する場合、その価格は期待を下回る可能性もある。そうなれば売り手がいなくなって市場は成立しない。ビジネスモデルの予見可能性を高めることはSINTEGの次の課題として残った。果たして、需要家が柔軟性に期待する売上とDSOが(最終的には消費者が)支払えるコストの交点は見つかるのだろうか。さらに、プロシューマーに対しては電気代などの個人的な支出だけではなく、それに売上を加味した総合的なエネルギーの収支を示す必要が出てくる。どうすればプロシューマーモデルの経済メリットが大きいかをわかりやすく提示できるかは課題である。

 次に、ドイツの都市公社は一般に投資回収期間をかなり長く見積もっている。地域熱プロジェクトでは投資回収期間を20年や30年としているものもあり、こうしたケースでは年間のコストは計算上かなり低く抑えることができる。しかしエネルギーシステム、特に民間企業と都市公社が混在するエネルギー市場は、このような都市公社の投資回収期間の優位性を活かすようにはできていない。その解決にはより長期的な投資行動を織り込んだ市場設計が重要だが、SINTEGで解決策が出揃ったとは言い難い。

 最後に、これらのモデルが示されたとして、法改正にはさらなる困難がある。SINTEGに参加した研究者の多くは、エネルギー転換による市民の最終的な負担は増えないと考えているようで、デジタル化による圧倒的な効率化はむしろ安定供給のリスクを効率的に低減できると考えているようだ。しかし、実現に向けてはSINTEGが示したビジョンをすべて法律に反映しなければならず、それが可能かも現時点では正直に言って保証はない。ドイツのエネルギービジネスに関係する法律や政令は100を超えており、エネルギーに特化した弁護士でさえ概要を把握することは難しいと言われる。このエネルギー法制を大幅に刷新する労力は想像し難い。政府もSINTEGを通じて改正が必要な法律や政令のリストアップを行ったが、その全容を把握することすらままならないのが実情だ。

 またエネルギー供給に関わる規格の変更は安定供給に支障を満たさないように行う必要があるが、最先端の技術を持っている事業者と古い体質のDSOでは考え方が真っ向から対立するケースもある。その例が慣性力である。慣性力は現在大型の火力発電所などのタービンを用いて確保しており、ミリ秒単位での調整が可能である。これをデジタル技術で補う場合は蓄電池やグリッドフォーミングインバータなどが考えられるが、これらには現時点での技術では50ミリ秒程度が最速と反応速度に技術的な限界がある。もちろんバイオガスコジェネやフライホイールなどは対応できるが、デジタル企業は慣性力の基準の改正まで踏み込むべきと考えている。他方でデジタル技術に懐疑的なDSOは基準の改正を拒否している。このような利害調整が数えきれいなくらい必要になるため、SINTEGでも提案されたが実施されなかった技術実証がいくつかあった。

 このようにSINTEGを通じて残った、改めて浮き彫りにされた課題も数多くある。しかしSINTEGが改めて示した可能性は大きく、再エネと安定供給を市民が支えることが可能であることが改めて実証された。

 その中には日本でも活かせるものも確実に存在する。これまでは日独は系統の仕組みが違うのでドイツは参考にしてはならないとよく言われてきたが、配電網レベルでの調整機能は日本でも参考にできる部分は大きいと考えられる。またデジタル化に伴って新しいビジネスが起こることは確実であり、日本企業がドイツのエネルギーシステムに参入する機会も増えることも大いに期待できるだろう。

1 TransnetBW: Sektorenkopplung spart 230 Mio. Euro: Zeitung fur kommunale Wirtschaft (zfk.de)