Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

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No.300 COP26:パリ協定第6条と気候クラブ構想

2022年3月3日
Joseph Dellatte

Research fellow Climate,
Energy and Environment in the Asia-Program of Institut Montaigne, Paris, France.

Associate in the Joint Research project on Renewable Energy Economics,
Kyoto University, Kyoto, Japan.

序論

 昨年11月、第26回気候変動枠組条約締約国会議という重要なイベントに合わせて197の国と地域、そして多くの非国家アクターがグラスゴーに集結した。パリ協定から6年が経ち、最初の5年のサイクルが終わった今もなお、各国はパリ協定の目標達成に向けて大きな壁に直面している。

 COP26については、一定の成果を上げたいうと評価もあれば、またしても機会を失ってしまったと捉える意見もある。会議の内容を「ああだこうだ言っている」と総括して話題となった著名な環境活動家、グレタ・トゥーンベリが後者の例である。しかし、コロナ禍という難しい時期にも関わらず、気候変動対策に関する重要な決定を下すためにパリ協定が機能していることがCOP26の成果から見て取れる。具体的には、グラスゴー気候合意の政治的側面、つまり、COP27に向けてより野心的な気候変動対策に取り組むことを各国に約束させ、適応資金を倍増させた点は、待ったなしの気候変動対策においてゆっくりとではあるが具体的な政治的前進であることに間違いない。

 それにもかかわらず、COP26は長期的なコミットメントと短期的な目標の間に存在する大きな信頼性のギャップを露呈しており、パリ協定の1.5°C目標の達成に向けて軌道に乗っているとは言えない。そこで次のような疑問が生じる。競合する世界の大国の間での多国間交渉の枠組みは、この重要な10年で大胆な気候変動対策を実施するために迅速かつ十分な政治的推進力を発揮できるだろうか? この重要な問いへの回答として、志を同じくする国々が気候クラブ(Climate Club)を通じて協力し、より野心的な気候対策に早急に取り組むために、パリ協定第6条がその触媒の重要な役割を果たす可能性がある。

1.パリ協定第6条ルールブックと気候クラブ構想

 グラスゴー気候交渉では、待ちに待ったパリ協定第6条のルールブックが完成した。パリ協定第6条は、国際炭素市場(第6条2項および第6条4項)や非市場アプローチ(第6条8項)を活用して、自発的な国際協力を促そうとするものである。その目的には2つの側面がある。1つは気候変動対策を加速するために最も費用対効果の高い方法で各国が目標を達成できるようにすること、もう1つは国際的な市場メカニズムを使って気候変動対策(緩和や適応のためのプロジェクトなど)に資金を提供することである。第6条から生まれるメカニズムには、ITMO(国際的に移転される緩和の成果)と呼ばれる単位を認識し、算定するルールが必要である。

 ITMOと国際炭素市場は、各国の野心を高め加速させるために不可欠であると広く捉えられている。最近の研究では、ネットゼロ目標を達成するためにITMOを活用した場合、2030年までに最大で年間3,500億ドルのコスト削減が見込めることが報告されている。第6条には図2に示す3つのメカニズムが含まれる。

図:パリ協定第6条の3つのメカニズム
図:パリ協定第6条の3つのメカニズム

 第6条に伴うこの3つのメカニズムは、ITMOをそれぞれ異なるアプローチから捉えている。第6条2項のメカニズムは、緩和の成果やオフセットの交換を管理する2つ以上の管轄区域間の二国間協力に関するものである。これは、国内の排出量取引制度(ETS)の連携、オフセットの単位の交換、あるいはCORSIA(航空業界のためのスキーム)のような特別なメカニズムなどを活用して実現することができる。第6条4項のメカニズムは、京都議定書のクリーン開発メカニズム(Clean Development Mechanism: CDM)の後継として設計されたもので、持続可能な開発メカニズム(Sustainable Development Mechanism: SDM)とも呼ばれる。その目的は、国連が取引を管理する形でITMOの交換を行うことである。最後に、第6条8項のメカニズムは、市場に頼らない方法でITMOの交換を可能にするものである。

 COP22以降、第6条の規制が不十分だとパリ協定の環境十全性そのものが脅かされるのではないかという懸念から、政治的な意見の対立が生じた。第6条のルールブック完成のためにCOP26で解決しなければならなかった問題には、主に3つのタイプがあるとする。それはカーボンアカウンタビリティ、財政問題、およびガバナンスの構築である。

カーボンアカウンタビリティ

 ITMOを効率的かつ環境に効果のあるものにするために、第6条では以下の3つのポイントを念頭に置いて、カーボンアカウンタビリティ(炭素に関する説明責任)の問題を解決する必要がある。

 1つ目は、二重計上の防止、つまり、移転された緩和の単位が両国で計上されないようにすることである。COP26ではほとんどの環境保護団体、欧州、日本、カナダなどの一部の締結国が、環境十全性の担保に不可欠なこの問題の解決を強く主張した。

 2つ目の問題は、例えば既存の風力発電所が販売するユニットなど、追加性をどう判断するかである。これは、移転された単位は必ず新たな排出削減の取り組みから生じるものとすることで担保される。この問題もまた環境十全性を保つために不可欠であり、環境活動活動家たちの中心的主張であった。

 最後に、相当調整の基本的な考え方として、各国が毎年作成する温室効果ガスインベントリにユニット移転を反映するために、いつ、どこでカーボンアカウンタビリティを調整するかを決定する必要がある。NDC(国別削減目標)実施の時間軸、ベースライン、測定基準など、規則が国ごとに大きく異なるため、実際にはこれが最も解決が難しい問題となった。

 第6条のルールブックは、相当調整を行うタイミングを従来の「使用時点」からホスト国での承認時点に変更することで、カーボンアカウンタビリティのルールを定めることとした。これは移転する側の締約国に主導権を与えることにもなった。この措置により、第6条2項、第6条4項についてそれぞれ以下の決定がなされた。

第6条2項

承認された炭素クレジットすべてに必ず相当調整を適用する。
・時間軸や目標の整合性を取る際のアカウンタビリティの基準を設定する(例:tCO2eの単位の利用)
⇒この際の平均化というアプローチは大きな弱点である。例えば、CORSIA(複数年目標)に適用する場合、ホスト締約国(単年目標)は移転したクレジットの年平均の半分のみを調整することが求められる。
・ITMOの移転の上限設定なし(2028年に見直し)

第6条4項

・移転されたクレジットを管理する国連の監督機関を創設する(2024年~)。
・各国のNDC達成、あるいは「その他の国際的な緩和目的」のために使われ、承認された炭素クレジットすべてに必ず相当調整を適用する。
・ITMOの移転の上限を5%に設定する

財政問題

 第6条のルールをめぐり展開された財政問題には、主に3つのポイントがあった。

 1つ目は、京都議定書の時代から受け継がれた40億tCO2eの未使用のCDMクレジットの取り扱いである。とりわけ、ブラジル、韓国、中国に代表される売れ残った京都クレジットを大量に保有する国々にとって、これは大きな問題である。また、環境保護団体はこの質が低く追加性のない余剰分が第6条の環境十全性を脅かす可能性があるとして非難しており(ホットエアのリスクとも呼ばれる)、彼らにとってもこの問題は極めて重要である。

 COP26で制定されたルールブックは最大28億tCO2eの京都クレジットの繰り越し(2030年まで)を認めたが、この決定には批判が集まっている。というのも、このクレジットは既存のプロジェクトから生じたものであり、本当の意味でパリ協定の下での追加的なクレジットではないからである。ルールブックではこれらのクレジットにラベル付けをし、利用期限を設け、明確なトレーサビリティを可能にすることにより、この環境面での後退の埋め合わせを図りつつ、購入国に対しては自国の評判を落とすリスクが伴うようにしている。このような対抗策にもかかわらず、京都クレジットの繰り越しは環境保護団体を失望させるニュースとなった。

 COP26で議論された第6条に関する2つ目の財政上の問題は「収益の一部(Share of Proceeds)」である。発展途上国は、ITMOに取引税をかけることを主張し、資金不足の適応プロジェクトを支援する構造的な資金調達システムを求めている。第6条のルールブックはこの要求に応えるために、こうした税(収益の一部)を徴収することにしたが、これは第6条4項の取引(監督機関のレベルで5%を差し引くこと)にのみ適用され、第6条2項の二国間制度には当てはまらない。そのため、この決定は発展途上国や調整資金擁護派にとっては部分的な勝利といえる。

 COP26で合意に至った第6条のもう一つの財政上の問題は、REDD+の制度によってこれまでに生じた「回避された森林伐採のクレジット」の取り扱いである。ブラジルのような国にとっては重要であるものの、これらのクレジットには賛否両論があり、第6条の対象から除外された。

ガバナンスの構築

 COP26で取り上げられた第6条の問題の最後のカテゴリーはガバナンスに関するものである。新たなルールの作成や今後発生する問題の解決のために、グラスゴー会議は以下3つの中心的な仕組みを確立した。

オフセット紛争メカニズム

 カーボンオフセットプロジェクトに関する紛争は、環境的十全性と人権を考慮した第三者苦情処理プロセスによって対応されることになる。この手続きはオフセットが地域住民に悪影響を与えることがないようにするためのものである。サウジアラビアや中国など一部の締約国は難色を示したが、先住民族の権利を擁護する人々や団体、国連気候変動枠組条約のプロセスにおける人権を尊重する締約国(欧州、カナダ、日本など)にとっては、特筆すべき成功と言える。

第6条4項監督委員会

 ITMO交換および透明性を監督する国連主導の組織(2022年から)が設置された。この委員会は第6条4項のメカニズムの方法論や管理要件についても担当する。

非市場アプローチグラスゴー委員会

 第6 条の疎遠な従兄弟と表現されることもあるこの委員会は、第6条8項の下で気候変動対策のための協力を促す役割を果たす。

第6条と気候クラブ

 マドリードのCOP25では、悪しきルールを作るぐらいならルールがない方が良いという考え方が一般的であった。グラスゴーのCOP26では、確立された規則のないシステムを野放しにするよりは不完全なルールがある方が良いというのが大半の考えであった。第6条のルールは、各国間の協力のあり方に新たな可能性をもたらしたが、これにはオフセットの取引だけでなく、気候クラブの設立に賛同する国や地域の間で対策を加速させようとする動きも含まれる。

 第6条は、各国が苦労せずにNDCの目標を達成するために国際市場で免罪符を買う手段として受け取られるべきではない。反対に、これは国内の温室効果ガス排出削減政策の実施を推し進める機会を具体化するものである。この政策の手始めとなるのが、炭素税や排出権取引スキームのようなカーボンプライシングのメカニズムである。カーボンプライス導入においては、経済コスト上昇の懸念と、それに伴う排出集約型貿易産業の競争力低下がこれまで大きな障壁となっている。しかし、気候クラブを通じた国際協力は、関係者全員が同じルールで行動することを見込んでいるため、こうした懸念の払しょくにつながると考えられる。

 このような第6条のルールがあるにも関わらず、ETS連携のような国際協力の実現に対する政治的な障害は残ると考えられる。国内利益団体の影響力低下への懸念、ガバナンス共有への抵抗感、パートナー間の信頼感の欠如は、今後も解決すべき大きな障害となるだろう。しかし、第6条2項は、志を同じくする国々(貿易パートナー)が集結し、カーボンプライスやより野心的な目的に向けたその他の政策合意を含む気候クラブの設立に取り組むことを可能にするものである。

 それゆえ、利害が一致する国々が集まる包括的な気候クラブが将来の気候変動政策の柱となるべきである。このアプローチであれば、カーボンプライシング、貿易政策、気候変動対策資金に同時に取り組むことが可能となる。これにより、この重要な10年間において、効果的でより野心的な気候政策の実施を加速させるために必要なステップが生じるであろう。

2.結論:気候変動の新たな地政学

 以上のような背景のもと、COP26によって国連の気候変動対策の枠組みはルール作りの段階から実施へと、新たな時代に入った。パリ協定後の長く難しい折衝を経て、各国が野心の加速に向けて議論すべき時がやってきたのである。この新たな最前線の課題を達成するためには、気候変動対策への資金提供、技術移転、および国際協力を複合的に強化しなければならない。しかし、全体的に懐疑心や不信感が広がる中、信頼を構築し、協力に対する政治の消極的な姿勢を正すことなしにそれは実現不可能である。このような背景から、同じ志を持つ国々による野心的な気候クラブの設立は、そのための最も手っ取り早い解決策になるかもしれない。

 COP26と第6条の展開に興味のある読者は、京都大学再生可能エネルギー経済学講座(産学共同講座)の学内論文「COP26:パリの約束から具体的な行動へ?パリ協定第6条と気候クラブへの期待」を参照いただきたい。

Joseph Dellatte
Research fellow Climate,
Energy and Environment in the Asia-Program of Institut Montaigne,
Paris, France.
Associate in the Joint Research project on Renewable Energy Economics,
Kyoto University, Kyoto, Japan.

Telephone: +33 630 172 922
Email: jdellatte@Icloud.com or dellatte.joseph.l75@kyoto-u.jp
Orcid: https://orcid.org/0000-0001-9829-4948
Twitter: @Djoeyh
Ld: www.linkedin.com/in/jdellatte/
RG: www.researchgate.net/profile/Dellatte_Joseph

 Dr. Joseph Dellatte博士はモンテーニュ研究所(仏・パリ)のアジアプログラム上席研究員。気候・エネルギー・環境政策に関するアジア・欧州関係を研究・分析しており、京都大学の再生可能エネルギー経済学共同研究プロジェクトの研究員も務める。特にアジアにおけるカーボンプライシング導入の政治的側面に焦点をあてて国際的な気候政策を研究している。現在の研究トピックは、排出量取引制度(ETS)の持続可能な国際連携の政治的実現可能性に対して利害関係が及ぼす影響である。