Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.305 「原発と戦争」、吹っ飛んだ「常識」~ロシア侵攻が提起する新たな原発リスク

2022年3月24日
    京都大学大学院経済学研究科 特任教授 竹内敬二

キーワード;原発、戦争、ロシア侵攻、ウクライナ

 ロシア軍のウクライナ侵攻は「戦争における原発」という問題を改めて浮き彫りにした。巨大なエネルギーと大量の放射性物質をかかえる原発は、潜在的に「危険の塊」だが、戦争という特殊な状態でのリスクはそれほど議論されてこなかった。今回の戦争ではロシア軍がウクライナの原発を力ずくで制圧し、原発をコントロールする「国」が替わってしまった。この異例の出来事によって「原発にはだれも手を出さないだろう」というこれまでの「常識」が崩れ、「原発が攻撃されたら?」という新たな議論が始まった。

侵攻後、すぐに原発を占拠

 ロシア軍はウクライナへの侵攻を開始した2月24日、戦闘の末にチェルノブイリ原発を占拠し、職員を人質にとった。同原発4号炉は、1986年に史上最大の爆発、放射性物質放出事故を起こしたが、今は他の3基とともに止まっている。4号炉は2016年末に巨大なかまぼこ型のシェルターで覆われ、差し迫った危険はないが、放射性物質の管理などのために多数のスタッフが働いている。同原発はベラルーシ国境からキエフに向かって南下する道の途中に位置するため、戦略的にも要所である。チェルノブイリ原発はその後、しばしば停電状態になっている。(写真1、チェルノブイリ原発4号炉、2016年3月、筆者撮影)



 3月2日、6基中3基の原子炉が稼働中だった南部のザポリージャ原発にロシア軍が向かったが、多数の住民が原発へ向かう道にバリケードをつくった。翌3日にロシア軍がバリケードを壊し、原発を占拠した。発砲もあり、ウクライナ側に死者も出ている。原発はロシア軍が駐屯する中でウクライナのスタッフが運営している。

 戦闘も辞さないこうしたロシアの強硬な制圧姿勢に世界は驚き、「ロシアは原発をどうするのか?」の恐れが一気に広がった。原発が戦争状態に置かれるのは極めてまれだ。NPO法人・原子力資料情報室の松久保肇事務局長によると、「民生用原発が稼働する中での戦争は、おそらく1991年のスロベニア独立戦争以来」という。それは「十日間戦争」と呼ばれる短期間のものだった。

 ウクライナは原発大国で、2月24日の侵攻時点で原発15基のうち13基が稼働中だった。その後稼働数を減らしている。しかし、もともと発電の約6割を原発に依存している国なので、多くを止めると電力不足になるという弱みをもつ。ロシアが制圧した原発で、大きな混乱は起きていない

「原発攻撃は条約違反」が支えになるか?

 原発では暴走、放射性物質の放出を抑えるための防護策を幾重にもつくり、「多重防護だから過酷事故の確率は極めて低い」などと考える。しかし、外部からの攻撃となると、銃を持ったテロ集団の襲撃への対処を考えている程度。「戦争における大規模な攻撃、破壊」への対策は基本的に考えられていない。

 一応の歯止めはある。戦争における民間人保護や捕虜の保護など「戦争のルール」を決めているジュネーブ条約の第一追加議定書は、「危険な力を内蔵する工作物への攻撃」を禁じている。ダム、堤防、原発が対象になっている。ただ、戦争の中でこうした条約がどこまで頼りになるかは不明だが、「まさか原発には手を出さないだろう」という暗黙の了解、願望はあったといえる。

 ところが、ロシアの侵攻では原発の制圧が起きてしまった。それにとどまらず、多数の市民が犠牲になる市街戦が続き、さらには「大量破壊兵器使用の可能性」まで言及される前代未聞の荒れた状況になった。こうした「何が起きるか分からない戦争になった」という緊張の中で、「原発が攻撃されたら」の議論にも火がついた。

 原発の脅威は複雑だ。原発の燃料は強い放射能をもち、熱を出し続ける。もし職員が、原発や使用済み燃料を放置して逃げれば、やがて原子炉は爆発し、冷却水の切れた使用済み燃料から、放射能の大量飛散が起こりうる。つまり戦争で敵が接近しても職員は原発から離れることはできないのである。原発とはそういうものだ。

あわてる日本、警備強化論も

 日本でも「原発と戦争」の議論が始まった。会見などで以下のような発言が出ている。(発言はメディアなどからの引用)。

 日本の原発の安全規制は他国からの武力攻撃などを想定していない。山口壮・環境相はミサイルなどの攻撃を受けた場合の被害想定について「チェルノブイリの時よりも、もっとすさまじい。町が消えていくような話だ」と述べた。原子力規制委員会の更田豊志委員長も「原発が占拠されればコントロール全体を握られる。その後はどんな事態も避けられない」と述べている。

 電力会社や原発メーカー関連会社でつくる日本原子力産業協会の新井史朗理事長は、会見でテロ対策について、「事業者は破滅的な破損に対して手を尽くして対応するが、それを超えて戦争状態になると、事業者、産業界の範疇を超えてしまう。外交努力、国際的な関係改善で努力していただくしかない」と話した。

 要するに戦争状態において大型兵器で攻撃されると「どうしようもない」ということだ。警備強化論も出てきている。岸田首相は、「福井県がもつ原子力施設警備隊を全国展開する議論をしたい」と答弁した。松野博一官房長官は原発がミサイル攻撃にあった場合、「イージス艦に搭載しているミサイルや地対空誘導弾で迎撃する」と、迎撃、防衛に踏み込んだが、これも簡単ではないだろう。いずれにせよ、議論が急づくりでまだ地に足がついていない。

原発はどうなるか、戦争はどうなるか

 原発は、第2次大戦後の平和な時代に開発され、比較的大きな国、強い国が保有してきた。そんな国が外国から侵攻され、原発のコントロールも奪われ、他の国も止められない事態はほぼ想定されていなかった。しかし、今回「まさか原発には手を出さないだろう」という「常識」、あるいは「願望」が吹っ飛んだ。

 今や、戦争における原発は戦略的な目標になったといえる。これまであまり知られなかった原発の弱点だ。今後の原発について、以下のような議論が起きている。

①原発のさらなる潜在的脅威、危なっかしさが分かったことで原発離れが進む。
②逆にロシアのガスなどに依存しすぎる「ロシア・リスク」が分かったことで、エネルギー源として原発を見直す論が広がる。
③西側の原発計画が減れば、国際市場で原発建設を担うのは中国とロシアばかりになってしまう。

今後、原発の議論がどこに向かうか。それはロシアが原発をどう扱うか、そして戦争自体の行方がどうなるかに大きく影響される。