Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.307 カナダにみる国・地方協調カーボンプライシングの可能性

2022年3月31日
京都府立大学公共政策学部教授 川勝健志

キーワード:カーボンプライシング、バックストップ、ベンチマーク、最低炭素価格

 近年、世界各国に強く求められている温室効果ガス(GHG)の大幅な排出削減目標を達成するための有力な手段の1つとして、炭素税や排出量取引制度などの「明示的な」カーボンプライシングの導入事例が世界的に拡大している。2021年4月現在、世界全体ですでに64のカーボンプライシングが導入されており、それらは世界のGHG排出量の21.5%がカバーされているという(World bank 2021)。中でも、本稿で紹介したいのは、これまで限られた州でのみ導入されてきたカーボンプライシングが近年、全国的に導入されることになったカナダの事例である。

 Oates (2004)などが主張してきたように、地方政府がカーボンプライシングなどの環境政策を独自に実施することは、まだ実施できていない他の地方政府や中央政府の「実験場」となり、その動きを全国に波及させる効果が期待できる。カナダでは2008年にブリティッシュ・コロンビア州で炭素税が導入されて以降、しばらくは他州の動きが鈍かったものの、2013年にケベック州でキャップ&トレード方式の排出量取引制度が導入されると、その後もアルバータ州とオンタリオ州でそれぞれ炭素税、キャップ&トレード方式の排出量取引が導入され、一時はそのカバー率がカナダ全体のCO2排出量の80%以上にも達した。

 しかし、州政府によるイニシアティブでカーボンプライシングを全国レベルにまで波及させるには、石油産油地であるサスカチュワン州なども巻き込む必要があり、限界があるように思われた。実際、カナダ最大の産油地であるアルバータ州や、国内最大の人口を有しカナダ経済の中心でもあるオンタリオ州では、保守政党への政権交代を機に導入済みであったカーボンプライシングが廃止された。アメリカでも2009年に北東部7州、2013年にカリフォルニア州で排出量取引が導入されているが、エネルギー資源の産出地であるテキサス州や五大湖周辺州では検討の動きすらない。日本でも規制対象となる事業所の約8割が商業施設である東京都とその連携協力をしている埼玉県では排出量取引が導入されているが、それ以上の広がりは見られない。

 気候変動がグローバルな問題である以上、政策の実効性、効率性や公平性、炭素リーケージや国際競争力への影響等を考えると、カーボンプライシングは本来、ナショナルさらにはグローバルレベルで導入される必要がある。Pedersen and Elgie (2015)などでも指摘されているように、地方政府レベルでカーボンプライシングを導入することの意義は過小評価されるべきでないが、世界政府がない現状では、中央政府が果たすべき役割や責任は小さくない。カーボンプライシングをめぐっては、国際協調の重要性もさることながら、国内でも中央・地方間での協調がこれまで以上に求められるであろう。そして、その際に問われるべきは協調の是非ではなく、協調のあり方とその方向性である。

連邦による全国的なカーボンプライシングの提案

 カナダの事例が興味深いのは、まさにそうした意味からである。カナダでは、2016年3月に連邦のジャスティン・トルドー首相と各州首相との会合でGHG排出量を2030年に2005年比で30%削減する目標を掲げた「バンクーバー宣言」が採択され、同年10月に全国的なカーボンプライシングが提案されると、2018年6月には「炭素価格付け法(Greenhouse Gas Pollution Pricing Act: GGPPA)」が連邦議会で可決され、2018年度末までにすべての州・準州(以下、区別せず州と略す)にカーボンプライシングの導入が求められた。具体的には、炭素税の導入を選択した州では、2018年の税率を少なくともCO21トン当たり10カナダドルとし、その後は毎年10カナダドルずつ引き上げて、2022年には50カナダドルにすることが求められる。一方、排出量取引の導入を選択した州では、前述した炭素税の税率が適用された場合に生じると予想される排出削減量を下限に、排出枠総量を2022年まで毎年引き下げることが求められる。また、仮に連邦が求める基準(ベンチマーク)を満たすカーボンプライシングを導入できなかった州があった場合には、連邦が自ら当該州に事実上の炭素税である「燃料課金」もしくは「アウトプットベース・ベースライン&クレジット方式の排出量取引(output-based pricing system: OBPS)」を課す「バックストップ(backstop)」が適用されることになる。

 このような連邦の介入は、一見すると各州にカーボンプライシングの導入を義務づける集権的なアプローチのように思われるが、他方でその具体的な制度設計についてはできる限り各州の選択に委ねる分権的なアプローチも兼ね備えている。例えば、炭素価格については、前述のようにその最低価格(carbon price floor)を定めたうえで厳格な引き上げが求められるが、連邦バックストップが適用された際に発生する収入については、すべて当該州に帰属する1。しかも、連邦バックストップの適用を自ら求めた州に対しては、その収入は連邦から全額交付され、その活用方法についても当該州の裁量に委ねられる。それ以外の州に対しても、連邦バックストップ収入のすべてが給付金や気候行動プログラムを通じて当該州の個人、家計、事業者、先住民等に還元される。

カーボンプライシングの導入状況

 表1は、2022年1月末現在のカナダにおけるカーボンプライシングの導入状況を示したものである。この表から、カナダのカーボンプライシングは、大きくはⅠ~Ⅲのタイプに分類できる2。タイプⅠは、連邦のベンチマークに適合した独自の制度を導入している州である。このタイプに該当するのは、水力発電比率が高く化石燃料への依存度が低いブリティッシュ・コロンビア州やケベック州、大西洋や北極海に接する沿岸地域で気候変動による凍土縮小や海面上昇への危機感が強いノヴァ・スコシア州、ニューファンドランド・アンド・ラブラドル州、ニュー・ブランズウィック州、ノースウェスト準州である。州独自の炭素税やキャップ・アンド・トレード方式の排出量取引を選択しているのは、連邦に先駆けて導入していたブリティッシュ・コロンビア州とケベック州、また両州のそれぞれ隣に位置するノースウェスト準州とノヴァ・スコシア州である。他方、後発のニューファンドランド・アンド・ラブラドル州とニュー・ブランズウィック州は、州独自の炭素税とOBPSを組みわせた、いわばハイブリッド方式を選択している。

 タイプⅡは、連邦バックストップの全部を自ら選択して適用している州である。このタイプに該当するのは、人的・財政資源の欠如などの理由で州独自の制度を整備することが困難な北方・島嶼地域であるユーコン準州やヌナヴト準州である。水力発電比率の高いマニトバ州については、2020年3月に州独自のカーボンプライシングを導入する法案が検討されていたが、新型コロナウイルス感染症の拡大で延期となった。そのため、現在は連邦バックストップ制度が適用されているが、今後はタイプⅠもしくはタイプⅢに分類される可能性がある。

 タイプⅢは、連邦バックストップの一部が適用されている州である。連邦のベンチマークに適合した州独自の制度でカバーされているCO2排出源には州独自の制度が、州独自の制度ではカバーされていないCO2排出源には連邦バックストップが適用される。このタイプに該当するのは、後述するGGPPAを違憲として連邦と係争した、アルバータ州、オンタリオ州、サスカチュワン州に加えて、プリンス・エドワード・アイランド州である。このタイプにおける各州の手法の選択は、やや複雑である。アルバータ州とオンタリオ州は州独自のOBPSを導入している一方で、連邦の燃料課金が適用される。逆にプリンス・エドワード・アイランド州は州独自の炭素税を導入している一方で、連邦のOBPSが適用されている。また、サスカチュワン州は州独自のOBPSを導入しているが、連邦の燃料課金だけでなくOBPSも部分的に適用されている。

表1 カナダ各州のカーボンプライシング導入状況
表1 カナダ各州のカーボンプライシング導入状況
注)CTは炭素税、FCは燃料課金を示す。また、C&Tはキャップ&トレード方式、PSS (Performance Standards System)、TIER (The Technology Innovation and Emissions Reduction)、EPS (Emissions Performance Standards)は、名称は異なるが、OBPSと同様に、いずれもベースライン&クレジットベース方式を示す。

(出所)Government of Canada website(https://www.canada.ca/en/environment-climate-change/services/climate-change/pricing-pollution-how-it-will-work.html)及びWorld Bank, Carbon Pricing Dashboard(https://carbonpricingdashboard.worldbank.org/)〔2022年3月22日閲覧〕に基づき、筆者作成。

連邦と州の法廷闘争

 以上のように、カナダでは、連邦が定める基準を満たすカーボンプライシングの導入を各州に事実上、強制させる一方で、州独自には何らかの理由で導入が困難な場合には連邦のバックストップを適用し、その収入は全面的に当該州に帰属させるという硬軟組み合わせた実に巧妙な方法によって、国全体のGHG排出削減目標の達成に資するカーボンプライシングの全国的な導入を実現している。もちろん、こうした連邦の行動に反発を強めた州もある。前述の「バンクーバー宣言」への署名を拒否したサスカチュワン州、政権交代を機に炭素税と排出量取引制度をそれぞれ廃止したアルバータ州とオンタリオ州の3州である。これらの州は、GGPPAは違憲であるとして、それぞれ州控訴裁判所(州内で最上位の裁判所)に提訴した。またその結果、サスカチュワン州とオンタリオ州が敗訴したのに対して、アルバータ州は勝訴したために、最終的にはカナダ最高裁判所にその判断を委ねる事態にまで発展した。最高裁判所でも最大の争点となったのは、3州での裁判と同様に、「温暖化対策は連邦の所管事項として認められるのか」、言い換えれば、「GGPPAは州の権限を侵害するものではないか」という点であった。

 2021年3月25日、カナダ最高裁判所が下した判決は、下記のような多数派意見により、GGPPAを合憲とするものであった3

・地球温暖化は州の境界を越えて被害をもたらす問題であり、カナダの1867年憲法の「平和、秩序、良き統治(Peace, Order, and Good Governance: POGG)」条項に該当する国家の懸念事項である
・GGPPAの目的は、温室効果ガスを削減するために、炭素価格の全国的な最低基準を確保することである。
・GGPPAは各州のカーボンプライシングが温暖化を抑制できる十分厳格な制度でない場合にのみ適用されるものであり、州の権限への影響は限定的である。

 つまり、連邦の役割はあくまで国全体のGHG排出削減目標や前述のようなベンチマークすなわち全国的な最低基準の設定などによって、国全体の排出抑制効果を担保することにある。そして、カーボンプライシングの制度設計をはじめその具体的な温暖化対策については州に委ね、その実施に必要な財源を保障するということであろう。

連邦ベンチ―マークの強化・更新

 カナダは2021年7月、2030年までにGHG排出量を2005年比で40~45%削減する目標を掲げて、NDC(Nationally Determined Contributions)を国連に提出した4。この目標は、同年6月に制定された「カナダGHG排出実質ゼロ説明責任法(Canadian Net-Zero Emissions Accountability Act)」において、カナダで初めて法制化されたGHG排出削減目標である。この野心的な目標を達成するために、連邦は最低炭素価格を2023年から2030年まで毎年1トン当たり15ドルずつ引き上げることも表明している。カーボンプライシングについては、その厳格さや有効性がすべての州で等しく担保されるように、連邦ベンチマークは2018年以降、適用されてきた原則に基づきつつ、2023年から強化・更新される5。その目標は、消費者や企業がGHG排出量を低コストで削減し、技術革新やクリーンな成長を支援するために、カーボンプライシングがカナダ全土の幅広い排出源に適用されることにある。つまり、連邦ベンチマークは、GHG排出量削減のために、炭素価格の全国的な最低基準を定めている。より具体的には、主に以下のような点がその更新内容である。

・すべての州のカーボンプライシングは、連邦バックストップでカバーされるGHG排出量と同じ割合をカバーすること。
・炭素価格を相殺するような費用負担者への即時割り戻しや明示的な燃料税の削減によって価格シグナルを弱めないこと、また産業部門へのOBPSは、対象となるすべての排出に最低炭素価格の明確なシグナルを維持できる強力な市場が創出される十分厳格なものであること。
・炭素リーケージに対する負担軽減措置は、国際競争力低下のリスクに晒される炭素集約的で貿易依存度の高い産業(emissions-intensive, trade-exposed industry)に限定されること。
・オフセットクレジットは、カナダ環境大臣会議(Canadian Council of Ministers of the Environment: CCME)で認定されたベストプラクティスであること。
・各州は2023年までに更新された連邦ベンチマークを満たす制度を整備し、2030年までその基準を満たし続けること(現行の年次評価から複数年評価へ移行することで頻繁な制度変更を規制し、制度の安定性向上を図る)

 これらのベンチマークを満たしてさえいれば、各州の実情に応じた制度の実施に関する裁量は引き続き州にあるとされている。

日本への示唆

もし日本でもカナダのように、すべての自治体(ここでは都道府県を想定)が国の基準に基づいて、例えば、一斉に独自の(独自にできない都道府県には国が)炭素税を導入する国・地方のいわば垂直的協調の枠組みを構築できれば、これまで東京都や神奈川県で検討されてきた地方炭素税構想が現実味を帯びてくるのではないだろうか6

 日本では、国が2012年10月に地球温暖化対策税を導入したもののその税率は極めて低く、国レベルでの排出量取引制度については、産業界を中心にその経済的影響等への懸念から依然として導入されていない。前述のように、自治体レベルでは東京都と埼玉県が国に先駆けて排出量取引制度の導入に成功し、一定の評価を得ているが、その後他の自治体への広がりは見られない。とはいえ、日本ではその運用に不可欠な情報インフラともいうべき「地球温暖化計画書制度」の導入がすでに全国的に広がっていることから、自治体レベルでの排出量取引の全国的な導入が今後期待される。しかし、排出量取引には、複数のタイプ(上流事業者排出対象、下流事業者(直接)排出対象、下流事業者(関節)排出対象など)が考えられるため、国レベルで新たな制度を導入すると複数制度が混在し、制度設計が複雑になる可能性がある(有村2022)。また、自治体ごとに排出量取引の厳格さや有効性が大きく異なると、効率性や公平性はもとより、国全体としてのGHG排出抑制効果が担保されなくなる。そのため、自治体レベルの排出量取引を全国的に導入する場合でも、中央政府である国のイニシアティブが欠かせないことを、カナダの事例は示唆しているように思われる。

参考文献・資料

Oates,W.E., (2004), “A Reconsideration of Environmental Federalism,” In Oates, W.E. (ed.), Environmental Policy and Fiscal Federalism, Edward Elgar: 1-32.

Pedersen,T.F and Elgie,S., (2015) “A Template for the World: British Columbia’s Carbon Tax Shift,” In Kreiser,L et al. (ed.), Carbon Pricing, Design, Experiences and Issues, Edward Elgar: 3-15.

World Bank (2021), State and Trends of Carbon Pricing 2021, Washington DC. https://openknowledge.worldbank.org/handle/10986/35620〔2022年3月22日閲覧〕

有村俊秀(2022)「カーボンプライシングの現状と展望―排出量取引の事後検証と日本における可能性について―」『環境科学会誌』第35巻第1号、1-9頁。

池上岳彦(2020a)「北米地域のカーボンプライシング―アメリカとカナダの比較―」『立教経済学研究』第74巻第2号、109-148頁。

池上岳彦(2020b)「北米地域のカーボンプライシング―アメリカとカナダの比較―」『立教経済学研究』第74巻第2号、109-148頁。

川勝健志(2019)「カーボンプライシングの政府間関係~カナダの連邦と州~」『地方財政』第59巻第6号、4-20頁。

1https://www.canada.ca/en/environment-climate-change/services/climate-hange/pricing-pollution-how-it-will-work.html〔2022年3月22日閲覧〕

2カナダのカーボンプライシングの導入状況について、各州の政権政党を加えるなど、政治経済学的な観点からも分類・整理を行った貴重な文献として、池上(2020a:2020b)がある。

3https://scc-csc.ca/case-dossier/cb/2021/38663-38781-39116-eng.aspx〔2022年3月22日閲覧〕

4https://www.canada.ca/en/environment-climate-change/news/2021/07/government-of-canada-confirms-ambitious-new-greenhouse-gas-emissions-reduction-target.html〔2022年3月22日閲覧〕

5https://www.canada.ca/en/environment-climate-change/services/climate-change/pricing-pollution-how-it-will-work/carbon-pollution-pricing-federal-benchmark-information.html〔2022年3月22日閲覧〕

6<東京都や神奈川県の地方炭素税案と日本における国・地方協調炭素税の可能性については、川勝(2019)を参照。