Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

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No.308 「洋上風力のある日本」と「洋上風力のない日本」

2022年3月31日
京都大学経済研究所 先端政策分析研究センター
研究員 山東 晃大

キーワード:洋上風力 地域共生 地域経済 日本の未来

 いよいよ日本でも洋上風力発電の大量導入が本格的に始まる。2021年までに4地域(ラウンド1)で洋上風力発電の事業者が決まり、今後も引き続きラウンド2以降で洋上風力を導入する促進区域や事業者の選定が進む見込みである。日本風力発電協会(JWPA)では、2040年までに最大45GWの導入目標を掲げているi。これを準備期間や建設期間も考慮して考えると、2035年頃までに毎年約3GW分の促進区域を選定し続ける必要がある。今回選定されたラウンド1では約1.7GW分であったため、それ以上の導入が引き続き求められる。系統や事業採算性、特に地域との合意形成など様々な観点から見ても、2040年までに45GWというのは十分野心的な目標である。しかし、本当に最大45GWのみで良いのだろうか?洋上風力発電による45GWの導入というのは、設備利用率35%で考えると年間発電量は約1400億kWhとなる。これは、日本における年間電力消費量の約15%に当たる。しかし、2050年までに脱炭素社会の実現を目指す日本にしては消極的ではないだろうか?かつて日本が高度成長期に描いた「日本列島改造論」のように、脱炭素社会への転換に向けて、洋上風力を含む未来のビッグピクチャーを再設計する時期に来ているのではないだろうか?海に囲まれる島国の日本にとって、洋上風力以上に大量導入が見込まれる電源はなかなか見当たらない。少子高齢化等で未来に対して閉塞感を漂わせるいまの日本には、例えば、2050年までに450GWの目標を掲げるぐらいのビッグピクチャーが必要と考える。

小さな温泉街から見えた日本における再エネの可能性

 私の研究テーマは、再生可能エネルギーによる経済効果であるii。特に、地域住民との合意形成を必要とされる洋上風力発電と地熱発電に特化した、地方自治体単位の地域経済分析を特徴の一つとしている。この研究に取り掛かるきっかけになったのは、長崎県小浜温泉における地域での経験からである。小浜温泉では、地域住民側の立場で小規模バイナリー発電所づくりに関わった。その過程で交わした地域住民との会話で印象に残ったのは、小浜温泉への経済的メリットの対象である。これまで経済分析は主に、産業連関分析による都道府県単位の経済分析が主流であった。しかし、地域住民が求めていたことはわが町への経済効果であった。産業連関分析では構造上、地域住民が求めていた地方自治体単位や地区単位の経済分析は困難であった。そこで、京都大学で研究していた地域付加価値分析を応用して地熱発電に当てはめた。同様に、漁業者という明確な利害関係者がいる洋上風力発電における地域付加価値分析にも取り組んだ。

 研究で気づいたことは、再エネは工夫次第で衰退を続ける地域に大きな恩恵をもたらすことである。毎年10兆円以上のエネルギー支出で海外に富を流出させ続けている日本は、経済的にも安全保障的にも好ましい状態とは言えない。地域の観点から見ても、地域のエネルギー支出の行き先は都市圏を経由して海外に流出していることが多い。環境保全や産業経済の観点からも大量導入が求められる洋上風力発電は、エネルギー安全保障や地域経済の観点から見ても、日本の経済構造を一転させるきっかけになる可能性がある。

大きな山を作らなければ、誰も登ろうとしない

 それでは、なぜいまの日本にはビッグピクチャーが必要なのか?それは、大きな山を作らなければ、あえて誰も登ろうとしないからである。稀有な存在を除いて、曖昧な方針と目標に対して挑戦するのは、大きなリスクを有するため動きづらい。しかし、そこに明確な大きな方針と目標が掲げられていれば、人はそこに向かおうとする。

 かつて米国で実現不可能と思われた1970年大気浄化法(マスキー法)は、ホンダの革新によって目標が達成された。日本国内においても、現在のインフラの多くは田中角栄元総理による日本列島改造論の影響を受けていると言われている。賛否は現在でも議論されているが、それでも短期間に日本の暮らしを劇的に転換させた原動力になったであろう。双方とも、政府が方針と目標を設定し、官民連携含む民間企業が一丸となって目標達成に向けて動いた例である。

 一方で、いまの日本が掲げる目標は現実的で確実性の高いことを重視してか、海外と比較すると小さく見えてしまう。2021年策定のエネルギー基本計画で、2030年までに最大38%の再エネ電源を目標と定めたiii。しかし、グリーン成長戦略では2050年の再エネ目標は最大60%とし、CCS火力や原子力発電で40%を占めるとされているiv。電力調整や系統など技術的な障害が懸念されていることは把握しているが、海外の目標設定と進捗を見ると、日本は初めから目標を低く設定しすぎていると感じる。

 例えば再エネ先進国のドイツでは、先日改正された「再生可能エネルギー法(EEG2023)では、2030年までに総電力消費量に占める再エネを80%に、2035年までに100%と新たに定めたv。これまでは2030年までに65%、2050年までに100%と定めていたため、電源の実質脱炭素化は最大15年間の前倒しとなった。ドイツはこれまで目標を超える勢いで目標を達成している。米国バイデン政権でも、脱炭素関連のインフラに2兆ドルを投資する環境政策を表明している。両国ともその本気度が伝わる。その本気度は民間企業に伝わり、脱炭素社会に向けた投資を促進するのではないだろうか?根本的な変化が求められる脱炭素社会への転換のためには、このようなビッグピクチャーが今の日本に必要であると考える。

 前述した「洋上風力2050年450GW」は、現時点では実現不可能な目標のように映る。「コスト」や「技術」など、2050年までに450GWの目標達成が不可能な理由はたくさん見つかる。しかし、あと28年でどのような技術革新や社会変化が起こるか分からない。今から28年前の1994年には、まだ携帯電話もそこまで普及していなかった。当時は、スマホ1つで世界中の人とリアルタイムで仕事ができる世の中を想像していた者はそう多くはないだろう。世界で本格的に導入が始まった洋上風力発電においても、現時点で想像つかない多くの技術革新や社会変化がこれからも十分想定される。

そもそも450GWの目標は実現可能なのか?

 そもそもなぜ450GWなのか?残念ながら、450GWという数値は私が適当に出した数値である。洋上風力発電で450GWとした場合、年間発電量は約1.5兆kWhとなる。国際エネルギー機関(IEA)では、日本における洋上風力発電のポテンシャルは約8兆kWhとしているため、450GWはポテンシャルの約20%に相当するvi。また、2050年に人口が現在の約75%に当たる9500万人に減少すると予想される日本において、電力消費量の変化も同等と想定すると年間7500億kWhまで減少するvii。450GWは、想定電力消費量の2倍発電することに相当する。前述の通り、450GWという数値には根拠がないため、具体的な目標数値に関しては別の研究に譲る。ただ、今後ビッグデータや人工知能などによる電力の消費量はどう変化するか分からない。世の中がどう変化するか予測するのが難しい中で、現時点で450GWの導入が非現実的だからと選択肢から外すのは少し早いのではないだろうか?

 次に、そもそも450GWの洋上風力の大量導入は可能なのか?日本には、世界6位の排他的経済水域447万㎢を有しており、それが前述の発電ポテンシャルの大きさ(IEA)を示している。もちろん現在世界で導入が進む着床式洋上風力発電は、水深の浅い海域に限定されるため、いずれは風車の設置エリアが不足する。そこで今後期待されるのは、さらに水深の深い沖合での設置が可能な浮体式洋上風力発電の導入である。日本では既に長崎県五島市で設置されている。2016年に稼働を始めた五島市沖の洋上風力発電は2024年に8基増設される。本格的に稼働する浮体式洋上風力発電かつ、地元漁業関係者と共生している事例として知られるviii。現時点ではまだコストが高く、陸から遠くなることによる送電網の問題など多くの問題が残る。しかし、五島市の事例のように、技術的には発電が可能な状態まで来ている。今後、浮体式洋上風力発電の導入は2030年までに世界で2GWが見込まれ、2050年に向けてさらに導入が増えることで、大量生産や大規模化によるコストダウンがさらに進むと見られているix

 前述のマスキー法のように、一見不可能な目標に挑戦するときに天秤にかけるのが、挑戦した時に得られる対価である。洋上風力発電は約2万点に及ぶ部品から構成されており、JWPAも2040年までに約60%の国内調達比率を実現するサプライチェーンの形成を目指している。もちろん海外サプライヤーとの競争も待ち構えているが、コンパクトなソーラーパネルに比べて、巨大な発電設備である洋上風車とその付帯設備は輸送コストの割合が高くなるため、国内生産は地理的に多少優位に立つと見られている。浮体式洋上風力においても巨大な浮体設備を必要とするため、もともと造船産業を持つ日本にとっても新たな産業機会になる。

 これらを総合的に見た場合、日本の国家単位・地域単位の双方で見ても、洋上風力発電は他の産業ではなかなか見られない大きな経済効果が見込まれる。さらに、安全保障においても、安定した供給が求められるエネルギー安全保障だけでなく、センサーによる監視など海上保安活動の補完として洋上風車を活用するメリットも考慮することができる。

予見性を高める工夫

 2021年12月に公表された第1ラウンドの結果は、政府が掲げていた発電コストの低減目標の達成を大きく早める結果になった。脱炭素社会の実現に向けてコストは大きな課題と見られていたため、これは大きな前進である。一方で、今回の入札の配点結果を見て、発電コストを評価する配点配分が大きく占めたことから、地域との共存などいくつかの懸念も指摘されている。これらに関する議論は、同コラムの山家公雄先生による「検証洋上風力入札」など、現行の入札制度を改善する議論に任せるとする。

 それでは、洋上風力発電の大量導入を促進するためには何が必要か?それは、洋上風力発電に関わる利害関係者に対する「予見性」であると考える。発電事業者に対しては事業継続の予見性、風車サプライヤーに対しては生産量の予見性、地域に対しては発電事業による影響と効果の予見性をそれぞれ改善することで、長期的な視点に立った大規模な設備投資と人材育成に注力することができる。洋上風力発電をはじめとする再エネ電源の普及は、限界費用ゼロに近い事業であるため、予見性を高めて、大量生産と技術革新への投資でいかにコストを下げるかに左右される。

 発電事業者に対する予見性については、2019年に施行された再エネ海域利用法によって大きく改善された。前述の入札制度やセントラル方式など、予見性を高めるためのさらなる改善についても各方面で議論されている。

 風車サプライヤーにおいても、ある程度需要の見込みが立って予見性を高めてからではないと、サプライヤーはコスト削減のために不可欠な大規模な設備投資と人材育成に踏み切ることは難しいため、予見性を高めるための工夫が求められる。例えば、国際宇宙ステーション(ISS)ヘの宇宙輸送サービスの民間委託移行に成功した米国NASAが実施した商業軌道輸送サービス(COTS)と商業補給サービス(CRS)が参考になるかもしれないx。宇宙ビジネスはコスト削減と継続的な技術開発のために風力産業以上に大規模な設備投資が必要になる。NASAはCOTSとCRSを組み合わせたプログラムによって、事前に長期契約を結びつけることで、宇宙輸送機サプライヤーに予見性を与えた。その結果、現在米国宇宙産業は飛躍的なコスト削減による革新を続けている。日本の洋上風力産業育成のためにも、風車や付帯設備メーカーなどに対して、このような予見性を高める工夫が必要になるかもしれない。

 地域に対する予見性についても、漁業との共存だけでなく、地域資源の権利を明確にすることで、地域への効果の予見性を高めることが期待できる。例えば、風車が設置された周辺住民や地方自治体に対して発電事業への出資する権利が一部与えられるデンマークの再エネ促進法など、風車が地域内に設置されることによる経済効果がわかりやすくなる仕組みや工夫も検討に値するxi。そうすることで、地域は挑戦による変化と効果を天秤にかけ、発電事業実施の検討と選択する機会を作ることも可能となる。

 このように、日本経済の発展に洋上風力発電を最大限生かすためには、洋上風力発電に関わる利害関係者に対する「予見性」を高める様々な工夫が求められる。洋上風力発電は手段の一つであり、地熱発電や太陽光発電など他電源もある。予見性を高めて提示した選択肢の中で、洋上風力適地の各地域がどのような電源を受け入れるかは各地域の選択であり、その選択をするために必要な判断材料を提供し続けるのが私たち研究者の役割と考える。

洋上風力がある日本を想像する

 私は、洋上風力で国内エネルギーのほとんどを賄う日本を想像してみたい。日本の広い海で分散して設置された大規模ウィンドファームからグリーン電力と水素系燃料が供給され、国産エネルギーとして日本経済を支える。予見性を与えられた日本の洋上風力産業は、JWPAが設定した国内調達比率60%を達成して大きな経済波及効果が確認される。経済的に疲弊していた地域や水産業においても、洋上風力発電をきっかけに地域で新たな経済循環が生まれた。海を囲う洋上風力は、エネルギー安全保障と国防の面でも貢献する。洋上風力発電と他の再エネ電源を掛け合わせた日本は、電力・熱・交通分野の脱炭素化に成功する。

 たしかに現実的に考えると、「コスト」や「技術」など、2050年までに450GWの目標達成が不可能な理由はたくさん見つかる。しかし、海外に比べて未来に対する前向きな見方が少なくなった私たちには、このような「夢」にも近いイメージの共有による「明るい未来の見える化」が必要かと思う。想像力を否定して実現できない理由を考えるのは容易ではあるが、想像力を膨らませてビッグピクチャー実現のための方法を考えることが、今の私たちに必要ではないでしょうか?

参考文献

i日本風力発電協会(2021). 2050年カーボンニュートラルの実現に向けた2030年の風力発電導入量のあり方, 第28回再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会(資料5)

ii山東晃大(2021).地域と共生する地域と共生する再生可能エネルギーにおける地域経済付加価値分析に関する研究~地熱発電と洋上風力発電の導入促進に向けて~, 京都大学大学院経済学研究科博士論文(https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/263416

iii経済産業省(2021). 第6次エネルギー基本計画

iv経済産業省(2021). 2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略, https://www.meti.go.jp/press/2020/12/20201225012/20201225012.html

v一柳絵美(2022). ドイツは2035年以降自然エネルギーほぼ100%実現へ「再生可能エネルギー法(EEG2023)」改正案を読み解く, 自然エネルギー財団(https://www.renewable-ei.org/activities/column/REupdate/20220318.php

vi国際エネルギー機関(2019). Offshore Wind Outlook 2019, https://www.iea.org/reports/offshore-wind-outlook-2019

vii総務省. 我が国における総人口の長期的推移, https://www.soumu.go.jp/main_content/000273900.pdf

viii五島フローティングウィンドファーム合同会社(2022). 長崎県五島市沖における洋上風力発電事業の概要, https://www.pref.nagasaki.jp/shared/uploads/2022/02/1646026045.pdf

ixGlobal Wind Energy Council’s(2022). Floating Offshore Wind -A Global Opportunity

xNASA. https://www.nasa.gov/commercial-orbital-transportation-services-cots

xi国際エネルギー機関. Promotion of Renewable Energy Act, https://www.iea.org/policies/4887-promotion-of-renewable-energy-act