Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.309 ナラティブ(物語的)な言説にはご注意を

2022年4月7日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授・安田 陽

欧州の電力市場価格高騰をめぐる言説

・この状況を説明するには2つの見方がある。
複雑な要因を考慮した機微に富む見方と、状況を単純化するための都合の良い方法を見つけるナラティブ(物語的)な見方である。

・世論は、事実を反映していないかもしれない単純なナラティブ(物語)にしばしば影響される。そして危機は、恐怖が売れることを知っているオピニオンメーカーにとって、絶好の機会となる。

––– (出典) Akshat Rathi: Making Sense of the Narratives Around Europe’s Energy Crunch,
BNN Bloomberg, Sep 28, 2021を筆者翻訳

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 本稿は上記の文章の引用から始めることとします。この論考は2021年9月に欧州で電力市場価格がじわじわと高騰し始め、メディアでさまざまな憶測が流れた時期に書かれたものです。日本語に翻訳されていないため、日本ではほとんど知られていないかもしれません。

 この時期、例えば海外メディアでも「風が止んだ後に欧州のエネルギー価格が最高記録に達した」、「欧州の再生可能エネルギーがエネルギー危機をもたらした」などのセンセーショナルな見出しの記事が見られました(引用符内の日本語は筆者翻訳)。

 このような主張は日本語メディアにも徐々に伝わり、例えば「『脱炭素先進国』のスペインがエネルギー危機に見舞われている。同国の風力発電の発電量が前年同月に比べ2割減るなど欧州の風が弱まったことが天然ガス価格高騰の発端の一つにもなった」、「風力が電源構成の約2割を占めるスペインでは9月の風力発電量が前年同月比20%減。風力の発電量減少分を天然ガスで補おうとしたことで電力の価格が高騰した」といった形で、欧州の電力市場やガス市場の価格高騰の原因が再生可能エネルギー(とりわけ風力)にあるとする記事も散見しました。

 上記の主張のように、欧州の電力市場価格の高騰が本当に風力発電(風が吹かなかったこと)による影響なのか?を明らかにするために、筆者らの研究グループで回帰分析を用いた計量経済モデルを使って分析を行いました。この結果、電力市場価格に与える影響の度合いはガス市場価格が最も大きいことが明らかになりました。風力発電が電力市場価格に及ぼした影響はゼロではないものの相対的にとても小さく、またガス市場価格に及ぼす影響は殆ど無視できるレベルであることもわかりました。つまり、上記のメディアの主張に科学的根拠を見出すことができないという結論となります。これらの分析の概要は3月10日に開催されたシンポジウムにて速報的に報告しています。

 一般にある事件が発生すると、その事件に関する情報が十分に集まらない段階から、多くの人が「~のせいだ!」「~すべきだ!」という勇ましい断定調の主張をし始めがちです。最近ではソーシャルメディア(SNS)で誰でも手軽に自己の主張を発信できるせいか、文字通り百家争鳴です。本来さまざまな主張があってもよいと思いますが、科学的根拠が十分に(あるいは全く)提示されないまま声高に主張だけを叫ぶものも多く、研究者としてはとても残念に思います。最近では上記の記事のように、新聞やテレビなどの従来型メディアでも十分な科学的根拠を提示せず、断片的な情報をチェリーピッキングしただけで結論を急ぐ記事も散見し、「事実を反映していないかもしれない単純なナラティブ」の流布を助長しているようにも見えます。

2022年3月22日の需給逼迫をめぐる言説

 「事実を反映していないかもしれない単純なナラティブ」は、別の事象、例えばつい先月(2022年3月22日)に東京および東北エリアで発生した需給逼迫でも見られました。

 この需給逼迫は、結果的に大規模な停電に至らなかったものの、大きな社会的影響を与えました。需給が逼迫し始めた前日や当日から、SNSや従来型メディアでもさまざまな見解が飛び交い、中には「原発を再稼働すべき」といった主張や「そもそも、自由化して電気代が下がる大きな要因は、安定供給に必要な余剰を削ることによって生まれることにあり」「自由化で余裕を削り」などと電力自由化に原因があるかのような説、「気象条件次第で出力が変動する再生可能エネルギーの弱さが浮き彫りになった」などと再生可能エネルギーと関連づけられるかのような見解が、十分なデータや理論的根拠の提示もないまま早々と見受けられました。

 この3月22日の需給逼迫に関して、公開されたデータを元に筆者が分析を試みたところ、① 3月16日に発生した地震により、2.5 GW(=250万kW)分の火力機が停止・出力低下し、2.3 GW(=230万kW)分の連系線運用容量が低下したこと、②春先の突然の寒波のため、最大需要予想が一週間前の予想より前日時点での予想が7 GW(=700万kW)分増加したこと、の2つの事象が同時発生したことが原因として強く推定できることがわかりました。これらの2つの事象は、仮にそれぞれ単独で発生していれば通常通りの系統運用の範囲内であり、需給逼迫警報も発令されなかった可能性が高いと言えます(詳細は内閣府 再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース準備会合 第28回資料を参照下さい)。

 2つの事象が同時発生することは、それぞれの発生確率の掛け算になるため非常に稀な発生頻度となります。このような万一の稀頻度事象の発生に備えてそれを電力設備の増強などで予防することは、かけたコストに対して得られる便益(ベネフィット)の期待値があまり大きくない可能性もあるため、経済的に極めて過大となり無用な国民負担を増やしてしまうことも大いに考えられます。つまり、今回の事象を原発が再稼働していないことや電力自由化に求めようとしたとしても、発生要因とは殆ど関係ない話であり、そのような「事実を反映していないかもしれない単純なナラティブ」を元に対策を立てたとしても、今回の事象を予防するためのリスク低減には殆ど貢献しないことになります。

ナラティブをめぐる言説

 上記では、2021年後半から始まった欧州の電力市場価格高騰と2022年3月22日に日本で発生した需給逼迫を例に、メディアなどを通じて流布されるナラティブとそれに対するファクトチェックを紹介しました。他の事象についても似たようなナラティブが発生しており、例えば2018年9月の北海道ブラックアウトや2019年9月の千葉県を中心とする長期広域停電に際してのナラティブとファクトチェックについては、筆者も論考にまとめ、『シノドス』および岩波『科学』に寄稿しました。また、「事件」ではありませんが、2017〜18年にメディアでも大きく取り上げられた送電線空容量問題も、ナラティブとそのファクトチェックの一例と言うことができます。

 これらのファクトチェックに用いたデータは全て公開された情報であり、これは最近外交や軍事の分野で注目されているオシント(OSINT: Open Source Intelligence)とも共通の手法です。現在では、インターネットなどに公開されている情報を調べて突き合わせるだけでも詳細な分析をすることが相当程度に可能であり、「あなたにだけ特別に誰もが知らない極秘情報を提供しましょう」という怪しげな勧誘に頼る必要はない時代になっています。

 インターネットは虚実入り乱れた玉石混交状態ですが、ゴミの山から宝物を探すコツは、データや理論、参考文献など科学的根拠をきちんと提示しているか?が一つの指標となるでしょう。人々は短い言葉で勇ましい断定調で述べるスローガンについつい魅了されがちですが、重要なのは「事実を反映していないかもしれない単純なナラティブ」ではなく「複雑な要因を考慮した機微に富む見方」なのです。

 「ナラティブ」という言葉は、本来ニュートラルであり、良い意味でも悪い意味でも使われます。経済学の分野では、2013年にノーベル経済学賞を受賞したロバート・シラー教授の『ナラティブ経済学』が有名ですが、そこでは「(1) 物語という形でのアイデアの口承伝搬、(2) 人々が新しい感染性物語を生み出したり、物語の感染性を高めたりするための努力」の2つの要素が注目されています。

 経済ナラティブは、上掲書の分類として「パニックと不安」が第一に挙げられているなど、どちらかというとネガティブな意味で用いられる場合も多いようです。まさに冒頭で引用した論考の一説のように、「危機は、恐怖が売れることを知っているオピニオンメーカーにとって、絶好の機会となる」のです。特に停電や電力価格高騰といった危機的状況に際しては、人々の不安に便乗した巧妙なナラティブに我々は細心の注意を払わなければなりません。

 ある言説に対してナラティブだと誰かが批判した場合、「おまえの方こそナラティブだ」という反論も返ってくるかもしれません。これはある情報に対してフェイクニュースだと批判すると「お前の方こそフェイクニュースだ」とお互いにフェイク呼ばわり合戦が始まる泥沼の状況と、一見似ています。

 しかし、前述の通り「ナラティブ」という言葉は本来ニュートラルであり、科学的根拠のないネガティブなナラティブに対しては合理的なナラティブを構築する必要があります。それは決して勇ましい断定調ではなく、やはりデータや理論、科学的根拠と科学的方法論に基づいた言説の有機的な積み重ねにあります。それが本来の科学の体系です。この共通理解を多くの方と共有するために、最後に『ナラティブ経済学』から下記の文章を引用して、本稿を締めくくりたいと思います。

・政策担当者は、もっと合理的で公徳心のある経済行動を確立するような、対抗ナラティブをつくり出し広めるよう努力しなくてはならない。対抗ナラティブは、もっと感染力のある破壊的ナラティブよりも効果を発揮するのが遅くても、いずれは有害ナラティブを矯正するものになる。

ロバート・シラー: ナラティブ経済学 経済予測の全く新しい考え方, 東洋経済新報社 (2021)

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(キーワード:需給逼迫、停電、電力市場価格高騰)