Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

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No.316 欧州の脱炭素・脱ロシア対策「リパワ―EU」

2022年5月30日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 山家公雄

 2月24日のウクライナ侵攻から2週間後の3月8日に、EUは脱ロシア策の方針を発表した。3か月を待たずに5月18日具体策“REPowerEU Plan”を公表した。2022年末までにロシア産ガス輸入量の2/3を代替し、2030年までに脱ロシアを完結する。輸入元の多様化と再エネ・省エネの前倒しを進める。前倒しの対象となるのが2021年7月に取り纏めたグリーンニューディール対策である” Fit for 55”である。今回は、「リパワ―EU」の背景とポイントそして日本への示唆について解説する。

1.脱ロシア天然ガスを決断した経緯

 ロシアのウクライナ侵攻を受けて、EUはロシア産エネルギ-資源に依存しないことを決断した。以下は、それに至る経緯である。

欧州ガス価格暴騰の背景にウクライナ問題

 2021年に入り、欧州の天然ガス市場価格は暴騰し、11月入り後は北東アジアの市場価格を上回るというかつてない状況が生じた。理由は色々挙げうるが、最大要因はロシアからの輸入が減少したことにある。ロシアの国営ガス会社であるガスプロムとの長期解約は順守されているが、市場価格が高騰しているにもかかわらずスポット取引が減少した。特にウクライナ経由、ベラルーシ・ポーランド経由のパイプライン輸送が目に見えて減少した(図参照)。これは、ウクライナ侵攻への準備、2021年9月に完成したノルドストリーム2(バルト海経由)への誘導を狙ったものとも言われた。

図 ロシアのガス供給:欧州向けパイプライン、利用状況の推移・予想
図 ロシアのガス供給:欧州向けパイプライン、利用状況の推移・予想
(出所)JOGMEC「天然ガス・LNG最新動向(2022/3/17)」より抜粋 

 欧州議会は、2022年1月25日にウクライナ・モルドバ等の周辺国をも念頭に置いた「a new External Energy Strategy」の作成を欧州委員会に要請する。グリーンに加えて周辺国との協力によるセキュリティにも目配りしようとするものである。そして2月24日にウクライナ侵攻が始まり、欧米を主にロシアに対する経済制裁が実施され、ロシア最大収入源であるエネルギ-資源取引の打ち切りが検討されるようになる。

脱ロシアガス決断への流れ

 ロシアエネルギ-資源の最大の輸出先は欧州であるが(2020年:原油50%、天然ガス73%)、欧州も輸入に占めるロシア依存度は高い(2021年原油27%、天然ガス45%)。しかし、エネルギ-供給を政治的圧力として利用するように見えるロシアから離れる方向に流れていく。欧州委員会は、3月8日に、2030年までにロシアの天然ガス輸入をなくす、2022年末までに2/3を減らすという基本策「REPowerEU」の方針を示す(以下、「方針」)。欧州議会は3月24~25日に基本線を了承し、委員会に具体的な計画「REPowerEU-Plan」(以下、リパワーEU)の作成を要請する。委員会は5月末までに作成する方針で臨むが、その後、ブルガリアとポーランドへのガス供給が停止されたことを受け、作成の速度を上げ5月18日にプラン発表となる。その間石炭に制裁を課し、さらに石油の年内輸入ゼロを決める(石油は加盟国で議論中)。

FF55を基にリパワーEUを策定

 EUのエネルギ-政策は、あわただしい動きを見せる。グリーンニューティール政策にて、2050年カーボンニュートラル、遅くとも2030年までに排出55%削減(1990年比)を法定化している。この具体策が“Fit for 55(FF55)”であり、2021年7月に欧州委員会が公表している。リパワーEUは、FF55公表から半年後の2022年3月8日に方針を発表し、5月18日に具体策を公表した。リパワーEUはFF55を活かしながら、ロシアの依存を2030年までに打ち切る施策を追加したものである。FF55により2030年までに天然ガス30%削減は可能となっていた。

方針で1000億㎥削減を提示

 3月8日の方針では、現状のロシアガス依存1550億㎥の2/3に相当する1000億㎥を削減する内訳を示した。代替天然ガス調達は600億㎥で、LNG調達500億㎥、PL調達100億㎥である。代替調達以外は各種措置の前倒しにて充当する。再エネ発電で200億㎥、省エネ180億㎥(ビル140、屋根置き太陽光25、ヒートポンプ15)、バイオメタン35億㎥である。 

2.リパワーEUの概要:調達多様化と再エネ・省エネ前倒し

 5月18日発表の具体策(リパワーEU)では、天然ガス調達多様化600億㎥の見通し、再エネおよび省エネ(エネルギ-効率化)の前倒し策を主に取りまとめられた。以下①ガス調達多様化、 ②省エネ対策、③再エネ対策、④再エネ水素、⑤投資・ファイナンスの順に解説する(表参照)。

表 脱炭素・脱ロシア対策「リパワーEU」 のポイント
表 脱炭素・脱ロシア対策「リパワーEU」 のポイント
(出所)REPowerEU-Planを基に筆者作成

ガス調達:多様化と共同協入

 ロシア資源の削減については、石炭および石油は2022年内に打ち切る。天然ガスは調達多様化により2022年末までに約600億㎥(LNG500億㎥、PL経由100億㎥)を代替するが、LNGは米国、カタール、豪州等を見込む。米国は前向きに対処する方針、との報道がある。カタールは英国、ドイツ等が具体的な交渉を開始している。PLはアルジェリア、モロッコ等のアフリカ諸国や中央アジア、中東等が念頭に置かれている。

 また、共通プラットフォーム(EU Energy Platform)を構築し、購入、インフラ利用、緊急時の配分等を共同で実施する。共同購入(joint purchasing mechanism)によりバイイングパワーをつけ、他地域に買い負けないようにする。この仕組みには再エネ水素の調達も含む。域内ブロックによるボランタリーな取り組みから始まるが、規制へと強化していく。

省エネ前倒し

 省エネは最速、最安の措置であり、前倒し策の筆頭に位置づける。2030年の省エネ目標は、FF55の9%削減から13%削減へ上方修正する(2020年基準)。なお、FF55は、2007年基準では32.5%削減から36%削減への引き上げに相当する。また、短期対策として需要家の「行動変化」を促す施策を整備し、ガス・石油消費を5%削減する。特に、家庭・産業へのコミュニケーションを重視する。また、加盟国は省エネ投資等の支援措置を講じる。ガス供給停止等の緊急時の対応について準備する。再エネ対策にもカウントされるが、ヒートポンプ普及を進める。ヒートポンプ設置率を2倍に拡大し、5年間で累計1000万台を目指す。また、地熱・太陽熱をも利用し、地域やコミュニティの熱供給システムの近代化を進める。

再エネ対策① 許認可手続き短縮 屋根置き太陽光の義務化

 再エネはカーボンニュートラル(FF55)の最大の柱であり、その前倒し策も中核施策となる。EU再エネ指令を改正し、最終消費に占める再エネ比率を2030年までに40%から45%へ引き上げる。その実現のために、許認可・環境アセスメントスケジュール短縮化を進める。EU平均では、計画から運開まで風力は9年、大規模太陽光は4年半かかる。「再エネ促進区域(Go-to-Area)」を設定し、同区域での手続き短縮を図る。また、先進地区のグッドプラクティスの普及を図る。

 再エネ前倒しの主役は太陽光である。短期間で設置可能という特徴を生かし、設置容量を2025年迄に現状の2倍に相当する320GWを新設し、2030年迄に600GWを目指す。特に屋根置き太陽光の普及を促す。新設の公共・商業建物そして住宅への設置を義務化する。また、技術開発を支援しサプライチェーンの整備を推進し、太陽光発電の産業化を図る。

再エネ対策② 風力はサプライチェーン整備

 カーボンニュートラルを実現するうえでの風力発電への期待は大きい。リパワーEUにおいて、2030年目標として風力全体で480GWの導入が見込まれている(現状は欧州で208GW)。2050年目標として陸上目標は1000GW(現状は180GW)、洋上風力は300GW(現状は28GW)と設定されている。これを前倒しする環境整備を図る。課題の一つであった許認可の短縮化は、前述のように政策として進める。もう一つの課題はサプライチェーンの更なる整備である。目先資材価格が高騰しているなかで、強靭なチェーンの整備を意識的に進めていく

 洋上風力は、欧州でも切り札と位置付けられている。リパワーEUが発表された5月18日に、北海沿岸に位置するEU4か国(ドイツ、オランダ、デンマーク、ベルギー)の関係者がデンマークの洋上港湾都市エスビアウに集まり、そしてフォンデアライエン欧州委員長も参加し「300GWの1/2に相当する150GWを北海に設置する」との共同宣言が採択された。関係者として政府首脳やオーステッド、RWE、シーメンスガメサ、ベスタス、Elia等の代表者が集まったが、事業者側からは、価格重視からサプライチェーン配慮への入札制度見直し、インフラの効率的整備の重要性を訴える声が相次いだ。 

再エネ水素等の前倒し

 再エネ水素(グリーン水素)は明確に上方修正目標値が設定された。FF55では2030年までに560万トンの水電解水素(域内生産)、輸入を含めて合計1000万トンが見込まれていたが、これを2000万トン(域内生産1000万、輸入1000万)に引き上げる。ガス代替燃料としての役割が重視された。生産と定義に係る法制度を整備する。域外として地中海・北欧・東欧・アフリカを想定し、関係国との協力体制整備を前倒しする。核心技術である水分解装置の開発、関連のインフラ整備を加速していくことになる。バイオメタンは、2030年までに350憶㎥まで拡大する。

所要投資は27兆円で再エネ関連は15兆円

 リパワーEUにて追加される措置を実現するためには、2027年迄に2100億ユーロ(27兆円、135円/€)の投資が必要としている。内訳をみると、太陽光・風力で860億ユーロ、域内水素電気分解設備で270億ユーロ、送電線で290億、蓄電設備で100億、ガスインフラで100憶等となっている。水素を含めた再エネ関連投資が1130億ユーロ(15兆円)と過半を占める。一方、ロシアガス削減効果は年間1000億ユーロ(13.5兆円)と試算する。

3.リパワーEUの課題

 EUはロシアのエネルギ-資源、特に天然ガスに大きく依存してきた。域内の資源が減衰するなかで、豊富な資源を誇り、低コストインフラであるパイクラインでつながるロシアへの依存が強まってきていた。政治的な対立はあっても、ガスプロムと域内大手エネルギ-事業者との間では、長期相対契約を通じて安定取引に係る強固な信頼関係が構築されていた。調達する側も供給する側も信頼関係がなければ双方が困るからである。冷戦期でも契約は守られており、相当量のガス取引は政治的な安定にも貢献する、と信じられていた。しかし、ウクライナ情勢を巡り信頼関係は崩れた。

加盟国間で連帯できるか

 EU政府として、エネルギ-安全保障重視を打ち出し、ロシア資源依存からの脱却を決めた。ロシアがいつ供給を停止するか分らないという緊迫した状況のなかでは、EU加盟国間の連帯が不可欠となる。しかし、これは容易なことではない。今後主役になるLNG輸入に適した沿岸国と内陸国、中東欧を主にロシア依存度の高い国と低い国、高コストに耐えられる国・市民とそうでない国・市民等が存在する。すなわち調達多様化が容易な国とそうでない国が混在する中で、一体としてことに当たる必要がある。EUとして存在感をもつための宿命ではあるが、容易ではない。ハード・ソフト両面での共通システムの構築が不可欠になる。

 幸いにもEUにはグリーンニューディールの強固な枠組みがあり、ブリッジテクノロジーである天然ガスも遠からず縮小することになっていた(FF55で2030年までに3割削減)。2/24ウクライナ侵攻から2週間後の3/8にロシア脱却方針を打ち出せたのは、法定されたグリーンニューディールが存在し、また2022年中にも天然ガス最大輸出国となる米国を含め西側の団結がある。石炭火力フェーズアウトの時期が遅れるであろうが、一方で省エネ・再エネの前倒しでカバーされることになる。

脱炭素政策のなかで投資の予見性を確保できるか

 600億㎥もの代替ガスが2022年末までに確保できるか、が最大の課題であろう。新規開発には時間を要する、既存契約は長期で相手がほぼ決まっている、発展途上のスポット市場はアジア勢等との競争が激しい等が資源業界の従来常識である。2050年カーボンニュートラルを固定したままで資源投資を実行できるか、予見性を提供できるかが問われる。米国シェールガス開発がカギを握るように思える。開発と運転に弾力性があり、市場取引を基礎とし、地理的にも北東アジアと欧州双方に供給できるからだ。また、西側およびNATOの盟主として米国は事態収拾の責任を有するであろう。

4.終わりに 後手に回る日本

 ウクライナ侵攻に係るエネルギ-問題の日本の受け止め方は様々である。サハリン1、2の権利を巡る議論も生じている。カーボンニュートラルを推進する一方で、ロシアガスに多くを依存してきた欧州の政策を疑問視する論は少なくない。特に原発、石炭のフェーズアウトを決め、再エネとロシアのガスに依存するドイツのエネルギ-戦略を「失敗」と断じる向きは多い。しかし、当事者とはいえ2週間で脱ロシアの方向、3カ月弱で具体策を纏める力量は認めざるを得ない。セキュリティなきカ-ボンニュ-トラル志向の結末と揶揄する向きもあるが、カーボンニュートラルを真剣に考え具体策をまとめていたが故に迅速に対応できたといえる。カーボンニュートラルの主役である再エネ(含む水素)および省エネは、天然ガスの代替策でもあり、自給率向上というセキュリティ策でもある。グリーンニューディールという言葉自体「産業創造」を包含する。確固たる戦略が存在しているが故に短期間でスケジュールを変更・前倒しできるのである。 

 日本は、2050年カ-ボンニュ-トラルにコミットしたが、2050年の姿やプロセスは漠としている。1次エネルギ-で再エネ、原子力、CCS火力、水素アンモニア火力等多様な選択肢が提示されており、輸入依存度の高い絵となっている。その意味でセキュリティに課題が残る。一方、ウクライナ侵攻後エネルギ-安全保障の重要性が高まったことは間違いない。洋上風力入札に係る審査基準の見直しが進められているが、「安全保障認識の高まりを背景に洋上風力の前倒し導入が不可欠となった」ことが理由に挙げられた。しかし、2030年までに570万kW導入という「野心的水準」、2040年の目標値30~45GWは前倒しされてはいない。全体的な見直しは議論すら起きていない。もっとも、曖昧な全体図の中では、どこをどう前倒しするのであろうか。

 岸田総理をはじめ再エネ主力化の加速、安全性を前提とする原子力発電の再稼働に言及されている。突き詰めると再エネ・省エネ・原子力のスケジュールを明確にするということであろう。少なくとも参議院選挙の主要論点に上がるべきものである。

 我が国は、天然ガスのほぼ100%を輸入に頼るが、LNGスポット価格の暴騰による影響は甚大である。電力価格の高騰だけでなく、燃料買い控えによる発電量抑制により、新規契約が締結できない「電力難民」も登場している。今後は、「EUの共同購入」に買い負ける事態も想定される。EUを揶揄できるような状況ではない。