Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.321 原発の安全を議論する能力はあるのか?/泊判決が問う電力会社の劣化

2022年6月23日
京都大学大学院経済研究科 特任教授 竹内敬二

キーワード:泊原発 運転差し止め 防潮堤 原子力規制委員会

 札幌地裁(谷口哲也裁判長)は5月31日、北海道電力の泊原発1~3号機について「津波への安全性を満たしていない」として運転を認めない判決を出した。この裁判では、北電の「原発安全性議論への消極姿勢」が話題になった。提訴から10年が経っても、北電は主張と立証を終えず、裁判長が「もう待てない」と審理を打ち切り、判決にこぎつけた。一方、原子力規制委員会が行っている泊原発の再稼働に向けた審査でも、規制委は議論を引き延ばすような北電の姿勢を批判してきた。

 裁判所と規制委の両方から批判を受ける北電。問われているのは「原発の安全性の説明・立証を行う当事者能力」だ。規制委は「専門的な議論に応じられる人材が社内に不足している」とまでいっている。電力会社は、かつては原発に万全な体制を持っていただろうが、停止原発を抱えて安全対策費が膨らむ中で、安全を支える社内体制が劣化しているのではないか。

10年だらだら、「もう待てない」と判決へ

 この裁判は北電・泊原発の周辺住民ら1200人が、「原発で事故が起きれば生命、身体の安全が脅かされる」として運転差し止めや廃炉を求めたものだ。地裁は「今の防潮堤は津波への安全性の基準を満たしていない」として運転差し止めを命じた。廃炉については「必要とは思えない」として認めなかった。原告のうち30キロ圏内に住む44人が原告適格を認められた。原発事故の際、放射性物質で被害を受ける可能性があるからだ。(表1参照)

表1  札幌判決の骨子、筆者作成
泊原発1~3号機を運転してはならない
北電の主張立証を終える時期の見通しが立たない
防潮堤の有効性について十分な説明がなされず、
津波に対する安全性を欠いている

 津波対策の不備で運転差し止めになった判決は初めて。東日本大震災の後に言い渡された、原発の運転を認めない判決は4件目。たいてい提訴から判決まで極めて長い時間を要している。(表2参照)

 裁判は2011年11月に提訴された。長期裁判だが、札幌地裁(谷口哲也裁判長)は今年1月に審理を打ち切った。北電が裁判での議論をテキパキとやらなかったからだ。並行する形で原子力規制委による泊原発の再稼働に向けた審査も行われていたが、北電はそこでの議論、結論を裁判に持ち込む姿勢だった。

表2  原発の運転を認めない判決(東日本大震災の後)、朝日新聞を参考
原発 裁判所 決定内容 提訴 1審判決 提訴から
泊原発1~3号機 札幌地裁 運転差し止め 2011年11月 2022年5月 10年6ヵ月
大飯原発3、4号機 福井地裁 運転差し止め 2012年11月 2014年5月 1年5ヵ月
大阪地裁 設置許可取り消し 2012年6月 2020年12月 8年5ヵ月
東海第二原発 水戸地裁 運転差し止め 2012年7月 2021年3月 8年7ヵ月

 しかし、それでは裁判は規制委の議論待ちになるし、いつ終わるかも分からなくなる。谷口裁判長は審理打ち切りの事情を判決でこう説明している。「この状況で審理を継続することは……(規制委の)審査会合の状況によって変更されうる被告の(裁判での)主張立証に延々と対応することを余儀なくするものである」。強い苛立ちが伝わってくる。

撤去する、撤去しない…。防潮堤の仕様を示せず

 北電の主張の消極性と主体性のなさは、最重要である防潮堤の議論を迷走させた。北電は福島第一原発事故後の2012年、高さ16・5メートルの防潮堤建設に着手し、2014年に完成させた。しかし、液状化で沈む可能性が指摘され、不十分なものと分かった。その後、規制委などから「撤去してはどうか」の意見が出たが、北電は「残す」と決定、最近になって「撤去する」に変えるなど方針が二転三転し、今年3月から撤去工事を始めた。将来、新設する方針だが、「16・5メートル」という高さ以外の内容は決まっていない

 北電は「規制委の議論で決着がついていないから」という理由などで、結局、裁判で「必要な防潮堤の姿」を明確には示せなかった。その先延ばしの姿勢と自信のなさが裁判での立場を悪くしたといわれる。そして裁判所は判決で「現時点では津波に有効な防潮堤は存在しない」との判断を示し、北電は負けた。

原子力規制委頼みはもう古い

 裁判における原発の安全性議論にはモデルがある。1992年の四国電力・伊方原発の許可取り消し請求訴訟の最高裁判決だ。この判決では「安全性の適否の判断は専門的技術的な調査審議及び判断をもとにしてされた行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべき」とされた。つまり「国・行政庁が手続き上の相当の失敗をしていなければ問題なし」ということだ。多くの裁判がこれに従って判断し、国と電力会社はほぼ連戦連勝を続けてきた。

 ただ、福島事故の後は状況が変わり、個々の原発特有の大事故想定について細かく議論されるケースが増えた。規制委の更田委員長は「規制側に言われた通りにしていれば最後は何とかなるというのは福島事故以前の思想だ」とも話している。

のらりくらり、右往左往

 北電は、規制委での審査の進行に多くを頼って裁判を乗り切ろうとした。実はその規制委の審査でも北電の評判は悪かった。積極的な主張、調査をしないからだ。北電は2013年に泊1~3号機の再稼働申請をした。(今は3号機を優先している)。これは申請のトップグループの一員だったが、そのとき一緒に申請した5原発10基のうち、再稼働できていないのは泊原発だけだ。

 更田委員長は札幌地裁判決の翌日、会見で判決への感想を問われ、特定の発電所は念頭にないとしたうえでこう話した。「のらりくらり、右往左往して、一向にまじめに立証する姿勢が見られないのであれば、審査の中断や、いったん不許可という判断だってありうる」。裁判とは別に規制委は規制委として再稼働審査をちゃんとやるので、北電も積極的に取り組んで欲しい、ということだろう。

人材不足、もっと専門家を雇って欲しい

 今年4月12日、ぎくしゃくしている規制委と北電との間で、審査の停滞を打開する目的の異例の意見交換会が開かれた。議事録を見ると…。

 「自社(北電)に地震、津波、火山について少なくとも専門的議論に応じられる人材を抱えていただきたい。そこが欠けていることが、決定的に泊3号機の審査に影響していると思う」「自然ハザードにかかる人的リソースの拡充を」(更田委員長)。「社内の専門家がいないのではないか。雇って欲しい」という要求だ。

 これに対して北電の藤井裕社長は、津波解析の専門家確保が不十分だったことを認め、「理学専攻者の新規採用・中途採用を含む随時募集、関係のある先生や大学への働きかけ、電中研や専門家への相談や…、そういった専門の人材を確保していく」「自然ハザードに精通した人材が大体社内に5名程度いる…」などと答えている。個別社の人員の話にまで話が及ぶとは驚きだ。電力会社の原発問題への対応力が変わってきているようだ。

まとめ。札幌地裁判決の評価と電力業界で起きていること

 札幌地裁判決は電力業界と原発の現場で起きている多くの課題を明らかにした。箇条書きにまとめる。

①2011年の東電の福島第一原発事故以降、原発の運転を差し止めるなどした判決や仮処分決定が増えてきた。電力業界では「訴訟リスク」ととらえ始めている。また今回の札幌地裁判決は谷口裁判長が50歳と比較的若い。これまでは退官が近い裁判官が原発に厳しい判決を出す例が多かった。法曹界にこれまでとは異なる影響が考えられる。

②札幌地裁での裁判や規制委での審査では「北電の論争する力」が問われた。北電は論争を支える調査、研究能力が不足していた。規制委は「もっと専門家を雇用して」とまで言うようになった。福島事故の前は、日本の電力会社は、規制委など国の組織に頼ってきたが、その時代は終わり、個別社の実力がさらされる時代になった。

③北海道新聞は、「泊原発の3基すべてが停止中。もし停止が確定すれば停止中の10年間で投入した約8000億円が無駄になる」という趣旨の記事を書いている。電力会社は廃炉や停止原発を抱え、安全対策費が積み上がっている。再稼働が見通せない電力会社では経済的負担が重くなっていることを指摘している。

④裁判での論争が複雑化している。かつて国は「日本の原発は過酷事故を起こさない」と言っていたが、福島事故で状況は変わった。今の裁判では、大事故が起きたときの住民避難計画の実効性、数万年に一度という阿蘇山大噴火への考え、個別の原発に必要な防潮堤の高さが議論対象になっている。個別の社では対応しきれない難しさがある。

⑤日本では「原発を持たなければ一流の電力会社ではない」という風潮があり、かつての大手9電力すべてが原発を保有している。しかし、小規模な会社に至るまで同じような原発担当の部署をもつのは無理な時代になっている。関西電力、九州電力、四国電力はある程度、再稼働が進みそうだが、動かない原発が重荷になっている社も多い。「東日本原発会社」「西日本原発会社」のように原発をまとめる新社構想の議論も進むだろう。