Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.333 原発への武力攻撃、混乱する原発リスク/ウクライナで進む異常事態

2022年9月1日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 竹内敬二

キーワード;戦争、ウクライナ、IAEA、ザポリージャ原発、リスク

 ウクライナ戦争の中、原発の危険性がもてあそばれている。ロシアはウクライナへの侵攻後から南部のザポリージャ原発を武力制圧、管理しているが、そこに重火器を運び入れて「軍事基地化」した。「危険の塊である原発は攻撃されない」と考えたのだろう。しかしその後、同原発は何度も攻撃されている。ロシア側からの攻撃のほか、ロシア側が「ウクライナ軍の攻撃だ」と非難するケースもあり混乱が深まっている。一方、国連や国際原子力機関(IAEA)が事態収拾に動いているがうまくいかず、IAEAの視察団派遣にさえ長い時間がかかった。ウクライナ戦争における原発リスク論の変化は、コラムNo.305(原発と戦争、吹っ飛んだ「常識」~ロシア侵攻が提起する新たな原発リスク)で報告したが、事態はさらに悪化している。その途中経過の報告。

ザポリージャ原発を占拠、重火器の搬入、軍事基地

 ロシア軍は今年2月の侵攻直後、北部にあるチェルノブイリ原発(廃炉作業中)を一時制圧したが、約1か月で撤退した。一方、南部のザポリージャ原発を3月初めに制圧し、ロシア軍がウクライナ側の職員を管理しながら、運営している。

 ロシア軍はさらに6月ごろから同原発に重火器を搬入し、付近に地雷を埋設して同原発を「軍事基地化」した。そこからはウクライナ各地を狙う攻撃が可能だ。ロシアが二つの原発を占拠した直後は、だれもが驚き、「原発が壊されたらどうするのか」の議論が起きたが、瞬く間に事態は悪化した。

原発が攻撃基地、攻撃目標になる異常

 8月9日、ザポリージャ原発の対岸の町へ攻撃があり、13人が死亡した。ウクライナは「ロシアが原発から攻撃した」として報復を示唆した。これは原発からの攻撃だが、8月に入って同原発はしばしば外部から攻撃されている。これに対してロシア軍、ウクライナ軍の双方が「相手が攻撃している」とも主張するなど情報も入り混じっている。

(写真;チェルノブイリ原発近くに放置された車両。原発事故の処理に使われた。汚染しているものも多い。ロシア軍はこの原発を占拠していた時期に原発周辺で塹壕を掘るなどして放射性汚染物を拡散し、兵士も被曝したとされる。写真は2006年、筆者撮影)



ジュネーブ条約違反の可能性大

 一般的に戦争であっても原発への攻撃は禁じられている。危険の塊だからだ。戦争捕虜の扱いなど「戦争のルール」を決めているジュネーブ条約第一追加議定書は「危険な力を内蔵する工作物への攻撃」を禁じている。ダム、堤防、原発が対象だ。

 現在のザポリージャ原発への外部からの攻撃がどの程度の規模なのか、原子炉や使用済み燃料保管施設など最も危険な場所を狙ったものなのかどうかは、正確なところは分かっていない。しかし、戦争下において原発が占拠され、軍事基地化され、さらに攻撃されているのは事実だ。極めて異常な事態だ。これはジュネーブ条約違反である可能性が強い。

国連、IAEAも力不足

 8月10日、G7(先進7カ国)の外相はロシアに対し「ザポリージャ原発を直ちにウクライナの管理に戻し、IAEAの視察受け入れを求める」声明を発表した。IAEAは何度も「正常に戻すように」と声明を出すが、視察に行けないし、事態を動かせていない。

 8月11日、国連安保理は安保理事会の緊急会合を開催。グロッシ事務局長はロシア、ウクライナ双方に対し、「早急に視察、調査団の受け入れを」と求めたが、事態は動かなかった。

 8月19日、国連のグテーレス事務総長は「ザポリージャ原発の非武装化、部隊の撤退、IAEAの視察訪問」を訴えたが、訪問ルートについてロシアが難色を示した。国連安保理の常任理事国であるロシアはなかなか動かない。

日本の原発リスク論への衝撃

 原発の安全を守るということは過酷事故、放射能の大量放出を起こさないことだ。過酷事故の原因は三つに大別される。

 A内的事象「機械の故障、ヒューマンエラー」、B外的事象(地震、洪水、火災、津波など)、C人為的事象(テロ)。

 これにどう備えるかについては国によって濃淡がある。米国やフランスは、武装したテロ集団の原発侵入を極めて深刻に考え、訓練など厳しい対応をしている。一方、日本はテロ襲撃への緊張感が薄かった。2020年には東電・柏崎刈羽原発で、不正侵入を検知するモニターが壊れたままで放置されたほか、発電所員が他人の原発入所カードを使って出入りし、中央制御室まで行っていた。そんなずさんな運用が露見し、原子力規制委員会が激怒する事態も起きた。どこかに「日本では大規模なテロの襲撃はない」という雰囲気があったからだろう。

日本の原発がミサイルで攻撃されたら…。

 そうした日本にもウクライナの事態は衝撃だった。とりわけ「ミサイルなどで外部から攻撃されたら」の議論が広がっている。

 他の先進国は平時に原発をどう警護しているのか。米国は民間の武装した警備員、英国も民間の核施設保安隊、フランスは国家憲兵隊(の警察権の部分で)防護している。「武装しているが軍隊ではない組織が守っている」といえる。

 原発は核エネルギーの平和利用といわれる。平和利用の施設が平時から軍隊に警護されているのは、本来の目的にそぐわないとの考えがあるのも確かだ。もちろんどこの国でも大規模な攻撃があった時は軍隊も動く。

 日本では、非武装の警備員、警察の銃器対策部隊、それに海上保安庁の沖合パトロールで警護されている。ただ多数の原発をかかえる福井県だけが、原発を対象にする原子力施設警備隊をもっている。人員は約100人。サブマシンガンなどで武装している。杉本達治福井県知事はさらなる警備の充実を求めている。

 ロシアによる原発占拠後、松野官房長官は、「日本の原発がミサイルなどで攻撃されたらどうするのか」と聞かれ、「イージス艦からの迎撃や地上からの迎撃ミサイルなどで迎撃する」などと答えた。官房長官のいうように、平時は警察権で警備され、警察では対処できない事態になると自衛隊の出番になる。そういう仕組みになっている。

自衛隊の力をどう使うか

 ウクライナの事態と原発防衛について、議論を整理して提示しているのが公益財団法人・公共政策調査会(板橋功研究センター長)だ。

 ロシアのウクライナ原発への攻撃・占拠については、目的として「エネルギーをコントロール下に置くこと」「施設そのものを人質に取り恐怖を与え、圧力として利用すること」と分析している。

 占拠された原発については「IAEA、国連の管理下に置くなどの新しいルールづくりが必要」という。原発をより強力な武器で守る場合は、武力衝突の際、施設により大きな損傷が出る可能性もあるなど、これから議論すべき問題点も指摘している。ただ現在のウクライナ危機にすぐに役立つものではない。

 現在、日本では原発防護についてさまざまな意見が出ている。その一つが、「最初から自衛隊に守ってもらうと安心ではないか」というものだ。日本の現行法では、「緊急対処事態」「武力攻撃事態」になると自衛隊が対応する。しかし、平時から自衛隊の活用を組み込んでおく方がいいとの考えだ。この議論はこれからだ。

まとめ。ザポリージャ原発の現状、異常事態が提起した課題

 ウクライナのザポリージャ原発で起きていることは、その前例のなさと危険の大きさで世界を震撼させている。そして戦争そのものと同様、収拾が見えない。それが日本と世界の原発リスク論争に与えつつある影響を箇条書きにまとめる。

1)ザポリージャ原発では「まさか起きないだろう」とされていたことが起きている。
2)それは原発の武力占拠、原発への火器搬入、原発からの攻撃、原発への攻撃などだ。
3)IAEAも原発への襲撃を想定していたが、それはテロ集団、犯罪者集団によるもので、正規軍による攻撃、占拠は想定外だった。
4)現在の事態は「原発への攻撃」を禁じたジュネーブ条約・第一追加議定書の違反と考えられる。
5)国連、IAEAは収拾に動いているが、ロシアは動かず。現地視察もできていない。
6)日本でも「原発が攻撃されたらどうする」という新たなリスク議論が起きた。
7)日本の現行法では、原発への攻撃が強くなり、「緊急対処事態」「武力攻撃事態」になると自衛隊が対応する。「最初から自衛隊を対応に組み込むべき」との意見がある。
8)国際的には「戦争下では原発を国連などの管理下に置く」といった考えも出ている。ただ現在の事態をすぐに動かす案ではない。

資料参考

参考資料;「核セキュリティについて」(公益財団法人・公共政策調査会、板橋功。22年7月26日)内閣原子力委員会への講演レジュメ、2022年7月26日。