Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.337 広義のカーボンプライシングとOECDが主導するカーボンプライシングの国際比較プロジェクト

2022年9月19日
公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)
関西研究センター
プログラムディレクター/上席研究員 小嶋公史

キーワード:明示的炭素価格、暗示的炭素価格、実効炭素価格 野心度


 岸田首相は、今年6月に開催されたエネルギーと気候に関する主要経済国フォーラム(MEF)において、クリーンエネルギーを大胆に導入するための「成長志向型カーボンプライシング」を集中的に検討することを表明した。しかし、この成長志向型カーボンプライシングは、経済産業省が主導するGX(グリーントランスフォーメーション)リーグ基本構想の中核的取り組みとして議論される中で、企業が自主的に設定するGHG排出削減目標が達成できなかった場合の不足分を補うための、企業間の自主的な排出量取引という位置づけになってしまった。達成できなかった場合の罰則もない自主的排出削減目標の不足分を補うための自主的な排出量取引で、クリーンエネルギーの大胆な導入が実現するとは考えられず、なんとも残念な話である。カーボンプライシングに対する経済産業省の消極的な姿勢の背景として、エネルギー課税や産業界の自主的排出削減努力など含めた広義のカーボンプライシングで考えれば、日本はすでに高いカーボンプライシングを導入済みだという主張がある。

 一方、経済開発協力機構(OECD)は、これまで広義のカーボンプライシングを活用して、加盟国の排出削減努力の野心度を比較する試みを行ってきた。現在OECDでは、2021年6月に就任したマティアス・コーマン事務総長の提案に基づき、「明示的炭素価格」と「暗示的炭素価格」という2つのカーボンプライシングについて国際比較を行う事業を強力に推進している。

 本稿では、広義のカーボンプライシングについて話題提供を行うとともに、EUの国境調整措置をめぐる動きとも関連し国際的な議論に影響を与えると予想されるOECDのカーボンプライシング国際比較事業について紹介する。

実は一筋縄ではいかないカーボンプライシングの定義

 再生可能エネルギーのさらなる導入、真の主力化を実現するうえで、脱炭素化の社会的便益を適切に反映した本格的なカーボンプライシングが導入されれば大きな効果が期待できる。ここで言うカーボンプライシングは、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガス(GHG)の排出量に応じて価格をつける明示的炭素価格(炭素税や排出権取引)を念頭においている。

 一方、カーボンプライシングに関する議論においては、化石燃料の消費を抑制する効果を持つガソリン税のようなエネルギー課税も一種のカーボンプライシングではないか、あるいは、再生可能エネルギーの固定買取価格制度(FIT)や、省エネに関する規制などもGHG排出削減のコストを製品価格に上乗せする結果となるので、カーボンプライシングの一種である、といった主張もなされている。これらの、明示的炭素価格ではないが、GHG排出削減のコストを製品価格に上乗せする結果となっているものを総称して、暗示的炭素価格という言葉が用いられる。2017年6月に開催された環境省「カーボンプライシングのあり方に関する検討会第1回」では以下のように整理している。

図1 様々なカーボンプライシング概念
図1 様々なカーボンプライシング概念

 このうち、エネルギー課税については暗示的炭素価格として一括りにしてしまうのではなく、「準明示的」炭素価格として区別する考え方もある。エネルギー課税(化石燃料課税)は再エネとの比較においては化石燃料の相対価格が上がることで排出削減効果をもたらすことが期待され、この点においては明示的炭素価格と同等の機能があると言える。ただし、エネルギー課税はGHG排出量に比例した税率となっていないため、例えば、天然ガスのエネルギー1単位あたりの税率が石炭の税率よりも大幅に高い場合には、天然ガスから石炭へのシフトを誘発する可能性がある。このような場合にはエネルギー課税がかえってGHG排出増につながってしまう。このように、異なる化石燃料に対する税率設定の仕方によっては排出削減効果が期待できないという点において明示的炭素価格とは異なるが、それ以外の点では明示的炭素価格とほぼ同じ効果が期待できるという点で、「準明示的」炭素価格と考えることができる。後述するが、経済開発協力機構(OECD)は明示的炭素価格にエネルギー課税を加えたものを「実効炭素価格(Effective Carbon Rates)」と定義し、各国の実効炭素価格の推計を行っている。

 我が国では、経済産業省や経団連などが、本格的カーボンプライシングの導入に対して、経済的な悪影響などを理由に従来から消極的であったが、本格的カーボンプライシング導入に反対する理由の一つとして、日本は高税率のエネルギー税(ガソリン税、軽油取引税など)や厳しい省エネ規制などにより、すでに高い暗示的炭素価格が発生しており、これ以上のカーボンプライシングの導入は不要であることが挙げられている。このような主張を端的に示している例として、2017年4月に経済産業省が発表した長期地球温暖化対策プラットフォーム報告書では、炭素税やETSだけではなくエネルギー税も含めて明示的カーボンプライシングと定義したうえで、FITや省エネ法などによるCO2排出削減コストを暗示的なカーボンプライシングとし、これら2種類のカーボンプライシングにさらにエネルギー本体価格を加えたものを「カーボンプライス」と定義した上で、「カーボンプライス」と排出削減の相関が見られないことや、我が国の「カーボンプライス」がすでに高いことなどを理由に、追加的なカーボンプライシングの導入に否定的な見解を示している。エネルギー本体価格は基本的に需給バランスで決まるものである。OPECによる減産合意よる価格高騰など、供給側の要因で価格が変化する場合には価格の上昇が需要減につながる負の相関関係が予想されるが、景気動向など需要側の要因で価格が変化する場合には 、需要が増えれば価格が上がる正の相関になると予想される。実際のエネルギー価格は供給側・需要側の両方の要因で変化することから、エネルギー本体価格と排出量の関係は一般的に正負の相関が入り混じることとなる。エネルギー本体価格を含めた分析ではカーボンプライシングの排出削減効果を見ることはできないことは明らかであり、経済・エネルギーの所管省庁が、エネルギー本体価格を含めた「カーボンプライス」に排出削減効果がないと堂々と主張できてしまう日本の状況は危機的と言える。

OECDによるカーボンプライシングを活用した排出削減努力野心度比較の取り組み

 OECDは、各国の政策を評価するための新たな指標の開発や政策評価の国際比較を通じて国際政策議論に大きな影響力を持っている。カーボンプライシングについてはこれまで「実効炭素価格」という新たな指標を開発し、各国の政策議論に大きな影響を与えている。OECDは、実はこれまでに2013年に発表された「Effective Carbon Prices」(以下2013年ECP)と、2016年に発表され現在も情報更新がなされている「Effective Carbon Rates」(以下ECR)という、2種類の異なる「実効炭素価格」を公表しており、注意が必要である。

 2013年ECPは、異なる国や部門で実施されているGHG排出削減の取り組みを炭素価格に換算することで種々の政策の費用効率性を評価することを目的としており、明示的炭素価格とエネルギー課税を含むすべての暗示的炭素価格を合計したものである。2013年ECPは以下のグラフに示すように発電部門、道路運輸部門といった部門別に推計されている。

図2 対象国の主要部門毎2013年ECP推計値
図2 対象国の主要部門毎2013年ECP推計値
出典:OECD(2013)Effective Carbon Prices

 日本の2013年ECPを見ると、発電部門でCO21トンあたり約150ユーロと、推計の対象となった国の中では韓国に次いで高い数字となっている。この数字をどう解釈すべきか、と考えたときに、2013年ECPの問題点が見えてくる。この数字が、高い明示的炭素価格(高い炭素税や厳しい排出枠のもとでの高い排出権取引価格)によるものであれば、排出削減に向けた野心的な取り組みを反映していると言えるが、削減のための取り組みの費用対効果が低く、排出削減が進んでいない結果として高い暗示的価格が生じている場合には、かえって政策見直しの必要性を示唆している数字と解釈する必要がある。つまり、高い明示的価格は野心的な排出削減取り組みを意味するが、高い暗示的価格は明示的炭素価格以外の政策手段による野心的取り組みの結果である場合もあれば、かけた費用の割には削減が進まない非効率的な取り組みことの結果である場合もあり、暗示的炭素価格をそのままの形で野心度評価に使うことは避けるべきなのである。しかし数字というものは一人歩きするものである。2013年ECPが高いことを理由に、すでに野心的な排出削減取り組みを行っているエビデンスだと主張した国があるであろうことは、容易に想像がつくのである。

 このような問題意識はOECD内部でも議論されたようで、2016年にOECDは新たな指標として「Effective Carbon Rates」(ECR)を公表した1。ECRは明示的炭素価格(炭素税、排出権取引)とエネルギー課税(のCO21トンあたり税率換算値)を合計したものと定義されており、明示的炭素価格と準明示的炭素価格の合計と考えることができる。前述したエネルギー課税が税率設定によってはGHG排出増につながる可能性がある点を除けば、ECRが高いということは、GHG排出に外生的に上乗せされた価格が高いということになり、野心度の高いカーボンプライシングが実施されていると見なすことができる。ECRの各国比較を以下に示す。

図3 主要国のECR(全部門平均)
図3 主要国のECR(全部門平均)
出典:環境省(2018)カーボンプライシングのあり方に関する検討会:とりまとめ(OECD(2016)の数字を加工)

 日本の全国レベルでの明示的炭素価格(CO21トンあたり)は温暖化対策税の289円(鉄鋼業やセメント業などの大規模排出事業者が免税となっているので、全国平均の明示的炭素価格はそれ以下)であるが2、ECRでは34.2ユーロ(現在の1ユーロ143円換算で約4900円)であり、主要国の中では中程度といった位置づけである。これは、CO21トンあたり換算だと27380円となるガソリン税などのエネルギー課税によってECRが押し上げられていることによる(表1参照)。

表1 部門別平均ECR(2015年値)
表1 部門別平均ECR(2015年値)
出典:OECD(2016)に基づき筆者が推計(為替率は2022年19日の1ユーロ=143円で計算)

 ECRで見ると、二大排出源である発電部門と産業部門について、前者で約1500円、後者では約500円と低い水準にとどまっていることが明らかとなる。脱炭素社会への意向に大きく舵を切っている欧州では複数の主要国においてCO21トンあたり1万円を超える炭素税がすでに導入されている現状に比べ、日本においては追加的な明示的(または準明示的)炭素価格を導入することで再エネの大胆な導入を促進する機会はまだまだあるということが見て取れる。

 現在OECDでは、2021年6月に事務総長に就任したマティアス・コーマン氏の提案に基づき、広義のカーボンプライシング概念を活用した、各国の気候変動対策の野心度に関する国際比較プロジェクトが進められている。2022年2月に発表されたG20財務大臣会合向けOECD事務総長報告書の中でコーマン事務総長は、ECRがカーボンプライシングに関する国際議論に貢献し縦横なベンチマークを提供していることは評価しつつ、より幅広い排出削減取り組みを網羅した分析が必要であるとし、排出削減取り組みの野心度に関して国際的に比較可能な指標を提供するために、様々な政策の炭素価格等価をモデルで推計する暗示的プライシングと、明示的炭素価格の計測に関する共通手法を開発することをコミットした。この新しいOECDの取り組みは、ECRの路線から2013年ECPの路線に回帰する議論につながる可能性もある。カーボンプライシングの国際比較は、EUが2026年1月から本格施行を開始することを決定し、国際的に注目を集めている炭素国境調整措置(CBAM)の施行にも影響を与えることが予想されることから、このOECDの国際比較取り組みが適切なカーボンプライシング概念に基づいて行われるかどうかは重要である。OECDの環境政策のモデル分析を担当しているOECD環境局の環境経済政策統合課の担当者にこの点について質問したところ、2013年ECPを排出削減取り組みの野心度評価に使用する問題点については認識しており、2013年ECP路線に回帰するということではないとの回答であった。具体的な方法論については検討中ではあるようだが、大きな方向性としては、各国の削減目標を仮に明示的炭素価格のみで達成すると想定した場合に必要となる炭素価格をモデル分析によって推計する方針とのことである。所定の削減目標を達成しうる炭素価格をモデル分析で推計する試みはこれまでも多くなされており、モデルの特性によって推計結果が大きく異なることが知られている。結果を公表するためには加盟国政府の承認を得ることが必要なOECDが、このような方法論で加盟国政府の承認を得るべくどのように分析を進めていくのか、今後も注目する必要がある。

参考資料

環境省(2017) 「カーボンプライシングのあり方に関する検討会第1回」資料
環境省(2018) 「カーボンプライシングのあり方に関する検討会」とりまとめ
経済産業省(2017) 長期地球温暖化対策プラットフォーム報告書
OECD (2013) Effective Carbon Prices. OECD, Paris.
OECD (2016) Effective Carbon Rates. OECD, Paris.
OECD (2022) OECD Secretary-General Tax Report to G20 Finance Ministers and Central Bank Governors. OECD, Paris.


1 ECRでPricesではなくRatesという用語を選択した理由について、OECDのECR担当者にヒアリングしたところ、Effective Carbon Pricesという呼称を使用したかったのだが、2013年ECPですでに別の定義がなされてしまったので、止むを得ず別の用語を選択したとのことであった。拡張版のCarbon Pricesであることを明瞭にしめす呼称の使用を断念せざるを得なかった担当者の無念が伝わってくる回答であった。ECRの日本語訳として実効炭素税率としている例も見られ、Ratesに対応した正確な訳であるのだが、一般に使用される実効炭素価格という訳の方がかえって担当者の意図に沿ったもののようである。
2 自治体レベルでは、東京都が2008年から、埼玉県が2011年から、それぞれ排出量取引制度を導入している。