Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.338 ドイツのエネルギー危機の渦中の議論
(1)混乱と困難に揺れるドイツ

2022年9月29日
ドイツ在住エネルギー関連調査・通訳 西村健佑

キーワード:ドイツ、エネルギー危機、ロシア、ガス輸入

 今回から数回にわたり、ドイツ国内のエネルギー危機対応の議論の一端を紹介する。原発稼働延長や石炭予備力稼働、格安鉄道チケットなどの詳細については報道で目にされている方も多いので割愛し、個別対策の詳細ではなくドイツ政治の思考回路を想像してみる。

対応が取れないドイツ

 ドイツはエネルギー危機による経済・社会への悪影響を回避することはできず、コロナ禍以上に深刻なダメージを負うだろう。

 そんなドイツのエネルギー情勢や政策動向について言えることが2つある。まず、この危機を短期で脱出するような解決策はなくソフトランディングは不可能ということ、そしてその困難の大きさゆえにドイツ国内の議論が錯綜していることだ。

 原発を続けるか、石炭稼働を容認するかに限らない。エネルギー価格高騰の対策案も乱立している。昨年まで感染症の専門家だった政治家が長年にわたるエネルギーの専門家であることを打ち明けるなど、もはや誰もが専門家であり、何かしらの方向性を見出すことは困難を極める。

 この問題が難しいのは、短期の対策と長期の対策が矛盾することもありえること、EUと加盟国という権力の重層構造によって各国の部分最適がEUの全体最適とは異なること、エネルギー価格を引き下げることができたとしても地域差や格差が広がりかねないことだ。これらは、特に選挙を控える政治家にとって大きな問題となる。ドイツは国政選挙が2021年だったため今年は国政選挙の予定はないが、3月にザールラント州、5月にシュレースヴィヒ・ホルスタイン州、ノルトライン・ヴェストファーレン州で選挙が行われ、10月9日にニーダーザクセン州の選挙が控えている。

2022年に行われた州選挙の結果(数字は得票率(%)、カッコ内は前回からの増減)
2022年に行われた州選挙の結果(数字は得票率(%)、カッコ内は前回からの増減)

 州選挙には州ごとの伝統や課題が影響するため、必ずしも国政への賛否だけを反映するものではないが、3月と5月の選挙結果で変化があるのは、現与党第一党のSPD、与党の一角を担うFDPが票を落としたこと、同じく与党の緑の党と前与党のCDUが伸びたことである。またロシアに近い左派党がすべての選挙で得票率を落としたことは国民全体としてはウクライナ支持の雰囲気が強いことを示しているだろう。

 与党の明暗が別れたこと、前与党が復権し始めたことは今後の政権運営と早期のエネルギー危機対策の障害になりうる。今後は各党がより理念的な政策を主張することが考えられ、全体の調和にかける極端な政策提案が続くと考えられるためだ。受け取る側には「ドイツが〇〇をする、☓☓をしない」といった報道に一喜一憂しないことが求められる。特に10月前半は次の州選挙に向けて各政党、なかでも閣僚の発言が目立つようになると思われるが、ほとんどは観測気球という認識が必要だ。議論は連立内部でさえ混沌としており、各政党が自説をどこまで現実的と見ているかさえ見極めが難しい。

持てるものを使い尽くす

 ドイツは2021年時点で石炭50%、石油35%、ガス55%をロシアに依存していた。乱暴な計算になるが、今年これらすべての輸入が止まると1次エネルギー消費の30%が途絶えることになる。ドイツをこれまで拡張投資に邁進してきた工場に例えると、ある日突然本社から「(侵攻開始の2月から)10か月以内、できれば今すぐに30%の省エネを実行せよ。さもなければいつどの機械が燃料切れで停まるか予想もつかない」と言われてもできることは限られるだろうし、最終的にすべての機械を止めずに操業を続けることは不可能に近いだろう。

 ドイツが直面しているのはそういった状況である。つまり短期的に従来どおりの社会や経済を維持する手段はないと言ってよい。

 ドイツ経済専門家会議(SVR-Wirtschaft)は、まずは国内の持てるものすべてを使ってエネルギー供給を確保する必要があると述べている。もてるものには石炭や原発も含まれ、会議メンバーらは原発の数年延長、石炭発電予備力の再稼働を支持している。他方で、これらの対策は長期的なドイツのエネルギービジョンと整合性が取れている必要があるとして、原発の新設や大幅な延長には反対の姿勢を示し、政府の2030年の脱石炭を努力目標として支持している。

 ドイツのロシアからの化石資源輸入を巡る最重要課題は産業と建物で消費されるガスであるが、これは代替手段が限定的である。他方で、ドイツの電源ポートフォリオは比較的多様化されており、今年のように欧州で原発と水力の発電量が大幅に落ち込んでいて頼りにならない状態が続いている中では、再エネを含む国内電源のフル活用はドイツのみならずEU全体にも正の効果がある。

 緑の党のハベック経済相はドイツ国内の稼働中原発3基(年末に停止予定)の内、2基を予備力として23年4月まで待機させておくことを決めたが、これは「持てるものすべてを使い尽くす」という視点から大きな批判にさらされている1。しかし原発稼働延長派も延長に向けた具体的な行程は描けていない。

 もう1つ、もてるものを使い尽くすという観点で重要なものが「価格メカニズム」である。ドイツはガスも電力も原則自由化されている。しかし、ドイツのエネルギー会社は以前から比較的長期契約や相対契約で燃料や電力を確保する傾向があった。国有化されるエネルギーコンツェルンのUniperも、経営危機のきっかけはガスの長期契約をロシア側に破棄されてあわてて高いスポット市場でガスを買い集めたものの、これまた長期契約を結んでいた顧客(地方のガス会社など)に価格転嫁できなかったことが大きい。ノルドストリームなどのロシアからのガスパイプライン整備は長年政府と経済界の強力な後押しによる国策だったこともあり、私の見ている範囲ではUniperの国有化を「自由化の失敗」と捉える向きは日本よりは少ないと感じる。

 仮に自由化の失敗を是正するためにガスや電力価格の統制(この場合は主に価格抑制)を行うことになれば需要が抑制されずに供給不足に陥り、ガスの配給制に至る可能性は高い。また、マージナル電源(ガス)と限界発電コストが低い非マージナル電源(再エネ、原発、石炭、石油など)を分けて取引することになると、非マージナル電源市場の中のマージナル電源(主に石油と言われる)が停止してしまい、結果的にガス発電の量を増やすことにもなりかねない。卸市場をPay as Bidに変更することも短期的には効果があるが理論的には市場参加者が学習するとむしろ全体のコストは高くなるリスクが高い。危機が去ればPay as Clearに戻すとなれば市場は余計に混乱し、あらゆる投資が抑制されるだろう。

 私の理解する限り、ドイツはエネルギー需要抑制と電源ポートフォリオにおけるガス発電抑制のために価格メカニズムを使うことが念頭にあり、厳しい価格高騰下にあっても市場の価格決定メカニズムに手を加えることには反対する姿勢を示してきた。産業のガス需要はこうした政府の姿勢を理解してか、2022年の月別のガス消費は2018-2021年の平均と比べて7月は-21.3%、8月は-21.9%だった(ただし両月とも国全体としては前年比で増加)。

 もちろん産業のガス消費減は短期的には生産の減少を意味し、操業縮小や停止する事業者への手当を行わないと政権崩壊に繋がりかねない。そのため、原則市場での調整を支持してきたSPDと緑の党もEUと足並みを揃えるという建前で「偶発利益(または超過利益)」を徴収することに乗り出した。詳細は未定だが建前論としてはEUの決定に従うことになるだろう。

 ドイツは戦後最大の困難に混乱している。しかし、誰もがわかっていることは総力戦しかないということである。次回は再エネ投資についてお伝えする。


1 ただし、電力の安定供給に最も重要と考えられるバイエルン州の原発Isar2は漏水が見つかり、延長には一度運転を停止しないといけないリスクが最近明らかになった。