Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

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No.340 電力安定供給回復まで前途遼遠/絶息寸前の小売事業者(1)
~自由化開始で膨らんだ競争活況と萎んだ安定供給体制~

2022年10月13日
電力・エネルギーアナリスト 阪本周一

キーワード:電力システム、供給不安、変動再エネ、電力料金、ダイナミックプライシング、市場連動料金

 最近の電力業界周辺の報道に接して心が明るくなるものはひとつもない。「小売電気事業者撤退(登録700社超のところ、事業停止社数は100社超)」、「JEPX価格高止まり」、「LNG、石炭価格高止まり」、「最終保障約款への流入増加」、「東電エナジーパートナー債務超過」等々。。。全部を列挙する意味もないのでこの辺で止めておくが、煎じ詰めれば安定供NO.340給構造崩壊、最終消費者に転嫁すべき仕入れ価格水準の見通し喪失、小売事業者の事業継続困難化ということだと認識している。

 実際、小売事業者の環境は厳しい。東北電力と東京ガスが共同出資している新電力「シナジアパワー」が8月に事業撤退を公表した際は「電源の裏付けのあるシナジアでもか・・・」と呟く業界人が多かったはずである。掲社は自前発電力を有する出資会社企業グループからの電力調達比率が8割を越え、市場依存度の高い新電力各社とは一線を画する存在であり、小売先も東電エリアの中小ビジネス客をターゲットにし、無闇な拡販をしていなかったと伝え聞く。しかしながら3期連続純赤字であり、出資企業の電源はそれぞれの本体向けに温存したい思惑、傷の浅いうちの撤退判断となったのではないかとも推測される。ましてや、市場と常時バックアップに依存する新電力小売りが市場高騰、価格転嫁困難の前に先行きを見失うのも宜なるかな・・である。

 2回に分けて、今に至った経緯、原因、当面の展望について、私の所見をお話したい。私自身は、燃料、新電力小売、発電所新設検討等に一定の経験を有する者である。学術的ではなく、実務、事業が回るかどうかという視点に基づく論考となることをご承知いただきたい。


 今回は、「システム改革、完全自由化当初の期待、参入小売事業者の思惑」が「電源維持を軽視した制度設計下で進んでいた安定電源退出」により崩れ、「安定電源不在、価格乱高下状況における小売事業者の価格設計の難しさ」故に今後の事業健全性確保の展望が見えない・・・というこれまでの流れをお話しする。

完全自由化前後からの振り返り

1.JEPX活性化と自由化

 シナジアが設立されたのは2015年10月。翌年度からの家庭用自由化開始もあり、電力業界が沸き立っていた頃である。当時、旧一般電気事業者系の火力発電所は程々に稼働しており(再エネ優先給電導入前であった)、JEPXへの玉出し拡大と電源開発や公営電力との相対契約のリリースは議論が始まるかといった頃合いながら市場活性化への道筋はつきつつあり、かつ旧一電源の市場応札価格は限界費用ベースであることが自主的取組といいながらも事実上の規制措置として課せられ、市場流通量の拡大と仕入れ価格の安定が予想されていた。無対物である電気を設備投資もせずにペーパー取引で確保できる環境は整ったように見えた。買い手市場でもあり、電源の調達機会は市場、相対ともに程々にあった。販売も旧一電小売単価をベンチマークにしていれば値頃感をアピールでき、それなりの顧客はついてくる。。。こう考えて参入した新規小売が陸続とし、今では800社近くに達したのである。(※信じがたいことだが、今のような先が見えない時代にも関わらず地域新電力を構想している自治体は相変わらずあるし、新規登録を行う事業者もいる。)

2.持続不可能だった活況:瘦せ細る発電力

 楽観的な業界状況の裏では供給力の後退が進行していた。限界費用入札は「予備率を超えるような部分についての適用であり、玉出しは安定供給に支障は及ぼさず、余剰発電力が売れるのだから発電者にとってもメリットがある」という理由で奨励されたのだが、メリットがあるのであればなぜ違反に対し業務改善勧告が行われたのであろうか。(2016年11月対東京電力エナジーパートナー) 適正取引ガイドラインで限界費用玉出しに言及するのは、発電事業者が好んでするものではないからであろう。固定費を含まない価格による電力売却をJEPXで行うのであれば、固定費をつけた価格の電力を相対卸で捌けるはずもなく、こちらもJEPX価格見合いで取引がなされる。自社グループ小売販売分で固定費回収を意図すれば、小売間競争で劣勢になり、やはり捌ききれない。結果、維持管理費用ともいうべき固定費を市場でも相対契約でも自社小売充当でも発電事業者は確保できなくなった。そもそも在庫・欠品可能な通常の商品と異なり、同時同量の掟のある電力の場合、予備率に関わらず需要があるから発電がされる。余剰生産分、必須生産分の違いは電力に限ってはないのである。固定費回収方法が意識されないままの数年間が推移したのだが、『水ぶくれの支配的事業者であればこの程度の受忍はできて当然』『頑張るのが矜持』といった思い込みが制度設計に際しあったのではないか。

※今次の電力需給逼迫の際、『旧一電に矜持があれば状況は違っていた』といった自由化と矛盾する言説を各所で耳にしたものである。他方、旧一電も安定供給に支障が出かねない制度改変政策が安定供給を犠牲にしかねない場合でも、正面からなすべき反論をとことんはしなかった。懸念を表明はしても、委員に一喝されて黙り込む光景を何度見たことか。双方、襟を開いて議論を尽くしていれば、と思わずにはおれない。

 さらに再エネ優先稼働の中で稼働制約を受ける火力発電は変動費の回収もできなくなった。燃料を確保しても稼働量が安定せず、余剰燃料の逆ザヤ転売を余儀なくされる事例もあり、火力発電事業者は燃料確保に抑制的な方針に転換していく。燃料の長期契約手当ては行われず、まして上流権益投資は一顧もされず、燃料発注量の減少に伴う燃料物流貯蔵インフラ・要員の縮小は放置された。

 供給力が過少になれば、電力価格が上がるのは当然である。そして供給力回復のための制度手当ては常に後手に回る。これが、マネーサプライ、他国からの輸入の当てのある財であればまだしも、国内自給自足の電力、設備形成に時間がかかる電力であれば、状況の改善に時間を要することも自明である。にも拘らず、『価格シグナルを受けて設備形成がなされるであろう』とインフラ産業特有事情を軽視したツケは大きかった。この時期に、電源維持の発想が規制に取り込まれていれば、現状のように安定電源枯渇には至らなかったであろう。この時点で必要だったのは、市場供出価格を下げることではなく、量供出の中長期の見通しを確保し、小売の競争状況の下支えをすることであったと、今にして思う次第だ。

 ただ、旧一電が制度設計の犠牲者であったと弁護するつもりは私にはない。2017年、18年頃の自治体入札案件の実績をみれば、旧一系小売事業者が破格の価格を提示したこと、一目瞭然である。可変費さえ回収できればよい、販売利益ではなく販売kWhで業績を評価する思考が先行して、自社の財務基盤を破壊していた側面はあった。新電力もサービス複合化を構築できず、過当競争に追随した点、それぞれ反省するべきだ。

小売事業者目線の苦境

 安定電源が後退した結果、小売事業者も先への展望がみえなくなってきた。今日は、価格設定に絞って所見を披露させていただく。

1.従来の料金体系の限界

 事業撤退、縮小が相次ぐ小売事業者業界。外部環境は改善の見通しが立たない。小売事業者経営の鍵は、電気を仕入れ、顧客のロードカーブに整えて、適正利潤を乗せてお届けするもの、と表してよいだろうが、仕入れ原価の想定が実に難しくなっているのである。

 安定電源のみで電源が構成されていた頃であれば、電力仕入れ原価における変動要素は燃料価格しかない。燃料価格が飛びぬけて高くても、予め仕入れ原価として予想でき、顧客転嫁を支障なく行えるのであれば、小売事業者の経営に程々の安定を期待できる。価格変動は燃料費調整条項で吸収できるので、最終料金設定に特に困難はなかった。

 しかし、変動再エネが大量に導入され、優先発電されるようになると料金設定の難度は別物となる。太陽光、風力の稼働率はせいぜい20~30%程度であり、仮に稼働状況を素晴らしく精緻な気象予報により予見できて、計画誤差/インバランスが生じないとしても、不稼働時間帯の電源を手当てする必要がある。不稼働時間帯に投入される電源はdispatch可能なものでなければならないが、その種の電源量が減退して、調達コストの予見性が下がっている。従来の火力発電所はエネルギーミックスの中では縮小が想定されており、新規投資が行われていない。残留している老朽電源にしても一定時間の継続稼働があって経済性が発揮できるのだが間歇性の高い変動再エネ追随を前提とすると経済性は損なわれる。物流インフラ維持に必要な発電所の稼働量も確保されないし、今後も見通しが立っていない。仮に物流インフラが維持されていたとしても、発電用燃料自体が諸外国間での取り合いになっていて、確保が万全とはいえない。変動再エネ不稼働時間帯の電力仕入れを火力由来の相対電力調達では十分にできないとなると、JEPXからの調達に依存するしかないのだが、30分一コマで変動する約定価格を長きにわたって予測することは不可能である。予測困難であれば、バッファーを乗せて料金に仕上げるしかないのだが、どれだけ乗せても安心サイドにはならない。インバランスの上限は24年度からは600円/kWhに達し、需給逼迫時の調達単価がこの水準で張り付くことはあり得ないことではない。といって、インバランス折込の料金水準など、最終消費者にとってみれば鼻白むものでしかない。

 現時点での変動再エネは太陽光が中心なので、需要カーブと昼間の太陽光稼働の形状は類似しているところはあるのでまだやりようがあるのかもしれない。が、大型洋上風力を小売充当電源として扱うとなると、間歇性が昼夜を問わずに生じるので、穴埋め電源の稼働の見通しも悪く、小売原価作成の難度は増幅する。

 穴埋め電源として蓄電池に期待する人々が多いのだが、現時点での戦力としては微弱である。先になっても、変動再エネを支えるだけのkW、kWhに達するのか心許ない。ERAB(2022年1月)の試算では業務用、家庭用合わせて累積24.4GWhでしかなく、小売用の原価算定材料にはならない。系統直付け蓄電池の大規模導入は安定的な穴埋め電源形成になるが、費用水準について懸念はあり、国民負担としての妥当性は論じられるべきだ。しかし、どれほど高くても小売用仕入れ電力単価算定は容易になり、小売事業者の経営は安定する点は評価できる電源種ではある。ただ、蓄電池が大量導入されると、系統逆潮時間帯の価格が押し下げられるので、蓄電池事業の収益性が下がる懸念があることは喚起したい。

2.市場連動/時間帯別変動料金の可能性

 月次単価による他のコモディティと違い、電気は30分単価であり、そのコマの需給状況が同じ1日の中でも大きく変動するため、『燃料費調整条項以外の契約単価はフラット』といった安定的な料金設定との相性が本来はよくない。その相性の悪さは従来の総括原価と安定電源主体の電源構成であれば表面化しなかったのだが、状況が変わったのは上述の通りだ。最終消費者へのセールスの観点から分かりやすい説明を重視する小売事業者は「支配的事業者料金マイナスα」のフォーマットを好むので再エネ大量導入時代の料金作成に苦労をしている。

 であれば、割り切ってしまってリアルタイムプライス、市場連動料金に移行してはどうか、という論点はある。実際、現下の状況で市場連動に移行した小売事業者は少なからずいる。
2023年度以降、省エネ法改定を受けて、ダイナミックプライシング導入による再エネの受け皿確保を推奨されてもいる。

 こちらの発想だと、小売事業者側には仕入れ原価転嫁難の問題は生じない。しかし、当面、電力価格のボラティリティは高く、需要家は最終料金の仕上がりが読めないので、電気料金向けの予算が立たない等不満を抱くだろう。他方、単なるパススルーではなく、最終需要家向けの便益供与を意識する小売事業者は、刻々と変動する電気料金に応じた需要調整を試みるだろうし、規制側がこれを望ましい行為として推奨するだろう。この場合の小売事業者の業務負荷は気になる。よく引用される取組類型として、太陽光大量発電時間帯に蓄電池、ヒートポンプ、EVで吸い込んで、発電力の減る時間帯に消費すれば、再エネを有効に活用できる、とするものがある。日中、動き回っているEVはダイナミックプライシングとの相性が悪そうだが、蓄電池、ヒートポンプであればタイマーで日照時間を予測して充電するくらいのことはできそうだ。ただ、料金水準による需要シフトの実効性については諸説がある。本当に寒ければ暖房を切るわけにはいかないだろう。電気は人々の生活の安寧、利便性と直結しているのである。また、案内を適切にすれば変動料金でもいいのか、といえば、絶対的な価格水準が野放図に上がっていいわけはない。それでは日本の経済活動が停滞してしまう。安定供給構造を再建した上での合理的な価格をベースにする料金プラン、小売ならではのバンドルサービスの充実が本来の路線であろう。

 いずれにせよ、再エネ導入により小売りの手間暇コストはいささか増えるのだが、そのコスト回収を円滑にできる環境かといえば、足許の高騰ですら価格転嫁ができない我慢比べとなっており、先においても不安を覚える。

 次回は、電力システムの不安定さが顕在化して以降の展望について所見を披露したい。