Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.341 電力安定供給回復まで前途遼遠/絶息寸前の小売事業者(2)
~当面は適正価格転嫁による小売事業維持と国内発電用カロリー貯留によるリリーフが必要~

2022年10月20日
電力・エネルギーアナリスト 阪本周一

キーワード:電力不安、規制料金、最終保障約款、値上げ、節電ポイント、原子力再稼働、kWh確保

 前回は安定電源退出により、小売事業者が苦境に陥った状況をお話した。今回は、「この苦境から脱出するために必要な値上げが円滑にできていない状況」、「需給改善策として導入された節電ポイント制度の評価」、「安定供給のために特に日本において必要な発想」について述べたい。

 端的にいえば、急速な再エネ導入に耐えられるだけのインフラと事業者体力が今の日本にはなくなっており、副題にあるようにCN本格実装までの期間、リリーフ投手を用意する必要があると考えている。


 安定供給のファンダメンタルが毀損され、収支悪化が定着した小売事業者。回復の道筋は険しい。

原価上昇に見合った電気料金値上げへのハードル

1.旧一小売事業者の不十分な料金値上げ

 電力の仕入れ価格が上昇しているのであれば、中間に位置する小売事業者が上昇分を抱え込むのではなく最終消費者に転嫁するのが自然である。大半の小売電気事業者の料金は、地域の支配的事業者である旧一般電気事業者系小売の約款料金をベンチマークにしているが、このベンチマークが実コストを反映した上昇をしない。生活財であるため、値上げへの抵抗があることは理解できるが、旧一事業者ならではの『矜持』がまさに痩せ我慢と化している感がある。これで自社だけが痩せ細るのであればその会社の勝手だが、ベンチマークの瘦せ我慢は業界全体を疲弊させるのである。

 値上げ要因は2種あり、「燃料価格上昇に伴う燃料費調整条項による値上げ」と「燃料費調整条項でもカバーしきれない原価上昇」に分かれる。

(1)燃料費調整条項の限界、経過措置料金

 前者については、現行料金基準燃調単価比150%の上限に今では9電力全てが達している。家庭用自由料金については上限設定していた5社は上限撤廃を10月以降行う予定であるが、規制料金(経過措置料金)については動きがない。燃調の切り直しであれば認可ではなく届け出でよいが(燃料費の上げ下げ自体はニュートラルなので、燃調込みの単価が現料金と同じであれば値上げにはならないという理屈)、旧一電系小売はこの理屈に乗り切れない。規制料金メニューについては、新規申し込みをしにくい設定にしている旧一もいれば普通にWEB申込が可能な旧一もいる。申し込みを受け付けると損が拡大するので、後者の考えは理解しにくいが、社会的責任への自負でもあるのだろうか。この規制部分が足枷になって、競争相手にも値上げ抑制装置として機能する。結果として、旧一電、新電力ともに逆ザヤとなる要因となった。

 経過措置料金水準は、低所得者層への社会政策を折り込んでいる。抜本値上げへの動きは緩やかである。新電力目線だと「不当廉売レベル」であり、自由競争阻害要因なのだが、資源エネルギー庁、公正取引委員会のいずれも様子見モードである。

※22年10月の規制料金と自由料金の燃調は中国電力で3.19円/kWh対11.56円/kWhと8円/kWh以上の開きになっている。同社の2023年3月期の業績予想は1390億円の赤字である。

※9月16日に東京電力エナジーパートナーは料金見直しの方向性についてプレスリリースを出したが、「燃料費調整項の見直し」「市場調達調整条項の新設」という妥当な方策に加え、「柏崎7号再稼働23年度75%再稼働折り込み」という見ようによっては誰がどのような意向を持って動いたのか推測できてしまう方針を打ち出している。とはいえ、これも廉価販売ではなかろうか?

(2)原価自体の高騰、事業停止、最終保障約款

 後者(燃調でもカバーしきれない原価上昇)の要因はJEPXの高騰である。JEPXの約定価格はその時々の予備率を反映したインバランス単価(昨今の供給力不足を反映し、6月末には200円近くに張り付く時間帯があった)や旧一電の限界費用参照価格(昨年11月以降、LNGのJKM価格リンクとなる事業者が増えたが、燃料逼迫を反映し長期LNG契約価格よりも高い)を参照することになり、高止まりしている。JEPX経由の電力調達単価の上昇に耐えられない新電力の一部は事業撤退し、一部は市場連動料金移行、新規受付停止の措置を取った。行き所を失った最終消費者(自由料金)は送配電の最終保障約款に流れ込む。最終保障供給を利用する需要家は8月1日時点で3万 5,435件に達し、1年前の438 件から80倍になった。この趨勢が続くと、競争阻害かつ貴重な調整力用の電源を最終保障用に費消してしまうということで、9月からはJEPX平均価格を参照する運用に変更することにはなり、漸く是正はされる。この間も送配電各社は逆ザヤを強いられたのではないか。

2.体力を奪われる事業者

 旧一小売の自由料金については値上げに踏み切る会社もあれば、据え置きの会社もある。これら限定的ともいえる値上げが措置されたのは6月の参議院選挙後である。支配的事業者の値上げに時間を要し、追随する新電力も同様となれば、この間、どれほどの企業体力毀損があっただろう? 事業者の痛みで社会政策を遂行する建付けが妥当ではないし、これほどの仕入れ原価高騰を企業努力で吸収せよ、というのはいかにも無理筋である。各事業者はCN等国策遂行への貢献を期待されているはずだが、遂行に必要な企業体力は削られるばかりである。

 にも拘らず、小売への負担要求は値上げ先送りに留まらない。

節電ポイント:的を外した微弱な供給対策と需要側対応頼み

 今の状況は、コロナによる需要増はあるとしても主には需要側要因ではなく、供給力の減退によるものだが、供給力の再建は短期間では難しい、相当に困難という認識があるため、政府は殊の外、節電勧奨に熱心である。資源エネルギー庁の審議会でも、逼迫時の需要家へのアラートの出し方等、テクニカルな話題が多く、全体の需給バランス回復策はメインでは取り上げられない。節電プログラムをはじめとするこの種の取組が、この冬、どれだけのkWhを創出できるのかせめて定量評価、予想を行って、アクションプランを定めるべきだと私は考えるが、ついにその種のデータは提示されていない。私自身がDRに取り組んだ経験に鑑みると、DR、節電はkWのシフトでしかなく、kWh総量削減効果は限定的である。実装には関係者間のシステム対応が必要であり、短期間で仕上がるものではないことは身に染みて実感しているのだが、この辺りの実情がなぜ伝わらないのであろうか。

 1784億円の予算を確保した『節電プログラム』。参加するだけでポイント付与、高圧は需要場所が何地点あっても1社20万円まで、小売事業者への資金援助はシステム費用、人件費含め一切なし(エネ庁担当部署に問い合わせたところ「小売事業者にメリットのある制度であるから資金補助はしない」ということであった/なお東京都は事前に小売事業者へ国からのシステム費用補助を要望していた。都自体はシステム費用補助を予算措置している)、需要家へのポイント付与は事業者がまず持ち出しで行い、次年度に政府から費用還付(先払いだと資金繰りが厳しい事業者もいるはずだ)、執行団体には50億円事務費用付与、という建付けには異論もあった。年度内の制度発表、実施という経緯もあり、そもそもシステム、要員、外注費の予算を確保できていない会社も多い中、それでも287社の参加、販売電力量比では95%超の参加があった。これまで小売り各社はDRに熱心ではなかったところがあったが、今後は真摯に取り組むようになるだろうから、一つの節目となることは間違いない。ただ、小売各社にとっては費用メリットが明確にあるかといえば、私自身はよく分からない、ということになる。

 また需給バランス確保における実効性は予断を許さない。これだけのお金を投入するなら、供給力の再建(老朽ユニットの再稼働に留まらず、燃料物流チェーンの強化とか)に使う方がよいのでは・・・とは誰でもが考えるところだ。この冬の供給力公募(kWh)では264万kWが確保されたが、総費用を概算すると320億円程度である。これを以てしても特に東日本の電力需給バランスは安心には程遠い。追加供給力はDRと老朽火力になるが、供給計画に既に織り込まれている電源とともに一冬無事に稼働するのか(全機フル稼働できることはなかろう)、燃料切れがないのか等の懸念は払拭されていない。節電プログラムの予算を追加発電力発掘に活用すればいいのに・・と感じるが、もう動かせる電源候補がなく、節電に依るしかない状況がうかがえる。

 原子力再稼働についても岸田首相は言及しているが、参院選後の記者会見の際の再稼働対象は全ユニット西日本の稼働中のものであり純増分はなし。8月内閣改造後の記者会見で追加分として挙げられた7ユニットの内、地元了解の取れているものは4ユニットのみ、東日本では女川2号のみなので、上積みは限定的である。

 事業者に出血を強いる業界パラダイムが温存されているため、小売事業者のモチベーションは下がらざるを得ない。発電力を持っている事業者も敢えて小売りを行わず、卸に徹する方が事業リスクは少ないと判断するだろう。販管費(システム、顧客管理、コールセンター、代理店管理、請求、支払等)をかけて小売り事業を行うのであれば、卸よりも儲かる見込みが欲しいが、そういう要素はどこにも見当たらない。卸であれば、燃料価格にマージンを乗せての安定的な収益を享受できるが、小売となると料金構成自体の難度、制度対応の煩雑さ、非化石電力(変動再エネ)調達とセットになる穴埋め電力調達難が相まって、収支見通しを曇らせる。

安定供給再建に必要な思考

 足許で大火事が発生して、類焼者が多く出ているのだが、非常に時間軸の長い議論、検討がなされているのが不思議だ。まずは消火活動に全リソースを投入して、安定供給の目途がついてから先のことを考えましょう、というのが市井の人間の感覚だろうが、消火方法の議論に複数回の平場を要している。

 検討速度の遅さは措いておいても、検討の思考の前提にも不安を感じる。

・疲弊しきった小売事業者の追加負荷、CN実装に際しての需要側アクションをこの状況で上乗せもやむなしとする考え方。せめて費用回収への道筋とセットであるべきだ。</li>

・国内の発電用カロリー貯留軽視の運用思想。海外との電力連系・天然ガスパイプライン不在、国内も元々9エリア分割でエリア内自給自足の電力インフラ、地域間連系線容量が限定的、国内主要地点間の電力に限らずエネルギー全般の転送インフラ微弱、国内発電用燃料在庫減少の一途、水力容量限定的な日本の国勢である。この点を認識するので、石油ショック以降、海外からのエネルギーカロリー持ち込み途絶を懸念して一定以上のカロリーを国内に抱え込みたいマインドがあった。2000年代の中国爆食の頃はエネルギー確保への懸念が増幅し、海外資源・輸送手段投資への取組強化がみられた。2011年以降、マインドが180度転換し、再エネ(特に変動系)を優先導入し、皴取りを火力と揚水で取る発想になったが、この過程でカロリー貯留インフラの内、原子力は稼働せず、石油系はほぼ終了、石炭系はCNの前に座礁目前、ガスは元々貯留量が国内消費2週間分でしかない。懐の目減りにより、資源獲得競争においては劣勢に置かれ、国内天候不順や主用電源脱落時の耐性は喪失されつつある。

 発電所は発電所だけでは動かない。燃料と関連周辺インフラ、要員が健在で動く。発電所群が老朽化しているが、発電に至る各プロセスは老朽ではなく消滅しつつある。この当たり前のことを軽視した結果が今の状況であり、蓄電池群なり水素・アンモニア発電なりのカロリー貯留向けの新たな仕組み構築(いうのは簡単だが難事ではある)がなされるまでは従来リソースの延命で対応するしかないと私は考える。当然、資金がかかるが、個別事業者の企業努力では回らないので、制度によるバックアップ、予見性確保が必要である。

 容量市場が発効すれば大丈夫という言説を耳にするが、その容量市場の約定価格は単年度設定であるため上下があり、長期の発電所保持に資する建付けになっていない。仮に約定価格の長期見通しがもたらされても、発電所稼働量が確保されなければ、関連周辺インフラは減衰するので、kWh確保の決め手にはならない。新しく検討されている脱炭素電源向けの長期容量市場が、現容量市場と同じ発想で構築されるのであれば、発電所自体のCF長期見通し付けにはなるが、稼働量については保証がないので、関係インフラにお金が回るか不明、よってkWh確保に貢献できるか確信を私は持てない。

 2020年に24年度容量市場約定価格が14,137円/kWになった際、新電力の多くは「不当、耐えられない」と抗議した。このオークションの約定ルールにはおかしな部分もあったのだが、補正後の実効約定価格自体はNETCONEに照らしても変ではなかった。21年1月の市場高騰の先例を受けた小売り各社の中には、「予め分かっている費用であれば顧客への転嫁もできるが、スパイクによる上昇分の転嫁は難しい」ことを認識し、安定供給向けの費用負担であれば厭わない姿勢に転じているところも増えている。発電所のみならず、発電用カロリー貯留のための必要装備とコストを、広く負担する資金スキームがあればと思う次第だ。

 再エネ大量導入を所与にした制度検討が資源エネルギー庁の各委員会で進捗しており、火力の一層の出力抑制、再エネの取引類型の多様化(オフサイトPPA、バーチャルPPA等)が俎上にあり、変動再エネ導入量増加のペースは堅調なのだが、その皴取りを火力と揚水に頼めば大丈夫という状況は最早ない。どの形態の取引であれ、変動再エネが増える以上、不稼働時の穴埋め電源も必要になるわけで、検討の順序を「再エネありき」ではなく「穴埋め電源と周辺インフラありき」に変えないと、日本のエネルギーインフラは直ぐに立ち行かなくなる。懐の大きいEU事例や再エネ大量導入の遅いPJMの外形のみを参照したままであれば、かなり近い時期に需給不安ではなく需給停止が広く発生してしまうのではないか。

この冬の電力需給には形容できないくらいの危機感を私は抱いている。現時点では一定の予備率確保ができているが、配船や荷揚げ装置、大型ユニットの不調があれば直ぐに消しとぶ。偶々の暖冬でもいいし、隠し玉でもいいし、あるいは政治の突破力でもいいのだが、危機が顕在化せずに済めばそれだけで望外である。