Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.342 欧米の卸電力市場、試行錯誤の30年
~市場デザインに生かすべき多くの教訓~

2022年10月25日
資源エコノミスト 飯沼 芳樹

キーワード:欧米、卸電力市場、市場デザイン、ゾーン対ノーダル、卸価格

まえがき

 欧米で電気事業再編が始まってから30年近くが経つ。ヨーロッパでは英国が国営事業体を民営化したあと競争を導入、その後EUがヨーロッパの電力市場の単一化を目指している。米国でも90年代初頭のエネルギー政策法で発電部門に競争が導入され、カリフォルニア州電力危機を経て自由化州、規制州が併存するシステムが続いている。わが国でも90年代に世界的な潮流になった自由化の流れに沿い市場原理を電気事業に導入するようになり、「福島」を契機として、本格的な電力システム改革が実施されたところである。

 だが、欧米とも再編後度々市場に係る制度変更を実施しており、試行錯誤が延々と続いている。わが国でも最近電力市場効率化のキーとなる卸電力市場の見直しが始まっている。新しい市場デザイン導入や、発電ユニットの特性を考慮した価格決定方法など検討課題は多い。そこで、本稿では、わが国で進行中の電力市場作りに当たって、欧米の碩学による研究論文などを参考に、欧米における電気事業再編30年の経験から得られる教訓は何かを考えてみたい。

 以下、最初に欧米における市場デザインの背景について述べる。次に今後の検討課題として既に多くが語られているが、経緯を含め欧米の市場デザインの特質や経験から得られる教訓は何かについて考察する。最後にわが国の電力市場のあり方について所感を述べて結語としたい。

1.異なる市場デザインの背景

 欧米で電気事業再編をもたらした要因は多様であり、国、地域固有の事情を反映している。一般的には、ヨーロッパでは再編前は国有、公営が主たる事業形態であり、過剰設備や非効率な運営を民営化するとともに競争を導入することによって効率化しようとした。一方で、米国では卸電力市場に競争を導入することにより、垂直統合・報酬率規制モデルよりも効率的な新規設備投資をもたらすと考えた。その他、資源が比較的乏しい北東部や環境規制に熱心な加州のような州と資源に恵まれた州の間での電気料金格差など米国固有の再編動機もあった。わが国でも電気事業改革が始まって30年近くが経つが、当初の主たる改革目的は、国際的に高いと喧伝されていた電気料金の是正等であった。

 欧米の卸電力市場は現在、一般的にはヨーロッパではゾーン制、米国ではノーダル制となっている。もっとも、米国では26州が小売自由化を実施していないが、最終需要家の三分の二はノーダル制を導入したRTO/ISO地域となっている。

 電気再編にあたり欧米が選択した卸電力市場モデルは、当初似通ったモデルであった。だが、モデルの前提となる送電設備に係る欧米の初期条件はかなり異なっていた。この初期条件の違いが、その後の卸電力市場デザインの異なる展開をもたらすことになったと考えられる。

 ゾーン制はゾーン内で送電線の混雑は無いことを前提としている。自由化前のヨーロッパの電気事業者は英国のCEGBや仏のEDF、イタリアのENELなど国営や公営が多かった。その後民営化され競争が導入された背景には国営・公営なるが故の非効率な事業運営、とりわけ過剰設備の問題がある。アバーチ・ジョンソン効果を引き合いに出すまでもなく、非効率な事業運営の事例の逸話は多い。これは発電設備のみならず送電線も然りである。結果、ヨーロッパでは米国に比べると自由化前の段階で設備的に余裕のある流通設備が形成されていた。

 一方で、米国では第一石油危機以降、各州の電気事業規制機関である公益事業委員会の私営電気事業者に対する規制が厳しくなり、適正審査(Prudence Review)の結果レートベース算入が認められないケースが多発した。電気事業者は投資に逡巡するようになり、結果として供給力不足の問題が大きくなっていた。この供給力不足の問題には送電線に対する投資も含まれている。電源を負荷の近くに立地したのもNIMBYもあるが、厳しい規制の結果でもあった。米国でも自由化前はわが国同様に、送電線はそれぞれの電力会社の供給区域内では混雑が発生しないように設計されていた。だが、比較的小規模の電力会社が多いこともあり、自由化後供給区域よりも広い市場での取引が増え、送電混雑の問題が深刻になった。

 米国における規制者と電気事業者の関係はわが国のようにフレンドリーではなく、カリフォルニアのような大きな州ほど敵対的である。この点、ヨーロッパでは米国と異なり民営が少なく、電気事業規制も緩く、過剰な設備投資が許される環境だったともいえよう。

2 市場デザインの変遷と評価

 わが国では送配電事業者が系統運用者であり、市場運用者はJEPXということになる。ヨーロッパも系統運用者と市場運用者が異なる。米国はRTO/ISOが系統運用者と市場運用者を兼ねている。これは、系統運用者(ISO)と市場運用者(Power Exchange)を別組織にして取引を開始後、間もなく起きたカリフォルニア州電力危機の影響とも言える。

 ヨーロッパ型と米国型の違いは、ゾーン制とノーダル制の違いにもなるが、市場の設計者がどれだけエンジニアリング面と物理的な制約に重きを置くのかによる。この点、ノーダル制の方がゾーン制よりも技術的制約を考慮したシステムになっている。だが、どちらが優れて居るのかはアプリオリには明らかではない。Joskow (1997)が言うように、完全競争市場の仮定が全て満たされるとすれば、両システムによる結果は同じになるはずである。

 欧米とも電気事業再編後の段階では、一つのゾーンからなる単一市場か複数のゾーン市場であった。ヨーロッパはゾーン制をとっているが、最初に電気事業再編を実施した英国の電力市場形態であったプールは単一市場であり、同じころ自由化されたノルウェーでも少数のゾーン制が採用されていた。その後のEUの市場統合の目的で電力も単一市場として統合されつつあるが、市場形態としてはゾーン制である。

 米国でも最初はゾーン制をとっていた。PJMでも当初は単一市場であった。市場として機能しなかったため、1998年にコストベースの地点別限界価格制度(LMP)を導入した後の1999年に市場ベースのLMP制度が採用された。ISO-NEも当初は単一市場、CAISO、NYISO、ERCOTもゾーン制を採用していた。

 ヨーロッパモデルや初期のCAISOやERCOTの市場設計は、系統運用上の制約となる送電混雑の問題や発電ユニットの特性などを十分考慮することなく、卸電力市場を運用しようとしていた。しかし、火力発電を中心とした系統に送電線の制約があれば問題がでてくる。ノードプールのように豊富な水力資源があるところでは、一日前市場や当日市場で決定された発電計画が技術的に可能でないとしても、当日市場と需給調整段階で修正することが可能であるが、火力中心の系統ではそれが難しくなる。

 わが国の市場モデルはヨーロッパ型の分散モデルである。市場モデルを検討していた当時、PJMモデルも検討されていたが、結局ヨーロッパモデルをお手本とすることになった。中央集権国家であるわが国にとってはPJMのような中央集権的なシステムが馴染みそうであるが、分散的なヨーロッパモデルの方が、旧事業体制からのスムースな移行に鑑みた政治力学が働いたのかもしれない。

 ヨーロッパの卸電力市場は、一日前市場、当日市場で構成される一方、米国のRTO/ISOの短期市場では一日前市場とリアルタイム市場からなる。両者の違いは、ヨーロッパではTSOが最終的な需給調整を行うが、RTO/ISO地域ではリアルタイム市場がその役割を果たすことになる。また、RTO/ISOの決済システムはtwo-settlement systemと呼ばれ、一日前市場はヘッジ目的の先渡し市場の役割を果たしている。結果として、市場支配力行使の抑制にも役立っている。他のコモディティー同様、先渡し契約の比率が高ければ高いほど、リアルタイムでの市場支配力行使のインセンティブは低くなる。

 実需給断面での系統運用と市場で事前に決定されている需給計画に乖離があると、市場参加者に対して価格操作の機会を提供することになる。特にゾーン制であると問題だ。CAISOは当初ゾーン制であった。同制度の下でゾーン内の負荷、利用可能な発電ユニットの位置と送電系統の形状によって、安価な電源を止め、高価な電源に給電指令をだすようなケースがあった。いわゆるconstrained-onとconstrained-offの発電ユニットの問題である。前者は、発電事業者あるいはアンシラリーサービス提供者として給電指令を受けたが入札価格が均衡価格より安いユニットでありながら給電しないユニットのことであり、後者は均衡価格よりも高いのに給電するユニットのことである。結果として両者とも入札価格を操作することにより、事後的な補填を目当てに均衡価格との差分を極大化するインセンティブが働く制度であった。

 市場支配力の問題は、電気のバリューチェインを構成する各部門で生じる可能性があることから、欧米の市場設計では様々な市場支配力抑制策が施されている。いずれの国でも再編前のIncumbentの影響力は多かれ少なかれ残っている。ただ、価格操作はIncumbentに限ったわけではない。利潤動機で抜け穴を縫った入札行為をした結果需給逼迫となり、危機的な状況に陥った例もある。また、市場支配力は単に特定の事業者の設備所有率の大小で決まるわけではない。戦略的な地点の小規模の電源でも市場全体に影響を与え、結果として消費者から発電事業者に富の移転が行われることもある。

 また、市場デザインの違いとして、ヨーロッパではエネルギー(energy)とアンシラリーが順次取引(sequential)されるが、RTO/ISOでは同時に最適化されているという違いがある。この点では、同時に最適化されるとアンシラリーサービスの機会費用が考慮されるので米国の方が効率的と言える、また、順次取引は価格操作の機会にもなる。

 ノード制の強みとしては、大量の再エネをネットワークに統合する必要が出てきた時にもLMP方式であれば制約条件として取り込むことができる。一日前市場とリアルタイム市場で決定されるLMPは、電源の給電能力を貨幣化することができる点もゾーン制のヨーロッパモデルよりも優れている点である。再エネが市場取引で増えるにしたがって出力変動が柔軟な火力が必要になるが、この柔軟性を貨幣化することができるということである。つまり、リアルタイムで決まる市場価格が需給調整に当たっての柔軟性の価値となる。また、バッテリー、EVやDRなどもノード制であればリアルタイム市場の価格メカニズムを通じて最適利用が可能となる。

 なお、わが国の卸電力市場の課題の一つとして、これまでは価格と量のみによってシステム価格が決定され、限界費用以外の各発電ユニットの起動特性に起因する様々な差(ユニット起動費、最低出力コスト、稼働に要する時間等)を考慮していない点が指摘されている。米国のRTO/ISOの市場デザインでは既に以上のような各ユニットの特性が考慮されている。起動費用、無負荷運転費用と、増分費用のいわゆるThree-part offerは、限界費用を反映するプール市場では、効率的な発電ユニットのコミットとディスパッチを系統運用者が判断するのに重要な情報ソースになる。だが、最適化の前提である生産関数とその双対となる費用関数は凸性を仮定している。しかし、起動費用、無負荷運転の他にも最低出力運転など非凸性の問題をはらんでいる。PJMのSCUC/SCEDのような最適化プログラムを実行することによって、凸性の下では効率的なディスパッチや価格が得られるが、非凸の問題があると均衡価格が適切な市場シグナルとならない可能性がある。このため実際には、発電ユニットによっては事後的に額的にはまだ大きくないが、upliftという名の市場外での補填をうけている。Upliftを最小化するような手法もあるが問題も残されており、今後再エネの比率が高まると補填額が増えることが予想され、検討課題となっている。

 ノード制導入メリットの具体的なエビデンスとして、米国では中西部と東PJMがLMPによって統合されてからエネルギーのフローが3倍に増えたという事実や、カリフォルニアでは2009年にLMPに移行してから化石燃料焚き火力の変動費がかなり減少したとの試算もある。Neuhoff,et al. (2011)による研究論文によると、ゾーン制からノード制への移行費用はPJMの移行が一番安く約2億ドル、ISO-NE、NYISO、ERCOTが5億ドル前後、MISOが約15億ドルとなっている。一方で、便益はPJMとERCOTでそれぞれ年額約22憶ドルと5.5億ドルとなっている。なお、移行費用としては主に、ITのソフトウエアとハードウエア―費用、訓練に係る人件費、便益は混雑管理、グリッドの信頼度面での改善、取引費用の低減などである。費用便益比率からPJMはノード制に移行することによりかなり効率的になったということになるが、移行費用が他のRTO/ISOに比べて少なくて済んだのは、前身となるタイトパワープールの経験が基礎にあったためと考えられる。いずれにしろ、地理的な広がりが大きいほど便益が多くなることが上記研究論文では示されている。

 ヨーロッパについての費用便益分析はまだ無いが、ゾーン制からノーダル制への移行についてのモデルベースの試算がある。上記Neuhoff (2013)の別の試算結果によれば、再エネの普及程度によって変わるが、国際間の取引が34%まで増え、年間8,000億~20億ユーロに相当する運転コストを節減できるとしている。

 わが国でもこうした新しい制度導入にあたっては、その妥当性について判断するための費用便益分析など、透明且つ十分な事前検証が不可欠である。事後的にも、米国のGAOのように、新しい政策が機能しているかどうかを評価する制度作りも必要であると考える。

おわりに

 ノーダル制は少なくとも短期的な経済効率を高める制度としてはゾーン制よりも優れている。米国のRTO/ISOの他、ニュージーランドがノーダル制を導入しており、同じオセアニアのオーストラリアでも再エネが急増しているためゾーン制からノーダル制への移行を検討している。ヨーロッパでも再給電費用の問題や再エネ急増に鑑みてノーダル制が検討されている。

 わが国も今後の検討課題としてゾーン制やノーダル制が検討対象となっている。検討に当たっては、導入の費用便益分析も然ることながら、その前提として市場が、市場として機能するのに必要な有効競争市場になっていることが不可欠である。市場への小手先の介入による弥縫策では市場からは期待するような成果は得られない。様々な市場をこれまで創設しているが、本来の市場ではなく規制のツールとしての市場になっていないか。教科書的であるが、売る側と買う側両者に便益がないと市場は機能しない。縮小しつつあるパイのステークホルダー間での再配分だけでは市場原理を導入した意味がない。市場改革の本丸は発電市場である。発電市場への内外からの新規参入の促進を含め活性化が喫緊の課題である。

 また、ゾーンからノーダルに移行となると、系統運用者と市場運用者を統合する必要がある。具体的には、JEPXと送配電事業者の需給調整業務を統合する必要、すなわちISO的な組織が必要になろう。この場合OCCTOが管轄する容量市場もISOに統合するのが自然であろう。したがって、当然ながら規制側の再編も必要となる。市場が広がり厚みも増すにつれ、更なる監視業務と分析も必要となる。このためには専門能力を持った人材の育成と確保が不可欠であり、米国のように中立的な機関が市場について評価するようなシステムも必要と考える。

 卸電力市場に限っても、本稿で考察した短期市場の他に、長期の発電、送電設備のアディクワシーの問題、DRを含め最終需要家の市場参加の問題など課題山積である。これらについては別途考えて見たい。

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