Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

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No.343 国産水素の需給バランスシステム

2022年10月27日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 内藤克彦

キ-ワ-ド:水素、2050年、ゼロ炭素、流通・貯蔵システム、シミュレ-ション

要旨

 EUのENTSOGは、水素の流通を考慮した2050年戦略を公表し、天然ガスパイプラインを転用した水素の流通システムにより再生可能エネルギ-由来の水素を流通させることが提案されている。2050年のエネルギ-システムにおいて、水素は不可欠の要素となりつつあり、水素を利用しようとすると、ENTSOGの提案のような流通システムが不可欠となる。本稿では、我が国において、再生可能エネルギ-由来の国産水素を利用して我が国の化石エネルギ-利用のゼロ炭素化を行った場合のシミュレ-ションを行うとともに、今後の課題を明らかにした。

1.はじめに

 令和2年の総理による2050年ネットゼロ宣言を契機として、我が国の各界も一斉にその実現に向けて走り出している。これを受けた経済産業省のエネルギ-基本計画1を見ると、エネルギ-供給の軸足は再生可能エネルギ-に置きつつも、時々の気象状況の影響を受けて変動する再生可能エネルギ-の変動を補うエネルギ-源いわゆる「調整力」としての水素の利用、電力の形で得られる再生可能エネルギ-では技術的・経済的に代替困難なエネルギ-利用分野の代替エネルギ-としての水素の利用が期待されている(例えばガラス産業の1500℃の高温を均等に維持する必要のあるガラス溶融炉で用いられる天然ガスや大型トラックの軽油)。経済産業省のエネルギ-計画では、これらの水素は、主として海外産の水素が充てられるという想定になっているが、水素の生産については、我が国国内にも大きなポテンシャルがある。EUの関係組織であるESPASの作成したGloval Trends to 20352には、再生可能エネルギ-は、化石資源や核燃料と異なり、どの国にも存在するので、世界から資源獲得競争が無くなるという趣旨のことが記述されている。我が国の再生可能エネルギ-のポテンシャルも、例えば、日本風力発電協会が事業成立可能性を一定程度考慮して算定した洋上風力のポテンシャルだけで、約500GWのポテンシャルが存在している。3これに陸上風力や太陽光発電のポテンシャルを加えると莫大なポテンシャルが我が国にも存在することになる。再生可能エネルギ-を除く、我が国の在来型の現在の事業用、自家用の発電を合わせた総発電施設の設備容量は280GW程度4なので、再生可能エネルギ-により電力供給に加えて必要な水素の製造を行うことも十分に可能である。

 EUの広域パイプラインを運営する送ガス管理事業体(以下「ガスTSO」という。)の連合体であるENTSOGは、水素の流通を考慮した2050年戦略、ENTSOG 2050 ROADMAP FOR GAS GRID5を公表表している。ここでは、天然ガスパイプラインを転用した水素の流通システムにより、EU内等で生産された再生可能エネルギ-由来の水素を流通させ、電化の困難な産業領域等の熱利用に供することが提案されている。このように、2050年のエネルギ-システムにおいて、水素は不可欠の要素となりつつあるが、自国の豊富な再生可能エネルギ-資源を活かした水素を利用しようとすると、ENTSOGが提案しているような流通システムが不可欠となる。

 本稿では、我が国において、再生可能エネルギ-及び再生可能エネルギ-由来の国産水素を利用して我が国の化石エネルギ-利用のゼロ炭素化を行った場合にどのようになるかシミュレ-ションを行うとともに、今後の課題を明らかにした。

2. 欧米のガス貯蔵

 欧米のガスシステムと我が国のガスシステムの大きな相違の一つにガス地下貯蔵がある。我が国のガスはLNGで輸入されているので、LNGタンクのガス貯蔵があるが、LNGタンクのガス貯蔵は、欧米では短期の貯蔵と認識されている。低温液化による貯蔵は、液化物を低温に保つために、ボイルオフガスとして常に一定量のガスを気化させ続ける必要があり、長期貯蔵はできず、LNGの場合、3か月程度が限界とされている。極低温を必要とする水素の場合には、この期間がさらに短くなることが想定される。これに対して、欧米では、休廃止ガス田等を用いた大規模なガス地下貯蔵が利用されている。地下貯蔵のキャパシティは、一般にLNGタンクより二桁以上大きく、また、長期間の貯蔵が可能なので、欧米においてはガス需要の季節間変動の吸収に利用されている。例えば、ガス需要の少ない夏場のガス市場価格が低い時に少しずつ地下貯蔵にガスを貯蔵し、冬季の需要期のガス価格が高騰するときに放出するといった地下貯蔵の管理が行われており、ガス価格の変動緩和にも貢献している。

図1 米国のガス貯蔵施設(FERC資料)
図1 米国のガス貯蔵施設(FERC資料)

3. 欧州におけるガスグリッドの今後の方向

 エネルギ-の広域流通を担うTSOの連合体として、欧州には、電力TSOの連合体のENTSOEとガスTSOの連合体のENTSOGが設立され、TSO間の地域をまたがるエネルギ-の広域流通を円滑化している。このENTSOGが、ガスTSOのガスグリッドを2050年までにどのようにしていくかをまとめたものが「ENTSO-Gの2050年ロ-ドマップ」5である。この2050年ロ-ドマップの概要を理解するには、冒頭にまとめられた提言が便利なので、この提言をご紹介する。

提言:
①既存のガス制度に水素を取り込み、また、バイオメタンの役割をさらに強化することを目指す。
②技術面:(略)
③エネルギー価値:バイオメタン、水素、天然ガスのエネルギー量に基づく取引を継続する。
④(略)

(1)提言①について

 提言①については、現在の欧州のTSOパイプラインの制度においても、バイオメタンや水素は取り込める体制となっているが、バイオメタンについては、さらに強化し、水素についてはこれから積極的に取り込んでいこうという方針である。バイオメタンは、各地のバイオガスプラントからTSOパイプラインに注入され、EU市場全体で取引されている。

 今後、電力需要に対する再生可能エネルギ-供給の比率が大きくなると、電力需要の低い時期に再生可能エネルギ-の大幅な出力抑制が必要となることが想定される。このような出力抑制の対象となるような再生可能エネルギ-余剰電力が発生する場合には、出力抑制せずに、むしろ水素の製造に利用することを欧州では想定している。各地に分散立地が想定されるこれらの再生可能エネルギ-水素(グリ-ン水素)製造施設で製造された水素をTSOパイプラインに取り込んでいくことになる。TSOパイプラインの中を流れるガスは、当初は、天然ガスに少量のバイオメタン、水素が混合した気体となる。

 ENTSOGの2050年戦略では、地域の特性に応じて、バイオメタンの供給の豊富な地域ではバイオメタン比率の高い地域、グリ-ン水素の豊富な地域では水素比率の高い地域とパッチワ-ク状に地域を限ってTSOパイプラインの内容ガスが変わることも想定しており、これらの地域を連結するTSOパイプラインは、天然ガス、バイオガス、水素の混合気体が流れることを想定している。これに伴い、例えば、水素豊富地域と通常地域の結節点では、水素-天然ガスの混合率の変換もTSOの任務となる。一般のTSOパイプラインでは水素の混合率は次第に高くなっていくが、一定の転換点(例えば20%)に達したところで、地域を限って、段階的に水素比率を40%→60%→80%→100%と上昇していくというシナリオも検討されている。

(2)提言③について

 提言③は、エネルギ-取引の原則について記述したもので、これは、従前どおり、熱量ベ-スの取引となる。天然ガス、バイオメタン、水素等のガスの種類によらずに熱量ベ-スで取引されることになる。ここで、注目すべきは、エネルギ-取引と再エネ価値取引をガスの分野でも分けていることである。欧米においては電力の分野では、エネルギ-市場と再エネ価値市場が別にあり、別々に分離されて取引されている。RE100に参加する企業は、このRE価値の部分を買い集めればよいわけである。これと同様に、ガス市場においても、エネルギ-価値市場とREC(再エネ価値)市場を分離し、エネルギ-価値市場の取引はガスの種類によらず熱量ベ-スで取引を行う方針を再確認したものである。

(3)欧州における電力グリッドとガスグリッドの連系

 ENTSO-Gの2050年戦略5では、電力グリッドとガスグリッドの連系についても記述されている。再生可能エネルギ-電力は、変動電源であるために、再生可能エネルギ-比率が高まるにつれて、需要が少なく、再生可能エネルギ-の発電量が多い時には、余剰分のエネルギ-を何らかの方法で貯蔵し、再生可能エネルギ-生産量の少ない時に利用できるようにする必要がある。その貯蔵手段としてEVバッテリ-等の他に水素やメタネ-ションにより水素より合成したメタンとしての貯蔵が考えられる。欧米においては、TSOグリッドには、大規模なガス地下貯蔵施設が設置され、季節間のガス需要変動に対応してきた歴史があり、技術的な精査の必要はあるものの、この地下貯蔵は水素等の貯蔵にも転用できるものと見込まれている。再生可能エネルギ-は、必要に応じて電力グリッドとガスグリッドの間を行き来することで、有効に利用することが可能となる。このような電力TSOとガスTSOの連系が計画されている。

4. 我が国における2050年の水素需要

 2050年のネットゼロを達成するためには、化石エネルギ-使用の電化を極力進めるとともに、発電部門を再生可能エネルギ-や原子力といったゼロ炭素電源に置き換える必要がある。しかし、産業部門や交通部門の一部に電化の困難な分野も存在しており、これらの分野のエネルギ-はグリ-ン水素で賄うか化石燃料+CCUSでゼロ炭素化する必要がある。電力部門においても、再生可能エネルギ-の発電と需要は必ずしも一致しないので、再生可能エネルギ-の余剰な時期には水素に転換して蓄積し、再生可能エネルギ-が不足する時期には水素からエネルギ-を供給するということが考えられる。

①産業部門の水素需要

 産業部門の化石エネルギ-需要は、加熱、動力、蒸気発生に大別できる。「実潮流に基づく電力系統運用を行った場合の2050年電力需給分析」6によると図2に示すように、この3種の熱利用が業種ごとに様々なウェイトで利用されている。

図2 業種別のエネルギ-用途
図2 業種別のエネルギ-用途
出典:「実潮流に基づく電力系統運用を行った場合の2050年電力需給分析」内藤他

 このうち自家発電は、電力エネルギ-として扱われるので除外し、残りの蒸気、動力、加熱の内、電化可能な分野は以下の表1のとおりと推定される。窯業土石業では、例えば、ガラス工業のガラス溶融炉やセメントキルンなどによる加熱が電化の困難な分野として考えられ、電化率を低くしている。他の分野では、例えば、蒸気製造は全て電化が可能な分野としている。同様に、エンジン等を用いて動力としている部分も電化が可能としている。この表で、電化が不可能な分野のエネルギ-使用は、水素による代替が必要として、水素需要としている。産業界における化石資源の利用には、エネルギ-としての利用ではなく、例えば、製鉄業における「原料炭」のように還元剤として利用する化石資源や、化学工業の原料として利用する化石資源があるが、これらの非エネルギ-利用の原料としての化石資源の代替資源は、各産業界において独自に調達するものとして、ここではエネルギ-用水素の需要として計上していない。

表1 電化の程度
表1 電化の程度
出典:「実潮流に基づく電力系統運用を行った場合の2050年電力需給分析」内藤他

②自動車の水素需要

 自動車の内、軽・小型・中型の軽量車両はEV化が可能であるとして、大型のバス、トラック等の重量車両は、EV化が困難でFCV化すると仮定する。小型車両は、台数が多いが一台当たりの燃料使用量は小さく、大型車両は台数は少ないが、一台当たりの燃料使用量は大きい。また、どのくらいの大きさの車両からEV化が困難となるかは、用途にもより、現時点では詳細は不明である。このためここでは、自動車利用エネルギ-の50%がFCV対応が必要として、水素の必要量を求めると、エネルギ-量で120TWH6と見積もられる。

③再生可能エネルギーの調整力としての水素需要

 調整力としての水素需要は、送電混雑の状況も含めて様々なファクタ-により、影響を受ける。このため、この部分は送電シミュレ-ションを実施しないと定量的に見積もることができない部分である。

 図3は、2050年の一年間の送電シミュレ-ションを行い、全国の総発電量と総需要量を月別に予測したものである。再生可能エネルギ-については、立地想定地点の2018年1年間の毎時の気象デ-タに基づき、太陽光発電、風力発電の毎時の発電量を算出して用いている。これよりわかるように再生可能エネルギ-の発電量が比較的大きく、需要の小さい春先には、再生可能エネルギ-が余剰となり、水素製造に回せるが、夏場の電力需要の大きいときには、水素製造に回せる余力はなく、逆に製造した水素を発電に回して、電力需要を賄う必要があることがわかる。再生可能エネルギ-発電の出力抑制が発生するのも、電力需要が少なく、かつ、気象条件から再生可能エネルギ-発電が定格出力となるような時であり、やはり4~6月頃に出力抑制が多発する。出力抑制とせずに水素製造に回す場合、やはり一般に水素の生産される時期は電力需要のピ-クから数か月ずれる。

図3 2050年の発電と需要の月変化
図3 2050年の発電と需要の月変化
出典:「実潮流に基づく電力系統運用を行った場合の2050年電力需給分析」内藤他

5. 水素の流通・貯蔵

 我が国にはTSOパイプラインがないために、欧米のように水素を国内で流通させることができない。液化プラントと液化ガスタンクの両者は高コストの上に、液化や輸送のエネルギ-としてガスを自家消費するために、一般にパイプラインで接続困難な数千km以上離れた距離での輸送で初めてコストが見合うとされている。LNGでは液化・輸送に20%くらいのエネルギ-を自家消費すると言われており、水素の場合は、液化温度が極低温なので液化・輸送による自家消費の比率がLNGより大きく40%程度と考えられ、エネルギ-のロスが大きい。将来のエネルギ-システムに水素を加えるときには、国内流通が不可欠となるが、LNG導入時に犯したような非効率的なLNGタンクの乱立のようなこと(例えば、韓国は全国パイプラインネットがあるのでLNG受け入れ基地6箇所のみで効率的に運用されているが、日本は需要地点毎に全国30か所以上にLNG基地が設けられ、稼働率の悪いLNG基地が多数存在。)を水素で再び繰り返すような愚策は避けるべきであろう。また、国内資源でエネルギ-を賄うためには、水素の需要と供給の時期のずれ、季節間変動を吸収できるだけの貯蔵期間と貯蔵能力を持ち、かつ、安価なガス貯蔵が必要となる。

 ガスのシステム改革の検討に際して、経済産業省では、我が国にもこのようなガスの流通・貯蔵施設を導入するべく検討を行っている7。これは、新潟等の廃止ガス田等を欧米のようにガスの地下貯蔵施設として用いるもので、経済産業省によるとLNG基地(20万kl)758基分の貯蔵能力がある。この地下貯蔵と関東、中部、近畿の大都市のガスDSOを広域パイプラインで繋げるという構想である。日本のガスDSO各社を相互に接続する広域パイプラインの運営は当然TSOのオペレ-ションということになる。

 ENTSOG5の計画に見られるように、水素の流通と需給の季節間のギャップを埋めるためには、このような地下貯蔵・パイプラインシステムが不可欠となる。

図4 ガス地下貯蔵と広域パイプラインの検討(経済産業省資料)
図4 ガス地下貯蔵と広域パイプラインの検討(経済産業省資料)

6. 国内再エネによる水素の製造と需要のシミュレ-ション

 経済産業省が検討した図4のパイプライン・地下貯蔵が実現したと仮定し、かつ、ENTSOG(5)の計画に見られるように、既存の高圧ガス管が水素流通に利用できるようになり、広範な地域で水素流通・貯蔵が可能となるという前提で、かつ、2050年のエネルギ-利用を国内再生可能エネルギ-と国産グリ-ン水素により賄うという想定で必要な再生可能エネルギ-を導入し、電力供給と水素製造を行うシミュレ-ションを行った(以下「2050年シミュレ-ション」という。)。水素製造に用いる再生可能エネルギ-としては、出力抑制の対象となるような電力需要が小さい時の全国の再生可能エネルギ-余剰電力と水素製造用に設置した大規模洋上風力発電としている。

 水素製造設備は電気分解方式のもので、送電環境が良く、かつ、水素が流通可能なところに置く必要があり、パイプライン沿いに立地することになる。水素製造用の洋上風力発電も、パイプライン沿いでかつ風況の良い、房総半島沖や静岡沖に立地するという想定としている。

 これらの水素製造拠点で製造された水素は、既存の高圧ガス管と経済産業省の検討した図4のパイプラインにより、新潟等の地下貯蔵に蓄積され、水素の需要期には逆に地下貯蔵から需要地に供給されるという想定としている。

 電力と水素の全体の需給バランスを取るために必要な再生可能エネルギ-の設備容量を算定すると、表2の通りとなる。全体として、産業界等の電化に伴い電力需要が大きく増加している上に水素需要が乗っているので、必要な再生可能エネルギ-の設備容量はかなり大きくなっているが、我が国の再生可能エネルギ-のポテンシャルよりは十分に小さい量である。

表2 2050年エネルギ-自活のための再エネ設備容量(GW)
表2 2050年エネルギ-自活のための再エネ設備容量(GW)
出典:「実潮流に基づく電力系統運用を行った場合の2050年電力需給分析」内藤他

 これらを用いて日立エナジ-社(旧ABB送電部門)の送電シミュレ-ションソフトPROMODを用いて、欧米で行われているフロ-ベ-スの年間8760時間の上位二系統の全国送電シミュレ-ション(全国451ノ-ド)を行い、電力の需給バランスを取り、送電制約との調整を行い、発電と水素製造、水素貯蔵の状況を整理した。

図5 電力需要と水素製造電力需要
図5 電力需要と水素製造電力需要

 調整力として必要となる水素を製造するための電力の需要がかなり大きいのは、電力⇒水素⇒調整力という二度の変換をするためにエネルギ-効率が悪くなり、調整力として必要とされる電力以上の水素製造用の発電が必要となるためである。貯蔵量がほぼゼロなのは、年間で水素貯蔵の収支がゼロとなるように必要最低限の水素の製造を行うこととしているからである。

 水素貯蔵量の年間推移は、図6の通りとなる。

図6 水素貯蔵量の年間変化
図6 水素貯蔵量の年間変化
出典:「実潮流に基づく電力系統運用を行った場合の2050年電力需給分析」内藤他

 水素は、電力需要が少なく、再生可能エネルギ-の発電量の多い春先から初夏にかけて地下貯蔵に貯蔵され、電力需要の大きい夏場に地下貯蔵が大きく取り崩される。秋から冬にかけては、需要も再生可能エネルギ-発電量も大きいので、地下貯蔵量は小さな増減を繰り返し、3月頃から再び地下貯蔵量が増加し始めるという経過が予測される。

7. 水素需給に関する考察

 本稿では詳細に触れていないが、2050年シミュレ-ションの作業で想定した調整力は、表3の通りである。ここで明らかになることは、EV蓄電池は、2050年にはキャパシティとしては大きな調整力を持つが、一日単位の短期の調整にしか用いることができないことである。これはエコキュ-ト等の蓄熱による調整力についても同様である。揚水発電等はもう少し長期の調整力として使えるが、春先に上ダムに上げてそのまま夏まで維持するというわけにはいかず、中期の調整力ということになる。季節間変動に対応できる長期の調整力として期待できるのは水素貯蔵・発電ということになる。

表3 調整力の種類と性格
表3 調整力の種類と性格

 2050年シミュレ-ションからは、各分野の電化の問題や、本稿では説明しなかったEV蓄電池の電力調整力としての利用、会社間連系線の増強等の多様な示唆が得られているが、本稿では水素製造・供給のシミュレ-ションに関する指摘に留めておく。水素製造・供給のシミュレ-ションから指摘できる主要な点は、以下の点である。

①再生可能エネルギ-発電由来のグリ-ン水素のエネルギ-利用に関しては国内で供給可能な量が生産できる。
②国内水素を利用するには水素の流通システムとして、高圧ガス導管によるTSOパイプラインにより、各地のガス会社の高圧導管を接続する必要がある。TSOがそもそも存在しない我が国においては、国策として、整備することも検討する必要があろう。
③ENTSOGの提案のように2050年には、現行のガス高圧導管は水素流通網として機能するようにしなければならない。
④ガスの広域流通を担うガスTSOの組織が我が国にも必要。
⑤水素の需給のマッチングのためには、欧米のように季節間変動に用いることが可能な地下貯蔵が必要。大規模ガス貯蔵は、石油備蓄のように、エネルギ-安全保障をも考慮して国策で整備するということも考えられる。
⑥国内水素の製造拠点や水素用再生可能エネルギーはパイプライン沿いである必要がある。

 今回の検討で分かったこととの一つとして、海外から水素を輸入する場合であっても、グリーン水素を用いようとすると、グロ-バルで同じような課題が発生するということである。化石資源の場合は、単に需要に応じて採掘すればよかったわけであるが、グリ-ン水素の場合には、海外で製造する水素であっても製造と需要の変動の時期のずれの問題が生じる。このために、 液化水素タンクでは季節感変動には対応不可能であるため、グリ-ン水素の出荷拠点に例えば大規模な地下貯蔵が必要となる可能性がある。

 本稿では、言及していないが、水素製造装置の利用率と水素製造用再生可能エネルギ-の利用率がトレ-ドオフとなるという課題も指摘しておきたい。水素製造用の再生可能エネルギ-発電のピ-ク出力に合わせて水素製造設備を整備すると、水素製造設備は年間のほとんどの時間は低負荷で運転することになる。一方で、水素製造説費の利用率が高くなるようにするためには、水素製造用の再生可能エネルギ-は、ピ-ク時には出力抑制をしなければならなくなる。今後、水素製造設備の利用率をどの水準で運転するのが良いのか、最適点を検討する必要があろう。

おわりに

 我が国には、残念ながらガスTSOとTSOガスパイプラインは存在しない。また、ガスTSOという概念すらほとんど知られていないというのが実態であろう。再生可能エネルギ-由来の水素が国内生産される時代が来ても、このままでは我が国では欧米のような広域流通は困難である。経済産業省は、2016年のガス自由化に向けた検討にて、ガスの広域流通に向けたパイプライン整備と地下貯蔵の検討を行った。2050年に向け、経済産業省の2016年の計画を実現し、これを出発点としてガスTSOシステムを創設し、水素ガス流通に関しても、欧米で計画されているように天然ガス・水素等の混合気体により、天然ガスから水素への移行をシ-ムレスに行っていける体制が作られることを期待したい。

参考文献

1 経済産業省(2021),「エネルギ-基本計画」。
2 European Parliamentary Research Service Global Trends Unit(2018), “Gloval Trends to 2035”.
3 一般社団法人日本風力発電協会(2020),「日本で洋上風力発電を導入する意義」。
4 資源エネルギー庁電力・ガス事業部(2018) ,『電気事業便覧』一般財団法人 経済産業調査会。
5 ENTSOG(2019),”ENTSOG 2050 ROADMAP FOR GAS GRID”.
6 内藤克彦・栗山昭久・劉憲兵・津久井あきび・田中勇伍(2022), 「実潮流に基づく電力系統運用を行った場合の2050年電力需給分析」京都大学再生可能エネルギ-経済学口座公開研究会。
7 経済産業省(2016),「今後のパイプライン整備に関する指針(案)」ガスシステム改革小委員会資料。